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等身大“コピーロボット”で存在感の本質を追求する
~大阪大学 石黒 浩 教授

ロボット業界キーマンインタビュー
Reported by 森山和道

大阪大学大学院工学研究科 知能・機能創成工学専攻 知能創成工学講座 石黒 浩教授
 「人間の脳は、人間を相手にしたときに最大限の能力を発揮するようにできている。だからこそ人は、ヒューマノイドやアンドロイドに魅せられるんです。コミュニケーションというタスク以外に、アンドロイドやヒューマノイドの研究としてコミュニケーションを考えるのが一番意味があると思っている」

 眉根を寄せた顔つきに眼力が込められたような視線。黒い服。一見とっつきにくそうだが、実際に口を開くと驚くほど穏やか。「僕は素直なんですよ。いや本当に」と冗談も飛ばす。そのいっぽう、物言いは率直でストレート。この人の頭の中では色んなタスクが同時に処理されているんだろうな――。そんな印象を抱いた。

 大阪大学大学院工学研究科 知能・機能創成工学専攻 知能ロボット学研究室 教授、ATR客員室長、ロボット・ベンチャーのヴイストン株式会社の特別顧問。これが石黒 浩氏の肩書きの一部だ。常に何かをやっていないと気が済まないタチだという。車のなかではヘビーな音楽をかけっぱなしだ。

 現在42歳。山梨大学工学部計算機学科を出たあと、大阪大学で博士号を取得。その後、山梨大学で助手を務めたあとに大阪大学に異動、さらに2年後には京都大学助教授に。'98年には渡米、一年間カリフォルニア大学サンディエゴ校の客員研究員を務めたあと、2000年に帰国。和歌山大学システム工学部にて助教授、教授を務め、2003年には大阪大学の教授になった。

 めまぐるしく所属が変わっている。「大学教員の評価がどうのこうのと言う人がいるでしょう。だったら大学を移ればいい。大学教員が一番評価を問われるのは異動のときなんです」。


 前述のように石黒氏は、この間にATRにてコミュニケーションロボット「Robovie」を作り、ベンチャー会社ヴイストンの取締役にもなっている。

 石黒氏の研究室の研究分野は、大きく分けて3つある。1つ目は能動視覚、全方位視覚、分散視覚を中心とした「ロボットビジョン」だ。これが石黒氏のもともとの研究分野である。2番目が「センサネットワーク」だ。ロボットはロボット単体だけで構成されるものではない。環境に埋め込まれたセンサー群、いわゆるユビキタス環境と協調しながら動くものだ。そのための情報基盤の研究である。

 3番目がいわゆるロボット。コミュニケーションロボット、社会ロボットと呼ばれる、認知科学的な興味をベースとしたロボットや人間そっくりの外観のアンドロイドを製作し、人との関わりを研究している。「Robovie」、万博にも出展されて注目されたアンドロイド「Repliee Q1 expo」、さらに最近発表された石黒氏自身のコピーロボット「ジェミノイド」はここに属する。


高橋智隆氏によるデザインが施されたATR知能ロボティクス研究所の「Robovie-R2」 愛・地球博にも展示されたアンドロイド「Repliee Q1 expo」

 ただし、この3つはあくまで便宜上の分類だ。石黒氏はビジョン、センサネットワーク、アンドロイド、「ロボットはどれが欠けてもうまくいかない」と語る。「人と知的に関わるシステムはこうあるべきだと思うイメージがある。そのためにはやるべきことは全部やると。そういうことです」。結果、研究室はどんどん規模が大きくなり、以前の4倍になった。石黒氏も「そろそろ限界」と苦笑する。

 なかでもいま特に興味を持っているのは「アンドロイドサイエンス」と「社会での実証実験」の2つだという。人間そっくりのロボットを創り、それを人間と対面させて認知心理学のテストそのほかを行なうのが前者。後者は、ロボットを社会に投じたときに何が起こるのか見るもの。これまでに、Robovieを小学校に入れてみたときにどういうリアクションが起こるのかといった社会実験を行なっている。

 両者は分離したものではない。石黒氏は「僕がやりたいことは、人は人をどのように認識するのか。人と機械の関係はどのように表現できるか。ロボットは社会性を持てるか。この3つ」だと、自身の興味を要約する。その意味を聞いた。


絵描き志望からロボットの研究者へ

 もともとは「絵描き」になりたかったという。大学時代も勉強はせずに絵ばかり描いていた。仲間と展示会も開いた。だが食ってはいけないとも感じた。そこで研究にも打ち込み始め、気がつくと計算機科学にハマっていた。

 もともと希望したのは当時流行の兆しを見せていたCGの研究室だった。しかし人気が高くジャンケンになったのだが、石黒氏は当日欠席。かわりにジャンケンした同級生が選んだのが、視覚認識の研究室だった。特にパターン認識を中心とした研究室だった。その後も、パターン認識が石黒氏の研究のバックボーンに常にあるという。最初は視覚移動ロボットの研究を行なっていたが、京大に移った後は、コミュニケーション・ロボットの研究に力を入れ始めた。

 なぜ視覚認識からコミュニケーションロボットだったのだろうか。石黒氏は自問自答するような、あるいはボケと突っ込みを自分一人でやっているような、独特の話し方でこう答えた。

 「認識とはなにか。体がないものには認識はありえない。だからロボットをやらなあかん。それでロボットなんですよ。じゃあロボットは何が面白いのか。認識の問題で面白いのは何か。モノを掴んで何かするよりも、認識するとは何か、認識するシステムは何かということを考えたい。根本には人間のような視覚機能を作りたい人間の様な何かを作りたい。人間のようなシステムを作りたいと興味を持てば、マニピュレーションやナビゲーションよりも、人と対話するロボットに興味が出てくるわけです。それに、工場のなかの研究はたくさんあった。そうじゃないもののほうがロボットの可能性を広げる可能性があると考えたわけです」

 人は、関わる相手を常に擬人化する。人は人間らしいものに興味を持つように出来ており、人と関わる部分、インタラクションに相当なリソースを割いている。それが、アンドロイド、ヒューマノイドに取り組むべき一番強い理由だ――。石黒氏はこう語る。


 コミュニケーションロボット「Robovie」を開発していた頃は、外見の問題には、まだそれほど関心を払っていなかった。しかし現在は違う。「外見は動きよりも重要です。ロボットらしいロボットが高度な制御で何か動いて見せるよりも、娘のコピーを作って見せたときのほうが、みんなは強烈な反応を示すわけですから。人間らしい見かけのロボットを作っただけで、受ける印象はぜんぜん違うわけです」。

 もちろん、コミュニケーションロボットでは「動きの設計」も重要だ。しかしそれと同様に「見かけの設計」も比べられないくらい重要なのだと強調する。人間の脳はあくまで人間とコミュニケーションするようにチューンされていて、人の姿に対する認識のモデルができているからだというのが石黒氏の考え方だ。

 「人間は、人間を相手にするときに最大限の能力を発揮するようにできている」という。

 しかしロボット――というよりも、コミュニケーションのための人工物一般の見かけの問題について、研究者はこれまであまり研究して来なかった。

 「人と関わるロボットを創ると言いながら、ものすごく重要な見かけの問題を無視してきた。今まで制御工学でマニピュレータの研究をやっていた研究者が、その勢いみたいなものでヒューマノイドをやってるからです。本当にヒューマノイドの意義を考え直してない。だから誰かが最初にやらないといけない、と気がついた瞬間に、研究を始めたわけです」

 こうして石黒氏が製作したのが前述の「娘のコピー」である。4年前に製作されたものだ。当時4歳だった娘さんに「ちょっと気持ち悪いけどじっとしていてね」といって型を取った。石黒氏は「僕は自分の娘ですから平気ですよ」とあちこち触っていたが、こちらは「触っていいですよ」と言われてもどこをどう触っていいのか、とまどいを感じざるを得ない出来映えだ。


当時4歳の娘をコピーしたロボット 「自分の娘ですから」と楽しそうに語る石黒氏

NHKの藤井彩子アナウンサーをモデルとしたRepliee Q1 expoを改良したRepliee Q2
 普通のロボットと違って鎖骨があり、肩胛骨もある。肌は特性のシリコンゴムだ。製造パートナーは、恐竜の「動刻」で知られる株式会社ココロ。選んだ理由は「メカをしっかりつくれることと、シリコンの扱いに馴れていること」だった。アンドロイドを作ろうと考えてから石黒氏はいろいろなメーカーにあたったが、当時、まばたき動作をしっかり作れるのはココロだけだったのだという。中の機構や表情の出し方など、ココロのノウハウが随所に詰め込まれて活かされているそうだ。

 もちろん、実際に子どもとも対面させた。このときのロボットは、眠くなってうつらうつらする動作などはそれなりに自然に実現できたのだが、うなづき動作などはガクガク震えてしまっていて、明らかに不自然だった。客観的に見てもかなり不気味だが、当のモデルになった本人にとっては相当に強烈な印象だったようで、当時、「二度とパパの学校には行かない」と言われてしまったという。

 次に作ったのが、NHKの藤井彩子アナウンサーのコピーである。普通の人には自分のコピーが知らないところで他者の視線にさらされることに耐えられないだろうと考え、人に見られることに馴れている職業、アナウンサーを選んだ。コピーロボット製作の過程はNHKの番組でも放送された。ただし現在では多少の修正を施し、全くのコピーではなくしているという。


【動画】アンドロイド「Repliee Q2」。顔の表情が変化する様子 【動画】体に触れられて抗議するところ 【動画】受付での受け答えの例

 ロボットには上半身だけで43本のアクチュエータが組み込まれており、プログラムによってある程度自動的に身振り手振りを行なうようにした。触られるとリアクションも返す。しかし、脳外科の先生に見せると「脳障害の人みたいだ」と言われてしまった。人間はもっとランダムに動く、というわけだ。おそらく脊髄で作られる高周波のリズムや大脳からの指令などもろもろが入り交じって、初めて人間らしくなるのだろうと考えられる。しかし、詳細は未解明だ。

 なお、石黒氏は奥さんのコピーロボットを創ることも検討したそうだ。しかしこれは「先生の奥さんをいじり回すのなんて勘弁して下さい」と、学生たちが嫌がった。もちろん学生たちは中の機構についても制御アルゴリズムについても詳しく知っている。しかし嫌だと言われた。このエピソードだけ聞いても、「形」には、我々が普段考えている以上の意味があることが分かる。


アンドロイドサイエンスとは?

人間らしさとはなにかを追求するために等身大ロボットが必要だった
 それにしてもなぜ全身ロボットなのか? 「人間は相手を擬人化して、より人間らしいものに親近感を感じるわけですが、そのエッセンスはなんなのか。何に対して人間らしさを感じるのかエッセンスを引き出したい」と石黒氏は語る。

 「そのためには、まず一回人間を作ってみて、引き算していくしかない。もうひとつはロボットらしいロボットを作って足していくというアプローチがあり得るわけですが、まず一回徹底的に人間らしいものを作ってみようと考えたわけです」

 ただ、工学的なアプローチだけではだけでは、どうやって近づけていけばいいのか分からない。そのため石黒研究室では、脳科学や認知科学者たちとも共同研究を行なっている。脳科学や認知科学、心理学、それぞれの学問分野には人間の認知メカニズムにおけるさまざまな仮説がある。それ検証するためのテストベッドがアンドロイドなのである。

 「人間と関わる機械は人間も研究しないといけないし、実際に実現もしないといけない。それを僕は『アンドロイドサイエンス』と呼んでいます。科学と工学が完全に融合した分野です」

 人と関わる機械と、機械と関わる人の本質を探求する。それが石黒氏の主張するアンドロイドサイエンスだ。アンドロイドをどう改良していくか。それはそのまま、人間らしさをどのように実装していくかという課題そのものである。現状のアンドロイドでも、2秒程度のごく短い時間だけ見せた場合、7割くらいの人は自分が見たものが人間かアンドロイドかの区別ができないそうだ。しかし、それがどのような理由によるのか、詳しい解析はこれからの課題である。

 現在、コミュニケーションロボットの評価は、対面した人間の目の動きや身体の動きの計測など生体計測と心理評価の組み合わせで行なっている。光トポグラフィーを使った脳活動の計測も行なっているが、まだ安定した結果がなかなか出ないという。


アンドロイドだと認知されていても人間らしさは維持できる

 面白いのは、形が人間型だと、相手がアンドロイドだと分かっていても、我々の反応は普通のロボットに対するそれとは違ってしまう。これまでの実験の結果、ロボットをコミュニケーション可能な存在だと感じているの人の場合、アイコンタクトの回数が多くなり、また、ロボットが腕をあげると自分も腕を上げるなど、無意識のシンクロ動作が見られるということが分かっている。

 視線に関しては、人間は、相手が「社会的な存在」だと思うと、ずっと目を見続けるのではなく、ある程度目を合わすと、そらす傾向がある。よくできたアンドロイドに向かい合うと、つい無意識に目をそらしてしまうのだという。また、人間は人間に対するときにはあるパーソナルディスタンス(個体間距離)を取る。アンドロイドに対しても、ある距離を無意識に取ってしまう。そのほうが普通の反応だという。

 石黒氏は「意識して考えれば『人間じゃない』と分かっているときも、無意識のレベルでは『人間だ』と判断しているのではないか」という仮説を立てている。人間の意識の下にある認識モジュールは、人間を見たときと同じように反応しているのではないか、ということだ。だとすれば、ほぼ人間に相対するのと同じようなリアクションを起こしてしまうのも頷ける。

 これは工学的にも意味があり、相手がアンドロイドだと分かっていても、アンドロイドに向かい合った人は、人間に対応するのと同じように振る舞ってくれる可能性があるということだ。であるのならば、アンドロイドは、アンドロイドとして認知されていても、人間らしいサービスを、人間らしい存在感を持ったまま提供できる可能性がある。

 相手をコミュニケーション可能だと思うかどうか。この概念を「コミュニカティブ」というが、これはコミュニケーションロボットにおいて重要なポイントである。相手をただの機械だと思うか、それともコミュニケーションできる相手だと思うか。それによって対面する人間の行動も変わってくる。何をどうデザインすれば、人工物がコミュニカティブな存在だと人間に認知されるのか? それが石黒氏らの研究テーマの1つだ。


ユビキタスは知覚を担当、ロボットは表現

体のほとんどを触覚センサーで覆ったATR知能ロボティクス研究所のRobovie
 石黒氏らも、いきなり全身アンドロイドの研究を始めたわけではない。もともと石黒研ではアンドロイドを作る前に、ロボット用の柔らかい皮膚と全身触覚の研究も行なっていた。コミュニケーションロボットならば柔らかい皮膚は絶対に必要だという考えによるものだ。

 最初に作った全身触覚付きRobovieは、廃熱の問題もあって大変だった。しかし現時点では300接点を持つ高密度高感度の全身触覚センサへと進歩しているという。配線は冗長性を持たせると同時に、込み入る配線の問題を解決するために、カスケード接続され、途中のノードで情報処理が行なわれるようになっている。

 たとえば、人に肩を叩かれるとそちらを振り向くといったことができる。事前に人間の動きや姿勢をモーションキャプチャで取り込んで反応パターンをクラスタリングすることで、どこを叩かれたときには相手がどういう姿勢を取っているか、顔がどのへんにあるかを学習していくのである。

 もちろん、センサネットワークとも組み合わされている。石黒氏は「もしロボットが社会に出て行くとすれば、ユビキタス技術や分散センシングによる高度な知覚機能との組み合わせは必須」と考えている。人間は、部屋に入った瞬間に何がどこにあるか分かる。しかし、そんなことができるビジョン技術やコンピュータはまだない。そのため、必要なセンサーは環境側に埋め込んで、必要なときに必要な情報を得られるようにしておく。

 「人間も街中で看板を見たりするでしょう。人間だって環境側インフラのサポートは必要不可欠なんですよ。なのに、自律ロボットだ、ロボットは自分で学習してなんとかしろという。そんな無茶苦茶なことはありえない。ここ10年20年であり得る解は、環境にセンサーを埋め込む、その中をロボットは動くというものです。だから両輪でやっています」

 ユビキタスは知覚を担当、ロボットは表現だ、というのが石黒氏の考えだ。「ユビキタス&ヒューマノイド・テクノロジー」がこれからのキーワードだという。

 もちろん、センサネットワークはロボットだけではなく、人間にとっても便利なものとして使える。石黒研究室にはあちこちに全方位カメラがつけられている。かつては床センサーを使って学生が部屋のなかのどこをどう動いているかといったことまでネットワーク経由で分かるようになっていた。

 万博でのアクトロイドのデモも、アンドロイド単体だけではなく、周囲に置かれたカメラや床センサーと組み合わせたものだったのだが、気づいた人は少なかったかもしれない。


研究室には全方位カメラがあちこちに設置してある 全方位カメラ

自分のコピーロボット「ジェミノイド」製作へ

石黒氏の全身をコピーしたロボット「ジェミノイド」(写真左)
 そして、次にどうするかと考え、結局、「自分を作らないと分からない」ということで作られたのがジェミノイドである。当初、名前をもじって「イシグロイド」とも呼ばれていたコピーロボットを作った理由はなんだろうか。

 「印象を聞きたくても(NHKの)藤井さんをしょっちゅう付き合わせるわけにはいかないでしょう。あとは、アンドロイドの可能性を広げるといっても、確かに状況に応じれば簡単な説明員くらいはできるでしょうが、他のロボットと同じで言語理解がボトルネックになる。10年20年でもっと普及するとすれば、人間の代理だと考えたわけです」

 石黒氏は、基本的にATRには出向かず、大阪大学のコンソールからジェミノイドを操作することで対処しようと考えているという。操作用の画面は6つある。カメラモニター用の画面が3つ、センサーモニター用の画面が2つ、操作用の画面が1つだ。


 「ATRは禁煙なんだけど、煙草を吸える部屋から操作をすればコミュニケーションの効率も上がるんじゃないか」と笑う。ちなみに、ジェミノイドはケーブルが出ている尻の穴以外は脚部も含めて全て動くようにつくられており、煙草を吸う真似ごともできるように作られているそうだ。なお歩行はできないし、開発予定もない。あくまでコミュニケーション専用だ。なお遠隔操作となるとタイムラグの問題が必ず出てくるが、そこは半自律動作を組み込むことで処理していく予定だ。

 インタビュー中に気づいたのだが、石黒氏には、煙草をくわえたまま、火をつけそうでつけない、何度か葛藤するような癖がある。何より、印象に残るのは、相手を通常の人より若干長めに注視したあとに、ふっと視線をそらす動作だ。そのような癖をロボット側にも実装できれば、一度石黒氏に対面した人ならば、かなりリアルに石黒氏自身の存在感を感じることができるかもしれない。

 では、こういうケースだとどうだろう。我々は人が後ろにいると、その人の漠然としたプレゼンス――存在感を感じる。では、アンドロイドだとどうだろう? まさにそういうことを調べたいのだと石黒氏は言う。

 「どこまで情報を流すと存在感を感じるのか。もともと人間は、すべて思いこみだけで、見られているという情報だけでバーチャルな感覚を作り出してしまっているのかもしれない。だとしたら、単純なことだけでアンドロイドも存在感を持てるかもしれないでしょう」

 石黒氏は、実は人間はごく単純な仕組みで存在感を感じているのではないかと考えている。多くの人が考えている「ロマンめいたこと」を打ち消してしまいたいと考えているそうだ。

 「とにかく、ごちゃごちゃ言っていても始まらないわけですよ。人間の存在感とは何かを調べるためには、これが必要なんです」


 いっぽう、逆に操作者のほうはどんな影響を受けるのだろう。石黒氏は「遠隔操作中は煙草が吸える」と言っていたが、話はそれほど単純ではないかもしれない。というのは、実際に操作してみると、操作者の気分や動きが、モニター画面を通じて見るジェミノイドの動きに引きずられる感覚があるのだという。となると、ジェミノイドが自由に煙草を吸えるようにならないと、操作者のほうもリラックスして煙草を吸う、というふうにはならないかもしれない。情報の流れは、一方通行ではないのだ。

 操作する人間のほうが、ロボットに対してうまく没入できるかどうか。それも今後の課題だが、石黒氏は「身体と心は分離可能だ」と感じ始めている。いっぽう、自分自身の身体の延長として捉えてしまう傾向もあるようだ。「アンドロイドは『逃げられない鏡』みたいなんですよ。乱暴に触られているとすごく気分が悪い」そうだ。「とにかく異様ですよ。僕は大抵のことは平気なんだけど、アンドロイドと2人きりの部屋にはいたくない」。

 自分でも「異様」だと感じてしまうものを作ってしまう。それが石黒氏なのだ。「調べようと思ったら作らないといけないでしょう。評価条件がたくさんあるんだから、自分をモデルにして作るしかない」。「僕に言わせれば脳科学の研究者はなぜ自分の脳を開いて調べないのかと。……こういうと、みんな黙っちゃうんだよね」。

 いずれにしても研究は今後だ。「脳科学の知見で言われていることは全て実装してみたい」という。人間の体はどういうことをアフォードしているのか。人間の身体と同じ外観を持つものに相対したとき、人間はどのような行動を取るのか。何が人間の存在感の本質なのか。それを調べることが目的である。

 石黒氏は「最後はアンドロイドはいらないかもしれない」と考えている。「エッセンスだけ取り出せれば身体はいらないかもしれない」。

 石黒氏は「パソコンはどうして四角なのか」といったことが気になるという。当たり前だと思っているが、理由が明確ではないもの、これまではデザイナー任せの部分にテクノロジーが入ってくると生産性があがる。どんなものでも最初はアートから始まる。だがインターフェイスデザインにもテクノロジーが入ってくると、最初は直感で作っていたものが、テクノロジーの領域に入り、大量生産できるようになる。「機械と人間の関わりにおいてもルールを明確化していきたいんですよ」。


人間のタスクの9割はコミュニケーション

 そもそも、なぜコミュニケーションテクノロジーにこだわるのか。石黒氏の解答は単純だ。「日常生活の大半はコミュニケーション」だからだ。

 「特定のタスクを切り出してしまえば、たいていインフラに埋め込めるんですよ。洗濯機みたいに。しかし、我々の日常生活は、9割はコミュニケーションでしょう。情報収集やコミュニケーションが仕事の大半です。特定のタスクは1割しかない。特定タスクは自動化できるから、どんどん自動化されていくでしょうが、もっとも大きなマーケットはコミュニケーションにあるわけです。そこにテクノロジーを入れたい。タスクは機械にやらせて、もっと頭を使うところに技術を入れる。知識社会の本当のゴールはそこにあると思っているんです。人間は、人間にしか使えない頭の使い方をするべきです」

 ではなぜロボットが必要なのだろうか。ユビキタス技術なりPCなりでいいのではないだろうか。これに対する答えが、冒頭の言葉である。

 「人間の脳がユビキタス技術に反応するなら、それでいいでしょう。でも、人間の脳の能力は人間にチューンされているんです。人間に対峙したときに最大の能力を発揮するわけです。人間をユビキタス漬けにして100年くらい経てばユビキタスだけで良くなるのかもしれませんが、現状は、我々の脳はリアルなものにもっとも反応するわけです。ですから、三次元で動くものは必要不可欠です」


まずは「9割」から

研究室は手狭になってきたがやりたいことは山ほどあるという
 研究室が大きくなりすぎたと語る石黒氏だが、今年になって、分子生物学の知見からロボティクスを考え直すための新たな研究プロジェクトを、大阪大学の柳田敏雄教授らと立ち上げる予定だ。さらにロボットにおける時間遅れの問題や、他者認識をさせるための手法など、やりたいことがまだまだふくらみ続けているようだ。

 大学や研究者社会に対する見方もシビアだ。「ヴイストンみたいな会社をつくったのは、リアルな問題のなかに工学の本当の問題があると思ったからです。工学は、リアルな社会の中から研究すべき課題を抽出すべきです。僕自身もサイエンスもやってるけれど、サイエンスに中途半端な憧れを持つのは不真面目。大学は世の中で何が起こっているのか見て研究テーマを設定しないといけない。しかし、ほとんどの研究が誰かのまねをしている。それは論文が書きやすいからということなんだろうけど、独自の視点で研究する研究者が少ない」と批判する。

 石黒氏の研究によれば、アンドロイドに人間の動きを完全にコピーさせていると、最初は鏡を見ているような感覚になるのだが、その動きのなかに時折ランダムな動きを交えると、急に対話している感覚に変わるという。極論すれば、適当に相手に合わせていて、時折ランダムなことをいえば対話が成立するかもしれないということだ。

 もちろん、人間が価値を見出しているのは、表面的に人の動きを真似た9割の部分ではなく、人まねではない残り1割の部分である。そこが大事なのだ。しかし「工学の立場からすれば、まずはロボットがちゃんと動くことが大事で、その意味では9割は真似でいいんだとなる」。石黒氏はこう語る。「ロボットを作る立場からすれば、まずは9割をちゃんと作るべきです。ところが、その9割を作らずして、残り1割だけ見ている研究が多い。工学は、能力を出さないと価値がないと思うんですよ。9割を作らずして1割だけやると、問題の本質を見失う可能性がある」。


URL
  【2005年3月23日】愛・地球博プレスプレビュー【ロボット&新エネルギープラント編】(PC)
  http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0323/expo05.htm

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2006/08/01 01:07

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