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ロボット・アナリストの視点
産業トーナメントの理論とロボット産業

Reported by 五内川拡史

 今後のロボット・ビジネスを考える上で、参入戦略、成長戦略と並び、撤退戦略を無視するわけにはいかない。新産業の立ち上げには、多くのプレイヤーと試行錯誤が付きもので、全ての企業、全ての製品が成功するわけではないからだ。

 そこで、大事なことはリスクへの対応であり、具体的には撤退コストの見積もりである。これらが十分低ければ、「ちょっとやってみようか」という意欲を喚起する。自動車でも、ブレーキに自信があれば、それだけ高速で飛ばせるようなものだ。

 ここでいう撤退コストとは、直接的な経費だけにとどまらない。具体的には、それまでの投資額と労力、技術が埋もれてしまうことによる社会的な機会損失、経営者や従業員の再雇用先の探索コスト、精神的あるいは業界イメージへの影響、など諸々を指す。

 今のところ、民生用ロボット事業立ち上げのハードルは高く、いざ撤退といってもコストが嵩みそうだ。産業政策立案や経営学的視点にたてば、このリスクをうまく緩和して、参入側をエンカレッジする仕組みを揃えていく必要があるだろう。


ソニーは撤退したが、AIBOはコンシューマロボット市場で一定の評価は得ていた
 実際、ロボット業界では、ソニーの事業撤退という先例がある。ソニーは、四足歩行ロボット「AIBO」を商業化し、人型二足歩行ロボット「QRIO」をメディアやイベントで活躍させるなど、ロボット開発及び商業化をリードしてきた。しかし、2006年には、リストラ策の一環としてロボット事業及び開発から撤退、AIBOも生産打ち切りとなっている。

 残念な出来事だが、撤退自体は経営判断である。むしろロボット産業の草創期にこうしたことが起こったので、ここからうまく教訓を引き出して、今後の糧としたい。

 第一に考えたいのは、大企業でのロボット事業の位置付けである。

 ソニーほどの大手企業になると、年商で1,000億円以上くらいないと、一人前の事業部門とはみなされないだろう。AIBOは累積300億円あまりを売り上げてきたと推定されるが、それでも確立した事業分野とは見なされなかったわけだ。

 実際、AIBOは峠を越したとはいえ、2006年段階でも一定の需要はあったし、プラットフォームとしても15万台の普及はあったわけだから、戦略展開の余地はあったはずだ。ロボカップではAIBOが活躍する4足ロボットリーグがメイン・イベントの1つになっていたし、機能的にもカメラの遠隔操作を付けて留守番機能を充実するなど、さまざまな展開がなされていた。それも、社内での最終評価には結びつかなかったわけである。

 事情は、多かれ少なかれ、家電、電機、自動車、重機なども変わらないと推測される。初期段階で少なくとも50~100億円の売上が期待できないと、事業化にゴーサインを出すのは難しいのではないか。

 その意味では、ロボットを継続研究し続けるには、大手自動車メーカーのように、きわめて長期の投資視点が欠かせない。体力があって、かつ先行投資と割り切ってR&Dができる組織であることが必須だ。あるいは、ロボット開発が不発に終わった場合に備えて、本業との技術的な相乗効果(例えば自動車のハイテク化、ロボット化)を計算しておく、といった戦略性も重要となる。

 第二に、従って、ロボット産業においても、他の新産業同様、ベンチャー企業の活用が望まれるところではある。年商数億円という数字は、大企業にとっては誤差の範囲にすぎないが、小さなベンチャー企業であれば企業運営が維持できる規模だ。売上高が伸びてくれば、株式市場の活用もできるかもしれない。

 この点から類推すると、大企業のロボット事業運営戦略として、スピンオフや分社化が有効になるケースも考えられる。一例としては、それまでの開発費を埋没コストとして処理し、身軽な形で企業内(グループ)ベンチャーとして組織再編するという方法が、ありうるだろう。


 第三に、これは業界全体の課題なのだが、ある企業が撤退した後の資産承継である。

 失われた'90年代を通して、多くの日本企業は「見切る」経営を実践してきた。リストラの一環として、事業からの撤退や人員のリストラなどが行なわれた。

 ただし、撤退は単純に事業を辞めて終わるものではない。それまでに蓄積された技術、ノウハウ、人材は、一企業のみならず経済社会全体にとっても貴重な財産であるはずだ。事業の失敗も、トップが判断を誤ったのか、既存組織では十分力が発揮されなかったのか、時代に先駆けすぎたのか、はたまた単に運が悪かったのか、本当のところさまざまな理由が考えられる。それをもって、蓄積したチームやノウハウを雲散霧消させることは、時に大きな社会的損失となるかもしれない。

 目を転じて米国シリコンバレーを見ると、個々の企業や事業の優勝劣敗は日常茶飯事なのだが、その「負け組」とみなされた企業から技術や人材が、同じ産業界に承継される。すなわち、撤退企業からは、頻繁なM&A(部門売却含む)や知的資産の売却、転職やヘッドハンティングによる人材移転により、ノウハウと資産が同一業界に引き継がれるのだ。加えて、ベンチャー設立やMBO、EBO(経営者、従業員バイアウト)等により、チームごと新会社に移行する場合もある。

 他方、チャンピオン企業は、自前主義の強さだけで勝ち残るのではなく、業界全体のリソースを吸収し、結集することにより増幅していく。これは、一種のトーナメント方式であり、産業全体の技術と人材を集約するプロセスでもある。

 典型的な例をあげるとすれば、インターネット接続機器のルーターで世界トップ・シェアを握る米国シスコ・システムズだろう。同社は、M&AをR&Dの有力な補完策の1つとして活用している。買われた会社の人材が、続々と同分野のチャンピオンたるシスコに結集していくのだ。

 もちろん、日本の大企業には、社内配置転換という制度がある(対して米国では、事業撤退時は部門ごとにリストラされやすい)。実際、情報通信分野やエレクトロニクス産業の常として、ある社内プロジェクトの失敗の経験が、次回の別の社内プロジェクトに生きるというケースは、しばしばある。

 とはいえ、逆に、異なる技術分野への異動や職種転換(技術→マネジメントなど)の結果、専門分野で優秀なスペシャリストと見なされたエンジニアが、一気に凡人化するという事例が見受けられることも事実だ。

 社会的な価値最大化という意味では、社内配置転換も、社外の新しい器を活用する仕組みも、同程度に使いやすく、同じくらいの蓋然性で開かれていることが望ましいのだろう。

 日本のロボット業界でも、試行錯誤は当面続く。そのとき、ロボット産業全体として、技術と人的資源をサルベージし、承継、蓄積していけるかどうかが新産業離陸の鍵になる。えてして自前主義に陥りがちな日本企業にとって、こうした継承戦略は、最大の経営的チャレンジと言えるだろう。


URL
  【2006年1月27日】ソニー、AIBO、QRIO、QUALIA撤退(PC)
  http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0127/sony.htm




五内川拡史
(株)ユニファイ・リサーチ代表取締役社長。野村総合研究所、野村證券を経て現職。製造業、IT産業におけるリサーチ、戦略立案、新事業立上げ支援など経営コンサルティング業務を行なう。経済産業省ロボット政策研究会委員(05)、東京大学産学連携本部共同研究員(03~現)、同先端科学技術研究センター産学官連携研究員(05)。



2007/04/23 00:00

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