ロボット業界で活躍する人々にお話を伺っていく「ロボット業界キーマンインタビュー」。今回はベンチャー社長編として、自作ロボットキット「KHR」シリーズを手がけた近藤科学株式会社 近藤博俊氏にお話を伺った。
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26日に発表されたKHR-2(左)とKHR-1
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近藤科学株式会社は新型ロボットキット「KHR-2 HV」を6月2日より出荷すると発表した。2年前に発表されて4,000台以上を売り上げた「KHR-1」の次世代機となる。部品点数を減らしてコストダウンし、同時にパワーアップした。オープンプライスだが店頭実売価格は9万円弱。目標累計出荷台数は「8,000台」である。
プロポやサーボ、スピードコントローラーなどのラジコン部品メーカーである近藤科学から、小型二足歩行ロボット組み立てキット「KHR-1」の予約受付が発表されたのは2004年1月のことだ。3月から予約受付開始、6月に出荷された。
近藤科学が中心となり、株式会社イトーレイネツ、株式会社イクシスリサーチらの協力も得て開発した「KHR-1」は身長34cm、重量約1.2Kg。17自由度を持つ小型ロボットである。同社が開発した「KRP-784ICS」サーボモーターを関節に使い、PICマイコンを使ったコントローラーで制御する。設定はRS232C経由でPCを接続して行なう。大きな特徴は、ロボットの関節を実際に動かして作った姿勢を覚えさせる「教示機能」を持っていること。この機能を使うことで、初心者でも簡単にモーションを作成することができる。
価格は126,000円。オプションとしてジャイロセンサーや無線キット、補強キットなどを付けることができる。現在は、足の付け根の旋回軸やジャイロを追加した「バリューセット」も136,000円で発売されている。
初回ロットは、わずか500台だった。「やめとけ、売れるわけがない」と言われたこのロボットが、売れた。発売からほぼ2年たった現在では、通算4000台以上売っているという。単純にかけ算するとこれだけでも5億円以上の売上だ。ささやかではあるが、何もなかったところにこれだけのマーケットが出現した意味は大きい。
購入者は、若い世代だけではない。鉄腕アトムや鉄人28号などにあこがれをもっていた、いわゆる「団塊の世代」が買っていくことも多い。中にはおじいちゃんがスポンサーで、子どもが組み立てて遊んでいるというケースもあるという。
簡単とは言ってもやはりロボット。本当の素人にはなかなか難しいところもある。そこで昨年12月からは株式会社アールティと共同で、秋葉原でロボコンスクールも開講し、組み立てや設定そのほかを指導している。一回の受講者は平均して2~3人程度だという。
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近藤科学本社
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入り口には同社が扱ってきたプロポなどがズラリとならぶ
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● KHR-1誕生物語
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近藤科学株式会社代表取締役社長 近藤博俊氏
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なぜ、近藤科学はホビーロボット事業に参入を決めたのだろうか。「もともとロボットをやりたかった」と近藤博俊(こんどう・ひろとし)社長は語る。いま52歳。自身もアトムや鉄人、エイトマンなどを見て育ち、ロボットに夢を持っていた。
ロボットに何らかの形で関わりたいと思ったのは10年ほど前のことだという。ホンダのロボットP3が発表された頃だ。ただ、きっかけが掴めなかった。
ところが4年ほど前、2002年の年末頃に事件が起きた。「PDS-2144FET」というパワーデジタルサーボモーターが市場から消えたのだ。サーボモーターは普通、ラジコン1台に1つか2つしか使わない代物だ。同社では首をひねったが、実は、ホビイストたちがロボットの関節に使っていたのである。
背景には、二足歩行ロボット格闘技大会「ROBO-ONE」をきっかけとしたホビイストたちの盛り上がりがある。第1回ROBO-ONE大会が開催されたのは2002年2月2日~3日のことだ。そして同年8月10日~11日には第2回大会が開催されている。それがメディアで報道されるに連れて、徐々にロボットに興味を持ち、自分も造りたいと考える人たちが増えていったのである。
それ以前にもロボットの関節にサーボを使っていた人たちはいた。現在、千葉工業大学未来ロボット技術研究センター(fuRo)所長を務める古田貴之氏らは、青山大学理工学部情報テクノロジー学科富山研究室の助手時代に「E-SYSヒューマノイドプロジェクト」を進め、'96年から小型ヒューマノイド「Mk.シリーズ」を試作、'96年5月のMK.0を最初に、2000年5月にはMk.5を完成させている。このロボットは関節にサーボモーターを使っていた。
また、当時、同時多発的に関節にサーボモーターを使ったロボットを試作していたホビイストたちがいた。ROBO-ONEを始めた西村輝一氏もその一人である。西村氏は2001年にウェブで近藤科学の「PDS-2123FET」と「PDS-2144FET」を使った二足ロボットの制作方法を解説し、同時に、後にROBO-ONEとなる大会のルールを検討している。
そして、ROBO-ONEが始まると同時に、サーボモーターのニーズが爆発的に増えた。ロボットは1台あたり20個くらいのモータを使う。そしてROBO-ONE参加者の多くはインターネットを使って情報交換をしていた。近藤科学のサーボが「使える」らしいという情報はあっという間にホビイストたちの間に普及し、一個あたり14,000円するサーボがまとめ買いされていった。そして、メーカーの知るところになったというわけだ。前述したように、通常のラジコンではサーボはせいぜい1個か2個しか使わない。それがいきなり異常なペースで売れ始めたのだから驚いたのも無理はない。
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近藤科学株式会社 営業部 平井利治氏
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今となってはサーボモーターをホビーロボットの関節に使うのは当たり前になってしまっている。だがメーカーからすればまったく想定外の使われ方だった。営業部の平井利治(ひらい・としはる)氏は当時の衝撃をこう振り返る。
「サーボモーターは、ラジコンの世界ではあくまでコントロール用に使われる二次的なものなんです。それがロボットでは、いわば心臓部に使われていた。しかも本来、メーカーとしては避けてもらいたい、かなり無茶な使い方をされていた(笑)」
近藤科学のサーボモーターがロボットのホビイスト達に支持され使われていた理由は、他社のそれよりも無理を利かせても精度が出たからだった。
いまのラジコンの世界はコンマ数秒を競い合う世界だ。選手たちはコンマ一秒でも早く走るために本物のF1のように競い合っている。そこで世界チャンピオンにも使い続けてもらうために技術を磨き、作り続けてきた同社の技術が、思わぬ形で活かされる形となったのだ。
さっそく同社でも、株式会社ベストテクノロジーが48万円で販売していた二足歩行ロボット「FREEDOM」を購入し、研究した。ROBO-ONEにも足を運んだ。そして、2003年からROBO-ONE出場者でもあるイトーレイネツの吉村浩一氏や、イクシスリサーチの山崎文敬氏らの協力も得て、KHR-1を開発。2004年に発売に至ったのである。
KHR-1は、実は先に価格ありきで始まったのだという。当時、ホビーロボットをサーボを使って作ると、どんなに安くても20万円~30万円はかかった。ホビーとしてはあまりに高い。できれば10万円台前半にしたい。「その話が先に色んなところに出回って、新聞にも書かれちゃったんですよ」と平井氏は苦笑する。
新聞にまで出てしまうと、10万円台にせざるを得ない。そこでまず、軽量化に取り組んだ。ボディを軽くすれば、トルクの少ないサーボモーターを使えるからだ。そしてラジコンで培ったノウハウを活かしてサーボをロボット用に改造し、なんとかコストを抑え込んだ。
ただ、バランスは出来る限り良くした。その結果、KHR-1は綺麗に組めば側転もできるロボットキットになった。パッケージも、「開けた瞬間に、『これを作ってみたい』と思える質感にこだわった」(平井氏)。こうして、ホビー用二足歩行ロボットキット「KHR-1」が誕生したのである。先日開催された「KHR-2」の発表記者会見で九十九電機の鈴木社長は「歴史に残るロボット」とKHR-1を評価した。
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近藤科学内にある工房。KHRシリーズはここで開発された
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こだわりの質感を受け継いだKHR-2のパッケージ
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KHR-1のプロトタイプ。すでに製品版とほとんど変わらないシルエットになっている
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● 憧れと夢、「意欲」と「タイミング」の巡り合わせ
現在ではKHR-1以外にも複数のロボットキットが登場している。なかにはKHR-1よりも簡単に組み立てられるエントリーモデル的なロボットキットもある。今からみれば、KHR-1の発売は、まさに時宜にかなっていたように思われる。
だが当時、商売としては、どのくらい勝算があったのだろうか――?
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KHR-1を手にする近藤社長
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「いや、『やるっきゃない』って感じだった。やろうという根拠も漠然としていたんだけど」と近藤社長は笑う。確かに、ロボットに対する憧れはあった。だが最初は、まさか自社のサーボを組み上げてロボットができるなんてことも思っていなかった。
「まさに、なんていうのかな、巡り合わせみたいなものでね。意欲がなかったら、そこに到達しなかっただろうし。意欲があってもそこに巡り会わなかったら到達しなかっただろうし。絶妙なタイミングだったんだと思いますね」(近藤社長)
今後は、KHR-2を中心にいろいろなカテゴリへと発展させていきたいという。たとえばボディにしても、サーボとケーブルむき出しではなく外装をつけるといった方向だ。自社だけではなくサードパーティ製の外装も含めて、ビジュアル、外見にもこだわっていく。
もともとKHR-1は近藤科学だけではなく、KHR-1を中心として、改造・補助パーツを発売する他社との協力関係で発展してきたところがある。近藤社長も「うちだけではやりきれないから」と歓迎の方針だ。
また、教材用としてのロボットキット・ビジネスにも力を入れていく予定だという。既にKHR-1はいくつかの学校に教材として採用されている。
KHR-2をさらにチューンナップする商品も既に検討中だ。動きの軽快さをさらに向上させ、より動くロボットを作っていくという。また、自律性を上げて、センサーなども開発し、より大型のロボットや、ハイエンドなロボットも作っていきたいという。
さらに今後は、ロボットで培った技術を本業のラジコンへフィードバックさせていくことも考えているそうだ。同社は、ICSというラジコン機器とPC間で通信するための規格を推進している。それをさらに普及させ、より高度な制御を行なうラジコン製品を実現していくことも狙っている。実際のクルマもどんどん高度化し、中身はほとんどロボットと呼んで差し支えない制御が行なわれている。それと同じ事をラジコンの世界でもやろうというわけだ。
● 全てがロボットになっていく
近藤科学の事業の中心はホビーである。だが近藤社長は、ホビーのみにこだわっているわけではない。
「いまはまだホビーロボット元年なんですよ。どんなふうに広がっていくか分からない。それにロボットには『こうだ』と決められないくらいの幅がある。これからは車もロボット化していくし、家のなかでもロボット技術が使われていく。電子制御するものは家電だってロボットになる。単に二足で歩くのがロボットだというわけじゃなくて、全てがロボットになっていく。そういう感覚で考えていかないと乗り遅れていっちゃう」(近藤氏)
官公庁が出すロボットの未来を占う市場マップには、ホビーロボットは想定されていないことが多い。だが逆に、ホビーロボット業界初のヒット商品を出した社長は、ロボットの市場全体を見据えていた。
■URL
近藤科学
http://www.kopropo.co.jp/
【2005年7月4日】ROBO-ONE GP in 秋葉原 & KHR-1ファーストアニバーサリー開催(PC)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0704/robo.htm
【2005年2月10日】【石井】夢の二足歩行ロボットキット「KHR-1」徹底レビュー(第3回)(PC)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0210/digital013.htm
【2005年1月14日】【石井】夢の二足歩行ロボットキット「KHR-1」徹底レビュー(第2回)(PC)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0114/digital012.htm
【2004年12月24日】【石井】夢の二足歩行ロボットキット「KHR-1」徹底レビュー(第1回)(PC)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/1224/digital011.htm
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2006/05/29 00:01
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