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「今年のロボット」大賞2008 記念シンポジウムレポート【招待講演編】
~ベンチャーキャピタリスト原丈人氏、脳科学者・茂木健一郎氏らが講演


 12月20日(土)、青山TEPIAにて「今年のロボット」大賞2008記念シンポジウム招待講演が行なわれ、ベンチャーキャピタリストの原丈人氏、脳科学者の茂木健一郎氏らが講演した。テーマは、「イノベーションを支える企業と人」。


知の社会サイクルを回すためには「繋ぐ」ことが重要

東京大学先端科学技術研究センター 知的財産・社会技術研究室 助教 西村由希子氏
 はじめに進行役を務めた東京大学先端科学技術研究センター 知的財産・社会技術研究室助教、文部科学省技術参与の西村由希子氏が演台に立った。西村氏は「知的成果」「社会との懸け橋」「人財」をテーマに活動を行なっているという。かつては化学の研究に従事。現在はNPO経営や文部科学省の仕事も併任している。絵本の読み聞かせを使った知財教育を行ない、小学校3年生以上であれば、発明の価値や楽しさを伝えることは可能だという。また社会技術論的視点からケータイのワークショップも行なっている。基本的に人と一緒に何かをすることに興味があるという。

 ロボットとはほとんど接点がないとのことだが、愛知万博にも出展された窓拭き掃除ロボット「ウォールウォーカー」を開発している香川大学発のベンチャー、株式会社未来機械の社長・三宅徹氏と大学時代からの友人で、同社の知財顧問を務めているとのこと。

 なお会場で西村氏の問いかけに対し、「ロボット関連分野に関わっている」と応えた人はわずか1人。今後ロボット関連分野に関係したいという質問に挙手した人は数名。会場のほとんどの人がロボット関係者ではなく、かつ、2人の講演を初めて聞く人ばかりという聴衆構成だった。ただし実際には、挙手はしなかったものの会場のなかにはチラホラとロボット関係者たちの顔が見えた。


株式会社未来機械の知財顧問でもある 来場者に質問する西村氏

 西村氏は「知の社会サイクル」があるとすれば、コンセプトは「つなぐ」ということだと考えているという。知の社会サイクルとは発見を具現化し、それを伝達して応用、社会還元、そしてまた発見・創造を行なうという繰り返しプロセスだ。またそのためには継続する覚悟、自分たち自身が変わることへの意識、連携すること、そして「緩衝材」となるような人材が重要だと述べた。西村氏は「知」を発信して、繋いでいくことができる人のことを「起業人」と呼んでいるそうだ。

 さて、科学や技術が世にでる上で、サイエンス、テクノロジー、サービス、カルチャー(フューチャー)という一連の流れを考えると、まずサイエンスがシーズとしてある。そこから技術あるいはサービスの中からニーズを見出し、あるいはアプリケーションを考えたり、テクノロジーのシーズから考えていくパターンが多い。人工知能は例外的で科学と技術の間を行ったり来たりしている。ただロボットはこのような考え方が成立しにくい分野で、シーズ、テクノロジー、サービスの間を行ったり来たりしているように見えるという。

 西村氏は、「大学人には特定分野だけにとどまってしまう人が多い。既存のサービスを無視したり、自分のフィールドから動かない人が多い」と指摘し、それぞれの領域を繋いでいくためにはどういう考え方が必要かと問いかけ、各領域を繋ぐための気づきの提供がこの講演でできればと述べた。このあと西村氏は、原、茂木両氏の経歴とこれまでの著書から引用した語録を紹介し、両者の講演へと繋いだ。


知の社会サイクル シーズ、技術、サービスへの直線的な流れが考えにくいロボット

ポストITコンピュータ時代の新産業を日本で創出するためには

DEFTA PARTNERSグループ会長 原丈人氏
 原丈人(はら じょうじ)氏は、DEFTA PARTNERSグループ会長で財務省参与、国連経済社会理事会IIMSAM常任諮問団特命全権大使、アライアンス・フォーラム財団 代表理事、首相諮問機関 政府税制調査会特別委員、産業構造審議会臨時委員などを務めている。講演では、投資や税制、そしてコンピューティングや次世代産業だけでなく、「企業は株主のもの」という考え方は間違いであるとか、サブプライム問題や排出量取引証券化ビジネスに関する原氏の持論など、幅広い話題が展開された。なお原氏は『21世紀の国富論』という著書を平凡社から出している。講演内容は本の内容とほぼ重なっているので、より詳細に興味関心がある方はそちらをお読みになることをおすすめしたい。

 原氏は中央アメリカの遺跡に魅せられて以来、長年、遺跡発掘に興味があったという。20代半ばでは古代人の移動経路の研究に従事した。さらに研究を深めるためには資金が必要になる。原氏は、19世紀ドイツの考古学者ハインリヒ・シュリーマンのように自分で大金を稼いだあとに発掘を行なおうと考えた。そしてマーケティングやファイナンスなどビジネスを英語で勉強するためにスタンフォードで勉強した。このときにMicrosoftのスティーブ・バルマーらが同じように学生として在籍していた。さらにスティーブ・ジョブズも毎週のように遊びに来ており、自由闊達で面白い時代をすごしたという。

 その後、原氏は考古学研究時代に使っていた光ファイバーに目をつけて、29歳で事業を起こした。光ファイバーを使った巨大ディスプレイの会社ジーキー・ファイバーオプティクスである。同時にエンジニアリングを工学部で学び直した。当時、学生が作った会社としては先駆けだったという。原氏は成功をおさめたこの会社を1983年に売却する。そして1985年には成功体験と資金をもとにして、いまのデフタ・パートナーズという投資会社を作った。

 面白い会社に投資すると同時に、経営にも関与するというのが方針で、自らが創業者のようなものだという。そして人事権と財政権を掌握しながら、会社を大きくしていく。数年前からは上場せずに非上場で外部資金を調達する方法を考えろという方針にしているそうだ。また最近流行の「コンプライアンス」についても「人を疑うことを前提にしたシステム。お金がかかって仕方がない」と一刀両断した。


原氏の考える先進技術の融合化と産業化への波及効果。2040年にはアナログ革命が起こるという
 原氏は「先進技術の融合化と産業化への波及効果」と題した図を示し、これからの時代を展望した。原氏は「パーベイシブ・ユビキタス・コンピューティング(PUC)」という概念を1995年に名づけて提唱している。そして「2015年にはパソコンは消えてしまうだろう」と語る。パソコン登場以来、おおよそ18カ月間で電動タイプライターが消えてしまったように、2015年にはパソコンも新しく普及する道具に取って代わられて消えてしまうという。だがそれさえも2040年には限界が来る。そのころには「アナログの革命」が起こる、と持論を述べた。その時代にはコンピュータサイエンスとライフサイエンスが融合するという。コンピュータ業界には先がないと考えているという。

 今の基幹産業はITだ。原氏は「基幹産業だけが雇用を作り、人を豊かにする」と語る。その前は鉄鋼、さらに前は線維が基幹産業だった。人口も産業の中心地に集中する。だが基幹産業には必ず寿命がある。線維産業は、もちろん今もある。同様に、コンピュータ産業もなくなりはしない。だが「新しい富を作り出す役割からは退かなければならないのは明らかだ」と原氏は語る。

 では次は何か。原氏はそこは具体的に語らなかったが、「PUC」の技術要素は何かと考えて、「ポストコンピュータ分野」のおぼろげな姿が見えてきており、投資を始めているという。例として画像処理などを挙げた。

 原氏は「成功体験は新しい分野に進出するのを邪魔する」と語り、既存のコンピュータ産業は計算速度中心主義に陥っていると述べた。現在のコンピュータは、コミュニケーションのために計算するための機械を使っているから使いにくいのだとし、どんどんコンピュータ化しつつある情報家電の類はある日突然、誰も使わなくなると述べた。ユーザーインターフェイス向上のためにCPUをいくらいれても計算量の無駄だと考えているという。2015年頃には、新しい、双方向対話の基礎技術を作りながら、現在のソフトウェアとの互換性を持つアーキテクチャを持つ企業が生き残っていくと考えているという。


次の基幹産業はコミュニケータ? IT産業革命が起きるという

 原氏は「他社とまったく差別化できる、圧倒的な技術を持ったものに興味がある」という。たとえば同じレベルのサービスが他にあるなら色々交渉が必要だが、他にないなら自由に値付けができる。今でも、考古学に役に立つ技術であるという視点も重視して投資しているそうだが、特に技術を使ってカネを儲けて、世の中に役に立つためにはどうすればいいかということを重視しているそうだ。

 昔は、会社を立ち上げるにあたって何のために会社をやるのかを考えるために色々な会社を回り、多くの創業者たちに会ったという。その1人に立石電機製作所の立石一真氏がいた。現在のオムロンである。立石氏の紹介で同社の身体障害者福祉工場を訪れると、検査工程で目の見えない人が働いていた。立石氏は「これは慈善活動ではない」と語ったという。社会にはもともといろいろな人たちがいるわけで、その多様な人たちに対してチャンスを与えることが重要であり、日々そのように考えることが重要なのだということを学んだという。

 原氏は金融工学テクニックで株価を上げる会社やファンドを激しく批判。株価は低くても真面目にコツコツやっている会社こそが重要であり、景気が悪くなり一攫千金の風潮がなくなった今こそ逆にチャンスだと述べた。日本で次の基幹産業であるポストコンピュータ分野を興し、「日本人にとっての日本」「先進国にとっての日本」「発展途上国にとっての日本」、いずれにおいても日本が世界にとって必要な国になることが重要だという。

 その役割を日本が担うためには実業の例を3、4作って、流れを作り制度を変えていく必要がある。税制を変える必要もある。民間人の立場からやってもしょうがないので首相に対して提案して諮問機関の税制調査会や財務省などでも発言しているそうだ。もともとは米国でやるつもりだったが、米国が考えた次の産業は金融だった。金融はあくまで脇役であり、産業の付加価値を上げるべきだと考える原氏は、「会社は株主のもの」という間違った考え方が今回の金融バブル崩壊を引き起こしたと批判した。またマネーゲームの次のマーケットとして「温暖化の排出権取引」を考えている人たちがいると語り、「ものを大切にするという立場からは二酸化炭素削減には賛成だが、考古学的に考えるともともと寒いところが温暖化すれば普通は人口が増える。その点だけ見れば温暖化は寒冷化に比べると害がないといえる」と続けた。現在、排出権をどんどん買っている国があるが、彼らはそれを日本に転売するつもりであり、「マネーゲームをやる連中の力はまだまだ強い」ので警戒が必要であり、それに対応するためにもこつこつと日本の産業を作り出したいという。


バングラディッシュ・ブラック・ネット社の仕組み
 原氏は、次世代の技術を日本から生み出し、発展途上国、特に非常に貧しい後発途上国の発展を考えているという。原氏はバングラディッシュに作った「ブラック・ネット」という会社を例として紹介した。ブロードバンドを使ったビデオコミュニケーション技術を提供しているというこの会社は儲けた利益の4割を医療や教育に使うために、株式会社とNGOのハイブリッドという仕組みを取っている。「会社は儲からないといけない。それも徹底して儲けるものだ。奉仕活動だけの会社は私のビジネススキームにはない」と、儲けることの重要性を原氏は強調する。儲けないと続かないからだ。

 また大容量のデータをリアルタイムに圧縮する画像圧縮技術「XVD」というロシア製の技術を原氏らの会社が実用化したものを紹介した。処理の遅いプロセッサであってもブロックノイズを出すことなく高画質の画像を送ることができるという。たとえば人間の目は夜間など帯域幅が制限されてしまう環境では、輪郭だけはしっかり残すが面の部分をぼかすことによってブロックノイズが出ないようにしていると考えられるのだという。このような新しい技術とビジネスモデルを使うことで、同じことをやるにしても数十分の1の投資コストで事業ができるようになる。途上国において技術で社会改革や教育改革を実行するためには役職を持っていたほうがいいだろうということで、EU選出の国連大使もしているのだという。

 原氏は最後に「次の時代の日本の基幹産業を立ち上げ、金融バブルで疲弊した欧米に提供して立ち上げていきたい。そのために税金が世界で一番安い国にするにはどうすればいいか政治家に提案している。技術は何のためにあるのかと考えることが重要だ。いつ上場するのかではなく、何のために自分たちの事業があるのかと本当に感じる人がたくさん生まれる可能性があるのが日本だと思っている」とまとめた。


ブラック・ネット社の仕組みは理想的な途上国支援モデルとして紹介されているという リアルタイムエンコーディング技術を持つXVD社

0.1秒で世界は変わる

ソニーコンピュータサイエンス研究所 シニアリサーチャー 茂木健一郎氏
 茂木健一郎(もぎ けんいちろう)氏は脳科学者でソニーコンピュータサイエンス研究所 シニアリサーチャー、東京工業大学大学院連携教授、東京芸術大学非常勤講師などを務める。茂木氏は「脳とロボットは深い関係がある。脳を理解したというときの最後のテストはロボットを創ることだろう」と講演を始めた。茂木氏の東工大の研究室では、身体イメージや神経経済学、言語の発達や自発的活動、マイクロスリップなどの研究を行なっている。なお今回の茂木氏の講演内容はソニーCSLシンポジウムでの講演などとも重なっている点も多い。興味がある方は合わせてお読み頂きたい。

 脳科学者は「錬金術師のような状態」にあるという。錬金術師は第一原理を知らないまま、金を作るためにさまざまな薬品や素材をいじっていた。それと同様に、今の脳科学はまだ心を生み出す過程の第一原理を知らない。脳は物質であり、そのふるまいを方程式で描くことができるものだ。その物質である脳からクオリア(感覚質)が生まれるのか。茂木氏は「これはきっと解けない。でも面白いことやっていればいいんです。我々は人間の精神の名誉のために研究しているわけですから」とジョークを交えながら講演を続けた。

 進化の過程をダーウィンが『種の起源』(1859年)でほぼ合理的に説明し、クリックとワトソンがDNAの二重螺旋モデルとして解く(1953年)までにおおよそ100年かかっている。それと同じようにシステムとして心が物質の脳からどう生み出されるかをとこうと思ったら100年単位で時間がかかるのではないかと茂木氏は語った。ただそれ以前に1個1個の神経細胞の仕組みや細胞内部の分子過程など物質的基盤を解明する仕事が残っている。ただ脳と心の問題については、進化における突然変異と自然選択のようなコンセプトすらまだ提出されていないのが現実だ。方程式で挙動をかける物質である脳になぜ心が生まれるのか、脳に心がどう宿るのか。その問題を解くことはまだまだ難しい。


茂木氏らのソニーCSLでの脳研究のターゲット 研究と研究者の一覧

contingency(偶有性)
 茂木氏がいま注目している概念が「contingency」、日本語で偶有性(ぐうゆうせい)だ。現象は統計的にある程度は予想できるが、予想できないこともある。それが生命現象、認知現象だという。ガチガチに記述されて動作するロボットはこういうことができていないが、脳は偶有性に基づいた「ゆらぎのあるシステム」なのだという。「ロボティクスはそこに突っ込めていない」と茂木氏は語った。

 たとえば脳における記憶のシステムはコンピュータとは違う。コンピュータはユーザーがタイプするものをすべて記録する。だが脳は情報を取り入れるときに既に選別している。脳にエンコーディングして記録する段階で既に選択をかけている。たとえばイベントがあったときの記憶は強く残っている。また、時代時代に芸能の世界には「一発屋」がいるが、その一発屋の顔認識を調べると、顔認識過程そのものは同じなのに時代ごとに処理が異なるのだという。いつ記憶されたかによって脳の活動は変わるし、入ったあとの編集によって「エピソード記憶」が徐々に「意味記憶」に変化していく。茂木氏の研究室では、記憶の編集に関わるカテゴリ形成の過程の神経ダイナミクスや、幼児のカテゴリ形成などを調べているという。今のところ幼児はよく知っているものは音声ラベルに頼ってカテゴリ分けするが、あまり知らないものは感覚的な理由で分けているといったことが分かり、そのような「不均一なストラテジーが記憶のカテゴリ形成では重要らしい」という。

 このほか茂木氏は錯聴(錯覚)の一種である「マガーク効果」をSOM(自己組織化マップ)を使って再現する研究の一部を紹介した。どういう母国語の環境におかれるかによってこの錯覚は異なるのだが、そのような特徴を再現することに成功したという。現在はこの錯覚における視聴覚の非対称性が何によるのかを調べているそうだ。


カテゴリ形成に関する研究 SOMを使ったマガーク効果の研究

アハ!ピクチャー
 次に茂木氏は「これからの日本に一番大事なものは何ですか。創造性ですよね」と呼びかけた。脳の学習メカニズムからすれば「バブル」は必要だという。急上昇して急降下するのがバブルだが、脳の学習のためには非常に短い時間、あのようなカーブを描く神経活動が起こる必要があるという。茂木氏は「ひらめきは0.1秒で起こる。一度上げて下げるというのは脳にとっては重要」と語り、テレビ番組でもお馴染みの「アハピクチャー」をいくつか見せた。なお「アハ!ピクチャーラボ」、あるいは「アハピクチャーモバイル」を使えばケータイで写真を撮って送るだけで自動的にアハピクチャーに変換してくれる。

 「アハピクチャー」を見て分かったときと分からなかったときの脳活動の差をEEG(脳波)等で調べている様子を示し、茂木氏は「0.1秒で世界は変わって見える。それが僕の喜びです」と語った。もう1つ大事なことがあるという。脳は、分かったその瞬間にバーッと神経細胞のネットワークを組むが、あとはバラすようになっているという。普段の脳は感覚情報に運動情報を変えるという仕事をやっている。だが、ひらめの瞬間にはそれをやらない。あえて0.1秒のひらめきの間は制限される。「ひらめきを拾うためにはある程度余裕がなければならない。ある程度余裕があって、いまの業務を停止できないとひらめきには向き合えない」という。

 茂木氏が注目しているのが「Tip of Tongue(TOT)」という舌の先まで出ているけど言葉が出ない瞬間の脳活動。言葉が出てくる前、ひらめく直前に脳で何が起きているのか調べることで、創造性をどうやったらファシリテートできるのかについて調べているという。


強化学習における確実な報酬と不確実な報酬のバランス
 脳の学習の仕組みは基本的には強化学習で、これはいわゆる教師なし学習にあたる。何が正解かは脳は教えてくれない。数学者にとっては小難しいことを考えるのが嬉しいように、人にはそれぞれの経験、喜びがある。

 茂木氏は福沢諭吉の「学問のすすめ」を挙げた。あの本で福沢諭吉が言っていることは自分で考えて自分で行動して立て、それを言っているだけだという。いま時代は、組織に頼っていけない、肩書きに頼れない時代になりつつある。茂木氏は「俺たちの時代が来たなと思う。正解がない時代ほど楽しいことはない。いい時代ですよね」と会場に呼びかけた。脳は不確実性のなかで活動するようにできている。行動経済学やニューロマーケティングといった研究が明らかにしつつあるように、人間の行動には狭い意味での経済合理性では説明できない面もある。人間は不確実性に向き合ったときにもっとも人間らしさが出る、という。

 確実な報酬と不確実な報酬のバランスをどう取るか。それが脳の報酬系がやっていることだという。茂木氏はよく例に挙げるジョン・ボウルビーというイギリスの心理学者による「セキュアベース(安全基地)」を与えることと子供の発達の関係に関する研究の話をした。安全基地の有無、それをどの程度与えるかといったことによって、子どもの発達は影響を受けるという。たとえば、時々は助けてくれるけど時々非常に冷たくするように育てられると、離れることに非常に不安を感じる子どもになるという。また親が自分のことを愛してくれないとナルシストの子どもになる傾向があるという。なお茂木氏も「全部こうなるというわけではない。あくまで統計的な話。科学に『必ず』はない」と強調していたことをお断りしておく。

 ネットでは、色々なものが出てきては消える。メールマガジンやホームページは苦しくなってきた。SNSもかつてのような盛り上がりは消え始めている。茂木氏は「インターネットは偶有性の設計が競われている場だ」と捉えているという。茂木氏は、ブレインマシーンインターフェイス(BMI)はあまりものにならないだろうと考えているという。研究や、身体に障害を持った人向けの機器などエッジなマーケットでは役に立つだろうが、普通の生活に入ってくることはないだろうと述べた。

 一方、人間の脳には、相手の心を読み取ることに関わっているミラーニューロンと呼ばれる神経細胞群があることが知られている。自分の活動と他人の活動を照らし合わせるような働きをしているらしい。また人間は、強制的に顔の活動を変えるだけで情報の解釈が変わるという。たとえば強制的に顔の一部を引っ張って「楽しい顔」を作って情報を見ると情報の解釈が楽観的になる。これは我々が身体を持っていることと無関係ではないという。


「安全基地」と子どもの発達の関係 「作り笑い」の効果

 茂木氏らは、化粧を「エンボディメント」の非常に重要な要素と捉えていると語り、カネボウ化粧品と2007年から実施している「『化粧・美×脳科学』プロジェクト」研究の一端を紹介した。化粧とはsocial construction of self、つまり社会的に自己をどう表現するかということに他ならない。社会的に、こういう自分として自分を呈示したいというものが化粧だ。では化粧したときの顔を見たときの脳はどのように活動しているのか。ATRの3テスラのfMRI(機能的磁気共鳴映像法)を使って31名で顔認識の脳活動を調べた。すると女性は、化粧した自分の顔を「他人の顔」を見ているかのように客観視しているらしいということが分かったという。また、人間は自分の顔の場合は左右反転した鏡像の方が自分らしいと思い、他人の場合は正像のほうが自然に見えるのだそうだが、化粧すると、自分の顔を見ても、鏡像も自分らしいが正像も自分らしいと思うようになるらしい、そのような座標変換も脳の中でやっているらしいといったことが分かったという。化粧は基本的に非対称性を消す方向で施すので、その効果もあるのかもしれないとのことだ。

 茂木氏は最後に「ロボット技術はどんどん進んでいくだろうと思う。ロボット大賞を受賞したロボットも素晴らしい。だが人間の身体とロボットの間の大きな差異も忘れることはできない」とし、身体が持つもともとのダイナミクスを活かし、それにちょっとドライブをかけることで制御を行なうといった考え方が重要なのではないかと述べた。命令を下さないとコンピュータは何もしない。だが脳は何も入力しなくても出力を出す。そこが最大の違いだとし、受動歩行の例を動画で紹介した。受動歩行については本誌過去記事などもご参照頂きたい。これからも脳のネットワーク構造と認知現象の偶有性の研究を行ない、クオリアの問題に辿り着くことを目指すという。


化粧した顔を見たときの脳活動 他人の顔を見たときと化粧した自分の顔を見たときの活動部位の類似 受動歩行

対談

原丈人氏と茂木健一郎氏の対談の模様
 このあと2人による対談が行なわれた。初対面の両者による対談では、会社や起業、資金調達、投資に対する考え方、ロボット技術への見方など雑多な話題が提供された。

 原氏の描く基幹産業の移り変わりの図にはクルマや鉄道がない。ロボットはそれらと同様の応用組み立て産業だと考えているという。いまのクルマや鉄道はIT化されているが、ITがない時代にもあった。それと同様に、応用組み立て産業はそれぞれ時代ごとに基幹産業の技術を使う。ロボットはそのなかで、一番優れた作品であると思う、と語った。ただロボットは、今の科学技術ではまだなかなか思ったものはできないだろうと見ているという。茂木氏も生体は精密な細胞の塊であり、細胞は分子機械が集積されたものだと述べ、ロボットはまだ基盤技術が欠けているのではないかと述べた。


原丈人氏
 原氏はポストコンピュータとは何かという質問に対し、コンピュータの延長線上でできること、できないことがあり、既存のコンピュータのアーキテクチャで解けない問題を解くようなものがポストコンピュータだと答えた。今のインターネットはPtoPコミュニケーションの可能性を十分に生かしきれていないと感じており、そのためには新しい数学の理論や他の分野からの新しい刺激が必要なのではないかと述べた。

 茂木氏は、Googleを例に挙げて「オールドファッションの従来型アーキテクチャであってもあれだけ役に立つものはできる。サイエンティフィックにはそれほど面白くなくても実用性があるもの、そちらのイノベーションは起こりえるのではないか」と述べた。いっぽう深刻な問題としてノイズがあるが、ノイズを積極的に活かすといったことは現在のコンピューティングでは考えられていない。大阪大学の柳田敏雄氏らはゆらぎの研究を行なっている。柳田氏のファンだという茂木氏は20年以上ウォッチしているそうだが、まだ特に役に立つものは出てきていない。「あれだけ頭のいい人が20年やって出てこないのだから当分は何も出てこないのではないか。ゆらぎの谷の向こうに、脳を解明する鍵はあるかもしれない。でも原さんたちがいま投資するほどのものはないのではないか」と語った。

 また茂木氏は「日本はすぐに『ものづくり』という言葉を出すが、職人技的な部分だけに囚われてしまっては駄目だ」と述べた。「職人魂+なにかが大事」だという。


西村由希子氏
 茂木氏は司会進行役の西村氏にも、「ロボット産業をどうしたいと思うか」と質問を投げた。西村氏は、ロボット産業に人が集まるようにするための社会システムに興味があるという。ロボットはシステムインテグレーション技術だ。システムインテグレーションは複数の部品を集めて1つのシステムに作り上げる。その中でもエッジにあたるのがロボットである。インテグレーションされたシステムのスペックは、集められた要素技術のうち一番レベルの低い技術によって決まってしまう。そのため、ロボット技術は「レベルの低いものを低いままに放置しない組み合わせの技術」にならざるを得ない。一番低いレベルのものに魅力を感じてもらうようにし、人を集める必要があるが、そういった事に面白みを感じてこの分野に入るのは難しいんじゃないかなと西村氏は思っているという。

 原氏は今は株価が高くなる業界に優秀な人材が流れる傾向があると同意を示した。「多様な分野に人材やカネなどリソースが流れるための会計が必要なのではないか。中長期の研究開発を行なうためには投資家から見て合理的なのではなく、研究者や企業家から見て合理的な簿価会計を使うべきだ」と述べた。


茂木健一郎氏
 人材、知財、ファイナンスなどが必要であることはどの業界も同じだ。ではロボット産業の発展のためには何が重要か、という質問に最後に茂木氏は「やわらかい言葉を使うのが大事だと思う」と答えた。いっぽう「僕はあまりロボットの将来に楽観的ではない。特にヒューマノイドは厳しいと思う。厳しいまま100年くらい頑張ればいいんじゃないか。ロボットの研究者は楽しいと思う。ロボットはいろんな分野との融合分野だし、研究プラットフォームとしては非常に楽しい。でも産業としては『じっと手を見る』、まだまだという感じでしょう」とコメントした。

 モビリティ技術という面では新しいモノが何かしら出てくるかもしれないが、いっぽうで「セグウェイ」の現状などを見ると単に技術だけではない問題もある。

 原氏は会場からの質問に答えて、時間がかかる研究開発投資に対する税額控除のような仕組みを作ることで、たとえ事業化そのものには失敗しても技術を企業が蓄積できるような仕組み、企業が潤沢に研究予算を回せるような新しい会計基準を作ることが重要だと述べた。「仕組みができれば次の時代にお金がまわるのは日本になる」という。「面白いことを知っていたら教えてください」と会場にも呼びかけた。

 なおこのメンバーで講演・対談が行なわれた理由は、異なる分野の人からロボット分野がどう見えているかという視点を入れるためとのことだった。


対談中の2人 会場の様子

URL
  「今年のロボット」大賞
  http://www.robotaward.jp/

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( 森山和道 )
2008/12/26 13:37

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