9月25日~26日の日程で、「SolidWorks WORLD 2007」が大手町サンケイプラザで開かれている。基調講演ではロボット研究者で早稲田大学理工学術院教授の高西淳夫氏と、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャーで脳科学者の茂木健一郎氏のプレゼンテーション・対談が行なわれた。
「SolidWorks」は機械設計、電子機器設計、医療、自動車、航空宇宙分野等で用いられている3DCADソフト。今年7月には「SolidWorks 2008」が発売された。同社によれば世界累計で684,000ライセンス、94,900社以上で用いられている。うち日本は63,000ライセンス、1万社以上で使用されているという。多くのロボット設計にも用いられている。
ソリッドワークス・ジャパン株式会社 代表取締役社長 兼 CEOの飯田晴祥氏は、同社の今後の目標として「2桁成長を維持しながら3DCADを中核にしたものづくり啓蒙活動、体感・体験の場を継続提供していく」と述べた。特に顧客ニーズの把握と迅速な実装の実現を重視するという。このあと同社代表取締役会長のVic Leventhal氏やチーフ・エグゼクティブ・オフィサー Jeff Ray氏の講演のあと、基調講演「日本のモノづくり精神・文化論を語る ~ロボット技術に学ぶモノづくりの成果と展望」が始まった。
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ソリッドワークス・ジャパン株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 飯田晴祥氏
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ソリッドワークス・ジャパン株式会社代表取締役会長 Vic Leventhal氏
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Solid Works Corp. Chief Exective Officer Jeff Ray氏
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● 基調講演
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早稲田大学理工学術院教授 高西淳夫氏
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高西教授は初めに2005年の「愛・地球博(愛知万博)」でのロボット展示での人々の賑わいを示し、早稲田大学におけるロボット研究の歩みを紹介した。
人型ロボット研究は早稲田大学の故・加藤一郎教授らによる「WABOT-1」(1973)などから始まった。つくば万博で展示された鍵盤演奏ロボット「WABOT-2」や、歩行ロボット「WL-10RD」が有名だ。早稲田大学では2000年に「ヒューマノイド研究所」を設立。学生を含めると100名以上が研究をしており、人型ロボットに特化した研究所としては世界最大級だという。日伊共同研究拠点「ロボ・カーサ」「ロボット庵」を設立し、イタリアの研究所とも共同研究を行なっている。
高西教授は人間型ロボットの研究意義として、ロボットを作ることで人間を理解できるようになり、また義足の研究などが人型ロボットの研究にも応用できる、両者の研究は相互啓発的に行なわれていると述べた。
現在、早稲田大学では、人と関節のリンク長が近い構造をし、骨盤を備えて膝を伸ばして歩行できる二足歩行ロボット「WABIAN-2」ほかを設計・製作して研究を行なっている。いずれもSolidWorksを使って設計している。現在のWABIAN-2は屋外歩行も可能になっており、人間用の歩行支援機のテストにも用いられている。また、歩行障害者の動きをロボットがシミュレートすることで、どのような歩行補助機械が有効か考えるためにも用いられているという。
またテムザックと共同で、異なった仕組みの二足移動機械「WL-16」も作成している。こちらは社会への応用を考えたもので、テムザックの100%出資で研究開発を行なっている。今月にはアメリカでのハイテク見本市「WIRED NextFest」でもデモが行なわれた。本誌にて既報のとおりである。
フルートを演奏するロボットや情緒交流ロボットなども作って研究を行なっている。情緒交流ロボットでは、外から入ってくるさまざまな感覚種を統合するために「意識」のようなものを想定してロボットに導入した研究も行なっているという。そのほか額関節症治療トレーニングロボット、口腔乾燥症治療用マッサージロボット等、各種ロボットの開発の様子や、仮想人体としてのヒューマノイドロボットの可能性などを高西教授はプレゼンテーションした。詳細は本誌でもこれまでにレポートしているので、そちらをご覧いただきたい。
最後に高西教授は、ロボットの倫理問題についてふれた。高西教授自身もロボット倫理の会合にしばしば呼ばれており、日本人と欧米人とではロボットに対する意識が違うのではないかと感じているという。
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ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー 茂木健一郎氏
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続けて茂木健一郎氏は、「ものづくり」の重要性はもちろんだが、それだけに拘泥すると必ずしも良くないのでは、と述べた。たとえばいま、インターネットの世界では梅田望夫氏らがいうところの「チープ革命」が進行中である。実際にそれを起こしているのはハードウェアの進歩だ。しかしながらハードウェア企業よりもGoogleのようなサービスを提供する会社のほうが成功企業とされている、それが悔しいと思っている技術者たちは、少なくないという。同様に、ものづくりだけを見ていると、また「やられてしまう」のではないかという。
脳の働きは身体性と不可分だ。感情系の働きと運動系の働きは非常に密接な関わりがあり、脳と身体は一体である。いっぽう現在は、インターネットのように、これまでの身体性とは異なるところからさまざまな情報や価値が到来する時代となっている。このような時代には「ものづくり2.0」とでも言うべき、新しい付加価値のつけかたがものづくりには必要なのではないかと茂木氏は語る。
人間の脳が行なっている情報処理のなかで、もっともシンボリックな情報処理に近いのは記憶だ。しかしながらコンピュータのメモリの仕組みと脳の記憶の仕組みはまったく違う。脳は無意識のうちにさまざまな情報を振り分けするし、記憶は長時間経つとだんだん編集され、変遷していく。さらに脳は現実に起こったことと、現実に起こらなかったことの相互作用を扱うことができる。たとえば「後悔する」といった現象はその一つだ。これは前頭眼窩皮質と呼ばれる部分で行なわれているらしいということが分かってきた。
また、茂木氏ら自身の研究によれば、記憶は学習させると不安定化することがあるという。茂木氏は「サヴァン症候群」の症例のひとつとして、正確な記憶能力と一般人の描く絵を対比させたり、身近な人に親和性を感じられなくなり、偽者だと思い込むようになる「カプグラ症候群」などの症例を紹介しつつ、脳の働きを示した。
脳はまず情報の振り分けを行ない、何年もかけて編集を行ない、意味記憶を作っていく。このような仕組みは今のコンピュータにはない。本当の意味で人間に近い知性をつくるためには身体が必要だということは既に決着がついていると茂木氏は語る。そのような意味ではロボットに代表される「ものづくり」は、非常に重要である。
脳の行なう情報処理原理と、コンピュータが行なっている純粋な記号処理は異なるものだ。だが、人間の脳とはまったく違う情報処理を行なっているGoogleのような会社のほうが「調子がいい」のは、脳とはまったく異なる処理をし、脳が苦手なことを行なっているからだという。
茂木氏は多くの人を平準化しているトヨタの工場を訪問し、「創造性」に関する欧米と日本の考え方の違いを実感したという。「日本では多くの人が創造性を少しずつ分担している。小さな工夫を積み重ねてやがてブレイクスルーさせることを得意としている。いっぽう欧米では、創意工夫は一人の天才に宿っており、その一人の天才がモノを作っているかのようなストーリーを作ることが少なくない。その文化は、かなり違うのではないか」という。
「ロボットも一人の天才が作るものではない。現場の細かな積み重ねがロボットという総合技術を作るのではないか、それが日本がロボットを発展させてきた理由なのではないか。ソフトウェアエンジニアリングでも同様で、一人だけが作っているわけではない。いかに問題を可視化・共有化して、みんなが分かち合える形で共有化できるかが、これからの新しい「ものづくり」での課題であり、同時にそこに一番、可能性があるのではないか」と述べた。
最後に茂木氏は「脳のひとつの性質としてひらめきがある。一人の天才が引っ張っていくよりは、日本人がやっているモデルのほうが、脳の仕組みに近い。アインシュタインやダーウィンも、一人が全てを作ったわけではなく、はっきり言って欧米型モデルはウソだ。いっぽう、日本人はいまもうちょっと個を立てたほうがいいかもしれない。日本型と欧米型、お互いのいいところを認め合って民主的な文化と個を立てる文化を融合させるといいのではないか」とプレゼンをまとめた。
これに対し高西教授は「まったく同感」とこたえ、「鉄腕アトムの『お茶の水博士』のような人はいない。必ずコラボレーションして意思の疎通を行なわないとロボットは作れない」と述べた。お互いに和を尊び、いろいろな技術を統合する点は日本の優れたところだという。
茂木氏は「コミュニケーションが重要であることは間違いないが、問題はその質だ」と応え、「できるだけ多種多様な意見を持つことがこれからは重要になる。ロボットにおいても、それぞれ世界観や価値観が違う人がうまくコミュニケーションとれたときに、高付加価値のものが生まれる。そこは気をつけなければならない」と付け加えた。
我々は共感をベースに仕事をしており、共感がないとコラボレーションは不可能だが、プロジェクトをより強いものにするためには、あえて欠点や問題点を厳しく指摘する人もいないとまずい、という。
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基調講演の様子。左端は司会のソリッドワークス・ジャパン株式会社 マーケティング部部長代理 金谷道雄氏
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ここで司会をつとめたソリッドワークス・ジャパン株式会社 マーケティング部部長代理の金谷道雄氏は「なぜロボット研究が日本で進んだのか」と二人に質問した。
高西教授は「やっぱりITの進歩による情報収集が簡単になったことがひとつ。ネットワークが進んできたので複数の人がやるためのインフラができてきた。それと半導体の進歩。半導体はさまざまなところに用いられている。センサーも非常に小さくなった。センサー、アクチュエーター、コントローラー、いずれも性能が急激に上がっている。いろんなシステムをインテグレーションする状況が良くなってきたこと」を理由に挙げた。
ロボットの今後については「住環境で動くためにはまだまだ問題がある。だが、たとえば車の自動縦列駐車機能に見られるように、周辺製品にロボット技術は徐々に応用されていくだろうし、ロボットらしいロボットの性能も上がっていく。また素材も日本は得意。いずれ応用されていくだろう。分業はむしろ海外から生まれた発想。日本は個々を立ててトータルのシステムを作ることには強いのではないか」と述べた。
そして今後のものづくりについて、日本独特の風習である「針供養」を例として挙げ「針ひとつとっても、命や精神、神が宿っているかのように日本人は扱ってきた。なんでも消費する欧米型文化から、エコロジーも含めて世界を変えていく産業になっていくのではないか」と付け加えた。
茂木氏も「エコロジーをもう一度理解しなおす必要があるのではないか」と応じた。「自然のなかではすべてが循環する。だが6億年かけて発展してきたそれがいかに精緻な仕組みなのかまだ我々は理解していない。ものづくり2.0どころか、バージョン100くらいにならないと、リサイクルのフィロソフィーは実現できないかもしれない」と述べつつ「ものづくりにインテリジェンスを入れていく方向性は間違っていないと思う」と付け加えた。3DCADも、単に3Dの形状をデザインするところから、力学計算などインテリジェンスな機能をプラグインしていく方向に進歩しつつある。それは間違っていないだろうという。
最後に、高西教授は「これからのエンジニアは人と仲良くできることが重要。そのための環境作り、技術作りが必要。それを下支えするための学生を育てる立場からもカリキュラムに反映させていきたい」と述べた。
茂木氏は「楽しそうにやってる現場には人が集まってくる。どんなに給料が安く、納期がきつくても、楽しそうにやってれば人はやってくる。だから仕事は楽しくやってもらいたい」と講演をまとめた。
● 報道陣との質疑応答
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質疑応答に答える二人
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講演後、報道陣との質疑応答の時間があった。
茂木氏は講演の話に付け加えて、人間の脳が実現している情報処理、コンピュータやインターネットが実現している情報処理、それぞれ別のものであって、それぞれ利点がある。身体を持つ機械であるロボットは、両者どちらかを目指すだけではなく「第3の道」があるのではないか、と述べた。また、人間は進化の過程で二足歩行する動物、そして顔の表情に非常に注目するようになったので、ヒューマノイドをコミュニケーションのインターフェイスとして使う研究は大いにあり得ると語った。
ロボットの可能性については、「現実に空間に存在して移動するインテリジェンスの有用性に関する想像力が試されているのではないか。なにかがあると思う」と述べた。
高西教授は「ロボットに関してはテキストもいっぱいあるが、ある種、固まった考え方でしか書かれていない」と同意した。「例えばロボットの遠隔操縦はいろんなことが行なわれているが、自分のコントロールしているアームの映像を見せるのではなくて、関節角度で見た空間を見せたほうがいい場合もある。それはおそらく、脳で表現されている別の座標系の存在を示唆しているのかもしれない。そういった意味で、人間を理解するための方法として、もう一度人とロボットの操縦系を見直すと面白いかもしれない」と考えを述べた。
これに対して茂木氏は、自動車制御技術を例に挙げて「おそらくヒューマノイド研究もヒューマノイドではない形でインパクトを与える可能性はあるのではないか」と応えた。「機械側が人間のおろかさを吸収してくれるような技術」の開発に、ロボットは有用なアプローチと成り得るかもしれないという。
いずれにしてもセンサーの数ひとつとってもロボットと生物の差は非常に大きく、はるかに道は遠い、だがそれだけ研究の余地があるという点で、両者は考えの一致を示した。
今回の講演の一つのテーマでもあった「ものづくり2.0」という言葉についての質問も記者から出た。これに対しては「ネットワーク性」と「問題の可視化と共有」が重要なカギだと茂木氏は述べた。
「IT系のスピード感と、ものづくりのスピード感は、まったく違う。それには良いところも悪いところもあるが、そこを気をつけないと『またやられちゃう』。『職人技』はすごいが、その領域に持っていくと危険。いろんなことを可能な限りで『見える化』する必要があるのではないか。両者の視点が重要だと思う。そして可視化したものを、人間のもつ認知システムのやわらかさとどうハイブリッドさせていくか。それがネットでの情報共有に匹敵する、新しいものづくりにおいて必要なところ」だという。
「WWWにおける知識の繋がりをどう使うべきか」という質問に対しては、「システムが対象になるときは網羅的に情報を集めないと解けない。そういうケースでは強烈なツールとなる。インターネットがないとできない研究もあることは確かだ」と述べた。
そして最後に、「日本のインターネット利用は『まったり系』に偏りすぎている。まったり系もたまには悪くないが、いまはそんな場合ではない。むしろ『ネットアスリート』にならないと駄目だ」と述べた。
■URL
ソリッドワークス・ジャパン株式会社
http://www.solidworks.co.jp/
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・ ロボット業界キーマンインタビュー 早稲田大学 高西淳夫教授(2006/09/22)
■URL
【2006年4月27日】ソニー・インテリジェンス・ダイナミクス2006レポート(PC)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0427/kyokai47.htm
( 森山和道 )
2007/09/26 17:07
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