11月7日、本田技研工業株式会社は「体重支持型歩行アシスト」装置の試作機を初公開した。「体重支持型歩行アシスト」は小型シートのついた両脚型のデバイス。使用者(自力歩行できる人)の体重を支えることで、歩行・階段昇降・中腰動作をするときの脚の筋肉、関節(股関節、ひざ関節、足首関節)の負担を軽減する。
大きくシート、フレーム、靴の3つで構成されている。重量は6.5kg(靴、リチウムイオンバッテリ含む)。機器に繋がった靴を履き、シートを持ち上げるだけで、手軽に装着できる。機器本体は足の間、内側に配置される構造となっているため幅をとらない。モーターは2つで、一充電稼働時間は約2時間。フレームはカーボンファイバー製である。
ホンダはこれまでも装着型歩行アシスト装置を公開していたが、今回発表されたデバイスは機器を体に固定するベルトもいらないシンプルな構造となっている点が特徴。基本的に脚の後ろに来るように配置されたモーターで発生させた力を膝部まで伝達し、その力で脚のパンダグラフ構造を持ち上げて使用者を支えるようになっている。立った状態で3kg、中腰の姿勢では9kg分のアシスト能力があるという。
シートとフレームは体と足の動きに追従する。アシスト力は人の足の力と同じように、身体の重心付近に向かうようになっている。このホンダ独自の「人の重心方向へアシスト力を向かわせる機構」と、「脚の動きに合わせたアシスト力の制御」によって、歩行や階段昇降、中腰など、さまざまな動作・姿勢での自然なアシストを可能としたという。
靴にはセンサーが内蔵されており、2個のモーターはその情報などをもとに脚の動きにあわせてアシスト力の左右配分を変化させる。ひざの屈伸にもあわせてアシスト力を調整することで、中腰や階段昇降などひざへの負担が大きい動作・姿勢での効果を高めた。
一連の歩行アシストの研究は、1999年から始まり、株式会社本田技術研究所基礎技術研究センター(埼玉県和光市)で行なわれいる。ホンダでは今月11月から「体重支持型歩行アシスト」の試作機を用いて、同社の埼玉製作所(埼玉県狭山市)で、実際に機器の有効性を検証していく予定。
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シート部は受動的に自在に動く
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モーター部分
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メインコンピュータとバッテリー、モーターが内蔵された大腿部
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株式会社本田技術研究所 取締役 新井康久氏
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さて記者会見では、より詳細な経緯の解説と装着体験が行なわれた。
まず株式会社本田技術研究所取締役の新井康久氏は、1986年からロボットや飛行機など新技術の研究開発を行なってきた基礎技術研究センターの取り組みについて概説した。同センターでは20年あまりの二足歩行研究を通して、人体の歩行制御や「歩く」という行為そのものが人の生活において大きな意味を持っていることなどを理解し、さらに移動する喜び、活動する喜びを実現するために歩行アシスト技術の開発を行なっているという。
人間は重力のある地球上で「一定の歩幅と歩行のリズムを調整」し、同時に「体重を支える力をコントロール」しながら歩行している。ホンダでは、リズムと歩幅の調整と体重を支えるこの2つに注目してアシスト技術の開発を行なっているという。これまでにも各展示会などで発表・体験も行なわれている「リズム歩行アシスト」は、脚の振り出しを補助して歩幅と歩行リズムを調整することを目指したものだ。そしてもう1つが今回初発表となった体重支持型歩行アシストだ。まず業務支援用としての有効性検証を行なうために、ホンダ社内で11月半ばから検証を始める。
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株式会社本田技術研究所基礎技術研究センターの取り組み
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ASIMOなど二足歩行技術の研究を行なってきた
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2種類の歩行アシスト
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株式会社本田技術研究所 基礎技術研究センター主任研究員 及川清志氏
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まず「リズム歩行アシスト」に関しては株式会社本田技術研究所基礎技術研究センター主任研究員の及川清志氏が解説した。「リズム歩行アシスト」は歩行機能の低下による活動範囲の減少、そしてそれがさらに歩行機能を低下させるというループを解消して楽により速く、遠くまで歩けるように歩行補助を行なうものだ。腰の部分の2つの薄型モーターで歩幅と歩行リズムを調整する。重量は2.8kg。モーターの角度センサーで股関節の動きを読み取り、内部モデルと照らし合わせ、目標とする制御値とのずれを検出しモータにトルクを発生させる。共振現象を利用しており、わずかな力を足が前後にふれるタイミングにあわせて出力する点が特徴だ。
人間の1分間の歩数と歩幅の関係=歩行比は一定であることが知られている。一般的に加齢とともに歩行比は小さくなり、人はこきざみに歩くようになる。だがリズムアシストをつけることにより、歩幅がより大きくなり、と楽な感じを受けることができるという。また、歩幅が広げられることにより股まわりの筋肉と下腿部の筋肉が動いて鍛えられ、3カ月程度装着歩行訓練を行なうと、機器をつけなくても歩幅がより広がる効果が認められるようになる。
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リズム歩行アシストの機能
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リズム歩行アシストによる身体の変化
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株式会社本田技術研究所 基礎技術研究センター主任研究員 芦原淳氏
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いっぽう、今回初めて発表された体重支持型は、疲れずに中腰や立ち姿勢で作業できることを目指したもの。株式会社本田技術研究所 基礎技術研究センター主任研究員の芦原淳氏は「人にやさしく、自転車のように手軽に使えること」を念頭に開発してきたと述べた。特徴は3つ。1つ目は体重支持機能。2番目は自然なアシスト。3番目が手軽に使える乗用型であることで、足をベルトで留めることなく、簡単に、あたかも自分の体重が軽くなったような効果が得られるという。
人は足の力で体重を支えている。おおよそ、その力は重心に向かっている。それをサポートして体重を支えるのが今回のアシスト機器の役割だ。機器は機器自体の重量と使用者の体重をサポートしなければならない。左右のフレームを重心付近で連結し、両脚の出力をリアルタイムに計算することで、自然なアシストが可能になっているという。またアシスト力はエンコーダーで膝の屈伸角度を見ることで調整されており、膝を大きく曲げたときにはより多く力を出すようになっている。なおあくまでこの機器は人が主であり機器は従である。機器だけで立つことは可能だがバランスを取るような機能はない。
装着した結果、個人差や条件によって結果は異なるが、疲労軽減効果が認められたという。活用イメージとしては、まずは生産現場での立ち仕事や、階段を使った配達作業などで有用だと考えているそうだ。日常生活でも階段や坂道はあるし、また観光地やテーマパークでの行列や立ち見観戦などのシーンで有効と考えられるが、まずは実用化を向けた検証を産業分野で始めたと述べ、埼玉製作所での利用シーンを示した。センサーを入れた靴そのほか機器の耐久性なども試験していくという。
なお現時点では有効性検証の段階であり、市販・価格などに関してはまだ公表できる段階にないとした。また、いずれは下肢麻痺患者などにも適用できるようなベーシックな技術を開発していきたいと述べた。
産業現場での応用を考えた「体重支持型」と、高齢者の廃用症候群防止やリハビリなどを想定した「リズム歩行アシスト」の想定用途が違うことについては、ASIMOの開発でも知られる株式会社本田技術研究所上席研究員の広瀬真人氏が「技術をどこに適用するかを考えたときに、まずは適材適所で、活かせる適用を考えて現在の応用用途を考えた。現在の想定はあくまでも検証のための入り口。適材適所で良さを極めていく」と述べた。
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アシスト制御の仕組み
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アシストしたときの結果。ただし個人差があるとのこと
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活用イメージ。産業分野から初めて将来は広く活用されることを目指す
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体重支持型歩行アシストのまとめ
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【動画】生産現場での利用シーン
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2種類の歩行アシスト機器
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● 着用体験
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手前からSMLサイズ。下腿部分の長さが違うのだが見た目ではほとんど違いが分からない
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このあと、実際に記者たちが着用体験する機会が設けられた。まず体重支持型歩行アシストから。体重支持型歩行アシストは現段階ではS、M、Lサイズが用意されている。サイズは下腿部分で調整されている。事前に申請していた身長から順番は決められていた。まずは、靴を履くことから始める。靴のサイズも実際には調整されるのだろうが、今回の靴は決められたものだった。
靴を履いたら、太もも部分に付けられたスイッチを入れる。機器が起動し、チェックを行ない、問題なければグリーンの光がともる。そしていよいよ着用である。まずモーターを足の裏側に回したあと、手前部分を左手で、後ろ部分を右側で持って引き上げる。これで終わりである。
取りあえず軽く屈伸してみる。初めて経験する何とも言えない感覚である。一番近いのはバランスボールだが、ただし、自分である程度動くバランスボールに乗っているような感覚である。足を前に踏み出すと、ちょっと引っ張られるような感覚がある。体重をアシストされているというよりは、馴れない機器にやや引っ張られているような感じだ。あまりアシストしすぎると逆に暴れるような感覚になるからだろうか。
歩き回ってみたが、馴れない機器を装着しているせいか、自分自身が足を普段より大きく、かつガニ股気味になってしまっているのが分かる。階段を昇降してみてもそれほど不自由はないが、見ていると手すりをつかんで歩いている人が少なくなかった。それだけ違和感があるということだ。どこまで機器を信頼できるようになるかは今後の課題だろう。階段を上がるポーズで中途半端なところで体を止めると、グンと持ち上げられる感覚がある。
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装着前の状態
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スイッチはフレームの上部にある。両足別々に電源を入れる
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靴を履いたら、シート部分の取っ手をつかんで引き上げれば準備完了
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一番アシストされている感覚が分かるのは中腰になったときだが、それほどぎゅっと持ち上げられているような感覚はない。サポートはされているのだろうが、中腰が疲れる姿勢であることにはかわりなさそうだ。ただし、普通ではあり得ないくらいの姿勢でも耐えられる点は大きく異なる。なおこの機能は中腰で姿勢を固定しないとならないテレビのカメラマンに比較的好評だそうだ。
なお今回はジャンプしたり走ったりといった動作は逆起電力を制御する機能を入れていないため禁止されていた。現時点では体重によるアシスト制御の違いはないそうだが、それを入れるかどうかや、より素早い動作への対応に関しては今後の検討課題だそうだ。ただし素早い動作への対応などは別に難しくないという。また靴の足底のセンサーも簡単には壊れないように工夫されているとのこと。センサーの具体的な種類や配置などについては教えてもらえなかった。長時間動かしていたが、モーター部分をさわっても特に高温になっていることはなく、人肌より低い程度だった。
実際にどの程度の疲労軽減効果があるのかについては、数分の体験では分かりにくい。長時間着用して実際に作業してみないと何とも言えないというのが率直な感想だ。
広瀬真人氏によると、今回のアシスト技術は「ならいトルク制御」といったイメージだそうだ。人間は歩くときに踵から接地して、つま先から抜けていく。そして遊脚と立脚を切り替えていく。このときの重心移動の軌道はだいたい同じで、ある一定の範囲のなかに入る。今回の機器はそうなるように機器自体のアシスト力を制御している。バネ機構や余分なアクチュエーターなども今回のモデルでは導入されていないがさまざまな可能性があると考えているという。今回はあくまでシンプルなものを目指して作ったそうだ。
「リズム歩行アシスト」機器の体験も行なわれた。こちらは本誌では既に何度かレポートしているが筆者は初めて。ぶらぶら歩くと一番アシスト効果が分かり、自分が意識しているよりも少しだけ太ももが持ち上げられるような感覚だ。
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「体重支持型歩行アシスト」で歩き回る記者たち
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電源オフだとこの状態
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ずらり並べられたリズム歩行アシスト
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■URL
ホンダ
http://www.honda.co.jp/
ニュースリリース
http://www.honda.co.jp/news/2008/c081107.html
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( 森山和道 )
2008/11/07 23:39
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