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「大阪大学“ゆらぎ"プロジェクト」東京シンポジウム・レポート

~生体に学んだ「ゆらぎ利用素子」は人にやさしいロボットを生むか

 12月1日、大阪大学"ゆらぎ"プロジェクト東京シンポジウムが秋葉原コンベンションホールにて開催された。主催は大阪大学。

 「大阪大学"ゆらぎ"プロジェクト」は、平成18年度 文部科学省科学技術振興調整費「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成」プログラムの1つとして本年度に採択された課題「生体ゆらぎに学ぶ知的人工物と情報システム」の略称で、大阪大学と民間企業6社、3研究機関との協働プロジェクト。「ゆらぎの利用」に焦点をあてて、基礎科学から産業化・実用化技術に至るイノベーション創出を目指す。

 生体システムの機能発現の仕組みを「ゆらぎの利用」の視点から追究して新しいコンセプトを創出。そして、その知見を取り入れたナノ材料物質科学、情報システム科学、ロボット工学を構築することによって、生体特有の柔軟な機能を模倣した情報処理センサを組み込んだ人工臓器、人間にやさしい高機能ロボット、生体特有の適応性・自律性を持ったコンピュータ・ネットワークシステムの創成を目指す。

 民間企業6社の内訳は、オムロン株式会社、日本電子株式会社、日本電信電話株式会社、ニプロ株式会社、松下電器産業株式会社、三菱重工業株式会社。また協力機関として、株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)、独立行政法人情報通信研究機構(NICT)、国立循環器病センターの3つが参加している。

 なお「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成」プログラムは「イノベーションの創出を可能とし、次世代を担う研究者・技術者を育成する機能を備えたシステムを実現することを通じ、10~15年後に新たな産業の芽となる先端技術を確立するため、実用化を見据えた基礎的段階から、産学が協働して先端融合領域における研究開発を推進」することを目的としたもの。

 「"ゆらぎ"プロジェクト」を含む9件が採択されたが、3年後に中間再審査が実施され、3件にまで絞り込まれる予定となっている点が大きな特徴だ(審査結果)。

 これについては、東京大学の採択課題に関する以前の記事(ロボット+IT=IRTは10年後の新産業を目指す~東大と7社が協働)で解説しているので、そちらも参照してほしい。


「大阪大学"ゆらぎ"プロジェクト」概要

 まずはじめに、プロジェクトの総括責任者である大阪大学総長の宮原秀夫氏が挨拶を行なった。大阪大学はこれまでに「インターフェイス」と「ネットワーク」の2つをキーワードに研究をすすめてきたという。このプロジェクトでは「生体ゆらぎ」の利用に焦点をあて、最終的には生体特有の適応性や自律性をもったコンピュータ、人にやさしいロボットの実現をめざす。また人材育成も目的としている。このプロジェクトによって「21世紀の人間社会を真に豊かにすること」を目指す。

 続けて壇上に立った文部科学省 科学技術・学術政策局 調査調整課調整企画室長の堀内義規氏は、「新しいイノベーションと、真の意味での共同研究の実現を期待している」と述べた。また競争的プログラムの特徴である中間評価や、研究費不正問題についても触れた。

 特に獲得した研究費について「研究者たちは自分のものなんだと考えず、出所は税金であり、あくまで研究者に一時的に預けられているものだと原点に返って考えて研究に従事してもらいたい」と強調した。


大阪大学総長 宮原秀夫氏。ゆらぎプロジェクト総括責任者 文部科学省 科学技術・学術政策局 調査調整課調整企画室長 堀内義規氏

大阪大学大学院情報科学研究科長 西尾章治郎教授
 プロジェクトの概要は、副部門長であり、とりまとめを行なっている大阪大学大学院情報科学研究科長の西尾章治郎教授が解説した。「ゆらぎ」を国際的にも認知してもらうために、このプロジェクト名は英語でも「yuragi」となっており、愛称としても採用したという。

 近年、大規模化とともに、システム全体を自律的要素の集合体として考えて、環境変動に対応できる情報技術の開発が切望されている。予測不能な事象に対してどうこたえていくか。そのためにはどのような数理モデルを採用すればいいのか。ファジィは基本的には決定論であり、ニューラルネットワークは学習ベースなので遭遇したことのない事象には対応できない。このプロジェクトでは、生体のゆらぎにその答えを求めている。

 ショウジョウバエは1マイクロワットのパワーしかもたないが、障害物や危険を認識してうまく飛び回ることができる。だが地球シミュレータはそのショウジョウバエをシミュレートできないといわれている。

 柳田教授らは1分子ナノ計測から、分子モータはランダムなブラウン運動から一方向の運動を選択して働くことを明らかにいしている。工学的にこれを表現すると、わずかなエネルギーでアトラクター選択を行なっているとみることができる。生物分子機械は熱ゆらぎと大差ないエネルギーを使って100%近い効率で働いている。動作は確率的であいまいだが、生体ならではの柔軟性や自律性につながっている。コンピュータのようにノイズを遮断して決定論的に働く機械とは対照的だ。

 このプロジェクトでは、バイオ側から、測る、学ぶ、そしてエンジニアリングの立場から、創る、使うというアプローチで研究をすすめていく。バイオを定量的に測ることで、技術革新を生む新しい素地となるという。それを実学を重視してきた大阪の企業風土とも連携させて研究をすすめていく。領域間の融合と、企業間の融合を図る。最終的な目標は、10年後、あるいは15年後に、生体機能を模倣したデバイス開発を実現することとしている。

 キーとなる数理モデルは、アトラクター選択モデル。環境ゆらぎと環境情報フィードバック変数を使い、ミクロからマクロまで頑強なシステムを目指す。


 具体的には、生体のなかに階層的に埋め込まれているゆらぎを生かし、スピングラスを基盤にし、フェライト素子を使った脳型情報処理を行なう知的センサ素子の実現、ふだんはわりとゆるく制御しながら、いざというときには短期間かつ省エネルギーで自律的に復旧できる大規模ネットワーク、親和性が高く高機能な生体適合型人工臓器、そして多様な環境の中でもロバストに動作できる人間並みの知覚・行動能力をもつ高機能ロボットなどの実現を目指す。生体に原理を学んだものであるならば生体にやさしいものになるはずだという。

 まず生体領域でシステムの基盤を学び、材料、情報システム領域で知見をつみ、最終的には知的センサを組み込んだ人工臓器、ロボットを開発していくというシナリオだ。お互いが連携を取ることで、材料領域でできあがった先端ハードウェアと、システムとして安定したものを組み込むことができるという。

 これは政府による「経済成長戦略大綱」が示す「産官学連携による次世代ロボットの開発、医薬品・医療機器産業の国際競争力強化、情報技術による生産性向上」、「生産性向上と市場創出」のための高度人材育成の方向性にマッチしていると述べた。企業間同士が今後の日本の知を生む方向にもっていけたらと考えているが、それは今後の課題だという。

 各領域の達成目標は、まとめると以下のとおり。

・生命領域:生体ゆらぎの計測、およびモデル化を追及する。
・ナノ材料領域:ゆらぎを模倣した有機化学的材料開発、および室温で動作可能な高転移温度のゆらぎ内包材料の開発する。
・情報システム領域:生体ゆらぎ、およびアトラクター選択の解析に基づいて、柔軟性、自律性、自発性を有する環境情報ネットワークのための要素技術を確立する。
・ロボット領域:高機能なロボット開発に向けて、アトラクター、およびアトラクター選択を用いて、環境の変化に対して適応性の高い制御方法を確立する。

 最後に、いま進められているペタフロップス超級スーパーコンピュータの計画についてふれ、「それはそれで重要だが、生体が持つ頑強さや自律性を備えたコンピュータシステムをもうひとつの軸として日本が推進していくことが豊かな人間生活を送る上では重要なのではないかと確信している」と述べた。


地球シミュレータとショウジョウバエ バイオに学び、技術革新創出を狙う

大阪を中心とした関西圏企業との連携も重要なテーマ 企業連携の全体像詳細

 続けて、ゆらぎプロジェクトの学術的内容について、4人の教授が説明した。


分子レベルから脳まで 「生命領域」

大阪大学大学院生命機能研究科 柳田敏雄教授
 「生命領域」については、大阪大学大学院生命機能研究科の柳田敏雄教授が講演した。まず柳田氏は、'60年代に予想されたコンピュータの発展図や「ムーアの法則」を示し、当時の予想では今日すでに人間が考えるようなコンピュータが登場するとされており、手塚治虫はアトムが誕生するとしていた、しかしながらアトムは誕生しなかった、それはなぜかと問いかけた。

 ひとつには生物の部品と機械の部品の質が違うのではないかという考え方がある。しかし、記憶容量、データ伝送性能、動作速度と正確さを見ると、そういうわけではなさそうだ。部品の問題ではないとすると、生物においては人工物とは根本的に異なるメカニズムが働いているのではないかと考えられる。

 生物は生体分子による分子機械が集合したシステムだ。分子機械の代表が分子モーターだ。アクチン分子とミオシン分子が組み合わさって動く。柳田教授らは1分子を操作して分子機械を組み立て、化学力学特性を同時に調べた。すると、断続的にふらふらと、熱ゆらぎで動いていることが分かった。他の分子モーターも、熱ゆらぎ、ブラウン運動を利用して動いていることがわかっている。それによって高い効率で働いている。しかし、動作は確率的になる。

 確率的であいまいな振る舞いは、人工物をつくるうえではネガティブファクターになる。しかし、生体はうまく動いている。むしろ、熱ゆらぎを積極的に利用し、システムの機能的、やわらかさ、自律性に繋がっているのではないかと考えられる。

 ではその動きはどうなっているのか、シミュレーションしたところ、振動などが発生し、外部の状況に応じて自律的に柔軟に働けることが分かった。それをコンセプトとして、ものづくりに挑むためには形式化が必要だ。多状態間を熱エネルギーによって遷移していくシステムが外部環境情報によって変調するという形の式をベースに、進めていくことにした。これは分子モーターも細胞活動のゆらぎも記述できるという。

 また脳の視覚認知にもゆらぎ情報が使われていることが明らかにされている。式で表せば意識のようなものも化学反応と基本的には同じであり、ゆらぎを記述する式で記述できるのではないかと述べた。分子から脳まで階層を越えてゆらぎを使った柔軟なメカニズムが使われており、「ゆらぎを利用したアトラクター選択の式」で表現できるという。

 生命分野では今後、生体の実態を精密計測によって探っていく。究極的には生命機能の本質を解きあかすことを目指す。ゆらぎと一言でいっても、ある範囲でのゆらぎにとどめている仕組みが何かあるはずだ。ゆらぎを発散させない仕組みを明らかにしていく必要がある。


1960年代のコンピュータ発展の予想図 生体分子機械を構成する1分子ナノ計測技術のイメージ 筋肉の分子モータ

柳田氏らは分子モーターの1分子化学力学同時測定を行なっている 生体分子のゆらぎを利用した、新しいものづくりコンセプト確立が目標 分子モーターの動作原理

脳もゆらぎを使って認知を行なっているのではないかという 意識と「ゆらぎ」を利用したアトラクター選択 「ゆらぎ」を利用した「アトラクター選択」の式

対話型、生活支援、複数協調型ロボットの実現を目指す「ロボット領域」

大阪大学大学院工学研究科 石黒 浩教授
 「ロボット領域」に関しては、大阪大学大学院工学研究科の石黒 浩教授が解説した。ロボット領域では生体ゆらぎ利用の適応・頑強システムの原理を、ロボットを題材に構成的に理解することを目指し、環境や人にやさしい知的システムを実現可能性の高い技術に進化させていく。また、対話型、生活支援、複数協調型ロボットの実現も目指す。またナノ材料領域の成果を利用することで、より知的で適応的なシステムを実現できることが期待される。

 まず最初の3年目では心臓のゆらぎ計測などの基礎データの収集と生体ゆらぎのシステムを工学的に再解釈を行なう。その後プロトタイプをつくり、最終的に10年後にはより人間に近いロボット、インテリジェントな生体情報システムを組み込んだ人工心臓実現を大きな目標とする。

 なぜロボット研究が、ゆらぎに注目するのか。生物がとっている戦略をロボットにも取り込みたいからだ。実世界を完全にモデル化することはできない。これまでは想定内でできるかぎりモデル化してロボットを作っている。しかし生物はそういう戦略はとっていない。完全にモデル化できない世界に対して、うまく適応するためのメカニズムを明らかにすることが、次世代のロボットをつくっていくことに繋がるという。

 では、ゆらぎによる問題探索の性質をどう捉えているのか。センサーで解空間のランドスケープを変化させながら、遷移のしやすさ自体を変化させて解を探索しているのではないかと考えているという。目標値に近づくにつれて、決定論的な探索になる。またこれは解空間が完全に分かっていなくても探索が可能な方法であり、コンテキストがある問題では有利になる。


 ロボットのメカニズムそのものがアトラクターを持つ制御構造で、それがセンサフィードバックによって解空間を変化させ、ノイズで探索する。環境の情報をセンサでとってきてあるルールにもとづいて行動をとるというのが古典的なロボットだ。だが完全な情報は期待できない。それをアトラクタースイッチングモデルで実現することを考える。センサー情報をアクティビティで調整しながら、それを外部や内部のノイズに左右されながら適応的に行動をスイッチングするという形になる。

 今後、ロボットはどんどん複雑になっていくことが想定される。腕ひとつで30個のアクチュエータを埋め込んだロボットをどのように制御するのか。そのような問題をアトラクターと、ゆらぎをつかったアトラクタースイッチングで解けるのではないかという。同様の問題は、将来の、多数のアクチュエーターを統合的に制御したようなものになると考えられる人工臓器にも適用される。

 また、人間らしいゆらぎをもったロボット制御にも使われる。人と対峙するには人間をモデル化しないといけないが、人間は完全にはモデル化できない。不完全な情報をもとにどうやってロボットを制御するか。そのためにゆらぎ探索モデルが解決の糸口になるという。これはロボットの表情、感情生成モデルや、手術支援システム、自律的かつ自然に役割分担する複数ロボットシステムの実現にも適用される。

 複数ロボットの役割分担には、生物の細胞分化モデル、役割分担メカニズムのモデルを応用し、各々のロボット持っている遺伝子(情報)はもともと同じだが、だんだん分化していくようなモデルを考えているそうだ。


研究コンセプト 最終目標は人間・社会適応システム、生体適応システムの実現 10年間の開発ロードマップ

ゆらぎによる解の探索イメージ ゆらぎメカニズムの工学的モデル化 古典的制御モデルとの比較

ゆらぎメカニズムにより、複雑なロボットシステムの制御を目指す 人間らしい動作の実装。また人間と関わり、動作生成も目指す 複数ロボットの自律的な役割分担実現も目標

ゆらぎメカニズム応用のまとめ 工学と科学の相互フィードバック、融合が重要だという 今後3年間の研究ロードマップ

生体模倣ロボットシステムの研究推進体制 人間-ロボット共生システム、人工心臓・人工臓器開発の研究推進体制

ゆらぎを利用して大域的信頼性の高い情報ネットワークを目指す「情報システム領域」

大阪大学大学院情報科学研究科 村田正幸教授
 「情報システム領域」は大阪大学大学院情報科学研究科の村田正幸教授が講演した。情報システムはこれまでは故障のない完全なシステムを目指してきた。ハードウェアのバックアップと、ソフトウェアのバグ取りである。ノイズに対しては可能な限り取り除くのが基本だ。

 しかし、システム複雑化・大規模化によって、これまでのアプローチは限界に達しつつある。予測自体が困難な事象に対しては、システム設計自体が困難だ。故障そのものは仕方ないが、システム全体のダウンに繋がらないような次世代情報ネットワークアーキテクチャをつくりたい、というのが目標だ。柔軟性と自律性をもつエンティティの集合体としての、ダイナミックでディペンダブルなシステムの構築を目指す。

 自己組織化によって信頼性の高いネットワークを目指すわけだが、村田氏らはルータ間の遅延情報を交換しあうことで、それぞれのルータが全体のトポロジーを得ることで協調して動いている。正確なリンク情報が前提とされている。それで情報伝播が遅いとネットワークが不安定になる。

 村田氏らは、アトラクタースイッチングを使ったマルチパス・ルーティング・システム、すなわち現時点で最適なパスを送信ノードが独自の判断で選択できるシステムをつくった。局所解に陥らないためにノイズを付加してたえずゆらいでいる。従来の確率的な動作をするモデルとは違って、活性度(遅延)を環境情報として埋め込むことで最適パスを選ぶことができる。それぞれのルータが動いているモバイルを表現したモデルでも、それなりに動くことを既に示している。

 大規模かつ複雑な環境変動が起きる状況で、アトラクターによって解を絞り込む、そしてランダム項によって最初からノイズを織り込んでおくという点がネットワーク科学としては新しい点だという。題材としてはセンサネットワークを考えている。設計に基づいて設置することが困難であること、ノードが移動すること、無線環境は品質変動が大きいなど、環境変動が大きいからだ。それに対応できることを示すことで有用性を示すことを目指す。

 とりあえず、2年後を目指して、松下電器による反応拡散システムに基づくカメラセンサーネットワークを、モバイルアドホックネットワークと繋いで実験を行なうことで人材育成も目指す。

 また、「べき乗則」がさまざまなネットワークに出現することが知られている。それは自己組織化に関係していることを生物と情報ネットワークの共通的性質として、示したいという。

 最終的には10年後を目指し、アトラクター選択処理を高速で行なうハードウェアを開発する。それはゆらぎ原理に基づくプロセッサとし、従来型のCPUと繋ぐことで、それをドライブしながら全体としてひとつの計算機を作っていく。それはナノ領域が開発しているスピングラス利用のものとする。


次世代の情報ネットワークアーキテクチャが求められている アトラクター選択モデルによるマルチパスルーティングシステム トイモデルによるモバイル環境でのデモも行なわれた

アトラクター選択の特徴 3年後の目標 べき乗則の問題にも挑む

生物と情報ネットワークの共通性質を明らかにすることを目指す 10年後の目標は、ゆらぎ原理を利用したプロセッサを使った柔軟で自律的な階層型ネットワークの実現 研究体制

ゆらぎを利用した素子を開発する「ナノ材料領域」

大阪大学産業科学研究所長 川合知二教授
 「ナノ材料領域」については、大阪大学産業科学研究所長の川合知二教授が解説した。従来の大きなエネルギーを使って決定論的に動く機械から、柔軟に動くシステムをつくることがこのプロジェクトの目的だ。そのためには、全体を網羅的にとらえるセンサ、柔軟に対応するデバイス、自律的に変化するデバイス、学習判断するデバイスなどが必要になる。そういうものができてはじめて、例えばロボットが個性をいかしながらそれぞれ自律的に動けるようになる。

 生体は熱ゆらぎをATPのエネルギーを使って方向選択することで利用している。これは、硬い材料を使っても模倣可能だ。たとえば物性ゆらぎで生体ゆらぎを利用した機能素子や、生体が持つゆらぎを利用した高感度センサーを作るといった方向が考えられる。生体から得た知識をハードウェア化する、「扇の要」のような部分がナノ領域だ。

 ではどうやって実現するのか。一例が「スピングラス」だ。スピングラスとは、電子のスピンがばらばらな方向を向いたまま固まってガラス(グラス)のような状態になったランダム磁性体の総称だ。スピングラスに磁場をかけることで、アトラクターをある方向に落とし込んでいくことができる。従来は低温で動作するものしかなかったが、室温で動作する材料を発見したことで、スピングラスに磁場を使って情報を書き込んでいくことができるようになった。これは記憶や忘却のようなことができるとみなすことができ、連想記憶やパターン埋め込み、画像修復、誤り訂正符号、最適化符号、適応学習などが得意なセンサーができることになるという。

 また、「確率共鳴現象」を使う例も示した。確率共鳴とは、適度な強度の雑音が重ねあわせによって、システム全体の性能を向上させる現象のことだ。一部の魚などはこれを使って獲物の位置を補足して捕食行動を行なっているように、生物はゆらぎや雑音を積極的に利用している。

 川合氏は、コオロギの気流感覚毛の話をノイズ増幅の例として出した。川合氏らのグループではゆらぎ回路を使って似たようなこととして情報の増幅を再現している。これによって、ノイズに埋もれたシグナルの抽出を行なうことができる。これを材料技術を使うことでハードウェア化して並列回路をつくることを目指す。

 具体的には、光によるスピン変調機能をもつモノリシック構造スピングラス内包の素子、ボトムアッププロセスを使った分子設計手法で移動の方向性をもった分子フィルター素子、生体ゆらぎをもった膜などの開発を目指して研究していく。

 単にリニアに基礎→応用と開発するのではなく、材料開発をして、その後、素子をつくり、それをつなげていくという流れを繰り返すことで、研究を進めていく予定だ。川合氏は、「ゆらぎの機能を組み込んだ情報処理センサ素子を作ることが基礎になる」、とまとめた。


ナノ領域は「扇の要」的部分 生体ゆらぎを利用した新機能素子開発が目標 生体ゆらぎ利用デバイスの概念図

生体ゆらぎとスピングラスの共通点 室温スピングラス素子を用いた情報処理 確率共鳴現象を利用した例

ゆらぎ回路をナノ集積デバイス化させていく ゆらぎ内包スピングラス材料のデバイス化 熱ゆらぎを使った分子設計

生体ゆらぎ利用の膜デバイス ナノ材料領域のロードマップ

ものづくりの新しいコンセプトとしての「ゆらぎ」

 最後に柳田氏が総括を行なった。生命領域で生体ゆらぎの基本原理を解明し、ナノ材料領域は生体ゆらぎ機能をハードウェア化、高集積化し、情報処理システムとロボットでそれを実装するというのが「ゆらぎプロジェクト」概要だ。では何が革新的なのか。

 従来の半導体素子の改良は順当に行なわれていく。では何を生物に学ぶのか。人工機械は目標が明確な場合は大きな力を発揮する。しかし、生物は、目標設定が不明確な状況や、環境変化に応じて目標が変化する環境に強いのではないかと考えられる。

 これまでにも「ゆらぎ」を使う機械はあったが、目標設定が決まっている状況で働くものだった。しかし、目標設定がない状況でもちゃんと働く機械をつくるのであれば、技術革新になるのではないか、と述べた。これまでとは違うベクトルを指し示せるのではないかという。

 このプロジェクトでは企業が参画している点が特徴で、各企業はそれぞれ分担して機器やシステムの開発を目指す予定だ。


10~15年後のイノベーションが目標 これまでのアプローチとの違い 各領域の関係図

協働企業との連携でプロジェクトを推進していく 4領域の基礎となっている、「ゆらぎ」を利用した「アトラクター選択」の式

 質疑応答では、「『ゆらぎ』を利用した『アトラクター選択』の式」の各項の具体性についてや、究極的に目指しているものに関する質問が出た。柳田氏は「その詳細を明らかにするのが今後の10年。これはシンプルにコンセプトを表現したもので、とにかくこれでスタートしましょうというものだ」と答えた。

 なお、「ゆらぎプロジェクト」では、来年2月6日には、それまでの成果を披露するシンポジウムを、大阪で開催する予定。


URL
  大阪大学"ゆらぎ"プロジェクト
  http://www.yuragi.osaka-u.ac.jp/

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( 森山和道 )
2006/12/04 16:48

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