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食器洗い支援用キッチンロボット
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12月17日、ロボット技術による少子高齢化社会への貢献を目的とする東京大学IRT研究機構は、パナソニック株式会社と共同で、キッチンに置かれた食器を扱いながら、食器洗い機を使った食器洗いを支援するキッチンロボットを研究開発したと発表した。日常生活にある家庭のものにロボット技術を追加することで人の生活を支援していこうというコンセプトで開発されたもの。食器の後片付けなど、家事の負担を軽減することで、介護や育児、労働などに時間を向けることができるようになり、少子高齢社会での家事介護支援に貢献できるとしている。
キッチンロボット本体はシンクに取り付けられた、アームの先にエンドエフェクタ(ハンド)の付いたマニピュレータ。ハンド部含めて8自由度の基部はスライドして移動する。食器をつかんで持ち上げられるハンド部は開閉するだけの単純な機構だが手のひら部分に各種センサーを内蔵している。そのほか手首部分に6軸力センサーが取り付けられている。食器の認識や大まかな位置の把握そのものは外界カメラで行なう。
IRT研究機構機構長 下山勲教授によれば、今回コアとなる技術は2つあるという。1つ目は「手探り」で食器を扱う技術である。MEMS(micro electro mechanical systems)技術を生かして製作された、縦横2mm角、厚さ0.8mmというサイズの圧力と摩擦方向の力を取ることができる高感度3軸触覚センサーをロボットに実装。そのほかのセンサー情報とも組み合わせることで器用にものを触ったかどうかを確認しながら多様な食器を扱えるようになった。
パナソニック株式会社と東京大学が共同開発したMEMS触覚センサーは最小で0.3gの重さを測ることができるという。2mm四方のなかに3つのセンサーが搭載されており、その上にシリコンゴムを張ったものとなっている。最大の特徴は圧力だけではなく、埋め込まれたカンチレバーのひずみ量に応じて2軸のせん断力(摩擦力)を計測できること。今回はそのMEMSセンサーをエンドエフェクタに6個埋め込んだ。このセンサーを使うことで、ロボットハンドで「掴んだ物の滑りや重心位置を認識することが可能となり、より確実なハンドリングが期待できる」として、経済産業省の「今年のロボット」大賞2008で優秀賞を受賞している。
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IRT研究機構機構長 下山勲教授
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IRT研究機構IRTシステム部門長 稲葉雅幸教授
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パナソニック株式会社 生産革新本部 ロボット事業推進センター 次世代ロボット企画担当 参事 小林昌市氏
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エンドエフェクタには赤外光の反射で物体の曲率を測定できる近接覚センサーも搭載されている。これによって手をワーク対象に直接近づけることで、把持対象物体の曲面形状を計測する。そのほか3軸力センサーや圧力センサーなどで取得した複数種類の感覚情報を組み合わせて、ロボットは、ならい把持動作を実施する。
2つ目は多種センサー情報の実時間フィードバック制御技術。多数のセンサーからの情報を利用してロボットを制御するためのソフトウェア技術だ。これまで困難だった、ロボットの動作計画を行なう上位の処理系と実時間のセンサー情報を繋ぐためのソフトウェアを開発した。実時間でセンサー情報を処理することで自分と外界の状態を監視し、それに応じて手先の向きと動きを上位系が計画できるようになった。
基盤となるソフトウェアは東大が構築したもの。さまざまなロボットで共通して使われている。「感覚系と知的動作系を結ぶのがロボットの本質」とIRT研究機構IRTシステム部門長の稲葉雅幸教授は語った。高度なソフトウェア技術とMEMSに代表されるセンサー統合技術の2つによって今回のロボットは可能になったという。
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キッチンロボット
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ハンド含めて8自由度
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基部はリニア移動機構
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ハンド先端
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食器を持つことができる
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シリコンゴムとナイロン樹脂で覆われている
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青い部分にMEMSセンサーが埋め込まれている
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2mm角のMEMS触覚センサー
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顕微鏡サイズ
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各種センサー情報をリアルタイムにオンラインモニターできる
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ハンドに埋め込まれたセンサ構成
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センサー情報を並列監視
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● デモンストレーション
デモンストレーションでは、白い皿、白い茶碗、透明なコップを食器洗い機に入れて、フタをしてスイッチオンするまでの一連の過程が示された。この食器は「食洗機用標準食器」と呼ばれるもので、食洗機のなかに食器が何枚入るかなどを計測するために使われる標準食器。
まずロボットは、食器を置きやすいように食器洗い機の棚を引き出す。その間に上部に付けられた全方位カメラを使って皿がどこにあるかシステムが計測する。ロボットは次に食器を把持する順序を決めて、片づけを実行する。複数の食器がある場合は、食器の配置に応じて手のアプローチを動作計画する。食器と腕が干渉しないように、取りやすいものから順に取っていくように動作計画することができるわけだ。
このときに、もし皿が複数枚あっても上方からのカメラでは1枚か複数枚あるのか区別が付かない。そこでロボットはエンドエフェクタの先を皿面にあてることで厚さを判定。複数枚あるようなら、グリッパーを動かしてずらす動作を行ない、皿や茶碗を1枚ずつ取ることができる。
実際のデモでは一度食器を水につけてすすぎをするときに水を入れすぎて、ズルッと滑ってしまったりすることもあった。まだ安定性向上には課題があるようだ。
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【動画】一連のデモ。茶碗は無事に入れられたがコップを食洗機に入れる際、水を入れすぎて落としてしまう
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【動画】既に置いた茶碗や棚にあたって強い力が発生するとロボットは停止するようにセットされている
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【動画】棚を引き出す手先のアップ。ヘビの鎌首のようだ
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【動画】茶碗とコップを入れる模様
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【動画】大きな皿はお盆のヘリを使って持ち上げる。皿はなんとか入った
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【動画】最後は食器洗い機の蓋を自分で閉めてスイッチを入れる
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【動画】皿の3次元幾何形状を認識している様子
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【動画】複数重なっている茶碗から1枚だけを持ち上げる
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食器の後片付けは、「食器の運搬(下膳)」「残り物処理」「食器洗い」「食器収納」の4工程に分けられる。今回、IRT研究機構が開発した「食器を扱う技術」は、全ての工程で必要とされる重要な要素技術であり、この技術によって、今回発表された「食器洗い支援」だけではなく、食器収納などで多くの工程を自動化することが可能となるという。
ロボット本体の制作費は数百万円程度。下山氏は「5年から10年で市場に出せるのではないか。数十万円台程度で商品化したいと考えている」と述べた。今後は、片手だけでは無理な作業をこなせるように複数の腕を組み合わせたり、また食べ残しなどが皿に残っていても処理できるように発展させていくという。
下山氏とパナソニック株式会社 生産革新本部 ロボット事業推進センター 次世代ロボット企画担当 参事 小林昌市氏によれば、今回のロボットのコンセプトは、両者のキャッチボールによって生まれたものだという。議論はIRT以前から行なわれており、今回のロボット開発へと至ったのだそうだ。パナソニックは「Mechanorg(メカノーグ)」という概念を提唱している。MechanoとOrganismを組み合わせた造語で、単機能の道具型ロボットを意味する。パナソニックとしては、今回のロボットはその1つとして位置づけられるものだという。
■URL
東京大学IRT研究機構
http://www.irt.i.u-tokyo.ac.jp/
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( 森山和道 )
2008/12/18 00:34
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