ホンダの子会社である株式会社ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパンと株式会社国際電機通信基礎技術研究所(ATR)、株式会社島津製作所は、脳の活動を読み取ることでロボット(ASIMO)を動かすことに成功したと発表し記者会見を行なった。
頭皮上の電位変化を計測する「脳波計(EEG)」と、脳血流の変化を計測する「近赤外光脳計測装置(NIRS)」の2つの手法を世界で初めて併用して脳の活動を同時計測。かつ、計測した情報を統計処理して抽出する技術を新規に開発し、使用することで、考えるだけでロボットを制御できる「ブレイン・マシーン・インターフェイス(BMI)」技術を開発したというもの。「将来的には、知能化技術やロボット技術などとの融合による、より人に優しい製品開発への応用を目指す」という。
具体的にはユーザーが頭部にセンサーを装着後、「右手」「左手」「足」「舌」の4つの選択肢から1つを選んで、その刺激を使用者に提示する。使用者は体を動かさずにその身体各部の運動イメージを7秒~9秒間程度、頭に思い浮かべる。そしてその際の脳活動を2つの手法で計測する。データはリアルタイムに解析され、使用者のイメージを判別する。処理結果を受け取ったロボット(ASIMO)が手や足を上げる動作を行なうといったもの。実験では90.6%の正答率を示し、これはホンダとATRによれば世界最高水準だという。なお他の機関では同様の4択実験では66%程度であり、一般的には3択や2択を使うことが多いという。
また、さまざまな場所で移動可能な「EEG・NIRS同時計測装置」を新規に開発した。重量は300kg程度。
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EEG・NIRS同時計測装置
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側面。重量は300kg程度
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後方から
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頭部に付ける電極
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開発されたBMI技術の概要
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【動画】実験の様子(動画提供:ホンダ)
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株式会社ホンダ・リサーチ・インスティチュートは2003年設立。インテリジェンス・サイエンスやナノサイエンス、ゲノムサイエンス領域で研究を行なっている。ATRとの共同研究は2005年から。株式会社本田技術研究所取締役でホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパン社長の新井康久氏は、今回の技術について「人の知恵や意図を理解して機械に伝えるという夢の実現に近づいた。考えただけで動く機械の実現の可能性を大きく広げることになるものだ」と述べた。人の身近で動く機械を作るためには「人を理解すること」が必要だと思って研究をしており、「人が思ったとおりに動くのが機械の究極の姿」だと考えているという。
ATR脳情報研究所 所長の川人光男氏は、世界各国で行なわれているBMIの概要を解説し、2006年5月に発表されたfMRIを使ってロボットハンドを動かしてジャンケンをするという共同研究の成果を踏まえて、今回の成果を解説した。
BMIは脳から信号を取り出し、その信号をもとに機械を制御することで人体の機能を補綴する技術である。非侵襲で脳を計測する技術には、fMRI、脳磁図などの方法があるが、これらの手法では計測機器が重く、また被験者を固定する必要がある。軽量な技術としてはEEGやNIRSがある。両者にはそれぞれ時間分解能、位置分解能において逆の長所短所がある。EEGは時間分解能は高いが位置の分解能は低い。NIRSは位置の分解能はあるが時間分解能が低い。今回のシステムでは両者を組み合わせることで、高解像度で高時間分解能のシステムとし、信号の読み取り精度を向上させた。将来は携帯も可能なシステムにすることも視野に入れるという。また川人氏は「BMIは脳科学を革命的に進歩させる新しい研究手段でもある」と述べた。
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株式会社本田技術研究所取締役、株式会社ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパン社長 新井康久氏
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株式会社国際電機通信基礎技術研究所(ATR)脳情報研究所 所長 川人光男氏
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ホンダ・リサーチ・インスティチュート シニアサイエンティスト 岡部達哉氏
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今回の研究担当者であるホンダ・リサーチ・インスティチュート シニアサイエンティストの岡部達哉氏は、BMI技術を使った将来イメージから今回の技術を紹介した。たとえば洗い物をしているときにロボットが思考を読み取って家事をやってくれたり、声に出さずにイメージを伝えられたり検索ができたり、両手がふさがっているときに車のリアゲートを開けることができたりするのであれば、活かせるシーンはたくさんある。今回の研究はこのような夢を現実にするための第一歩だと述べた。
技術のキーポイントはイメージ判別にある。たとえば右手を動かすイメージを思い浮かべる。そのときのデータを事前に計測しておいたデータと比較することでどれに近いかで判別するわけだが、ここに新技術を導入したという。岡部氏は実際に計測されたデータを示し、情報抽出の難しさを示した。複雑な波形から正しいデータを得るためには工夫が必要となる。計測されるデータは毎回異なるし、どのポイントを見ればいいのかは明らかではない。
岡部氏は、間違い探しの画像を例に出し、解説した。間違い探しでは最初は画面全部を探索する必要があるが、一度違っている部分がどこか分かれば、次は即座にそこを見出すことができる。それと同様に、複雑な情報から効率的に見るべきポイントをリアルタイムに見つけ出すことが、今回の情報抽出技術「スパース・ロジスティック・リグレッション(Sparse Logistic Regretion、ロジスティック回帰モデルを使ったスパース判別器)」の特徴だという。判別に効果的でない特徴量を自動的に削除することができる。高次元の情報を比較し、もっとも距離が遠い点を探すような作業をしているようなイメージだそうだ。
またEEGとNIRSを使って同時計測する手法を用いることで、両者の計測結果から、もっともらしいほうを選択することで4択を成功させた。岡部氏は、このような技術研究を積み重ねていくことで「思い描くBMIの将来に、これからも一歩一歩近づいていく」と述べた。
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将来のBMI活用イメージ
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技術の概要
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イメージ判別
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計測データを2つの技術で判別
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分かりにくい計測データ
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間違い探しを例に出して解説した
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NIRSとEEGの併用も新技術
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総合的に判断することで正答率を向上させる
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正答率は40ポイント上昇して世界最高水準に
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今回の計測機器では、EEGが64チャンネル、NIRSが48チャンネルある。実際に脳のどの部位を計測しているのかについては明かされなかった。計測機器全体の小型化や無線化の可能性については、株式会社島津製作所 取締役の吉田多見男氏が「工夫の余地はあると思っている」と述べるに留まった。
右手、左手、足、舌という刺激はよくBMIの実験で使われるもので、被験者は、それぞれの身体部位の視覚イメージを浮かべるのではなく、それぞれの部位を連続的に動かすようなイメージを思い浮かべる。そのイメージは人によって異なり、たとえば「足」だと駆け足、「左手」の場合は車のシフトレバーを動かしているようなイメージを思い浮かべる被験者もいれば、「舌」の場合はアイスクリームを舐めるようなイメージを思い浮かべる人もいるそうだ。被験者それぞれが思い浮かべやすく、かつ、正答率が高い運動イメージを思い浮かべることになる。
事前のデータ蓄積に必要な時間は2時間程度。脳の形や活動状態が異なるため、判別しやすい人とそうではない人の個人差はあるという。現在までの被験者は3名。1日100回程度の試行を行ない、数カ月間、実験を行なっているそうだ。また「スパース・ロジスティック・リグレッション」については、他にも遺伝子解析などにも使える可能性があるという。記者会見では、多くの質問が飛び交った。
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頭部
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着用したところを下から。なおドーム自体には機能はないとのこと
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記者会見に出席した4名
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■URL
ホンダ
http://www.honda.co.jp/
ニュースリリース
http://www.honda.co.jp/news/2009/c090331.html
ATR
http://www.atr.co.jp/
島津製作所
http://www.shimadzu.co.jp/
ニュースリリース
http://www.shimadzu.co.jp/news/press/090331.html
【2006年5月25日】ホンダとATR、脳活動でロボットを操作する技術を開発(PC)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0525/atr.htm
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