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「人間・情報・機械」:デジタルヒューマン研究センター、恒例のシンポジウムを開催


 3月4日、独立行政法人 産業技術総合研究所 デジタルヒューマン研究センター(DHRC)は、日本科学未来館みらいCANホールにて「人間・情報・機械の新地平」をテーマにシンポジウムを開催した。人間と工学システムをつなぐ「人間の計算モデル」を研究することによって、どのような新しい研究開発や産業応用が可能になるか、人間工学,情報工学,機械工学の視点から議論することが目的。当日はDHRCの研究者3名による成果発表のほか、招待講演やパネルディスカッションがおこなわれた。研究室公開と合わせてレポートする。


産総研DHRCチーム長 栗山繁氏
 はじめにDHRCチーム長の栗山繁氏がセンターの概要を交えながらシンポジウムの趣旨を述べた。2001年に発足したDHRCは人間の機構・運動、生理・反応、認知・心理的なコンピュータモデルを築く研究開発を行なっており、人間の体型データベース、人間適合型の製品設計法、ヒューマンエラー解析、日常行動の科学と子供の事故予防、そして人間と共存するロボット技術などを開発してきた。毎年、その成果を発表するシンポジウムと、研究拠点である産総研臨海副都心センターのオープンハウスを行なっている。

 来年度にはDHRCは一つの区切りを迎える。そこで今回は総括的なテーマを掲げたという。研究資金で見るとここ数年は政府系外部資金が多くを占めるようになっている。

 人間、情報、機械の関係を考えると、DHRCはもともとは人間と機械のインターフェイスを研究しようということで始まった。もっとも弱い部分であるそこを情報技術で強化する、また、そのときに人間理解をベースとする。このように1つの要素が他の2つの要素の関係を強くするという意味で、この3要素は関係が深いという。さらにこれからは人間、情報、機械の3者間に「社会」という要素が入ってくる、そのためにはデジタルソサエティや人間情報技術を社会全般に広げる基盤が必要であり、その先に人間と機械が共生していく新しい産業が創出されていくのではないかと締めくくった。


人間-情報-機械 DHRCの3人の研究チーム長 人間、情報、機械と社会

「ロボティクス、芸術、ロボット魂 ~Dance and Robotics」

東京大学大学院情報学環教授 池内克史氏
 コンピュータビジョンやITSセンシングの研究者として知られる東京大学大学院情報学環教授の池内克史氏が招待講演を行なった。池内氏はロボットとは何かという話から講演を始めた。センシング、判断、そして能動的働きかけをするものがロボットだと以前は考えていたという。池内氏はMITで作ったビンピッキングロボットのデモビデオを紹介した。対象物体の姿勢を明るさ解析で決定して、一番高い位置にある部品をとるロボットだ。だが「むなしさが漂った」という。結局はプログラムを通して遠隔操作しているに過ぎないからだ。できればロボットが自分で自分のプログラムを書いて欲しい。

 そこで人間の動きを見てロボットが自分の動きを作らせることにした。そうして作られた例の一つが2005年の「HRP-2」による会津磐梯山踊りである。ただし、完全に関節角をコピーしてもダメだ。人間とロボットの身体は異なるからである。動作の本質を利用して運動を理解しなければならない。このようなことは20年前から考えていたという。

 池内氏は20年前にカーネギーメロン大学で作ったロボットの例を紹介した。物体認識の延長として人間の動きを捉えるロボットだ。物体認識は観測結果からワールドのコピーを内部に作るものである。それをもう一段抽象化することで、状況がどのように変わったかを記述するタスクモデルをつくり(抽象タスクモデル)、そこからアクションモデルを作る。状態遷移する対象が現在、どの状態にあるのか認識する。そこから何をするべきか判断するシステムだ。

 このときは4つの状態だけだったが、その状態を増やす研究をここ15年ほどやってきた。池内氏は多面体、柔軟物体(ロープ)などを扱う研究を紹介した。ロープを扱う研究は、本当は茶道をロボットにやらせようと思ってはじめたものだそうだ。茶道をやるための袱紗(ふくさ)さばきが難しかったことから、とりあえずロープを扱おうとなったのだという。ロープの結び目は、数学的に「P-data」と呼ばれる形で記述できる。しかもこれは1対1で記述できるので、P-dataを与えるとロープの投影図を再生することができる。次は変化させるための動きだが、動きの要素はライデマイスタームーブ(Reidemeister Move)という手法を使えば同じく数学的に記述できる。こうしてすべての結び目をロボットに実行できた。


ビンピッキングロボット 結び目を数学的に記述するP-data 【動画】ヒモを結ぶロボット

 つまり、接触がある場合は接触関係を記述して、それにもとづいて動作を与えれば人間動作が真似できる。では接触しない場合はどうなるか。池内氏は踊りの模倣を例にして解説した。上半身は踊り表現をし、脚部は体を支える。下半身の運動を考えると、両足で立つか、それぞれの片足で立っている状態と、そしてそれぞれの遷移状態と、腰の沈みこみしかない。この4つのステイタスをベースに認識を行なわせた。次はどのようにするのかだ。認識結果に基づいて、どこを見るべきかを再びモーションキャプチャーデータから判断してスキルパラメータを決定する。

 上半身の動きは取りあえず、踊りのスケッチを師匠に描いてもらったものからはじめ、そのスケッチに描かれた動作を、タスクではないかと仮定した。そのタスクを連続運動の中からどうやって見つけるのか。既存研究から人間は重要な状態を示すときには動きを一時的に止めるらしいと分かった。その静止を見ればいいのではないかと考えて実行してみると、過剰に分節されてしまった。そこでリズムを併用することにし、音楽の中からリズムを抽出するプログラムを書き、リズムと体の動きを併用すると、それらしい動きができた。ロボットは全部の運動を真似することはできない。そこでそのタスク部分だけを真似るプログラムを作った。あとは下半身で上半身の動きを調整するだけだ。実際に躍らせてみると、なんとなく合って見えた。だがそれは人間の錯覚であり、人間は踊りをこと細かく見ていないからだという。

 しかし決められた踊りしかできないのは面白くない。また人間はぜんぜん知らない音楽でも聞いたら踊ることができる。それを実装したいと考え、研究を続けているという。たとえば速く踊ると動きの細部が省略できる。そのためにはまず動きを大きいところから小さいところまで段階的に次元に分けてみる。ロボット動作のリミットを越えると、最上位の動きを削ることでなんとか動きについていくようにする。音楽が速くなったときにもこのような処理をすることで、なんとなく音楽に合わせて踊るようになった。

 また人間はアドリブでなんとなく体を動かすことができる。即興で踊るためには人間であっても基礎知識が必要である。そこでロボットの場合は動きを細かく切ってライブラリにし入力音楽と合わせることで新しい動きを生成する。だが、ロボットがうまくできたと思っていないこと、ロボットがうまく踊りたいと思っていないこと、つまり「ロボット魂ができてない」ことが問題だと思っているという。


ロボットの動き 師範に描いてもらった踊り

高次の階層から動きを省略していく 【動画】単純化した踊りの生成

 お絵かきロボットは、描いた絵はロボット自身が判断できることを目標にして開発をしているという。写真を変換して対象物体の内在的なモデルを作り、そこから任意視点からの像を作ることができるロボットである。ロボットに絵を描かせようと思ったら、XYプロッターで描けばいいが「芸術は失敗から生まれる」ということで、敢えて身体的拘束のある腕で筆を持たせて絵を描かせた。すると「なんとなく味があるりんごの絵が描けた(笑)」。

 だが人間は何を基準に絵を描いているのだろう。たとえば、モチーフをどうやって選んでいるのか。池内氏らは芸術大学と一緒に共同研究を始めているそうだ。取りあえず写真を撮ってもらったところ、経験者はカンバスの物体と対象物体の大きさがだいたい同じになるように写真を撮り、また水平垂直をきっちり撮ったり、背景物体が浮かび上がるように撮ったりしたが、未経験者はそのあたりをまったく考慮しなかった。このようなところをロボットに実装したいと考えているそうだ。そして将来は「アートの構造」を知り、ロボットに埋め込み、そしてロボット自身が絵を描きたいと思えるところまで持っていき、ロボット芸術の創造を行なっていきたいと述べた。池内氏は最後に「芸術と科学は中世は同じものだった。21世紀は再び融合していくのかもしれない。要素還元論と主観統合論を混ぜたようなアプローチができるのではないか」といった趣旨を述べて締めくくった。


絵画ロボット 筆で絵を描く 絵画ロボットの描いたリンゴ

「Artificial Life and Biomechanical Simulation of Humans」

カルフォルニア大学LA校教授 デメトリ・ターゾポラス氏
 続いて講演したのはクロスシミュレーションの第一人者として知られるカルフォルニア大学LA校教授のデメトリ・ターゾポラス(Demetri Terzopoulos)氏氏。ターゾボラス氏は物理シミュレーション、人工生命、バイオメカニクスなどの手法を用いてフォトリアリスティックなCGキャラクターを生成する研究を行なっており、2006年にはアカデミー賞科学技術賞も受賞している。氏はまず、座ったり立ったりといったアクションのほか、押されてバランスを保とうとしたり、地面に横向きに倒れたりといった複雑な動作も生成できる人体アニメーションを見せた。

 CGキャラクターにおいては顔のモデリングも重要だ。いまは注意深くデザインされたさまざまな顔を自在に操って表情を作らせることもできるようになっている。顔の皮膚の解剖学的構造は非常に複雑だが、皮膚の内部の筋肉の動きもそれぞれシミュレーションされている。同様に複雑な筋肉に覆われている首も非常に重要だという。人間のしぐさを決める部分だからだ。ロボティクスではミニマムのアクチュエータを使って機能実現を目指すが、生体は全く違った仕組みを採用している。ターゾポラス氏らのシステムでは筋肉は2種類のコントローラーで制御されてる。反射的に動くコントローラーを、より高次のコントローラーがさらに制御しており、逆キネで逆問題として解いて筋肉を動かすようになっている。

 またそれぞれのキャラクターをエージェントとして、互いに注意を切り替えながら会話しているかのような動作も生成することができる。

 さらにターゾポラス氏は人工生命研究を応用した集団のシミュレーションなども行なっている。氏は駅構内を多数のエージェントが歩いて移動する様をシミュレーションするときの基本的考え方を解説し、駅に行ったエージェントが切符を買い、通路を歩き、ドリンクを自動販売機で買ってベンチでしばらく休んだあと、時間が経ったらホームに下りるといったデモや、テトラ神殿のなかに入っていった人がそれぞれ良い席から座っていく様などを示した。

 またバーチャルカメラによって作られるバーチャルビデオの技術を開発しており、それはカメラによる監視に使えるという。カメラ同士が互いにコミュニケーションしてターゲットを追跡し続けるというシステムだ。仮に1つのカメラが失敗しても、別のカメラは対象を追い続けることができる。このようなバーチャルリアリティ、バーチャルヒューマンの技術はエンターテイメントや科学技術の領域で有用であると述べた。なおターゾポラス氏が見せた作品類はご本人のホームページで閲覧できる。


クビの骨格や筋肉を考慮したバイオメカニカルシミュレーション 上半身のモデル

ALのように自己生成された群衆の動き バーチャルトラッキング

脳で制御したロボット

株式会社国際電気通信基礎技術研究所 川人光男氏
 株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)所長の川人光男氏は「脳で制御したロボット」と題して話をした。脳の情報処理はまだ分かっていない。川人氏らは「脳を創る」ことによって脳の機能を調べようとしている。「計算論的神経科学」と呼ばれる研究アプローチだ。

 川人氏は「不気味の谷」の問題から話を始めた。人間の認知には「擬人化バイアス」があり、対象の外見や動きに非常に敏感である。人間は、対象が人間の姿形をしていると、たとえモーションキャプチャーであっても違和感があると感じる。いっぽう、アニメのように極端にデフォルメされた動きには違和感を感じない。つまり「擬人化バイアス」は人から離れるほど高くなる。これを説明変数として脳活動をfMRIで調べた。すると人間らしく感じない、不気味に感じる部位は、ミラーニューロンがある場所として知られている右の腹側運動前野だった。CGエージェントの形が人間に似ていると、ミラーニューロンシステムが働きだして批判的に対象を見るらしい。擬人化バイアスで正にはたらくのは、頭頂葉と側頭葉の一部であることが分かった。我々は○や△であっても追いかけるような動作をしていると、そこに心を感じてしまう。無生物のような物体のほうがむしろ人間らしいと判断しやすい傾向があるという。


計算論的神経科学 擬人化バイアスによって人とは見かけが違うほどヒトらしい動きだと認知してしまう 「不気味の谷」は右の腹側運動前野の活動による?

 人間により近いヒューマノイドロボット、機械的に柔らかいロボットとして作られたのが「CB-i」である。人間の筋肉骨格系を機能的に再現することを目指したヒューマノイドで、手と頭以外は油圧アクチュエータを使って減速機を入れておらずやわらかく動き、スティフネスをダイレクトに制御できるロボットだ。拮抗駆動する人間の筋肉のような動きを再現することを目的としている。川人氏は「ATRエンジェルス」というソフトボールチームに所属していることもあり、野球のバッティングをロボットにやらせようとして、ときどきボールを打てるようになったという。


「CB-i」。スペック等は本誌過去記事参照 【動画】CB-iのデモの様子。受動的な関節でバランスを取る 【動画】CB-iのバッティングデモ

 脳とコンピュータを繋ぐ、ブレイン・マシーン・インターフェイス(BMI)の研究も行なっている。BMIとは脳の感覚・中枢・運動機能を電気的人工回路で補てつ・再建・増進する技術である。人工内耳は既に全世界で40万人が使っており、人工網膜、人工視覚も研究されている。また脳の奥を高頻度電気刺激する深部脳刺激(DBS)はパーキンソン病患者の一部に使われている。そして脳科学とロボティクスを組み合わせる運動機能再建がいま注目されている部分だ。川人氏は、サルの脳活動からカーソルの動きを再構成する研究の様子を示した。

 BMI成功には3つの要素があるという。神経科学の知識、統計数理や機械学習による脳活動の解読、そしてシナプス可塑性によるユーザ訓練の効果である。大脳皮質の運動野に100個の電極を埋め込んで、カーソルを動かすといったことにも既に侵襲型のBMIでは成功している。だがこれで答えが出たのかというと必ずしもそうではない。川人氏は侵襲型と非侵襲型のBMIを、それぞれ時間空間分解能が異なる脳計測技術の紹介を交えて紹介した。これからは何種類かの計測方法を組み合わせることで、時間空間分解能を高めることが重要だという。

 また川人氏らは人が見ている画像を、脳の第一次視覚野の活動を計測することによって再構成するという研究も行なっている。いま川人氏らは複数の計測技術を組み合わせることで、より高時間分解能・空間分解能を目指す「ブレイン・ネットワーク・インターフェイス(BNI)」という非侵襲計測技術の研究を行なっている。脳活動計測において良い汎化性能を出すためには既存の脳科学の知見や数学的手法を利用した特徴量の抽出、絞込みが非常に重要だと協調した。詳細は本誌過去記事「ブレイン・マシン・インターフェイスによる機能代償システム研究の現状」などをご覧頂きたい。


サルの脳活動でロボットを歩行させる研究 ブレイン・ネットワーク・インターフェイス(BNI) BNIの特徴と将来

脳内電流の階層ベイズ推定 手先の運動を再構成する研究 ATRによる非侵襲BNI研究の現状のまとめ

 サルの脳活動によるロボットの歩行実験では、遅れ時間は1.2秒くらいある。だがサルはロボットが自分の意図に合わせて動いているということを理解すると、より一生懸命歩くようになるという。つまり、短時間、脳とロボットを繋ぐだけで、脳活動は変わることを意味している。また歩行リズムはもともとサルの神経にあるCPG(中枢パターン発生器)とサルの体が結びついてが作られているわけだが、そこからCPGの位相情報を取り出してきて、ロボットのCPGに与えるとどんな影響が出るかといったことを今後も調べていくという。

 このような研究を背景に川人氏はBMIの将来について、あくまで将来の仮定の話ではあるが「脳から信号を取り出して、他の人の脳に直接刺激を与えることもありえるかもしれない」と指摘し、そうなったときに何が起こるか、我々は考えなければならないと述べた。川人氏らは脳神経科学研究の倫理についても共同研究を行なっている。

 人間は神経系のレイテンシは、ロボットに比べれば圧倒的に遅い。いっぽうで筋肉の機械的特性は時間遅れゼロだと見なすことができる。CB-iも知覚のような重たい処理はPCクラスタに飛ばして処理をしているため、今の活動から数秒後の活動を予測して身体を制御することになる。人間も自分の身体活動をリアルタイムにモニターしているわけではない。観測はいつも時間遅れがある。だがスポーツ選手は素晴らしい身体制御を行なえる。我々の脳の中にある自分の身体やワールドモデルを使って絶えず予測しながら制御をしているのだと考えられるが、脳がどうやってそういう問題を解いているのか、今後も研究を続けていくという。


脳活動からCPGの位相情報を抽出 BMIの応用は無限にある しかし倫理的課題も

デジタルヒューマン「Dhaiba」

産総研DHRC 持丸正明氏
 このあと、DHRCの3名の研究チーム長が発表を行なった。まず持丸正明氏は「デジタルヒューマンモデルDhaibaの開発-人間中心の機械設計支援から、カスタマコミュニケーションまで-」と題して講演した。「Dhaiba(ダイバ)」とはDigital Human Aided Basic Assessment sysytemの略称で、DHRCが開発しているデジタルヒューマンモデル。シミュレーションに用いるデジタルマネキンの一種だが、現在一般に使われているものよりも厳密なモデルである。たとえば市販のデジタルマネキンでは肩関節を動かすと手先では数cmオーダーで位置がずれてしまう。人間の肩関節は複合的で、肩関節中心は腕の姿勢に応じてある軌道曲面を通るからだ。

 背景には、人間がものづくりにおいてもっとも弱い部分だ、という考え方がある。たとえば自動車は人間と車を合わせたシステムだが、車本体は細かく物理シミュレーションできるモデルが構築されているが人間のそれはない。それを構築しようというものだ。そのときに人間のモデルを構成要素から作っていくのではなく、機能的なモデル化をしていこうと考えたという。ただし実際のデータに基づき、個人差を統計的にコンピュータに再現するのはそれほど容易ではない。人体を計測し、テンプレートモデルを分割し、実測にフィッティングしていくことで、統計的にありえる人体データとしているという。

 Dhaibaはスポーツウェアの開発などにも役立てられる。また、車の設計においては、自動車乗降動作などにおいて用いられるという。人間は、自動車のルーフの高さが変わると動きが変わる。Dhaibaは自律的な運動設計が可能で、設計寸法を変えたときに人間の運動がどう変わるかといったことをシミュレーションで実行できる。設計寸法から運動を決めることができるのだ。

 また、プルタブを起こすときの掘り起こし摩擦がどのように起こるかといったことにも用いることができるという。プルタブの設計は、生産コストと最大多数の使いやすさのトレードオフの検討の世界だが、そこを計算で行なう。これからは機能設計だけに限定せずに、より上流のコンセプト設計段階から使われるものにしていくという。


デジタルヒューマンを使ったものづくり 「Dhaiba」 「Dhaiba」のコンセプト

あり得る運動動作を自律的に生成できる 手のモデルを使った操作性評価も可能 プルタブを起こす動作

【動画】ロボットをインターフェイスとして使ったDhaibaの操作 JST ERATO五十嵐プロジェクトとの共同研究。人間の関節のジョイントロックなども再現しているそうだ

人間とロボットのインタラクション

産総研DHRC 加賀美聡氏
 産総研DHRC 加賀美聡氏は「サービスロボットの認識・計画・制御を統合した自律性向上を目指して」と題して発表した。加賀美氏らは幅広い分野にわたって研究を行なっているが、ロボットが家庭に入るときに足りないのは人と環境のモデルだと捉えているという。加賀美氏は研究を進めるためのツールや変化する環境で地図を作る機能、タスク・アプリケーションの一部を猛烈な勢いで多数紹介した。たとえばパーティクルフィルターを使った自己位置認識・移動計画技術やSIFT特徴量ベースのマッチングを行なう技術、また全方位のマイクロフォンを使って三角測量する技術などさまざまな研究を行なっている。パーティクルフィルターによる自己位置認識やSLAMによる地図製作技術は東大IRTやトヨタ自動車との共同研究に用いられている。また人間のいる環境のなかで人を見つけて進行方向を推定する技術などを開発している。


研究開発している内容のまとめ SLAMによる地図作製 パーティクルフィルターによる自己位置認識

SIFT特徴量を使ったモデルベースによる対象物発見・追跡技術 音源定位分離技術 ロボットが人を見つけて動作を予測する技術

 動作計画においても、ロボットが自分の持っているセンサーの特性を理解していて、それを最大限に活用できるような動作プランニングをすることのできる技術や、たとえば軽い椅子など動かせる障害物である環境で移動するためのプランニング技術、障害物や自分の腕とぶつからないように、かつ掴みやすいスコアから順番に試していくように複数のプランナーを組み合わせて一度に解く手法、ロボットが自分が持っている基本的な動き(動作プリミティブ)を組み合わせて動いている障害物があっても移動パスを計画できる探索技術、硬い体を柔らかく動かす技術、歩行軌道生成を高速で行なう技術、反射的環境適応するための技術など、多数の技術を研究・提案していると紹介した。


逆キネや操作性を考慮した物体把持計画技術 動作プリミティブを使った移動行動計画

短周期歩行軌道生成 短周期歩行軌道生成のオンライン制御の流れ

 ロボットを研究する上では、実験したときにどこが悪かったかはっきりさせるためのツールも必要となる。そこでロボットが自分のセンサーで把握している全ての情報を実世界の画像上に重畳して分かりやすく視覚化したシステムをキヤノンと共同で研究開発している。またこれまでどおり実時間OSのART-Linuxのほか実時間処理向きプロセッサのRMTPの開発を行ない、よりディペンダブルなシステムを目指した実時間・分散制御技術の構築を目指している。

 アプリケーション例としては鹿島建設との共同研究として実施中の屋外で時速5kmで移動できる自律搬送車や、関西電力と研究中の音楽が鳴っているような雑音下でも人の声を聞き分け、ある部屋から別のどこかの部屋へ移動するロボットの例を紹介した。個々の機能を研究すると共にアプリケーション開発を進め、今後、人のモデルを構築し人の理解を進めると同時に、人や人の環境モデルを持って理解して行動するロボットを研究していきたいと述べた。


Mixed Realityをロボット研究に応用 ヒューマノイドの実時間・分散制御 実時間OS・ART-Linux

アプリケーション例・鹿島建設と研究中の屋外自律搬送車 アプリケーション例・関西電力と研究中の雑音下でも呼ばれると分かる移動ロボット 研究成果の概要

32chのマイクアレイを使って雑音環境下でも音源分離、音源定位をするロボット HRP-3。画像認識などを行なうためつや消し塗装されている。2台しかないHRP-3のうちの1つ 実験環境。フラッシュを反射しているのはマーカー

ロボットのセンサー情報がMRとして重畳されている 実際の環境上にCGで描かれたロボットの姿と動作計画がMRで重畳されている カメラ付きタッチパネルでロボットに直接歩く方向を指示することができる

【動画】二足歩行ロボットのデモ 【動画】レーザーレンジファインダーを使い障害物を避けてなめらかなパスで移動するロボットのデモ 【動画】ジョイスティックを使ったHRP-2のリアルタイム操作のデモ

事故情報を共有し事故を制御・予防する

産総研DHRC 西田佳史氏
 西田佳史氏は「生活安全のための日常生活インフォマティクス」と題して発表した。日常生活インフォマティクスとは、ユビキタスセンシングで大量データを獲得し、モデルを作り、シミュレーションを行なって情報を発見する研究アプローチで、西田氏らはエビデンスベースで事故予防を行なっていくことを目指している。たとえは子供の不慮の事故の予防は、日常生活インフォマティックスの重要なターゲットだ。子供の事故は先進国、発展途上国問わず起きている。だがこれらは予測可能でかつ制御可能な問題だという。「精神論的事故予防」から、計算機モデルをベースにした「計算論的事故予防」を行なっていくことが目標だ。

 また、西田氏らは人体の怪我を記述する手法にGIS(地理情報システム)の考え方を導入し、「身体地図情報システム」を開発した。これまでは怪我の位置や状況などを正確に記述するシステムがなかったが、それを記述できるようにした。すると頭部の怪我は左側が優位に大きいことなどが分かったという。このような今までは認識されていない事故情報の共有も研究のターゲットだ。この身体地図情報検索システムをメーカーの製品改良などに使ってほしいという。このシステムは国際会議にて公開されており、これまでに1,200件のダウンロードがあったという。


日常生活インフォマティクス 事故情報を集める「事故サーベイランスシステム」 身体地図情報システム

 西田氏らは「事故予防とはある種の制御問題ではないか」と考えている。事故にはさまざまな変数が絡む。そのなかには操作できるものとできないものがある。操作はできないが重要な説明変数となるものがあった場合も、目的となる変数との因果関係を別の変数のなかに見つけることができれば、その変数を使って操作していくことができる。そうなると事故を予防するために事故制御が可能になるのではないかという。

 西田氏は実際に実験を行ない、そのデータを使ってベイジアンネットワークで学習させることで、よじ登り行動の制御モデルを作った例を示した。定性的に分かることはあたりまえのようにも見えるのだが、定量的に評価したり、数字を実際に変更した場合の事故予測確立が計算できるようになっている点が一番の特徴だという。定量化することで、単なる「説明モデル」から「制御モデル」へと変更できるからだ。マクロな統計データとセンサールームで得られたミクロなモデルとを結合することで、事故を予防していきたいという。

 たとえば、脱衣所に置かれている洗濯機上に小さい子供を取りあえず座らせてしまい、そこから落下するという事故が少なからずあるのだそうだ。そのような現状があることを多くの関係者が理解し、環境をかえることができれば、事故を予防できる。大量の情報を集めることで、単にモデルを作るだけではなく、不確実なものを制御可能にすることができるのである。

 以下は記者の個人的感想だが、このモデルは将来はロボットとユーザーの間で起こりえる事故を予防し、安全性を向上させるためにも使えるのではないか。


事故制御理論へ データから事故の説明モデルを構築 モデル上で操作可能な変数候補を探る

実際のモデルの例 事故・傷害再現シミュレーション 実際に指針・基準へ反映された

パネルディスカッション「人間、情報、機械の新地平」

 このあと、複合現実感技術を研究している立命館大学教授の田村秀行氏、パワーアシスト技術を研究開発している松下電器の社内ベンチャー・アクティブリンク株式会社代表取締役社長の藤本弘道氏、ヒトの知覚発達の過程を乳児を対象とした心理実験で研究している日本女子大学准教授の金沢創氏に、産業技術総合研究所の本村陽一氏を加えた4名にてパネルディスカッションが行なわれた。モデレータは持丸正明氏がつとめた。

 まず4氏がプレゼンテーションした。最初に立命館大学教授の田村秀行氏は、2008年7月に科学未来館等で公開した道具メタファを使った情報機器の研究例を示した。日常生活で用いる道具メタファは、使い慣れた道具の使い方で情報機器を扱うというものだ。誰もが直感的に使いやすいと感じるという。確かに初めて見た人にはうける、学生集めにも良いアピールになる。しかし、好みやイマジネーションには経験から来る個人差がある。本当にこれらが使いやすいかどうかは分からない。直感的なものを評価できるモデルはないものかと田村氏は会場に問うた。

 株式会社アクティブリンク 代表取締役社長の藤本弘道氏は、ユーモアを交えて自社の技術を紹介した。2002年に創業した同社では上肢リハビリアシストスーツなど、リハビリ分野へのロボット技術の応用や、重量物を扱うパワーローダーを開発している。道具型のロボット開発が目標だが、リハビリ系のものはリハビリセンターと共同研究しているものの患者への実際の適用はなかなか難しいのが現状だという。最近完成したパワーローダーについては「我々はこれをエイリアンとたたかうために作っています。そろそろエイリアンが宇宙から来て頂いても対応できるので、ご存じの方は是非ご一報を」と紹介し、会場の爆笑を誘った。そのほか鍛造作業のために使うパワーアシスト技術などの研究開発を行なっている。なお、同社のパワーローダーについて、本誌では既に取材を行なっており、近日中により詳しいレポートをお送りするので楽しみにお待ち頂きたい。


 日本女子大学 准教授の金沢創氏は、実験心理学的手法で、乳児すなわち赤ちゃんの知覚世界がどうなっているのか、それがどんな研究手法で行なわれているのかをビデオなどを交えて紹介した。産総研の本村氏は、「研究活動のサービス化」=本来の工学研究という視点でDHRCの取り組みを改めて紹介した。

 その後、パネルディスカッションが会場とのやりとりを交えて行なわれた。人間と機械の界面に関するディスカッション内容は、進歩し続ける機械技術に対する進歩しない人間、そこに「人間計測」技術がどのような関わり方をしていくべきか、どんなことが計測できるのか、また変わり得る人間社会に対してこれからの技術は制御という形で介入していけるのだろうか、といった視点で行なわれた。会場を巻き込んで盛り上がりはしたのだが、議論全体はどちらかというと発散気味。だが最後に本村陽一氏が、あまり気づかれない形で社会を変える技術は気持ちよく社会を変えていくのではないか、そのためには研究者が感じている楽しさを、うまく社会に伝えていければいいのではないか、とまとめた。


立命館大学教授 田村秀行氏 株式会社アクティブリンク 代表取締役社長 藤本弘道氏 日本女子大学 准教授 金沢創氏

産総研 本村陽一氏 モデレータをつとめた産総研 持丸正明氏 パネルディスカッションの模様

これからのロボティクスは「人の関与を増やす」方向に進むべき

産総研DHRCセンター長 金出武雄氏
 最後に「デジタルヒューマン研究」と題して金出武雄センター長が総括を述べた。人間は、システムのなかでもっとも挙動が予測困難な存在だ。そこでDHRCは観測をベースにしてモデル、データベースを作ってそれを予測し制御可能な対象にしようとしている。大量のデータを集めることがまず第一歩だがDHRCが一番注力したのは単に集めるだけではなく、統計的手法を使って構造化し、モデル化し、再利用可能にすることだった。また今まで人間のモデル化というと、生物としての人をモデル化する生体機能モデルが多かったが、DHRCでは、従来は分かりにくかった生活行動、生活機能ベースのモデルを作り、モデルを通して製品やサービス設計に活かすことができた。

 現在はさらに人間の行動モデル構築を進めている。行動モデルができたら製品設計を現実的な環境下でシミュレーション実験することができるようになる。システム自体をデータコレクターとして、データ収集をラボだけではなく、実際の場所で作ることが重要であり、データ収集、モデル化ループをどれだけ早くまわすことができるかが大事だと金出氏は強調した。

 将来は、アメリカのように移民の多い国であっても2割が高齢者になると考えられている。そのなかには多くのディスアビリティが含まれる。彼らを支援するためには「人」というものを知ることが重要だ。これまでは人の関与を減らすことがベストという思い込みがあったが、それはおかしいという考え方に今は変わりつつある。人間はは自分ができることは自分でしたがる動物だからだ。QOLの根本はできることを増やすことにあり、「これからのロボティクスは人の関与を増やす方向にいかなければならない」という。

 機械が人を助け、人も機械を助ける本当の共生システムがこれからは重要になる。そのためには日常生活のモデル化が必要だ。システムは人間を知らずして人間を助けることはできない。なぜ人間が介護がうまいかというと、人間は、人間ががしたいことを知っているからだ。これからは日常生活をサイエンスすることで、機械も人間のことを把握することを目指す。

 だがそれはやさしいけれど難しいことだ。何をモデル化するべきかも人によって差がある。ユニバーサルデザインという考え方もあるが、でも人にはそれぞれ個々の好みがある。アメリカではユニバーサルデザインはもうなく、一つ一つ個別に、丁寧に作る時代になっているという。これまでのロボットは工場ではちゃんと動いた。だが現在の技術では日常生活のなかで、たとえば透明なペットボトルに水が入っているかどうか認識することは困難だ。


 プライバシー問題も重要になってくる。また、保険屋やユーザー、医師、リハビリ専門家たちを最初から入れてデザインしないと誰も使わないものになってしまう。それらユーザーアクセプタンスの基礎も結局はヒューマンモデルにある、という。金出氏は「これまでやったことは端緒に過ぎない。価値観を満たすことができなければシステムは使われない。それを実際にやる必要がある。このシステムにどうすればバリューを与えられるか。より良いサポートができるのは当然。次に実現するものは真のパーソンシステムだ」と述べた。

 重要なことは機械と人の共生だという。ユーザーがやっていることは、機械システムにも役に立つはずだからだ。たとえば車が人を認識できればどうなるか。人間が運転するときのことを考えてみると、どんなにセンサーを積んだ車であったり、注意深くない人が運転者であったとしても、いちばん賢い情報処理をしている存在が人間であることは間違いない。しかしながら今日の情報処理システムは、自分が何の目的でどのように使われているかを知らない。システムは、どうしてそのボタンを押されたのかと考える方法がない。だが人間の処理能力をもっとうまくシステムに組み合わせ、人間と機械が共生した将来のシステムはもっと賢くなれる。そこでは「デジタルヒューマン」技術が使われることになる。

 最後に重要になるのは、社会に受け入れられるための方法論だ。統計モデルと個人の情報は別であることを理解してもらわなければならないという。それらがこれからの「デジタルヒューマン」のチャレンジになると述べた。


ロボット工学から生活の質工学へ QOL技術のモデル デジタルヒューマン技術のこれからのチャレンジ

URL
  産業技術総合研究所 デジタルヒューマン研究センター
  http://www.dh.aist.go.jp/
  デジタルヒューマンシンポジウム2009
  http://www.dh.aist.go.jp/jp/general/2009.html
  【2004年3月16日】デジタルヒューマン・ワークショップ2004(PC)
  http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0316/kyokai23.htm

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( 森山和道 )
2009/03/30 18:34

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