富山JRFセミナー「ロボットビジネスフォーラム」レポート


 9月26日(土)、27日(日)に行なわれた「ジャパンロボットフェスティバル2009 in TOYAMA」ではセミナーも行なわれた。初日に開催されたのは富山県生まれの2人のロボット研究者による「ロボットビジネスフォーラム」。主催は財団法人富山県新世紀産業機構「とやまロボット技術研究ネットワーク」で、講演者は名古屋大学大学院工学研究科教授の福田敏男氏、東京大学情報理工学研究科教授の稲葉雅幸氏の2人だった。

今までのロボットとこれからのロボット

名古屋大学大学院工学研究科教授 福田敏男氏

 講演はまず名古屋大学大学院工学研究科教授の福田敏男氏から「今までのロボットとこれからのロボット」と題して行なわれた。福田氏は枝の間隔が変わっても学習できるブラキエーション(枝渡り)ロボットや、マイクロ・ナノシステムを活用した医療ロボットなどを研究開発していることでよく知られている。

 日本には江戸時代からからくり技術があり、枝渡りやお茶運びをする人形があった。そういう目で見ると、エンターテイメントロボットは昔からあったと言えると捉えていると述べた。また「ロボット」という言葉はもともと戯作家のカレル・チャペックが作った言葉であり、SF作家アイザック・アシモフは「ロボット3原則」を作品の中で考案したと文化的な側面の紹介から講演を始めた。

 ロボットは計算機、センサー、アクチュエータを複合した技術である。活躍の場はナノスケールから宇宙スケールにまで及ぶ。福田氏はバクテリアの「べん毛モーター」を例にしてナノスケールの技術の可能性を紹介した。またITと組み合わせてIRTとすることで、ロボットは安心・安全・健康のフィールドにも使われるようになると述べた。ITとRTは、バーチャルリアリティの世界を介して相互作用すると捉えられるという。

 またITとRTを使うとありとあらゆるところが快適な空間になりえると述べ、遠隔医療などを例に解説した。人間とロボットの距離感が近づいてくると、共生を考えないといけなくなる。人間とロボットとを比較すると、アクチュエーターやセンサーの特性もだいぶ異なる。両者の得意分野もそれぞれ異なり、人間とロボットは非対称な関係にある。だからどうしても両者の関係は相補的になる。

熱を込めて聴衆に語りかける福田敏男氏

 だが、例えばカーナビなどもロボット技術だと考えられるという。移動ロボットの典型的な技術の一つである、経路を見つける経路計画技術を使ったものだと見ることができるからだ。また任天堂のゲーム機「Wii」の加速度センサーや、ストリングゲージを使った「Wii fit」なども同様にロボット関連技術活用例の一つだという。ビジネスフォーラムと題されているからか、福田氏はこれらのポイントは「コンテンツが良いことだ」と強調した。またインクジェットプリンタにもマイクロ技術が活用されており、環境技術、人工衛星などにもロボット関連技術が活用されている。

 国そのほかのロードマップではロボット活用時代が間もなく始まることになっている。だが、そのためには安全技術や、ロボットと人の非対称性を利用した活用技術などが必要だ。またこれからは人の体内にロボット技術がさらに入りこんでくる可能性もある。これからの日本のロボットはヒューマンサポートロボット技術のほうに向かうとし、ロボットは人の作業世界を広げてくれると述べた。

 ヒューマノイドロボットにおいても日本が世界をリードしているが、そのほかのロボットにも大きな可能性があると語り、福田氏自身が研究開発したボード張りロボットや風量計測ロボット、パラレルリンクを使ったシールドマシンをサポートするロボット、GPR(地中レーダー)と金属探知機を使った地雷探知ロボットなど、福田氏自身が開発したロボットを紹介した。最近はトイレで活躍するITロボットの研究開発を行なっているという。

 サービスロボットの成功例もいくつか紹介された。ソニー「AIBO」、iRobotの掃除ロボット「Roomba」、パナソニックによる健康機器「ジョーバ」、手術ロボットの「DaVinci」などだ。まだ数は少ないが、エンターテイメント用途や福祉用途などから普及していくのではないかと希望を込めて述べた。例えば介護用のアシスト車両などから普及していくのではないかという。また技巧や技量支援のロボットも必要とされているという。

 脳血管の手術ロボットを作っていた福田氏は、患者シミュレーターも作った。動脈瘤の手術をするためのロボットを評価するためのロボットで、医師が練習するためのロボットである。CTスキャンで血管の構造を読み取り、光造形で個々人の血管に合わせて作成する。カテーテルは使い捨てで1本十万円程度するそうで、練習することで技巧があがればコストを抑えることもできるという。

 また知能・意思決定支援もしてもらいたいと考え、表情を作るロボットや会話するロボットなども作っているという。会話を交わすことで個々人の好みや行動パターンを学習してくれるロボットだ。マルチロコモーションで動けるサル型ロボットなども開発するほか、子供向けの教育プログラムなども実施しているという。

 最後に福田氏は「これからはロボットと人が相互作用することが増えてくる。ビジネスのためにはそういうことも理解したほうがいい。ビジネスとしては医療用途などがあるが、さらにロボット技術は意思決定にかかわるところにも入っていくだろう。将来は面白いところにいくのではないか」と熱弁を振るって講演をまとめた。

ヒューマノイド基盤研究と生活支援ロボットの産官学連携

東京大学情報理工学研究科 教授 稲葉雅幸氏

 続けて東京大学情報理工学研究科教授の稲葉雅幸氏が「ヒューマノイド基盤研究と生活支援ロボットの産官学連携」と題して、ヒューマノイド研究、IRT生活支援ロボット産官学連携研究、世界のロボット研究について講演した。

 1981年に稲葉氏が研究室に入った時代とくらべると、ずいぶん研究室の規模が変わったという。というのは、現在の稲葉研究室では教員が7人、学生が40人程度いる。だが、稲葉氏が学生だった当時は教員は1名だったそうだ。当時、ロボットと計算機を初めて触った稲葉氏は柔軟物である「ひも」を扱う動作の研究に従事した。世界で初めて目を持ったロボットで柔軟物を扱った研究だったという。このように外界の環境情報を得て、処理をするロボットを「知能ロボット」という。

 大学は「未来の窓」だと言われている、と稲葉氏は話を続けた。稲葉氏は学生に対して何を用意すべきかと考えて、リモートブレインロボットを開発したと述べた。リモートブレインとは、頭脳部分である計算機を外に出し、かつ、小さいが全身を持ったロボットだ。身体に計算機を載せると重いし壊れやすいしバッテリはすぐになくなってしまう。そこで頭脳とボディを分けて、両者を無線で結んだわけだ。現在はこのようなロボットは秋葉原で買えるようになった。研究室で開発されていたようなものが、20年経つとお店で買えるようになるのだ。時間が経つとこのような変化が起きる。

 当時の研究室では4年間で30種類のボディを持ったロボットが作られた。だが頭脳は1つだ。1つの頭脳、同じソフトウェアを使って、異なるボディを動かせるようにしていたこと、つまりロボットのボディとソフトウェアをいったん切り離してソフトウェアに汎用性を持たせることが研究室の大きな財産となった。なおHRP-4Cが出展されていたため、産総研で現在ヒューマノイドの研究に従事している金広氏は当時、井上・稲葉研究室に在籍していたとここで紹介された。

 1990年代後半になると、計算機が小型化・高速化し、人間大のボディに入れられるようになった。だがまだ十分ではないのでリモートブレインとうまく使い分けながら研究を進めているという。2003年には「HRP-2」が大学や研究機関で買って使えるようになった。これは従来では考えられなかったことで「プラットフォーム」の登場によって、研究機関は「使う」ことに集中できるようになったのである。学生が、このロボットで何をするかに集中して考えられる時代が到来した。

 ロボットは身体を持ったコンピュータである。身体を使った研究ができるようになる。稲葉氏は視覚と聴覚を統合し、注意制御を行なう研究の例として、生活の音がある環境で、ロボットが人の声やテレビの音を区別できるかといった研究をを紹介した。

 いっぽう身体のほうでも、柔らかくかつ触覚を持った全身ボディを持ったロボットの研究も行なわれている。押されたら分かるだけではなく、つねられたりひねられたりしても分かるボディの研究だ。そのためには骨はスリムに、表面は肉厚にしなければならない。現在では「HRP-2」に着ぐるみを着せてどんなセンサーや冷却機構などが必要かを調べる研究なども行なっているという。ちなみにPCにも入っている冷却用のファンは、寿命が非常に短いのだそうだ。

 またこれまでの硬い外装をモーターで動かしているロボットとは全く違う構造の、柔軟な骨と筋骨格、腱を持った「小次郎」の研究も紹介された。このボディは樹脂でできているが、粉をレーザーで固めたものでさまざまな形をすぐに作ることができる。そのようなモノの作り方そのもの研究も行なわれている。大きく分けると2つの方向性があり、今はロボットの使い方の研究と、ロボットの作り方の研究を行なっているという。これまで小型ロボットから始まり現在では外に持ち出せるロボットの研究なども行なっている。

稲葉研究室は多くのロボット研究者を育てて企業に送り出している

 こうして長年研究を行なっていると、新しい考え方が持てるかということ事態が研究対象になる、という。これを稲葉研究室では「発展的構成法」と呼んでいるという。どういうことかというと、まず、ロボットのなかに計算機とボディがある。それぞれを開発するのが最初のステップだ。さらにロボットを継続して開発するようになるとソフトウェアや工作機械など、開発のための環境が必要になる。やがて、それら開発環境が共有されるようになる。すると、それ自体が新たな研究テーマになる、というわけだ。環境自体をナビゲートする環境が、大学の研究室にはあるという。稲葉氏は最近始まった「IRT」のプロジェクトも、基盤環境があったからできたものだと述べた。

 稲葉研究室のソフトウェアは1986年に松井俊浩氏(現在は産総研デジタルヒューマン研究センター)が開発したEusLisp言語で書かれている。行列や立体の計算が容易であるという特徴を持ち、3次元空間内の物体に対して加減乗除が容易に行なえるこの言語で書かれたものが検証され蓄積されていくことで、新しいボディができてもすぐに対応できるのだという。

 そして2006年に「IRT」が始まり、2008年に東京大学IRT研究機構が生まれた。少子高齢化社会のなかで生まれて欲しい商品は何か、ロボットが役に立つようになるためには何が必要か。議論を重ねて、掃除片付け支援ロボット、キッチンアシスタントロボット、思い出し支援ロボットなどを開発した。この開発にももちろん東京大学工学部情報システム工学研究室(JSK)のこれまで蓄積された研究が活かされている。また「ビジネスフォーラム」ということで、ロボットのなかの要素技術がどこの会社で作られているものかといったことも講演ではいくつか紹介された。

 現在は、それぞれのロボットでできたことを、1つのヒューマノイドに統合している、という。そのようなサイクルを繰り返して強化していくことで役に立つロボットができていくのだと稲葉氏は述べた。ヒューマノイドはいわば色々なロボットの「代表の身体」なのだという。ヒューマノイドはテストベッドとして使われており、いまは屋外に出すこともできるようになった。また全身を使うことで重たい物体を持ち上げる研究なども行なわれている。内部が複雑でありさまざまなチャレンジをしている「小次郎」においては、摩擦が小さい素材や、伸びる電線を作る会社などとも共同して開発を進めているという。そのほかモータードライバーの小型化や、水冷などさまざまなチャレンジを行なっていると講演をまとめた。

 Q&Aでは、ロボットが自動的に学習するような仕組みはできないのか、また農作業用ロボットへの期待などの質問・意見が会場から寄せられた。「ジャパンロボットフェスティバル」は主に家族連れが多く訪れるイベントだったが、セミナーのほうにも熱心な聴衆が集まっていた。

講演終了後に質疑応答が行なわれた大勢の聴衆が熱心に聞いていた


(森山和道)

2009/10/1 17:11