人間とロボットのインタラクションに関する研究成果を発表する国際会議「Human-Robot Interaction 2009」(HRI 09)が3月11日~13日、米カリフォルニア州サンディエゴで開かれた。HRIの分野は日本国外では比較的新しく、HRI会議の開催は今年が4回目。今年の主要テーマは「人間が自然に接することのできるロボット」で、発表内容はさまざまなロボットの実証試験の結果から、HRIの研究を進めるための新しい手法の提案まで多岐に渡った。会議の様子をレポートする。
世界20カ国から166人が参加した今回の「HRI 09」(ACM/IEEE)。国際会議の「ICRA」などに比べると規模は小さいが、HRIの分野で著名な研究者が集い、意見交換する場となっている。採択率20%という厳しい査読を経て口頭発表(ペーパーセッション)にこぎつけたのは合計23件の論文。このほかに57件のポスター発表、13件のビデオ発表があった。
● HRIの分野をリードする日本
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2年連続でHRI会議の最優秀論文賞を受賞したCMU博士課程のビルゲ・ムトゥル氏
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今年、口頭発表で圧倒的に目立ったのが国際電気通信基礎技術研究所(ATR)と大阪大学。ATR知能ロボティクス研究所の萩田紀博所長と神田崇行上級研究員、大阪大学の石黒浩教授の名前がいっしょに並んだ論文は合計7件と、ペーパー・セッションで発表された論文全体の3割を占めた。
この7件のうち2件は、米カーネギー・メロン大学(CMU)の博士課程に在籍するBilge Mutlu(ビルゲ・ムトゥル)氏がATRで研修研究員として行なった研究成果で、同氏はこのうちの1件で「HRI 09」の「Best Paper Award(最優秀論文賞)」を受賞した。
受賞論文はATRのヒューマノイド・ロボット「Robovie R-2」を使った実証試験についてで、ロボットの視線が人間とのコミュニケーションに与える影響について調べる内容だった。人間は会話をする際、直接の話し相手、横で聞いている傍聴者、離れたところで立ち聞きしている第三者に対してそれぞれ異なった視線を送る。ムトゥル氏らはロボットも同様に視線を使って、会話に参加している人間の「footing(立場)」を決められるかどうかを調べた結果、実際にそれが可能であることが分かった。同氏は昨年の「HRI 08」でも別の研究で最優秀論文賞を受賞しており、2年連続の受賞となった。
ATR・阪大の研究グループはこのほか、大阪市にある商業施設、ユニバーサル・シティウォーク大阪におけるRobovieの実証試験についても学術的成果を発表した。印象的だったのは、実証試験の様子を撮影した複数のビデオに対する海外の研究者の反応。公共施設を自由に動き回り、買い物客と接する姿には会場から「このような実証試験を行なうために、どこから許可を得たのか」といった質問があった。また、Robovieが買い物客に対して、「抱っこ」(hug)を要求したり、「あなたのことをもっと知りたいので質問していいですか」と聞く場面では、特に欧米の研究者から驚きの声が上がっていた。ロボットの危険性や、プライバシーなどの問題が訴訟になりやすい米国では「こうした実験はほとんどあり得ない」(米国人研究者)。日本はロボットが世間一般に好意的に受け入れられているため、海外に比べてHRIの実証試験がしやすい国であるようだ。
● 人間と同じ必要はない
これまでのHRIの研究はどちらかといえば人間の行動をモデル化し、それをロボットにまねさせて、人間の反応を観察するというのが一般的な流れだった。ムトゥル氏の視線の研究も、人間同士のインタラクションをロボットと人間で再現する研究の一例だ。
ただ、ATR上級研究員の神田氏によると、最近は「ロボットのすることがすべて人間といっしょである必要はないのではないか、といったアプローチの研究も出てきた」という。例えばATRは今回、道案内をするロボットに関する研究成果も発表した。人間が別の人にある場所への行き方を教える場合、必ずしも効率的で分かりやすい説明を行なっているわけではない。ロボットは必要な部分で人間の手ぶりなどをまねしながら、教え方や話すタイミングを工夫することで、人間よりもうまく道順を伝えられることが分かった。
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HRIの専門家であるATRの神田上級研究員
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『HRI 09』の論文採択で『我々の研究グループが圧倒的強さを見せた』と語る大阪大学の石黒教授
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一方、韓国の高麗大学のJounghyun Kim准教授らはポスター・セッションで、「擬人化されたHRIに対する代替的手法」としてプロジェクターを搭載した移動ロボットを発表した。「人は人間型ロボットを見ると、人間と同様の反応を期待するが、その期待と現実のロボットの性能にはまだ大きな開きがあり、インタラクションをする際に混乱の原因となる」(Kim准教授)。同准教授らが提案する移動ロボットは、プロジェクターで周囲の地面に情報を映し出し、人間は映し出された映像の一部をレーザーポインターで指したり足で踏むことで、ロボットに意思を伝えることができる。映画「スターウォーズ」に登場するロボット「R2-D2」がプロジェクターで情報を映し出すことからアイデアを得たという。
プロジェクターを使うと、同時に複数の人間に情報提供しやすいという利点があり、「飛行場や博物館の案内に活用できる」(同)。Kim准教授らは今回、ポスターセッションにおける最優秀賞を受賞した。
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プロジェクター搭載ロボットを開発した韓国の高麗大学のKim准教授
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【動画】人は床に映し出された映像を使ってインタラクションする(ビデオ提供:Kim准教授
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● 欧米のグループが新しいロボットを発表
会議ではこの他にも、一般社会に受け入れられることを目指した新しいロボットの発表がいくつかあった。
ベルギーのブリュッセルにある大学、Vrije Universiteit Brusselの研究グループは、入院中の子供たちを元気付けることを目的としたぬいぐるみ型ロボットの「Probo(プロボ)」について発表した。プロボのプロトタイプは身長70cm、体重12kg、20の自由度を持つ。名前は「proboscis」(長い鼻)に由来し、緑色のプロボには象のように長い鼻がある。
開発グループの一員で、同大学の博士課程に在籍するKristof Goris氏によると、「子供たちはまず鼻に興味を示して鼻をつかんで遊ぶ。その際、ちょうど子供の顔がカメラの正面に来る形になるので実験がしやすい」。プロボのお腹にはタッチパネルがあり、画面の中でプロボのキャラクターと遊ぶことが可能だ。
プロボは子供たちに娯楽を提供するだけでなく、いずれは病院スタッフや病院の外にいる人々とのコミュニケーション促進につながることを目指している。大学とは別に、入院中の子供たちの生活改善をはかる非営利団体の「ANTY」が設置されており、4月中旬にはベルギーでプロボの正式発表が予定されているという。
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コミュニケーション・ロボットのProboを開発したGoris氏(左)とJelle Saldien氏(右)
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会場で見られたのは実際のロボットの3分の1の大きさのぬいぐるみ
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CMUにおいて、ロボット工学とコンピューター科学、行動科学、デザインの異なった専門分野の研究者が共同開発したのが、「Snackbot(スナックボット)」。大学内の2つの建物を行き来しながら教職員と学生におやつ(snack)を提供する移動ロボットで、実際に役立つサービスを提供しながら、長期にわたってHRIを観察するための研究プラットホームにすることを狙っている。
スナックボットの土台はMobileRobots社のPIONEER P3-DXで、レーザー式測域センサーを使って障害物を避けながら自律的に動ける。人間との会話は離れた所にいるオペレーターがマイクを通じて人の声を聞き取り、あらかじめ定められた文章の中から適するものを選んで、ロボットの音声で返答する仕組みだ。今回、共同研究グループは2年間におよぶロボットの設計プロセスについて発表した。
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CMUが開発したスナックボットは大学構内でおやつを配る(写真提供:Jodi Forlizzi准教授)
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初期バージョンのスナックボットと開発チーム、異分野の研究者が協力した(写真提供:Jodi Forlizzi准教授)
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仕事中のスナックボット(写真提供:Jodi Forlizzi准教授)
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論文・ポスター発表はしなかったが、開発中のロボットの最新ビデオを会場で紹介していたのがシリコンバレーのベンチャー企業、Willow Garage社。同社は家事支援ロボットを開発するための研究プラットホームを大学などに提供することを計画しているベンチャーで、近くプラットホームとなるロボット「PR2」のハードとソフトを正式リリースする見通しだ。
同社は関心のある研究者を募るためマーケティング活動に力を入れており、ホンダと並び「HRI 09」のゴールド・スポンサーとなっていた。ヒューマノイド・ロボットの「Nao」を開発販売するフランスのAldebaran Robotics社はブロンズ・スポンサーで、同じく会場で自社ロボットを紹介していた。
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【動画】Willow Garage社のPR2の最新ビデオが会場で流れていた、ロボットはリアルタイムで遠隔操作されている
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【動画】アーモンドの袋を取り出すPR2
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日本からのポスター発表で注目を浴びていたのは、慶應義塾大学の安西・今井研究室の大澤博隆氏。同氏はこれまでに、家電製品などに目や腕を付けて擬人化し、モノに自分の機能を説明させるというインタラクション手法を提案してきた。今回はポスターに目と腕を付けた「自己紹介型ポスター」について発表した。
人が手でポスターを触ると下部のセンサーが手の位置を検出し、その部分に対応したコンテンツを紹介する。「ポスターの内容をそのまま読み上げても仕方がないし情報チャネルが混乱するので、イラストに説明を加えたりするといった工夫をした」と大澤氏は言う。
大澤氏と今井倫太准教授らは、擬人化した電子レンジやシュレッダーなどを紹介し、それらの利点をまとめた映像をビデオセッションで発表。このセッションで最優秀賞を受賞した。
今井准教授のグループはまた、「インタラクション2009」で発表した「Blog Robot」に関するビデオもビデオセッションで発表した。
このほか「HRI 09」における日本からの発表は、早稲田大学から2件と、信州大学、奈良先端科学技術大学院大学、龍谷大学から1件ずつのポスター発表があった。
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ベストビデオ賞を受賞した慶應義塾大学の今井准教授(右)と大澤氏
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大澤氏が受け取った賞状
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自己紹介型ポスター
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【動画】人の手の位置を検知して、対応するポスターのコンテンツを自分で紹介する
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【動画】ベストビデオ賞を受賞した慶応大学のビデオ
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● 女性研究者の多い学会
他の学会に比べて顕著だったのが「HRI 09」に参加している女性研究者の比率の高さだ。会議初日は10件の口頭発表のうち、CMUのスナックボットなど6件が女性によるものだった。
ポスターセッションでも女性の発表者が多かった。中国の精華大学のLin Wang氏(博士課程)は、中国人が直接的な話し方をするロボットよりも間接的な表現を利用するロボットに対して、良い反応を示すことを実証した。例えば、中国人はどちらかの卵を選ぶ場合、「重い卵を選んだほうが良い」と薦めるロボットよりも、「重い卵のほうが価値が高い」と話すロボットのほうを好むという。Wang氏は現在、スタンフォード大学で米国人を対象とした同様の実験を行なっている。
欧州では、オーストリアのザルツブルグ大学のAstrid Weiss氏(博士課程)がHRP-2を使った試験を行なった。HRP-2が作業をする映像を見た被験者たちが、HRP-2が自律的に人間を支援している場合よりも、遠隔操作されているほうが好意的にロボットを受け入れる傾向にあることが分かった。いずれの結果も、国やカルチャーによって、HRIのデザインを変える必要性があることを示唆する内容だ。
韓国の清州教育大学のJeong Hye Han博士らは、学校でロボットを教員補助として活用する「r-Learning」について発表。ロボット「TIRO」が小学校3年生の英語の授業でアシスタントとして働けるようにしたところ、出欠を取ったり、生徒を授業に集中させ励ますのにロボットが有効であることが分かった。
一方、韓国科学技術院(KAIST)のRyoung Kim(修士課程)氏らは、ペットや植物のように物理的に成長するロボットの開発を目指した研究に取り組んでいる。学習を通じて賢くなるロボットや、画面上で成長する「たまごっち」のようなおもちゃはあるが、時間を経て実際に姿が変化するロボットはこれまでにないので、実現すれば興味深い。
従来の家庭・サービス用ロボットは時間が経つと新規性が薄れ、飽きられることが多いため、成長するロボットはひとつの解決策になる可能性がある。Kim氏らは今回、犬や猫を飼っている人や植物を育てている人を対象としたフォーカス・グループ調査を通じて、そうした生物を所有する長所と短所、それらに対する態度やインタラクションの時間的変化などについて調べた結果を発表した。こうした結果を利用して、実際に成長するロボットのデザインを決めるという。
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精華大学のWang氏は中国人に受け入れられやすいロボットを探った
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ザルツブルグ大学のWeiss氏はHRP-2を使った実験をした
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清州教育大学のHan博士(写真提供:Jeong Hye Han氏)
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韓国の小学校で活躍するTIRO(写真提供:Jeong Hye Han氏)
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KAISTのKim氏は『成長する』ロボットの開発を目指す
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● HRIは重要だが実際の研究は難しい
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基調講演するMITのPicard教授
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基調講演したマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボのRosalind Picard教授は「ロボティクスの分野で現在、最も必要で重要な研究はHRI」と強調した。「ロボットは人間の感情を認識できるようになるまで、自らの感情を表してはならない。だが、ロボットのsocial emotional intelligence(社会的感情的知性)はリアルタイムなソリューションを必要とする、コンピューター・サイエンスにおける最も難しい問題だ」と語った。
「HRI 09」では、ロボットを使ったさまざまな実証試験の結果を知ることができた。そうした研究内容を紹介する映像の「エンタテインメント性」は高いが、さまざまな条件に左右される多種多様な人間を相手にした試験であるだけに、結果の信憑性、有効性について判断するのが難しい。研究者たちの苦労がうかがえた。
多数の被験者を募り、実験を行なうのには多大な費用と時間がかかる。この問題を解決するため、イェール大学のBrian Scassellati准教授らは、ロボットとインタラクションをする人間をシミュレーションする手法を提案。この考え方には賛否両論があり、議論を呼んだ。
「HRIがユニークなのはまだ商品もアプリケーションもない点。将来こうなるといいな、といった考え方をベースにみんな研究を進めている」とATRの神田氏は言う。
一方、大企業がHRIの分野に強い関心を示しているのは間違いない。Walt Disneyの研究開発部門ディレクターのAkhil Madhani氏は初日に基調講演を行なった後、最終日までずっと熱心に口頭発表に聞き入っていた。また、通常、口頭発表の最後に示されるスライドでは、研究のスポンサーとしてMicrosoftの名前が何度も挙がっていた。
来年3月に開かれる「HRI 10」の開催地は大阪。大阪大学の石黒教授は「できるだけたくさんの日本のロボットを招待するので、みなさんぜひ見にいらしてください」と呼び掛けていた。
■URL
Human-Robot Interaction
http://hri2009.org/
( 影木准子 )
2009/03/19 15:49
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