東京大学大学院 河口洋一郎研究室による芸術表現の展覧会「表現科学 知のサバイバル」展が1月23日~2月8日まで、東京・湯島聖堂にて開催されている。23日には研究発表会とオープニングレセプションが開催された。
河口洋一郎氏はCGの黎明期から作品製作をはじめ、近年は自己増殖や自己組織化、人工生命などを応用したCG作品などで知られるアーティスト。現在は東京大学大学院 情報学環 学際情報学府の教授も務めている。河口研究室ではJSTのCREST型研究として「超高精細映像と生命的立体造形が反応する新伝統芸能空間の創出技術」を実施している。これは「科学の美の高度な芸術化」を目指して自然の造形美(ネイチャーテクノロジー)による生物的なCG技術や、8K(7,680×4,320画素)超高精細映像の表現の可能性を模索する研究。そのほか、これまではCGとして表現していたものを実際にロボット技術を応用して立体造形とした表現技術の開発も行なっている。またこれらと、日本の伝統芸能を結びつけて「新伝統芸能」としての空間創出などを目指しているという。
今回の展示会はその中間発表となるもので、CGを立体化した造形物のモックアップや、人の動きに反応して動くCG「Growth」、直動アクチュエータを使って立体的に動く3次元ディスプレイ「Gemotion Screen」が、湯島聖堂・大成殿に展示されている。伝統的な雰囲気漂う湯島聖堂を埋め尽くした立体造形物は全て河口氏のCG作品を立体化したもの。現在は動かないオブジェだが、CRESTが終了する3年後までには実際にロボティクスを応用して動かす予定のモックアップだという。
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展示の様子
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CG作品を立体化したもの
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これらをロボット化しようとしているという
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湯島聖堂・大成殿の様子
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たまたま湯島聖堂に来た人々は不思議な展示に驚いていた
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この渦巻き貝は惑星探査コロニーのイメージ
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【動画】3次元ディスプレイ「Gemotion Screen」
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【動画】表面の凹凸が分かるだろうか
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【動画】人の動きに反応して動くCG「Growth」
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河口洋一郎氏は研究会にて「『新伝統芸能』をテーマに展示を行なった。儒教の世界に魔物が入ったような感じかもしれないが楽しんでもらいたい」と語り、物理シミュレーションや生物のシミュレーション、8Kハイビジョンを使った高精細映像の取り組みなどの現状を概説した。かつて、レオナルド・ダ・ヴィンチが流体を描いたり解剖したりしたのと同じようなことを現代においてやってみたいのだという。
研究会ではNHKの江本正喜氏による「高臨場感テレビシステムの応用としての超高品質8K Computer Graphics」、東京大学新領域創成科学科人間環境学専攻 小谷潔氏による「リアルタイム生体信号処理が拓くインタラクティブアートの可能性」、河口研究室・鶴岡修平氏による「物理に基づいたCGシミュレーション」などの発表もあったのだが、本誌では立体造形物をロボットとして再現することを目指す「原始生命ロボティクス」の発表をレポートする。
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河口洋一郎氏
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河口氏の研究・作品
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原始生命ロボットのイメージ図
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● 原始生命ロボティクス
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助教の米倉将吾氏
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助教の米倉将吾氏は、何のために作るのか、作って何を研究するのか、社会の役に立つのかの3点について発表した。まず作る目的だが、米倉氏は、現在のロボット研究は人と関わるためのロボットが大部分だが、多くのロボットでは扱っている問題が高度すぎて難しいし、また工学的に作りこむことは非汎用性に繋がるのではないかと問題を指摘した。そこで根本問題に繋げるために、より原始的な生物にその問いを求めることにしたのだそうだ。原始的な生物を模したものを作ることにより、人および生命体一般に繋がる原理を見つけたいと考えているという。
生物の根本問題は生存問題、つまり弱肉強食の世界でどうやってサバイバルするのかという問題である。そのためにまず基本となる反射型眼球システムなどを現在は作っているそうだ。視覚情報処理にはSaliency mapという技術を使うことで画像中の特異的な部分を抽出、反射的に注目すべき対象のほうにパッと目を向けるシステムで、現在も立体造形物の目に実装されている。
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原始生命ロボティクス
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原始生命ロボットを作る目的
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生存問題の研究を行ないたいという
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研究対象
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反射型眼球システム
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視覚情報処理にはSaliency mapを使用
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また将来的には、実際の生物のように伸縮して大きな力を出すアクチュエータを使って、立体造形物を歩かせたり動かしたりする予定だという。このようなロボットが「お掃除したり犬と戦ったり」する模様を想像したりしているそうだ。確かに楽しそうではある。
このほか神経振動子による歩行の研究なども行なっているそうで、不整地歩行ができるムカデの歩行のシミュレーションによる再現の様子などを示した。大して制御をしなくても安定して動けるような制御方法の実現を目指しているという。特に運動の自己組織化、たとえば触手に単純な指令を与えているだけだが一方向に進行する動きが創発する様子などを実際のロボットに実装して実験しているそうだ。米倉氏は「swing-slipロコモーション」と名づけた動きの様子を示した。また、カメラを振動されることによる認識結果の向上などが見られることを見出しているという。
このような研究をしながら、サバイバルや捕食ができるロボットができたら、たとえば狛犬のような番犬的ロボットを作ったり、群れの特性を生かして惑星を探査・開拓していくロボットなどを将来は生み出していきたいと考えているという。米倉氏は「一部妄想も入っているけど」と断りつつも、原始的な生命における「サバイバル」というタスクを研究することで、移動能力、捕食、逃走、危険察知の能力を身に付けさせることに興味があると語った。
一見、奇妙キテレツだが、アーティストの発想に従うことで、ニーズや目的主導では見つからない、あるいは生み出されない技術シーズも出てくるかもしれない。そこに期待したい。
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伸縮・屈曲する触手のような脚の設計
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神経振動子を使ったムカデのような歩行のシミュレーション
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【動画】swing-slipロコモーション
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【動画】身体性を使ったロボットのイメージ
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ふるえによる認識の向上
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【動画】震えることで逆に認識能力を向上させることができるのでは、という
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害獣駆除ロボットのイメージ
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門番オブジェクトのイメージ
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● オープニングレセプション
オープニングレセプションは18時から行なわれた(通常の展示は16時まで)。既に日が暮れた場内は照明をあてられた展示以外は暗く、昼間とはまた違った雰囲気が醸し出されていた。東野珠美氏による笙の演奏とCGで始まったレセプションでは東京大学総長の小宮山宏氏が挨拶したほか、河口氏の友人で、タレント・俳優の辰巳琢郎氏ほかによって鏡割りが行なわれた。
東大情報学環長の吉見俊哉教授は、文系理系問わず幅広い分野の教授を集めている情報学環について「ライオンもいれば象もいればティラノサウルスもいる。ありとあらゆる動物がジャングルのようなところを走り回っているようなところ」と表現し、「それぞれの先生がやりたいように走り回ってもらうのがもっともアクティビティを上げられる方法」だと述べた。アーティストである河口教授らの試みについては「イメージが先行する『河口語』を一生懸命翻訳するのが我々の作業だ」と語った。
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夜間の展示はまた違った雰囲気に
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闇のなかに展示物が浮かび上がる。ちなみにこれは「惑星サバイバルロボット」
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ライトを活かした展示も
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河口洋一郎氏
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挨拶する東大総長の小宮山宏氏
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辰巳琢郎氏(左端)ほかによる鏡割りも行なわれた
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■URL
東京大学大学院 河口洋一郎研究室
http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/~yoichiro/
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( 森山和道 )
2009/01/27 11:43
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