● 銭湯を改装したギャラリーに現れた謎の機械生命体!?
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【写真1】コンテンポラリーアートの発信地「SCAI THE BATHHOUSE」。一見すると銭湯にしか見えないが、一歩足を踏み入れると、モダンな空間が広がる
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東京・日暮里駅南口の改札を出て、天王寺方面へ向かう。徳川家をはじめ、数多くの著名人が静かに眠る東京三大霊園の1つ「谷中霊園」。その長閑な並木道を抜け、しばらく直進すると、高く聳え立つ尖塔のような煙突が見えてくる。台東区谷中6丁目。もう少し足を伸ばせば、東京芸術大学や美術館も近くにあるロケーションだ。
コンテンポラリーアートの発信地「SCAI THE BATHHOUSE」はそこに在った。200年の歴史を持つ銭湯「柏湯」を改装してつくられた風情ある佇まいは、一見すると現代美術ギャラリーには見えない。昔ながらの引き戸をガラガラと開けると、すぐ横に懐かしい靴置き場がそのまま残っている。かつて番台であったと思われる場所には受付もあり、見学者を迎え入れてくれる【写真1】【写真2】【写真3】。
だが一歩、足を中に踏み入れると、そこは高い天井、白い壁面、コンクリートの床で囲まれたモダンな空間が広がる展示スペースになる。その奥に何やら妖しい光を放つ、5mはあろうかと思われる巨大な蜂の巣形状のオブジェが吊り上げられていた【写真4】。「Una Lumino」と名づけられた食虫植物のようなこの作品は、韓国の現代美術界で活躍するチェ・ウラム氏の最新作だ。今回は、5月27日(火)~6月28日(土)までの日程で開催された「anima machines」についてレポートしていきたいと思う。
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【写真2】入り口の引き戸。モダンアート・ギャラリーと、昔ながらの風情が漂う伝統的な銭湯というマッチングが面白い
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【写真3】入り口のすぐ横にある懐かしい靴置き場。実際にはオブジェとして残されており、使われていないようだった
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【写真4】巨大な蜂の巣形をした機械生命体。「共に輝く」という意味がある「Una Lumino」。サイズは319×476cmと巨大だ
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ウラム氏は、自らのロボット工学の知識を活かし、花や昆虫をモチーフとしたユニークな作品を手がけてきた、新進気鋭のアーティストとして知られている。機械に有機的な動きや、生命の息吹を感じさせるサイバネティックスな一連の作品は、国際的に高い評価を得てきた。同氏は韓国を拠点に、これまで上海ビエンナーレ、Leeumサムソン美術館、ボローニャ美術館などで斬新な作品を出展。2006年には、森美術館のMAMプロジェクトでも個展を開催し、日本のファンに強烈な支持を受けている。
韓国というと、1960年代から現在に至るまでコンテンポラリーアートに強いインパクトを与え続けたビデオアートの先駆、ナムジュン・パイク氏のことが思い浮かぶだろう。彼の影響は、1970年生まれのチェ・ウラム氏にも、多かれ少なかれ及んでいるのかもしれない。かつてパイク氏は、日本の技術者・阿部修也氏と共に「ロボットK-456」やビデオ・シンセサイザーを製作したり、芸術の世界に高度なテクノロジーを持ち込み、刺激的で実験的なパフォーマンスを数多く試みた。
しかし40年近く経った現在でも、アートの世界では「芸術とテクノロジー」というコンテキストの中で、連綿と継承されてきた大きな問題が残っている。
“芸術とテクノロジーにおける本当の論争は、科学が急速的に発展を遂げる中で、別に科学の玩具を作ることではなく、テクノロジーと電子環境をどのように人間的なものにするかということ”――パイク氏の言葉が残す本質を突いた意味合いは、今でも、あるいは今だからこそ大きく響くようにも思われる。
● 独立したユニットが織り成す機械生命体としての集団的行動パターン
話を元へ戻そう。チェ・ウラム氏の過去の作品は、どちらかというと1つの機械生命体としての造形や所作にフォーカスしたものが中心だった。もちろん今回も展示タイトルの「anima machines」(anima:生命や魂のこと)が示すように、この視点は同様だろう。だが、従来と大きく異なるのは、メイン作品のUna Luminoが合計270個にも及ぶ精巧な花のユニットで構成されていることだ。
そして、これらの独立したユニットが群をつくりながら、あたかも1つの機械生命体としての集団的な行動パターンを呈している点にあるといえる。或るときはいくつかの蕾が一斉に目覚めるようにパッと開花し、或るときは個々のユニットがさざ波のように互いに呼応しながらうねり、また或るときはドミノのように流れながら動いていく【動画1】。これらの動作はプログラムによって制御されているものだが、きっちりとしたシーケンス的な動作ではなく、ランダムで偶発的な要素も含まれているように見える。
さて、Robot Watchの視点から、1つ1つのユニットを観察してみると、やはりその精巧なメカニックのつくりに驚かされる。アクリル製の6枚の花びらは、モータ付クランク機構によって連結され、開閉するようになっている【写真5】。またオブジェ後部に取り付けられた円形基板には、花びらの間隔に合わせるように6個の発光ダイオードが実装されている【写真6】。花びらが開く、あるいは閉じるタイミングを見計らいながら、背後から発光ダイオードが明滅するしくみだ。
とはいえ、その明滅の仕方は単にオン/オフで切り替わっているわけではない。それらはコンデンサからの充放電のように、ある時定数によって緩やかに優しい光を放ち、そしてゆっくりと残り火のように消えていく。その微妙な間が各々のユニットに命を吹き込み、生命の刹那を連想させるのだ【動画2】。
Una Luminoには「共に輝く」という意味があるという。確かに本作品において、光は絶対不可欠な大きなファクターになっていると思われる。繊細な部品で構成されたユニットと、互いに干渉し合いながら、微妙な味わいを醸し出す光の饗宴・共演は、「部分」から「全体」へのムーブメントとなり、鑑賞者に新鮮な驚きと感動を与えてくれるはずだ。
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【動画1】1つ1つの花のユニットが集団的な行動パターンを呈し、まるで生き物のように振舞う。その不思議な光景にしばし目を奪われた
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【写真5】ロボット工学の知識を活かして創作した「Una Lumino」。1つのユニットは食虫花のようにも、シャンデリアのようにも見える。これが合計270個ほど集まって構成される
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【写真6】ユニットの基板。表面実装されたマイコンや電子部品。円形の基板の周に沿うように6つの発光ダイオード(白い部品)が等間隔に配置されている
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【動画2】開閉する単体のユニット。花びらが開く、あるいは閉じるタイミングで、コンデンサの充放電のように、ある時定数によって緩やかに優しい光を放ち、ゆっくり消えていく
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● 生命体の内部にある小宇宙に引き込まれてしまう錯覚
今回の展示では、このUna Lumino以外にも2点ほどタイトル名がつけられていない作品も発表されていた。
1つは機械仕掛けの「曼荼羅」あるいは「万華鏡」のように、幾何学的でシンメトリックな動きをする生命体だ【写真7】。この作品は、Una Luminoで使われていた発光ダイオードは一切なく、単体としてのメカニックな動きに重点が置かれている。さらに壁の下側に取り付けられたセンサーによって、人が近づくと機械が動き出す「インタラクティブ性」も持たせている【写真8】。
メカの部分はギアドモータと接続された太陽歯車と、その周りで回転する複数の遊星歯車から成っている【写真9】【写真10】。遊星歯車とリンク機構によって、複雑な形状の機械パーツが連結されている。正面からの動きを追っていると、機械生命体の内部にある小宇宙に向かって、何だか自分がクルクルと螺旋を描きながら、引き込まれてしまう錯覚を感じた【動画3】。
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【写真7】サイズは80×80×35cm。機械仕掛けの「曼荼羅」あるいは「万華鏡」のように、幾何学的でシンメトリックな動きをする作品だ
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【写真8】壁の横に設置されたセンサー。これで人が近づいたことを検知し、インタラクティブ性を持たせるという。機械生命体は約30秒ほど動き出す仕組みだ
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【写真9】メカ部の正面から。太陽歯車と、その周りで回転する複数の遊星歯車、リンク機構でつながった複雑な形状のパーツなどから構成
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【写真10】メカ部の側面から。ギアドモータのシャフト部と太陽歯車が連結されていることがわかる
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【動画3】正面からの動き。生命体の内部にある小宇宙に向かって、引き込まれてしまうような錯覚も
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一方、もうひとつのノンタイトル作品は、機構的には前述の作品のユニットを縦に幾十にも重ね合わせて、全体として1つの有機的な動きを可能にする不思議な機械生命体だ【写真11】。これもUna Luminoと同様、部分から全体への集団的な行動パターンを広げるアプローチなのかもしれない。作品の中央には、重力に沿いながら鉛直に取り付けられた無骨なモータと、長いシャフトに連結されたむき出しのベアリングが見える【写真12】【写真13】。遊星ギアのリンクによって、それぞれのユニットがシンクロしながら、まるで不気味な生き物のように動き出す【動画4】。こちらも、MAMプロジェクトの生命体を想起させる作品だ。
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【写真11】サイズは171×39×68cm。縦に幾十にも重ね合わされたユニット。1つの有機体のように複雑に動く様がユニークだ
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【写真12】中央部はアンモナイトのようなイメージを想起させる。駆動モータがむき出しになり、迫力がある
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【写真13】メカ部の側面から。長いシャフトに連結されたベアリング、太陽ギア、遊星ギアが見える
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【動画4】それぞれのユニットがシンクロしながら、まるで不気味な生き物のように動き出す、未知の節足動物、あるい昆虫のようだ
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なお、MAMプロジェクトで公開された関連作品「ウルバニュス」(メス、幼虫)は、来年3月まで東京都渋谷区初台のオペラシティにあるICCでも展示されている。これは、ストーリーの中で「都市エネルギーを吸収して浮遊し続ける謎の生命体」と位置づけられているもの。チェ・ウラム氏の作品を残念ながら見逃してしまった方、あるいは興味のある方は、ぜひ一度足を運んでみてはいかがだろうか。
■URL
SCAI THE BATHHOUSE
http://www.scaithebathhouse.com/
( 井上猛雄 )
2008/07/03 16:41
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