● FTF2007に合わせ、多数の報道発表も
フリースケール・セミコンダクタ・ジャパンは9月12日、目黒雅叙園において、「開発の効率化~組込みの課題を解決するソリューション」をテーマに、総合技術フォーラム「フリースケール・テクノロジ・フォーラム(FTF2007)」を開催した。本イベントは、今年で4回目を迎えるプライベートフォーラムだ。このイベントに合わせて、同社の半導体技術を利用した製品展示や新チップのアナウンスもあった。ここでは、午前中に行なわれた基調講演の模様や、展示ブースの製品を中心に報告する。
基調講演では、今年6月に米フリースケールのCTOに着任したばかりのリサ・スー博士【写真1】や、日本法人の高橋恒雄氏(代表取締役社長)【写真2】によるスピーチのほか、各事業部門の製品紹介とデモが行なわれた。同社は有線・無線を含む通信やネットワーキング、特にクライアント側では携帯・マルチメディアのデバイス分野に重点を置いている。また近年、自動車分野のマーケットが著しく拡大しており、これらを含めたシステムレベルでのソリューションにも力を入れているところだ。
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【写真1】米フリースケールのCTO、リサ・スー博士。同社の差別化のポイントとして、「アナログとデジタルの密接なインテグレーションや、パワーマネジメント、センシングなどの技術開発に力を入れ、システムレベルでさらにコンポーネントを統合・集積していく」と述べた
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【写真2】過去10年、20年の技術革新を振り返る、フリースケール日本法人の高橋恒雄氏(代表取締役社長)。「コンピュータはもちろん、ネットワークでも携帯電話でも要求があると、ものすごいスピードで技術が一気に加速する。今後、自動車分野でも大きな進化が起きるだろう。その進化に対し、迅速に対応できるソリューションが求めれる」と語った
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今回、新製品のアナウンスとして、シリアルATAおよびPCI Expressを搭載したストレージ向けの「PowerQUICCプロセッサ」【写真3】や、ARMベースのi.MXSマルチメディアプロセッサを利用したWindows SideShow対応リファレンスデザイン【写真4】、WiMAX基地局向けのリファレンスデザイン、静電容量型圧力センサを搭載したタイヤ圧モニタ用シングルパッケージチップセットなどの紹介や、それらを応用した組み込み製品のデモンストレーションも行なわれた【写真5】。
現在、組み込みプロセッサ市場での大きな課題として、アプリケーションの肥大化やハードウェアの消費電力の制限、ハード・ソフト開発期間の増加、ミドルウェア自己開発の投資増大などが問題に挙がっている。ハードウェアの消費電力を抑えるために、同社では45nmの微細なSOI(Silicon on Insulator)プロセスを採用し、マルチコア(デュアル)のプロセッサでもシングルコアと同等の消費電力で動作できるようにしたという。また、高性能プロセッサを実現するために、PowerアーキテクチャベースのCPUコア(最大1.5GHzのe500-mc)を32個まで搭載可能なプラットフォーム(SoC:System On Chip)を提供している。
ただし、コア数が多くなれば、そのぶんプロセッサの内部共有バスでボトルネックが生じてしまう。そのため、各コアや周辺モジュールを高速に切り替えられるオンチップ・ファブリック・スイッチをセンターに配置して高速に接続できるようにした【写真6】。また、パフォーマンスを高めるために、ウイルスパターンのマッチングや暗号化など、ネットワーク機器に必要な機能をサポートする周辺モジュールも搭載【写真7】。このような技術により、内部処理速度を向上させ、さらに外部とのコネクションもPCI ExpressやSerial RapidIOといった高速インターフェイスで対応させている。
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【写真3】PowerQUICC II Pro製品のラインナップ。RAID0-1をサポートした民生およびSOHO製品向けの「MPC8314E」と「同8315E」、RAID5をサポートしたNAS機器向けの「同837xEファミリ」が加わった。同ファミリのうち、同8379EはシリアルATA×4を搭載。また、同8378EはPCI Express/SGMII×各2、同8377EはシリアルATA/PCI Express×各2を搭載
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【写真4】Windows SideShow対応リファレンスデザイン。ARMベースのi.MXSマルチメディアプロセッサを利用。ガジェット開発を促進するためにコンテストも開催
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【写真5】基調講演でアナウンスされた報道発表。組み込み用のプロセッサ、チップやセンサ、それらを利用したリファレンスデザイン、アプリケーションなど盛りだくさんの内容
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【写真6】フリースケールのマルチコアプラットフォームの概要。最大32個まで対応できるPowerアーキテクチャベースのCPUコア、各コアや周辺モジュールをオンチップで高速に切り替えられるファブリックスイッチ、パフォーマンスを高める多彩な周辺モジュール、高速インターフェースなどをサポート
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【写真7】展示ブースで実施されていたパターンマッチングエンジンを利用したアンチウイルスのデモ。同社のプロセッサの周辺モジュールでスキャンした場合と、ソフトウェアによるスキャンでの処理速度を比較。圧倒的にハードウェアスキャンのほうが高速だった
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このほか、マルチコア製品の開発効率を向上すべく、ハードウェア設計が終了する前に仮想シミュレーションによってソフトウェアを開発できる環境も提供。これはバーチャテックと共同開発したツールで、開発ボードのすべての論理回路をPC上に移植し、各コアのインストラクションの実行とデバックが行なえるもの。同社によれば、このツールを利用することで、ソフトウェア開発を3カ月から6カ月ぐらいまで短縮できるという【写真8】。
著しい成長が見込まれる自動車分野では、車体の軽量化と高効率エンジンの開発が求められている。フリースケールでは、前者の問題を解決するために、ワンチップで60Aの大電流を流せる車載用の半導体式リレーチップ「eSwitch」を開発【写真9】。従来の大きなリレーボックスでは実現できない、モジュールによる最適配線によって、自動車のワイヤーハーネス部(ケーブル)を約10kgほど軽量化できるようになった【写真10】。一方、後者の高効率エンジン開発をサポートするために、エンジンの燃料噴射や点火タイミングの制御を専用に行なうコプロセッサ「eTPU」が搭載された32bitマイクロコントローラのデモも行なわれた【動画1】。
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【写真8】マルチコアの開発プロセスにおいて威力を発揮できる仮想シミュレーションツール。ハードウェア設計が終了する前に、ソフトウェアを開発できる環境を提供
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【写真9】車載用半導体リレー・チップ「eSwitch」。ヒューズとリレー各4個、またはヒューズとリレー各2個を置き換えられるチップを用意
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【写真10】実際にeSwitchを使って、自動車(リッターカー)用エンジンを始動。4つのeSwitchで200Aの電流を流し、セルモータを回す。過電流が流れると保護回路も働く
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【動画1】こちらは、高効率エンジンの開発に貢献する32ビットマイクロコントローラのソリューション例。マイクロコントローラで弁を制御してエンジンを回転させているところ。回転制御専用のコプロセッサ「eTPU」が搭載されており、低負荷でエンジンを駆動できる
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eTPUでは、約15nsという高速・高性能な制御を可能にし、同時にメインCPUの処理性能を最大限に高めることが可能だ。メインCPU側の負荷が約80%ほど減少するため、空いたぶんのパワーを精密な燃料制御の計算や、エンジンを効率よく回すオートマチック・トランスミッション協調制御といった処理に使えるようになるわけだ。両者の技術によって、燃費も少なくなり、年間で8万トンもの二酸化炭素を削減し、環境に優しいエコシステムも実現できるという。
また、ロボットとは直接関係ないが、通信分野では、フリースケールとアレイコムが協業して提供するWiMAX基地局ソリューションの事例が紹介された。フリースケールは、PowerQUICCプロセッサとマルチコアのStarCore DSPをベースにしたハードウェアプラットフォームのほか、WiMAXの物理レイヤと制御レイヤのソフトウェアライブラリを提供。
一方、アレイコムでは高性能なマルチアンテナシステムのソフトウェアをサポートし、ユーザー側の開発を容易にするという【写真11】。ユーザーは基本的な通信部を開発する必要がなく、開発の投資を軽減でき、アプリケーションの差別化だけに注力することが可能になる。
デモでは、マルチアンテナシステム(A-MAS)の信号処理による効果を比較。具体的にはWiMAX端末から動画を送り、途中で干渉フェージング(ノイズ)を混入させて、WiMAX基地局からPC上に動画を受信させるという実験だ【写真12】。A-MASを導入しない場合は動画をまったく受信できなかったが、A-MAS導入時には信号受信のカバレッジも広がり、ビットエラーレートの小さい優れた品質の動画を受信できた【写真13】。
このほかにも、携帯無線端末用、家電機器用のリファレンス・デザインも紹介。ウィルコムのPHS端末向けリファレンス・デザイン【写真14】や、DLNA(Digital Living Network Alliance)対応機器向けのリファレンス・デザイン【写真15】などを披露。また、新しいユーザーインターフェイスの事例として、ユニークなE-Fieldセンサ(電界センサ)を利用した非接触タッチパネル【写真16】【写真17】と、赤外線よりも動作範囲の広いRF方式による家電用リモコンの発表もあった。
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【写真11】WiMAX基地局ソリューション。フリースケールはハードウェアプラットフォームのほか、WiMAXの物理/制御レイヤのソフトウェアライブラリを、アレイコムは高性能なマルチアンテナシステムのソフトウェアをサポート
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【写真12】WiMAX基地局ソリューションのデモ。マルチアンテナシステム(A-MAS)の信号処理による効果を比較
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【写真13】デモの結果。左がA-MASなし、右がありの場合。A-MASありのほうが、品質に優れた動画を受信できていることが明白。カバレッジも広い
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【写真14】ウィルコムのPHS端末向けリファレンス・デザイン。ARM11ベースのマイクロコントローラ「i.MX31」を搭載。W-SIMスロットにカードを装着すれば、すぐにPHSとして利用できる。ユーザーはポータブルナビやワンセグビューアなどのアプリケーションを容易に開発できる
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【写真15】DLNA対応機器向けのリファレンス・デザイン。展示ブースではDLNAとZigBee/IEEE802.15を融合したホームネットワークシステムの提案もあり、センサ情報も含めて、パートナー各社とともに、あらゆる家電製品をサポートしていく方向だ
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【写真16】E-Fieldセンサを利用した非接触タッチパネル。E-Fieldセンサは静電容量を検出するため、タッチせずに5mmぐらい離れた場所からでも指でオンできる。従来の抵抗膜式タッチパネルのように汚れず、耐久性もある
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【写真17】E-Fieldセンサを応用した事例。ディスクの保護層の厚みから生じる静電容量の差を検出して、トレイに置いたディスクが何か(ブルーレイ、DVD、CDのいずれか)を判別できる
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● 数十kgのお米を片手でラクラク持ち上げるHALのデモンストレーション
さて、ロボット関連の話題として最も興味深かったのは、筑波大学の山海嘉之教授【写真18】によるゲスト講演だ。このスピーチでは山海教授が現在、製品化に向けて開発を進めているロボットスーツ「HAL」【写真19】の紹介やデモが実施された。
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【写真18】ゲストスピーカーとして招聘された筑波大学の山海嘉之教授。「フリースケールのプロセッサやチップが、ロボットの要素技術として役立っている」と語る
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【写真19】サイバ二クスの研究成果として生まれたロボットスーツ「HAL」。脳から筋肉に送られる微弱な生体電気信号を利用し、自分の意思どおりに動きをアシストできる
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HALは、サイバ二クスの研究成果として生まれたロボットスーツだ。「人の意思(内面)と人工物(実世界)をシームレスにつなぐ情報インターフェイスを通じて、人間の機能を拡張、増幅、支援できる技術」として、世界中から注目を浴びている。HALは医療・福祉分野や重作業支援、エンターテインメント、レスキュー分野での応用が考えられている。
HALを体に装着すると、脳から筋肉に送られる微弱な生体電気信号がセンシングされ、自分の意思どおりに人間の動きをアシストできるようになるのだ。そして、次にロボットスーツによって動かされた人の部位から脳へ信号が戻され、インタラクテイブなバイオフィードバックができあがってくる。
医療・福祉分野では、すでに筋ジストロフィー、ポリオ(小児麻痺)、脊椎損傷などで体が不自由になった人たちにHALを付けてもらい、自分の意思で足を動かせることも確認している。また、HALを装着した友人に背負われ、4,000m級の高山を征した頸髄損傷の人のチャレンジも紹介。山海教授は「世界遺産のあるような観光地にHALを置いてもらい、障害者の方が自由に動けるような仕組みづくりも考えたい」と述べた。
HALは国内外で高い評価を受けているが、ITハードウェア部門として世界テクノロジー賞大賞を受賞していることも興味深い点だ【写真20】。機能拡張ロボットとしての評価だけではなく、IT分野で将来を大きく変革する可能性を秘めているからだ。たとえば一例として、HALをヘッドマウントディスプレイと組み合わせてエンターテインメント分野に利用することも可能になる。
今回の講演では、ロボットスーツを身に着けたモデルによって、片手でラクラクと数十kgの米を持ち上げる重作業支援のパフォーマンスも行なわれた【写真21】【動画2】【動画3】。HALは手足を動かすトータルユニットとして仕上がっているが、いくつかのバリエーションがある。エレクトロニクスの進化によって「現在では1関節のモジュールを積み木のようにつないだり、分離できるようになっている」という。現在、単関節の小さなユニットも準備しており、子供でも利用できるように考えているそうだ。
山海教授は、HALの実用化に向け、筑波大学発のベンチャーとしてCYBERDYNEを発足させているが、この12月には筑波地区に同社の研究開発センターと生産施設が作られる方向で準備が進んでいるという。生産施設では、HALを年間1,000台ベースで量産していく構えだ。来秋には同地区のショッピングモールにCYBERDYNE Studioを設ける計画もあり、HALに関わるさまざまなコンテンツを展開していくそうだ【写真22】。
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【写真20】サイバニクス研究の成果としてのHAL。機能拡張ロボットとしての評価だけでなく、ITハードウェアとしての評価も高い
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【写真21】デモンストレーションの模様。HALを身にまとえば、片手でラクラクと数10kgの米を持ち上げることも可能だ
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【動画2】ロボットスーツ・HALを身に着けたモデルが華やかな演出の中で登場。まさに人の能力を増幅・拡張するサイボーグのような存在感だ
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【動画3】重作業支援のパフォーマンス。このデモでは、普通の人と、HALを装着したモデルが力比べをしていた
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【写真22】CYBERDYNEの展開。R&Dセンターや生産施設、専用スタジオを筑波地区に構築する予定。また海外の拠点も8月からスタートした
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さらに国際展開を図るために、ヨーロッパ拠点のCYBERDYNE EUも8月からスタートしている。HALの技術は、人のさまざまな内面情報を利用するため、従来の工学分野からのアプローチだけではなく、医学、心理学、法学など幅広い知識が求められる。各所に大きな影響を与える革新的なHALの技術が、いよいよ現実のものとして展開される方向に近づいてきた。日本発のイノベーションが世界に与えるインパクトは計り知れないものがあり、近未来の姿を想像するだけで、とてもワクワクしてくる。
山海教授は、「テクノロジーが人の生活だけでなく、我々自身に密着したところまで来ている。インタラクティブな情報端末としてHALをとらえることもできるだろう。この分野の市場規模は何十兆と大きい。新しい技術革新の黎明期において、いかにチャレンジしていくかという点が問われている」とし、講演を締めくくった。
このほかロボット関係の話題としては、フリースケールの8bitマイクロコントローラを利用した「第二回電子工作キット製作コンテスト」で入賞した作品も何点か会場で紹介されていた。たとえば、加速度センサー搭載のリモコン基板を傾けてミニラジコンカーを操縦できる「Ir-Spider」(初心者向け部門賞:濱原和明氏製作)【写真23】や、リンク機構を備えた下半身と方向転換用スイングを備えた上半身で構成される2足歩行ロボット「遊歩ロボット・ニジーク」(中級者向け部門賞:川野亮輔氏製作)【写真24】、12個のサーボモータによって動作する「昆虫型 6足歩行ロボット」(審査員特別賞:山王丸浩昭氏、大湯健介氏製作)【写真25】などが目を引いた。
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【写真23】初心者向け部門賞の「Ir-Spider」。ミニラジコンカーを操縦できるエミュレータで、加速度センサー搭載のリモコン基板を傾けることで操縦できる点がポイント
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【写真24】中級者向け部門賞を受賞した2足歩行ロボット「遊歩ロボット・ニジーク」。リンク機構を備えた下半身で歩行する。また、上半身にある腕のようなスイングを動かして方向転換できる。赤外線リモコンで操作
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【写真25】審査員特別賞を受賞した「昆虫型 6足歩行ロボット」。割り込み制御を行い、サーボモータを同時に12個ほどコントロール。昆虫の動作原理を学べるほか、アルゴリズムやプログラミングの学習にも適する
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■URL
フリースケール・セミコンダクタ・ジャパン
http://www.freescale.co.jp/
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( 井上猛雄 )
2007/09/19 18:47
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