Robot Watch logo
記事検索
最新ニュース
【 2009/04/21 】
ロボットビジネス推進協議会、ロボ検を開始
~メカトロニクス・ロボット技術者の人材育成指標確立を目指す
[17:53]
グローバックス、名古屋にロボット専門店をオープン
~5月2日~5日にプレオープンイベントを開催
[17:05]
「ロボカップジュニア九州ブロック大会」開催
~ジャパンオープン大会の出場チームが決定
[14:32]
【 2009/04/20 】
研究者たちの「知りたい」気持ちが直接わかる
~理研一般公開でのロボット
[15:15]
【やじうまRobot Watch】
巨大な機械の「クモ」2体が横浜市街をパレード!
~横浜開港150周年記念テーマイベント「開国博Y150」プレイベント
[14:20]
【 2009/04/17 】
第15回総合福祉展「バリアフリー2009」レポート
~ロボットスーツ「HAL」や本田技研工業の歩行アシストも体験できる
[19:46]
「第12回 ロボットグランプリ」レポート【大道芸コンテスト編】
~自由な発想でつくられた、楽しい大道芸ロボットが集結!
[14:57]
【 2009/04/16 】
北九州市立大学が「手術用鉗子ロボット」開発
[14:34]
ROBOSPOTで「第15回 KONDO CUP」が開催
~常勝・トリニティに最強のチャレンジャー現る
[13:17]
【 2009/04/15 】
「第15回ROBO-ONE」が5月4日に開催
~軽量級ロボットによる一発勝負のトーナメント戦
[18:50]
ヴイストン、秋葉原に初の直営店舗「ヴイストンロボットセンター」、29日オープン
[13:37]
【 2009/04/14 】
大盛況の「とよたこうせんCUP」レポート
~ロボカップにつながるサッカー大会が愛知県豊田市で開催
[11:34]

第65回世界SF大会/第46回日本SF大会「Nippon2007」パネルディスカッション企画
「サイエンスとサイエンスフィクションの最前線、そして未来へ!」レポート


 8月30日(木)~9月3日(月)の日程で、第65回世界SF大会/第46回日本SF大会「Nippon2007」がパシフィコ横浜にて開催された。「SF大会」とはSFファン同士の交流会で、「Nippon2007」は第65回世界SF大会、そして第46回日本SF大会として開催されたもの。

 「Nippon2007」内では多くのイベントが行なわれたが、ここでは作家の瀬名秀明氏が中心となって行なった、「サイエンスとサイエンスフィクションの最前線、そして未来へ!」のレポートをお届けする。

 これは2部構成のパネルディスカッションで、ロボットや脳科学を中心とした研究者たちと、著名SF作家たちが、サイエンスならびにサイエンスフィクションの未来について語るという内容。登壇・パネル展示した研究者は、大山英明氏、岡ノ谷一夫氏、梶田秀司氏、川人光男氏、國吉康夫氏、中島秀之氏、橋本敬氏、前田太郎氏、松原仁氏(五十音順)。日本人SF作家は、円城塔氏、小松左京氏、飛浩隆氏、堀晃氏、山田正紀氏(五十音順)。そのほかパネル中の会場には、海外のSF作家たちも顔を見せた。

 まず始めに、SF作家の小松左京氏が「今年私は76歳だが、私が子供のころにも海野十三のSF作品がもうあった。SFを読んでいてよかったのは普通の歴史では起こらない事件を体験できること。荒唐無稽と思われることでも社会的な出来事とかかわりがあるかもしれない。同じ人間でも19世紀に生きた人間と我々とでは世界観、人類観、宇宙観まで変わっている。将来はもっと変わるかもしれない。そういうヒントはサイエンスそのものよりもSFにある。子供たち、孫たちの時代にサイエンスがどうなるかというイマジネーションのためにはSFが必要。学校教育でもっとSFを教えるべきだ(笑)」と挨拶を述べ、パネルが始まった。


このパネルをコーディネートした瀬名秀明氏。当日は司会進行をつとめた SF作家・小松左京氏

第1部 人と機械の境界を越える

産総研・梶田秀司氏
 「第1部 人と機械の境界を越える」、最初のパネリストは産総研でヒューマノイド開発にあたっている梶田秀司氏。梶田氏はいまのようにヒューマノイドが一般的になる時代が来る前から、二足歩行ロボットの研究をしていた。もともと映画「スターウォーズ」に登場するウォーカーにインスパイアされて作り始めたものだったという。ところが1996年、バッテリとコンピュータをすべて搭載し、なおかつ見事に2足歩行で歩くホンダ「P2」が登場。梶田氏自身も大ショックを受けた。2足歩行ロボットの研究をやめようかとまで思ったという。だがこのP2のおかげで逆にロボット研究は活性化することになる。

 一民間企業がすばらしいロボットを作って注目を集める陰で、産総研そのほかは総予算46億円の国家プロジェクト「HRP」を進めていた。当時、人間サイズのロボットを作れるところはホンダしかなかったので、まずHRPはP3を使ってHRP-1をつくり、研究を進めた。

 まず行なったのがテレオペレーション(人間による遠隔操縦)だ。産総研の制御ソフトをHRP-1にのせたのがHRP-1Sだ。最終的に作ったのが最終成果機「HRP-2」である。デザインはアニメのデザインで知られる出淵裕氏が手がけた。HRP-2は腰の関節を使った起き上がり、腕の力センサを使った人間との協調搬送作業、高低差2cm、傾斜5%の不整地歩行を行なった。

 梶田氏は「ロボットが1こけするとだいたい200万円」、HRP-2による会津磐梯山踊り、などのエピソードを紹介して会場の笑いをとった。なおHRP-2は、2003年の第42回日本SF大会にて、ファン投票で選ばれる「星雲賞」をとっている。最新型がHRP-3である。毎分 100mmのシャワーを受けるHRP-3の様子もまたうけていた。

 ロボット研究者の間でもヒューマノイド実用化には議論がある。ヒューマノイドは高いし、専用機に比べるとパフォーマンスに劣ると考えられるからだ。いっぽうで、人工知能研究の有用なプラットフォームであり、不測の事態に対処できるのではないかという意見もある。会場でもやはり、ヒューマノイド実用化については否定的な意見を持った人々もいたが、SF大会の会場だけあって、ヒューマノイドには好意的かつ前向きな見方をしている人たちが多かったようだ。

 また小松左京氏からは「なぜヒューマノイドにこだわるのか」という意見が出た。梶田氏は「日本のロボット研究者は3,000人いる。そのうちヒューマノイド研究者は1割にも満たない。だからほかのタイプのロボット研究とヒューマノイド研究は共存できるのではないかと思う」と答えた。

 続けて、伝統技術との交流はあるのかという質問も出たが、梶田氏はそれに対して、HRP-4では人間の女性に近いロボットを作ろうとしていると述べた。詳細は未定だが、日本人女性の標準体型を真似たロボットになる予定だという。


HRP-2はSFファンの投票による「星雲賞」を受賞している ヒューマノイドは実用化できるか? 「チョロメテ」のデモを行なう梶田氏

株式会社ATR脳情報研究所・川人光男氏
 次に登壇したのは計算論的神経科学の研究者・川人光男氏。本誌でも何度もレポートしているように、脳の仕組みをロボットを使って研究している第一人者だ。今回の出演オファーが来たときにはかなり逡巡したが、脳科学もだいぶ進んできたのでSFの世界で議論することもできるかもしれないと考えて出演を決めたのだという。

 いま川人氏らは油圧を使った人型ロボット「CB」を使って研究を行なっている。将来的にはサルの脳とこのロボットを繋ぐことを検討しているという。川人氏は、そのために必要な要素技術、多重電極によるブレイン・コンピュータ・インターフェイス(BCI)について解説した。

 いっぽう、非侵襲的なBCIの研究も行なわれている。川人氏は、同研究グループの神谷之康氏とホンダによる共同研究について解説した。脳活動をfMRIで読み取り、それをデコーディングして、ハンドのロボットを動かしてじゃんけんをさせるというものだ(PC Watch記事参照)。いまは、手首を8方向に動かしておき、それをFMRIでまず計測、それを次にMEGで測ることで、ほぼリアルタイムに動きを読み取れるようになっているという。次は近赤外線とEEGを組み合わせて多チャンネルの計測を行なおうとしているそうだ。今年はデューク大学との共同研究で、遠隔地の脳との接続実験も行なうという。

 川人氏は、ヒューマノイドロボット単体では役に立たないとは思っていないが、将来、いまのケータイ電話の役割は、ヒューマノイドが担うようになるのではないかとも思っているという。将来的には、脳計算モデルと、ヒューマノイドによる情報通信を組み合わせたアプリケーションを実現できるのではないかという。

 最後に川人氏は、マッドサイエンティストとSFとニューロエシックス、ニセ科学の関係について聞きたいと問題提起した。将来、神経科学が発達すれば、ある種のマインドコントロールが可能になる。それを許していいのか。また、SFにはある種、疑似科学の側面がある。いっぽう、世の中にはニセ科学や、似非科学が蔓延している。SFのヒトにがんばってもらって、「正しい疑似科学」を広めてもらって、似非科学を駆逐してもらいたいと思う、と述べた。

 たとえば線虫であれば、ニューロン1個1個の状態をコントロールすることができ、それによって線虫の動きをコントロールできるレベルに達しているという。だがこれが人間で行なわれたらどうか、という問いかけだ。DBSを使えば、脳の中に電気刺激を起こすことも可能だ。いっぽう人間は、コーヒーやアルコールなど薬物摂取はなんとも思ってないようだし、むしろそれを是としている傾向さえある。


「CB」。油圧を使って柔らかい動きを実現したヒューマノイド 脳の非侵襲計測を使った主観的知覚内容の解読 fNIRSとEEGの複合機を使った計測も行なっているという

東京大学 國吉康夫氏
 東大の國吉康夫氏は「いまは記憶の底に沈めているが、小学校や中学校時代は隠れてSFばかり読んでいた」そうだ。國吉氏は、SFの世界にしばしば登場する「ヒトの心を読み取って遠くに送る」といった考え方は、基本的には成立しえないと考えているという。人の情報機構は、身体と環境の間にループ状のかかわりを持っており、切ってしまっては成立しえないというのが國吉氏の考えだからだ。

 國吉氏は生物の筋骨格系を真似たカエルロボットや、全身触覚付ヒューマノイドによる起き上がり動作などの動画を見せた。生物らしい身体構造と、ポイントポイントでの制御が非常に生物らしい動きを作るという。またカオス写像系を使った動きが身体を通じてお互いに影響を及ぼしあわせると、最初はばらばらに動いていたものが、体そのものを場として、やがて協調的に動くようになるという現象(カオス結合場としての身体)を見せ、それはヒトの心の誕生にも関係があるのではないか、身体が脳の発達に与える影響は大きいのではないかという仮説を述べた。

 國吉氏は、このような研究結果が、ライフスタイルや社会、倫理に与える影響は予測できない、これまでにない議論ができればうれしいと述べた。環境・社会、身体、神経系、これらの相互作用を統一的に説明できる理論は存在するのか、それができたら、これまでの概念とは違う存在全体のコピーの可能性などもありえるのではないか、と語り、2050年以降には、フルスケールのリアルシミュレーションができる時代が来るかもしれない、そういう世界をどういうふうに描くのか、新しいものは出るのか、まじめに聞きたいと語った。


大阪大学大学院情報科学研究科 前田太郎氏
 第1部の最後に登場したのは大阪大学大学院情報科学研究科の前田太郎氏。前田氏は先ごろ阪大に移ったばかりであり、東大時代、NTTコミュニケーション科学基礎研究所に在籍していた時代の研究について述べた。

 前田氏は「世界にあふれているのは『現象』だけであり、計測されてはじめて情報になる。そのときの物差しが『体』だ」という。テレイグジスタンスの装置を作ったときに、自分の身体は物差しとして非常に有用だと実感したそうだ。ヒューマノイドが本当に普及すれば、操縦装置に乗るだけで簡単に擬似的なテレポーテーションができる。だがそこまではなかなか普及しないだろうという。

 ウェアラブルとロボットの融合というと、すぐに連想されるのはパワードスーツだ。だが力補助は日常的にはほしくない、むしろインターフェイスとしての存在が作りたい、と考えたのだそうだ。そうして生まれたのが行動支援インターフェイス「パラサイト・ヒューマン」である。ずっと自分と同じ体験を経験し、補助脳、分身として使えるウェアラブル・ロボティクスだ。これこそツーカーの究極のインターフェイスだという。パラサイトヒューマンはヒトの形につながったセンサー群である。移動機構はない。人間に張り付くかたちで装着し、人間がどんなときにどんな行動をするか予測・学習。もし人間が学習結果と違うことをしたら、それを補助する。その結果を受けて人間が行動を修正したら、学習結果が強化される。「人馬一体」ならぬ「人ロボ一体」のロボットだ。

 具体的なインタラクションの方法が、人間の感覚、錯覚を利用した運動誘導である。人間は感覚に基づいて運動を生成しているので、力で強制するのではなく、感覚を刺激して間接的に運動を誘導する。

 前田氏は、平衡感覚を利用してヒトの歩行方向を誘導する「前庭電気刺激インターフェイス」、擬似的に引っ張られているような感覚がする「バーチャル引力提示技術」、擬似触覚を起こす「つめ色センサとスマートフィンガー」、3つのデモをSFファンたちに披露した。人の歩行方向をラジコン用プロポで操作する様子に、観客たちは馬鹿ウケだった。

 将来的にはこれらのデバイスによる「非言語レベル意図の通信」を使って、人間と機械だけではなく、人間と人間の間の感覚をつなぎ、ダンスのような「感覚運動体験の共有」をやってみたいという。

 前田氏は、行動誘導は既に社会的に受けれいられつつある、という。たとえば車の追突防止制御や、車線維持機能による半自動運転だ。前田氏によれば、車から馬になるときに、車は馬に任せることができず一時も気が抜けないから危険だという議論があったのだという。それがまた馬に戻りつつあるというわけだ。そもそも人間の自分という範囲は可変なものであり、再定義が必要なのではないかという。


パラサイト・ヒューマンの概念図 前田氏らによる錯覚を利用した身体インターフェイスの研究 実際のデモも行なわれた

 パネルでは、各SF作家たちが研究者達のプレゼンの感想を述べた。作家の堀晃氏は「ロボットの人たちはプレゼンがうまい。経験上、プレゼンがうまい分野の人たちは研究予算獲得に苦労している」と口火を切った。堀氏は未来工学研究所などが実施しているデルファイ法による未来予測結果を提示。「ロボット」は1970年代に初めて未来予測の項目として登場したという。当時は2例だけだった。それが1990年に10例。今年発売される予測では、デジタル家電・カーエレクトロニクスと同列にロボットがひとつの分野となっているという。

 デルファイ法は基本的に識者アンケートだ。だから想定内の枠内でしか予測できない。これまでの経緯から、ロボットは「想定の枠外」から生まれてきているのではないかと堀氏は推測を述べた。SFとの関連では、ヒューマノイド型のロボットを扱うSFは1970年代で一度終わったが、ここしばらくまた復活してきている、いまは非常に魅力的なテーマとなっていると考えているという。

 飛浩隆氏は「ヒューマノイドを突き詰めると結局人間とは何かという問題に突き当たるのだなと思った」と述べた。また、最初の小松氏からの話をうけた形で、人間は文楽人形が首をかしげるだけで泣いてしまうことがある、そのほうが脳の直接操作などよりも「マッド」ではないかと感じたという。

 円城塔氏は「僕は制御されていることにあまり違和感はない。だが操作しやすいところとそうじゃないところがあるのではないか」と述べた。ヒトみたいなものからはじめて、ヒトとぜんぜん違うようなもののところにいってしまうところに興味があるという。

 アイリーン・ガン(Eileen Gunn)氏は、「以前、人工知能が子供とともに育つという小説を書いた。子供が間違うと人工知能も間違える。そういう意味で今回の発表は興味深かった」と語った。

 山田正紀氏は「方向音痴なので操作してもらえたらありがたいが、ここだけは操られたくないという部分があるはず。その部分を早急に議論を行なう必要があるのではないか」と述べた。

 研究者側からは時間の都合もあって発言は國吉氏だけ。理研の入来氏によるボディイメージの実験に関する知見を紹介。自己の概念は変わりやすいことを指摘したのみに留まった。山田氏は「古典的な自己概念は既に壊れている、弱いところも守らなければならないのか、そこを守るべきなのか、そこを議論したい」と述べた。


堀晃氏 飛浩隆氏(左)と円城塔氏(右) 山田正紀氏

アイリーン・ガン氏 パネルディスカッションの様子 休憩時間中には「家庭でできるDNA抽出実験」なども行なわれた

第2部 ヒトの言語と意識の変化、そして情報社会のヴィジョンを探る

 第2部のテーマは「ヒトの言語と意識の変化、そして情報社会のヴィジョンを探る」。


理化学研究所 岡ノ谷一夫氏
 まず理研の岡ノ谷一夫氏は「動物の発声学習」の話をした。耳から聞いた音を学習して発声するのが発声学習だ。霊長類で発声学習をするのは人間だけである。発声学習する動物の特徴は、運動皮質から延髄呼吸発声系への直接投射があること。その神経の繋がりがある動物は、正確な呼吸制御ができる。呼吸を意図的に制御できる能力が、進化における「前適応」となり、発声学習できるようになったのではないか――。これが岡ノ谷氏の考える言語の起源の仮説だ。

 人間が、発声学習する理由はなにか。岡ノ谷氏は人間の場合は文化によって捕食が減り、乳幼児の泣き声により親を制御できるようになったのではないかと考え「産声制御仮説」を提唱している。赤ん坊の泣き声は最初は単純だが、皮質延髄路が発達してくるころになると複雑化してくる。

 こうして歌を歌う能力が、複雑な歌を歌うことが性淘汰でセレクションされ、それがやがて状況や相互作用の分節化につながり、言語が誕生したのではないかという。また自己意識は適応度がない、という。もともと他者の心を予測する能力があり、それが自己の観測に転換したのが心の起源ではないかと考えているそうだ。

 岡ノ谷氏は「ドレイク方程式」や「フェルミのパラドックス」について述べ、言語を持ち、知的な文明を長続きさせるためにはどうすればいいのか考えてもらいたいと述べた。


岡ノ谷研究室で研究されているデグーと呼ばれる道具を使うネズミ 発声学習を行う動物に共通の脳構造があるという 岡ノ谷氏による意識発生の仮説:触媒仮説

北陸先端科学技術大学院大学 知識科学研究科 橋本敬氏
 複雑系や進化言語学の研究を行なっているJAIST(北陸先端科学技術大学院大学)知識科学研究科の橋本敬氏は、言語進化の話と社会性の話をした。今年8月14日、オックスフォードの研究者2人が、私たちのいまの生活は「遠未来のポストヒューマン」によるシミュレーションだという話をのべ、それをニューヨークタイムスが取り上げたそうだ。SFではありがちなネタだが、これは論理的には否定できないのだという。

 シミュレーションには2種類あるという。ひとつはできるだけ現実に近づける「リアリスティック・シミュレーション」。いっぽう、本質的な部分だけを取り出して理解を試みる「構成的シミュレーション」という方法があるという。現象の模倣ではなく、現象の裏にある本質的な論理を理解することを目指すものだ。

 現実が仮にシミュレーションだとしても、それが構成的シミュレーションなのか、リアリスティックシミュレーションなのかはわからない。もしかしたら我々のリアリティは減じられたリアリティかもしれない。もしかしたらほかのリアリティがありえるのではないかという。たとえばSFでもすべてを書くことでリアリティを出しているわけではない。リアリティはある経験を持った読者の頭のなかで再構成される。

 我々はどうやって言語を得たのか。言語学習能力に生物進化がかかわっていることは間違いない。言語を使う個体が増えると、言語学習環境そのものも代わるし、適応環境の変化がおきる。このようなダイナミクスをシミュレーションしたいという。


 言語には内容語と機能語があるが、機能語は、内容語から変化してきたものだと普遍的に考えられるという。橋本氏は親子を構成するエージェントと汎化学習を使ったシミュレーションを行なって、言語的類推が言語の変化には必要だということを導いた。経験に基づいた学習で般化したルールを作るが、そのルールをカテゴリーを超えて当てはめることが言語進化には重要だという。それを橋本氏は記号接地に対して「記号飛翔」と呼んでいる。人間のコミュニケーションだけが「いま、ここ、わたし」から超越できるという。

 しかし、ヒトはなんでもいうわけではない。そこには社会性の拘束がある。橋本氏は、自己意識は、自己の他者への反映という立場をとっているという。そして、欺きと社会性が再帰性をもって進化することでいまの心が生まれたのではないかと考えているそうだ。

 社会性、他者の心を読む能力は優れているが、非常に壊れやすいものでもある。そこには進化的な淘汰圧がかかっている。ポストヒューマンがいたとして、それは淘汰をくぐりぬけたものであるはずだ。橋本氏は、リアリティはこの世界、この体、この知能が最上なのか、と問いかけた。人間が動物に比べてマッドなのは、サイエンスというものを作り出したことだという。人間は、サイエンスを通して、この世界が錯覚であると知ってしまい、自分はなぜこういうふうに考えるのかと、合理性で考えるようになった。合理で考えられないときには非合理で考えようとする。こうしてサイエンスと宗教が同時に生まれた、それが人間と動物の違いだという。

 また、物語や構成的研究によって作られたリアリティはどこに接地するのか。社会性・社会的知能が進化したポストヒューマンとはどんなものなのかと問いかけた。


橋本氏が行なった言語進化のシミュレーション 橋本氏による欺きと再帰性の進化

公立はこだて未来大学学長 中島秀之氏
 公立はこだて未来大学学長で人工知能研究者の中島秀之氏は「情報処理研究は思いつくかどうかがすべてだ」と述べた。コンピュータが何らかの形で意味を理解するのが情報処理技術である。情報を処理できる機械装置は、文章をランダムに生成するものとして「ガリバー旅行記」(1726年)に出てくるのだそうだ。ただし意味を理解する機械ではない。SFで最初に登場するコンピュータは1927年「The Thought Machine」と題された作品になるという。

 いっぽう現実の世界では、1786年、J.H.Mullarによって差分機械が考案されている。差分機械ではバベッジが有名だが、彼のそれは再発見であるらしいという。1943年のENIACは、最初のプログラマブル電子デジタル計算機だ。まとめると、インターネットはSFの予言のほうが先だが、コンピュータそのものは現実のほうが早かったらしいという。

 中島氏は、「サイバーアシストプロジェクト」で、Aimletを作った。目指すところは阿吽の呼吸で動く情報環境だという。では、コンピュータ、インターネットの「次」はなんだろうか。ひとつは環境知能・物理世界との融合だが、これはSFではスタートレックを代表例としてよく見られるアイデアだ。拡張現実、集団知能も同様である。

 コンピュータ、インターネットぐらいのインパクトを持つ情報処理装置はなにか。中島氏は「今後50年の間に出ないわけはないと思っているが、私も思いつかない」と締めくくった。


公立はこだて未来大学 松原仁氏
 ロボカップの提唱者の一人で、将棋プログラムなど人工知能の研究者、また鉄腕アトムのファンして知られる松原仁氏は、SF作品を挙げながら、フレーム問題や、記号接地問題について紹介した。解があるとすれば、ロボットを環境との相互作用の中で学習させるしかない、と考えているという。だがまだそれほどのロボットを作ることはできないので、解答は得ていない。

 松原氏は、ほかの種類の知能は存在するだろうが、知能はユニバーサルではないし、互いに理解やコミュニケートもできないのではないかと述べた。絶対的な知能を目指すアプローチは間違っているという。

 松原氏は、将来のビジョンとして、生まれたときから死ぬまで、常に一緒にいるようなロボットを思い描いているという。ロボットはすべての行動を記録する。つまり、「もうひとつの自分」のようなロボットだ。

 SF作家・ファンたちに聞きたいのは、ロボカップの次に来るだろう目標を何に設定すべきか、だという。たとえば究極の人間型ロボットなのか。いい目標を立てることが研究に貢献するので、想像力豊かな人たちに考えていただきたいと述べた。


ディスカッション

 時間がなかった第1部に比べて、第2部のディスカッションは比較的長めに時間がとられ、作家と研究者のやりとりも行なわれた。


エイミー・トムスン氏
 まず海外のSF作家エイミー・トムスン(Amy Thomson)氏が「わたしの考えでは科学とSFは、右足と左足の靴のようにお互いに協調しながら発達していくもの。両者がなかったら、現在のような形で文明が発展することはなかったかもしれない。SFは時に突飛になるし不正確になることもあるがイマジネーションに挑戦し、新しい世界に挑戦していきたい」と述べた。

 國吉氏はそれに答えて、「イマジネーションは研究者にとっても重要。ゴールを思い描くことは勝負どころ。ただ、社会がどう変わるかということは普段はあまり考えない。そこはみんなで議論したい」とした。

 飛氏は「自分が自身を操作しているという感覚が担保されている限りは安心できるのでは」と指摘。また、今日のシンポジウムを通して人間は自分に関心があるのだなと実感したという。

 川人氏は「システム脳科学は基本的に操作をしてそれに対応した物理現象を観測する。それが基本的な手法だ。しかし間接的な観察は隔靴掻痒でもある。だがこれからは脳の中の情報を直接操作することも可能になりつつある。もうちょっといくと、人間の価値判断の重み付け自体をコントロールすること自体も可能かもしれない。だが本当にそれをしたいかどうか。いろんな可能性が出てきているので、それをベースにSFを書いてもらいたい」と述べた。

 瀬名氏によれば「倫理の進化はあまりSFの中でも考えられていない」という。堀氏は「確かに(倫理の進化は)あまり考えられてないし、私も書いたことがない。だが科学者の立場でSFを書く人もだんだん増えてきた。できれば研究者にもSFの形で書きたいことを書いてもらいたい」と述べた。


 山田正紀氏は「僕は自分が生きているように感じることがない。どこまで人間がロボットなのか突き詰めてもらったほうが話が早いのではないか。たとえば二日酔いなのに酒を飲みたいとおもうのが人間的なのか、それを止めるのが人間的なのかはわからない。我々の考えを縛っているものを一度とっぱらって考えるためにはロボットというインターフェイスが非常に有効ではないか」と提案した。

 それに対し若手作家の円城塔氏からは「『リアリティ』という言葉の使い方が橋本さんだけ違った。そこらへんに期待したい」という意見が出て、このあたりから議論はだんだん複雑化し、かつ発散しはじめた。

 橋本氏は、「なぜわたしの体の可処分権は自分にあるということを前提にして話ができるのか」とまず他の人たちと異なる意見を述べた。そして「SFといいながら、実態は(サイエンス・フィクションというよりは)サイエンティフィック・テクノロジカル・フィクションだと思う。なぜテクノロジカルになってしまうのか。テクノロジーになっていると人間の生活に関われ、物語にしやすいからではないのか。しかし、そういうテーマをテクノロジーにせずに語るのが、サイエンス・フィクションあるいはスペキュレイティブ・フィクションであるSF本来の姿なのではないのか」とSF側に問題提起を投げかけた。

 円城氏もこれは同意見だという。また「ロボットを調べれば人間がわかるというのは、ビジュアルに説得されてしまっているのでは。もう1本、横に違う流れがありますよと思っています」と語った。

 前田氏は、自身が「インターフェイス屋」になった理由は、我々人間は、人間みたいな知能のことを知能と呼ぶのかと考えたことが理由だったという話から、「ロボットを相手にすると、所詮、人間ってそういうものなんだなということが分かってくるし、人間の知能を考える上で役に立つ」とした。


 いっぽう中島氏は、「僕は正反対。AIで人間の知能を真似ようとしてわかってきたのは人間とはすごいんだということ。わりと一般の人は、コンピュータで何でもできちゃうと思っていることが多いが、そんなことはない。いまの人工知能は、人間的知能としては赤ん坊の1/100もない。最たるものがフレーム問題。世の中を認識する能力はいまのロボットはゼロ」とし、さらに「第1部の研究者たちはロボットの体をやってきた人たちだから、近くまで来たと思うかもしれないけれど、知能はまだまだだ」と述べた。

 松原氏は「コミュニケーションはいまのコンピュータでも人間をけっこう騙せる。チューリングテストのコンテストで優勝するプログラムは多くの人を騙すことが可能。だが中身を見ると非常に姑息な手段で表現を変えている。知能は単純ではない」と話を受けた。

 山田正紀氏はこの話の流れに対し「ちょっと誤解があるようだ」と異議を唱えた。山田氏によれば「僕がロボットに期待しているのは、僕がロボットであるほうがいいということ。そうであったほうが安心できる」のだという。「そういうアプローチからの研究もあるのではないか。身体性というけど、例えば、音楽を作曲する人間は、常に頭のなかで音楽が流れているという。僕の身体を通じて作られるロボットと、音楽が常に流れているロボットとはまったく違うはず。でもそれでも同じロボットだといってもらいたい。そういうところを期待している。安易なヒューマニズムは嫌い。みんなロボットだといわれるほうがいい」。

 トムソン氏は「私は人間らしさに価値を置いている。SFはイリュージョンの世界から正しい真理を見出すツールなのでは」と述べた。

 ここで話はヒューマノイドを作っている梶田氏に振られた。梶田氏は、中島氏の「ロボットの体はだいぶできてきた」という意見に対して「逆にヒューマノイドロボットを作っていると、まったく人間に追いついていないと実感する。せいぜい女性ロボットを作ることでせめて身体的に近いロボットを作るというのがいまのチャレンジだ」と述べた。


 岡ノ谷氏は「僕は死ぬのがいやで、自分の連続性、不連続性を納得させようとして研究者になった」という。その立場から、山田氏が自分がロボットだったらどんなにいいのかというのは「自分がなくなっちゃう恐怖感を消すことが目的なのではないか」とコメントした。それに対し山田氏は「自分がロボットだとしたら、どこまでロボットだったら安心できるのか。ここまでロボットだったら安心できるという部分があるのではないか」と自己分析して答えた。

 岡ノ谷氏は「僕も中学生くらいまでSFはよく読んだ。でも思春期以降、私小説が好きになった。おそらく僕がSFに求めていたのは有限性への安らぎ」と述べ、テクノロジーやSFへの期待として「自分の自己意識が変化していって、有限性を解消できるようになるといいなと思っている」と語った。そう考えて研究をしているし、SFにも期待するという。

 中島氏は「実は我々が書いている論文はSFに近い。物理と違って証明しようがないから」とこたえた。それに対して國吉氏は中島氏に賛成だとし、「モノを作っている人間は『こういうものができるはずだ』と思って研究をしているわけで、SF作家に近いかもしれない」と述べた。

 さらに國吉氏は「現在のロボットは生物にはまったく近づいていない。でも女性ロボットが歩けばインパクトを感じる。つまり、ある観点で見ると近い面がある。それを僕らは追い求めている。同じものはできないので、重要だと思う側面を作る。すると足りないものがある、それはなんだという形で進んでいく。それが僕らの研究です」と語った。

 最後にトムソン氏は「一連の話を聞いていると、ロボットと一体化するということにみんな執着しているようだ。それは男性的発想ではないか。女性のボディは変化が多いので、自分の体自体が自分だという感覚を私は持っている。私は断じてロボットにはなりたくない」と述べた。


後半のパネルディスカッションの模様 会場では京商によるホビーロボット「マノイ」のデモも行なわれていた 同じくスピーシーズのデモも

URL
  第65回世界SF大会/第46回日本SF大会「Nippon2007」
  http://www.nippon2007.org/jpn/index.shtml
  【5月25日】ホンダとATR、脳活動でロボットを操作する技術を開発(PC)
  http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0525/atr.htm
  【5月11日】【森山】脳と機械を直結させるインターフェイスの未来(PC)
  http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0511/kyokai48.htm

関連記事
日本未来学会ほか、「ロボット化」をテーマにしたパネルディスカッションを開催
~筑波大学・山海教授や作家・瀬名秀明氏らが対談(2007/07/25)

働く人間型ロボット「HRP-3 Promet Mk-II」発表(2007/06/21)
「けいはんな社会的知能発生学研究会公開シンポジウム」レポート(2007/03/08)


( 森山和道 )
2007/09/03 18:21

- ページの先頭へ-

Robot Watch ホームページ
Copyright (c) 2007 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.