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「第二回宇宙ロボットフォーラム」レポート
~昆虫型惑星探査ロボから月面基地、マイクロウェーブ送電まで


はやぶさのあとの後続機の計画も

 7月2日、東京・江東区の日本科学未来館において、「第二回宇宙ロボットフォーラム」が開催された。これは、さる5月28日に開催された第一回宇宙ロボットフォーラムに続くもの。前回のフォーラムでは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が検討している月探査、有人宇宙活動に関する講演が行なわれたが、今回は6人の研究者によって、惑星探査や衛星利用などに的を絞った内容が紹介された。


【写真1】JAXA宇宙科学研究本部の吉川真氏(宇宙情報・エネルギー工学研究系 助教授 月・惑星探査推進グループ研究開発室・はやぶさプロジェクトチーム併任)
 JAXA宇宙科学研究本部の吉川真氏は、「JAXAの月惑星探査戦略」をテーマに話を進めた【写真1】。JAXAでは宇宙探査の長期ビジョンとして「宇宙の謎と可能性を調べ、知の創造と活動領域の拡大に貢献すること」を掲げており、「月探査」「惑星環境探査」「始原天体探査」という3つの大きな柱を中心に研究開発を進めている。

 月面探査に関する現時点でのロードマップでは、今夏に打ち上げられる月周回衛星「SELENE」(セレーネ)から始まり、さまざまな拠点準備を経て、月面での無人活動を実施、さらに2020年以降に月面有人活動へつなげていく予定だ。これらの実現に必要な技術としては、月着陸、移動探査、表面滞在など多岐にわたる技術があり、もちろんロボディクス技術もこの中に含まれている【写真2】。

 SELENEは、月を周回して詳細な月面調査を実施するが、続く2号機の「SELENE-2」では月面着陸(ランダ)と月面移動(ローバ)を目標にしている。また、3号機以降のSELENE-Xも予定されているという。まだ具体的な内容については決まっていないが、月面上での組み立て・建設作業の実証などが含まれるそうだ【写真3】。最終的に有人を念頭に置いた利用を考えているため、このあたりはロボティクス技術が必要とされる領域だ。

 次に惑星探査に関しては、太陽系の起源や惑星の進化、生命の可能性、宇宙プラズマ物理などの解明が課題となっている。吉川氏は、惑星環境と始原天体に関する探査に分けて説明した。

 惑星環境探査は、地球周回探査のノウハウをベースに、火星・金星・水星の3つの惑星環境の調査が実施される【写真4】。1998年に打ち上げられた火星探査機「Nozomi」(PLANET-B)は、度重なるトラブルに見舞われ、火星軌道への投入を断念しているが、後継シリーズとして再度チャレンジする方向で検討が進められている。


【写真2】月面探査に関する現時点でのロードマップ。月着陸、移動探査、ロボディクス、表面滞在、膨張構造物、宇宙居住・医療など多岐にわたる技術がある 【写真3】SELENEプログラム。今夏に打ち上げられる月周回衛星「SELENE」に続く、2号機、3号機の予定もあるそうだ 【写真4】惑星環境探査の現状について。地球周回探査のノウハウをベースに、火星(再度チャレンジする方向)、金星(PLANET-C)、水星(BepiColombo)の3つの惑星環境の調査が実施される予定だ

 また、金星については「PLANET-C」として2010年に探査機を打ち上げる予定だ。「金星の大気はジェット気流のように速いのに自転が遅い点は謎だ。異なる波長を検出する5台のセンサを搭載し、金星の大気を分析する」と吉川氏【写真5】。

 さらに水星も「BepiColombo/MMO」として、2013年から日欧共同で探査を行なう方向で進んでいる。JAXAは水星磁気圏探査機(MMO)を、一方のESAは水星表面探査機(MPO)を提供する【写真6】。

 特に今後20年ぐらいで1番の目標になるのは木星探査だという。木星には60個以上の衛星がある小太陽系であり、極端に強い磁場を持っている。また、木星自体が太陽になれなかった星の代表でもあり、木星本体のガスが太陽系の起源を探る鍵になると言われているからだ。

 また、小惑星やほうき星などを調べる始原天体の探査では、太陽系と生命の起源から、天体の地球衝突(スペースガード)、鉱物資源の利用などを調査する目的がある。小惑星イトカワに到達した「はやぶさ」の成果から、「惑星をつくる微小単位が見えてきた。これを機に他国も小惑星に関心を持つようになってきたが、我が国のリードを保っていくために、再度はやぶさ2でチャレンジをする」(吉川氏)という【写真7】。

 はやぶさ2では、有機物や含水鉱物を多く含むと考えられている「C型」と呼ばれる小惑星のサンプル調査を実施する予定だ。さらに、はやぶさ2の次のミッションとなる「はやぶさMk2(マーク2)」に向けた検討も開始している。こちらは、より始原的な天体(P型、D型、CAT、彗星核など)からのサンプルリターンを目指している【写真8】【写真9】。

 Mk2のほうはESAとの協同で進めたいと考えているそうだ。吉川氏は「Mk2では、特にサンプリング時のリターンが難しい。そこで小さなランダをぜひ持っていきたい」とし、来場者に技術的な提案を呼びかけた。


【写真5】金星を探査する「PLANET-C」では、観測目的に応じて5つの異なるカメラ(センサ)が搭載されている 【写真6】水星探査を日欧共同で実施する「BepiColombo計画」。水星の磁場・磁気圏、内部や表層の構造などの解明を目指す。日本は水星磁気圏探査機(MMO)を提供する 【写真7】世界で初めて、小惑星イトカワの探査を実施して大きな成果を得た。はやぶさには、「ミネルバ」という小型ロボットも搭載されていた

【写真8】はやぶさ2のミッション。より始原的な天体からのサンプルリターン、ローバやランダを用いた科学的な検証、内部構造の探査も計画されている 【写真9】「はやぶさMk2(マーク2)」に向けた検討も開始。涸渇彗星核など、さらに始原的な天体観測を行なう

将来は昆虫型のマイクロロボットが惑星を探査する時代に

【写真10】JAXA宇宙科学研究本部の久保田孝氏(宇宙探査工学研究系 助教授 月・惑星探査推進グループ研究開発室 併任)
 次にJAXA宇宙科学研究本部の久保田孝氏が、惑星探査において、どのようなロボティクス技術が必要とされるのか、具体的なポイントを示しながら解説した【写真10】。

 惑星探査を実現するためには、軟着陸技術(誘導制御・障害物認識・航法センサ・着陸脚)、帰還技術(再浮上・大気再突入)、移動探査技術(移動メカニズム・障害物認識・経路計画)、表面探査技術(熱制御・電力確保・通信)、遠隔操作技術(遠隔操作・AI)がキーになるという。

 さらに月火星探査ロボットについて考えると、限られた期間で広範囲に探査でき、人間や物資も運べる「表面移動ロボット」や、崖やクレーターなどの特殊地形に対応できる「極限探査ロボット」、移動だけでなくサンプルを収集して分析もできる「試料採取ロボット」などが必要だ。とりわけ、地中探査や、建造物を構築する際には「掘削ロボット」が重要になるという。「いままで宇宙探査では掘削はあまり行なわれてこなかったテクノロジーだ。建築などの地上技術が宇宙に持ち込める分野でもある」(久保田氏)【写真11】。

 また、久保田氏は、これまでの研究についてもビデオを交えながら紹介した。

 惑星探査ロボットの開発で1番難しい点は、重量制限とエネルギー確保だという。軽くて省エネルギーでも、最大効果を得られることがミッションになる。そのためロボットをどれだけ小さくできるかという点がキーポイントになる。

 JAXAでは、中央大学・明治大学と共同で、5輪駆動の表面移動探査ロボットを開発している【写真12】。惑星のような不整地では、通常であれば8輪あるいは6輪が必要。だが、このロボットは5輪タイプとして、5kgまで軽量化を図り、走破性能は6輪駆動と同等になっているという。4輪タイプも試したが、トルクバランスがうまく取れず段差を乗り越えられなかったそうだ【動画1】。

 試料採取ロボットについては、サンプルとして小石も砂も取りたい。そのため、スコップと指を兼ねた構造の軽量ハンドをつくって実験を試みた【動画2】。まだ検討段階のため、いろいろなアイデアを募集しているという。また、化学的な分析をするためには、たとえば分光カメラなどを利用し、岩石に接近する必要がある。岩石に衝突する恐れもあるため、センサを搭載しながら操作を補助する技術も求められる【写真13】【動画3】。


【写真11】月火星探査ロボットの分類。「表面移動ロボット」「極限探査ロボット」「試料採取ロボット」のほか、「掘削ロボット」も重要だ 【写真12】JAXAで開発している惑星表面移動ロボットの例。、5輪駆動として軽量化を図り、走破性能も保っている 【動画1】4輪駆動タイプと5輪駆動タイプの表面移動探査ロボットの比較。不整地を走破する性能と、小型・軽量化について検証

【動画2】スコップと指を兼ねた構造の軽量ハンド。なるべく軽くて、どのようなものでも把持できるハンドをつくることが目標 【写真13】テレサイエンスの実験。ハンド部に装着したカメラで岩石に寄ってマクロな観測を行なう 【動画3】テレサイエンスの実験。岩石を近接して観測するための遠隔操作機構やセンシング技術もキーポイントになる

 前述のように、掘削ロボットも小型かつ低消費電力で、惑星表面から10mぐらいまで埋没して掘削・推進できるスペックが要求される【写真14】。さらに、真空、熱が逃げない環境下において、効率よく岩石を削る研削システムも求められている【写真15】【動画4】。「惑星表面にある岩石は宇宙放射線に曝され変形している。表面を削って内部を調べることは科学的にも重要。実験では、柔らかい岩石を削れるが、硬いものは難しい」(久保田氏)と語る。

 このほかにも高度遠隔操縦システムも研究中。こちらはカメラを利用して、障害物を見つけたり、移動可能な経路を生成したりするものだ。地上システムからの支援のみならず、オンボード上からも移動のズレを修正し効率の良い探査が行なえる【写真16】。

 久保田氏は、月惑星探査ロボットの技術ロードマップを示し、「表面移動探査ロボットは、不整地や特殊環境を移動するメカニズムをミッションに応じてつくることが必要。さらに人が搭乗するのであれば、高速移動が求められる。また遠隔操縦・自律ロボットでは、自己位置同定、環境認識、障害物回避などが可能で、さらにマン・マシン・インターフェイス搭乗システムが出てくるだろう。マニュピレーション技術によって、分析や岩石採取ができ、掘削地盤の調査から運搬・組み立て・保守、精細作業という一連の作業を実現したい」と述べた【写真17】。これ以外にもロボット技術で居住技術をつくったり、高温や低温でも動ける耐環境性などもキーワードになるという。


【写真14】惑星内部探査用ロボットの事例。スクリューのような形状で10mぐらいまで地中にもぐれることを目標にしている。電力は有線で供給する 【写真15】岩石を削る研削システムの実験。実験では、柔らかい岩石を削れるが、硬いものは難しいという 【動画4】火星のローバーでは、何時間もかけて研削を行なったという。硬いものでも高速に研削できる技術が求められる

【写真16】高度遠隔操縦システムの事例。カメラを利用してステレオ視で3次元の地図を生成したり、障害物を見つけて移動可能な経路を生成する 【写真17】月惑星探査ロボットの技術ロードマップ。最終目標は、表面移動探査では高速移動、遠隔操縦・自律ではマン・マシン・インターフェイス搭乗システム、マニュピレーションは精細作業の実現だ

 次に、ロボットによる太陽系探査に関しては、探査機の重量制約が大きいため、「マイクロロボット」を活用した探査が考えられている。実は海外でも似たような発想のロボットが開発されている。旧ソ連ではホッピング型のロボット、ヨーロッパではロボットランダ、米国ではナノローバやカエル型ロボットなどが開発されたが、いずれも重量はまだまだ重い【写真18】。そこで日本が得意とする小粒で賢い1kg級のマイクロロボットをつくり、内外を問わず探査ミッションへ参加させてもらうことを想定している。

 マイクロロボットは、単に微小重力下で移動するだけではなくて、狙った目標点に到達できる必要がある。1kgという制約の中で、自分の位置を知り、いかに対象となる位置に誘導させるのか、という難しい問題もある。また小天体でサンプルを採取することは、月面よりもさらに難しい技術となる。微小重力下で何か力を加えると、反力が働き、浮き上がってしまう。ロボットを固定するための「アンカー技術」も必要。さらに取ったサンプルを母船にどのように渡すか、という課題もクリアしなければならない【写真19】。

 さらに、これらのマイクロロボットを単体で動かすのではなく、ネットワーク型として、ばら撒く手法が有効であると説く。「数gから10gぐらいの小さなロボットをつくり、天体に広範囲にばら撒いて一度にデータを取得できれば、新しい宇宙探査ができるようになる」と久保田氏は期待を寄せる。実はNASAでも同様のアイデアが考えられている。大気のある惑星で、プロペラを持つ昆虫型ロボットが飛び、地表で協調して岩石を探査する構想もあるようだ【写真20】。


【写真18】海外の軽量雪惑星探査用プローブの例。いずれも重量がある。日本は1kg以下の小型で賢いマイクロロボットを目指す 【写真19】実験機の「ミネルバ」を筆頭に、惑星の表面探査や内部探査、生命探査などができるシリーズを開発する予定 【写真20】NASAが想定している昆虫型ロボット。岩石の隙間に入ってサンプルを採取している。少し気持ちが悪い感じもするが……

 最後に久保田氏は、地上ロボットと宇宙ロボットの相違点について説明した。まず、リソースと制約条件が大きく異なる。当然、宇宙に持っていける重量には制限があり、エネルギー源は太陽電池が主流となる。重力や時間遅れの問題もある。通信容量も数kbpsほど(はやぶさでは最大8kbpsだった)と低速だ。

 次に動作環境が厳しい。日照で100℃、日陰で-100℃という温度差がある。超高真空であり、潤滑や放射線の問題もある。ほかにも、研究開発にやり直しがきかない、構想から打ち上げまでに時間がかかるという点も地上での開発とは異なる。開発のアプローチも最適化を狙わず、ミッションをクリアするために最もシンプルで信頼性があるところを狙っている。

 とはいえ、こうしたアプローチは、地上の民生技術でも同様に取り入れられている。たとえば、携帯電話などの技術がそれに当たるのではないかという。久保田氏は「宇宙探査や惑星探査に利用できる民生技術を持っていきたい。フォーラムでの議論を通じ、さまざまなアイデアを出し合えれば」と述べて、講演を締めくくった。


月面拠点を築くために必要なロボティクス技術とは?

【写真21】JAXA有人宇宙環境利用プログラムグループ(有人宇宙環境利用プログラム・システムズエンジニアリング室 技術領域リーダ 月・惑星探査推進グループ企画推進室併任)の佐藤直樹氏
 JAXA有人宇宙環境利用プログラムグループの佐藤直樹氏は、「有人月面活動/月面拠点構築に必要なロボティクス」をテーマに講演を行なった【写真21】。

 まず、現在NASAで考案されている月面拠点のリファレンスモデルが紹介された。月面で拠点を構築する際には、日照が良く、温度条件が厳しくない場所が適している。NASAでは、極地方でクレータの縁部に当たる場所が拠点構築に向いていると考えている。

 また、極地方には多量の水素の存在が確認されているという理由もある。NASAは南極のシャックルトンクレータ縁部に、居住ゾーンや電力システムなど、さまざまな施設をつくる構想を練っている【写真22】【写真23】。

 居住ゾーンはモジュール構造でつなぎ合わせる。モジュールについては、風船のように内圧をかけて大きくするインフレターブル構造なども考案【写真24】。電力システムは太陽電池パネルと再生燃料電池を組み合わせたものを想定している。拠点構築時には、月にある鉱物資源を掘削して利用することも検討されているそうだ。

 拠点構築のタイムスパンは2019年ごろまでに、着陸船で太陽電池モジュール、燃料電池、曝露ローバを月面に運ぶ。年に1、2回の打ち上げで少しずつモジュールを搬送し、2024年ごろまでに拠点が完成する予定だ【写真25】。このような拠点を構築するために、NASAは居住モジュールや移動システム、通信ナビゲーションなどにおいて国際協力を求めている【写真26】。現在この提案にのるか、あるいは独自の方向を進めるのか、JAXAの探査グループで検討しているところだという。


【写真22】NASAで考案されている月面拠点のリファレンスモデル。南極のシャックルトンクレータ縁部に、居住ゾーンや電力システムなど、さまざまな施設をつくる構想 【写真23】月面拠点の想像図。モジュールをつなぎ合わせて居住ゾーンをつくる 【写真24】インフレータブル構造と呼ばれる居住モジュールの例。風船のように内圧をかけて大きく膨らます

【写真25】2024年ごろまでに完成する拠点の想像図。NASAによるもの。太陽電池モジュールや燃料電池も装備される 【写真26】NASAが提案する月面基地において必要な技術と国際協力要請のアイテムリスト

 では、月面拠点に必要なロボティクス技術とは具体的にどのようなものであろうか。国際宇宙ステーション(ISS)の組み立てでは、ロボットアームが活躍しているが、月面拠点の場合は環境面で異なる点も多い。佐藤氏は、月面拠点構築に適したロボットをつくる際に問題となる点を挙げた。

 低軌道宇宙空間では、船体をドッキングすることが可能だが、月面環境ではそうはいかない。着陸精度や保安距離確保の問題から、拠点からある程度離れた場所で着陸しなければならないため、拠点まで移動して物資を運ぶ必要がある。そこで移動用の搬送車が要る【写真27】。

 また、月面拠点組み立て時には、地球の4分の1ほどの重力がある。宇宙ステーションのように微小重力ではない。自在な組み立てができないので、クレーンなどで組み立てることになる。環境的には月面にはレゴリス(50μm程度の微粒子)が堆積している。移動システムがスタックしてしまったり、機構部に噛み込んだり付着する恐れもあるため、スタックフリー、レゴリスフリーの機構設計が重要となる【写真28】。不整地では、岩石除去が不要なシステムも欲しい。

 次の問題は、拠点組み立て時のコスト面での問題だ。物資を含めた移動コストが掛かる。また、クルーの人数も少なく、滞在期間も宇宙ステーションのように長くはできない。そのため、クルーに代わって、ボルト締めやコネクタ結合など精細な作業ができるロボットが必要になる【写真29】。

 さらにロボティクスだけではく、有人活動による相互補完もしなければならない。佐藤氏は、その際の問題点として宇宙服を例に挙げて説明した。「宇宙服は0.3~0.4気圧で運用される。潜水病を予防するため、何時間も血液中の窒素を抜かなければない。また、服が与圧され膨張し、作業時に筋力も消耗する。重量自体も120kgと重い。オペレーションについても情報表示がなく、音声のみに頼っている」という。そこでJAXAでは、次世代宇宙服のコンセプトを考案中だ【写真30】。このうち、ロボットに特に関連のある要素技術には、ユビキタスディスプレイやパワーアシスト、電源などがある。

 有人探査ではローバに乗って探査を行なうことになる。宇宙服を着て数十kmの周辺を探査するのであれば、曝露ローバが要る。さらに、数百kmもの横断探査となれば、何日も船内でキャンピングしながら移動できる与圧ローバが必要だ【写真31】。このほか、船外活動で宇宙飛行士を支援するロボットでは、音声認識やジェスチャ認識ができる技術が最も求められているという。


【写真27】月面環境と低軌道宇宙空間との違い、その1。船体をドッキングできないため、拠点から離れた場所で着陸し、物資を運ぶ移動用搬送車が要る 【写真28】月面環境と低軌道宇宙空間との違い、その2。月面に堆積するレゴリスの影響を受けない構造が必要になる 【写真29】月面環境と低軌道宇宙空間との違い、その2。拠点組み立て時のコスト面での問題。クルーの人数も少ないため、精細な作業ができるロボットが必要になる

【写真30】JAXAで考案中の次世代宇宙服のコンセプト。ユビキタスディスプレイやパワーアシストなどロボティクス技術が用いられる 【写真31】有人探査ではローバに乗って探査を行なう。数100kmもの横断探査をする場合は、キャンピングしながら移動できる与圧ローバが必要

日本のFF技術は世界最高峰のレベル

【写真32】JAXA総合技術研究本部の河野功氏(誘導・制御技術グループ 主任開発員)
 後半のセッションでは、FF(フォーメーションフライト)技術や宇宙エネルギー利用システムなど、従来のフォーラムとは毛色の変わった講演が行なわれた。自律的な制御という意味では、たとえロボットの形をしていなくても、ロボット技術にカテゴライズされるという考え方だ。

 まず、JAXA総合技術研究本部の河野功氏によって、「FF技術――新しい衛星の利用形態」をテーマとした話題が紹介された【写真32】。

 FF技術とは、複数の宇宙機が一定の形態を保って飛行する技術のこと【写真33】。衛星サイズという物理的な制約を打破できる技術として注目されている。これにより、焦点距離の長い大型望遠鏡など、さまざまな応用ミッションを実現できるという。たとえば、X線天文衛星「すざく」は4.5mの長さだが、次の「NeXT」では高性能化を図るために焦点距離を12mに伸ばす計画がある。さらに次の「XEUS計画」では35mもの長さになるため、構造を一体化することができない。そのため、検出器衛星とミラー衛星によって、FF技術で一定の距離を保ちながらフライトする手法が考案されている【写真34】。

 これ以外にも太陽系外地球型惑星の直接観測、干渉縞から地表面変動を検出するSAR干渉計にもFF技術が必須となっている【写真35】。また、JAXAでは静止地球観測の構想を進めている。これは、分割された複数の鏡を静止軌道上に置いて、鏡の焦点面にFF技術を適用することで、地球を観測するもの【写真36】。ここでもFF技術が用いられる。ESAとNASAの共同プロジェクトの「LISA」でも、宇宙での重力波を検出する際に、干渉計を構成するためにFF技術が利用されるという。


【写真33】FF技術によってX線望遠鏡を実現するもの(想像図) 【写真34】複数の宇宙機が一定の形態を保って飛行するFF技術。衛星サイズを打破できる画期的な手法

【写真35】X線望遠鏡、赤外線干渉計、SAR干渉計、静止地球観測など、さまざまなミッションに応用が利く 【写真36】JAXAで進める静止地球観測の構想。直径6~30mの分割鏡を組み立てる。ここでもFFの技術が適用されるという

 一方、このFF技術は相対制御の観点からランデブドッキング(RVD)にも適用できる。軌道上サービスや、大型建造物の組み立て、月面探査での試料回収時など、いろいろな局面で必要となるものだ【写真37】。ロボットでの適用シーンとして、目的地に物を運ぶ技術としても利用できる。

 JAXAでは、すでに技術試験衛星VII型の「きく7号」(ETS-VII)を1997年に打ち上げ、翌1998年には自動操縦により分離や接近・ドッキングを行なう自動ランデブドッキング実験に成功している。きく7号は「おりひめ・ひこぼし」という愛称で親しまれており、ご存知の方も多いだろう。これは、チェイサ衛星(ひこぼし)とターゲット衛星(おりひめ)の2機の衛星から構成される、世界初の軌道上合体ロボット衛星だ【写真38】【動画5】。

 特徴は世界最高精度の自動ランデブードッキングを実現している点や、安全性の高い2段階フェイルセーフ機構、1cm/secという低速で接近して合体する低衝撃ドッキング機構(1mG)など多数ある。

 特にドッキング精度面では、ロール、ピッチ、ヨー角を正確に制御する技術が求められる。海外では、2005年にNASAが自動RVD実験を試みたが失敗に終わり、この5月には米国防総省も「Orbital Express」という実験を行なった。このときの精度は9×10cmで、「きく7号」(ETS-VII)の5×8.6cm(1998年当時)の精度に及ばない【写真39】。

 とはいえ、前述のXEUSなどのFFミッションでは、現在のレベルよりも、さらに1桁から2桁ほど精度を高める必要があるという。「そこでJAXAでは、きく7号(ETS-VII)で培った技術を高精度化、かつ長距離化できるFF技術を開発しようとしている」(河野氏)。

 きく7号(ETS-VII)では、距離に応じて3種類のセンサを使い分けている。10km~600m以遠の相対接近フェーズではGPS相対航法センサ、600~2mまでの最終接近フェーズではランデブレーダ(3自由度レーザーレーダ)、10~0.3mまでのドッキングフェーズでは近傍センサ(6自由度の画像センサ)を利用している【写真40】【写真41】【写真42】。

 河野氏は、「JAXAの研究計画では、現時点で1~5cm(@1m)のETS-VIIのドッキング精度を、5年後には20mの距離で5cmの精度、さらに10年後には35mの距離で1cmまで精度を高めることで、XEUSに必要なFF制御精度を実現したい。現在、高精度のキーとなる航法センサの改良を中心に研究を進めている」とし、今後の開発目標を掲げて講演を終えた【写真43】。


【写真37】FF技術は相対制御の観点からランデブドッキング(RVD)にも適用できる。FF技術で得られるRVDの利用範囲も幅広い 【写真38】世界初の軌道上合体ロボット衛星「きく7号」(ETS-VII)。「おりひめ・ひこぼし」という愛称で親しまれている 【動画5】「きく7号」(ETS-VII)、おりひめ・ひこぼしの自動ランデブドッキング実験の模様。世界最高レベルの精度を維持している

【写真39】「きく7号」(ETS-VII)の自動RVD技術は世界最高峰。この分野は日本がリードしているという 【写真40】「きく7号」(ETS-VII)に搭載されたGPS相対航法センサ。600m以遠の相対接近フェーズで用いられる 【写真41】「きく7号」(ETS-VII)に搭載されたランデブ・レーダ(3自由度レーザーレーダ)。600~2mまでの最終接近フェーズで用いられる

【写真42】「きく7号」(ETS-VII)に搭載された近傍センサ(6自由度の画像センサ)。10~0.3mまでのドッキングフェーズで用いられる 【写真43】最終的にETS-VIIのドッキング精度を1、2桁ほど向上し、XEUSに必要なFF制御精度を実現することが目標だ

原発1基ぶんのエネルギーを36,000kmの高度から地上に送る!

【写真44】JAXA総合技術研究本部の藤田辰人氏(高度ミッション研究センター 主任開発員)
 今回の宇宙ロボットフォーラムで特に出色だったのが、JAXA総合技術研究本部の藤田辰人氏【写真44】が紹介した「宇宙エネルギー利用システム計画とその地上実証実験構想」だった。

 宇宙エネルギー利用システム計画(SSPS:Space Solar Power System)とは、宇宙空間で得られる太陽光を、高度36,000kmの静止軌道上から収集し、それをマイクロ波やレーザー光に変換して、地上へ送り届けるエネルギー供給施設だ【写真45】。これにより、原子力発電所1基ぶんに相当する100万kW級のエネルギーを得られるという。

 他のエネルギー源と比べ、運用時の二酸化炭素の排出がない、また天候依存性も地政学的な影響もなく、エネルギーを安定供給できるというメリットがある。「地上に比べて、単位面積当たりに利用できる年間エネルギー量は5~10倍にもなる」と藤田氏。とはいえ、実現に向けてまだ課題も多くあり、長期の研究が必要な段階だ。

 SSPSの方式には、マイクロ波による「M-SSPS」と、レーザーによる「L-SSPS」がある。前者は商用電力網へ接続し、家庭に電力を送ることを目指している。M-SSPSの仕組みは、太陽光を太陽電池パネルで電気に換えて、それをマイクロ波に変換し、送電アンテナから地上に送る。さらに「レクテナ」と呼ばれる受信アンテナで受けて、再びマイクロ波から電気に変換し、商用電力網に接続して利用するというものだ【写真46】。

 一方、L-SSPS方式では、水素やメタノールを製造することを考えている。仕組みは、太陽光を集光システムで集め、それを直接レーザーとして発振させて(電気に変換しない)、地上側の設備で効率よく電力に変換して電池として蓄える、あるいは水の電気分解などに利用するというもの【写真47】。


【写真45】高度36,000kmの静止軌道上で太陽光を収集し、マイクロ波やレーザー光に変換して、地上へ送り届けるSSPS。原子力発電所1基ぶんに相当する100万kW級のエネルギーを得られる 【写真46】マイクロ波をエネルギー伝送として利用するM-SSPS方式の仕組み。太陽光を太陽電池パネルで電気に換えてマイクロ波とし、地上に送る。受信アンテナでエネルギーを受け、再び電気に変換し、商用電力網に接続する 【写真47】レーザーをエネルギー伝送として利用するL-SSPS方式の仕組み。太陽光を集光システムで集め、それを直接レーザーとして発振させて、地上側の設備で効率よく電力に変換する

 もともと、SSPSの基になる宇宙太陽光発電衛星(SPS:Solar Power Satellite)の概念は、いまから40年ほど前の1968年に米国で提唱されたという。1970年代になって、DOE(エネルギー省)とNASAが共同研究を開始し、その後リファレンスモデルが発表された。

 ところが'80年代になると、レーガン政権の財政緊縮方針などにより、SPSの研究は休止。そして1995年から再び研究が再開され、2002年には有人宇宙探査計画の中で、月や惑星へのエネルギー伝送やレーザー推進などの技術として応用が模索され始めた【写真48】。

 しかし、現時点ではブッシュ政権の政策を反映し、探査機の推進力や月面でのエネルギー供給には原子力発電を用いる方向になり、SSPSに関する実質的な研究はストップ。現状ではヨーロッパや日本で研究がなされている。

 JAXAでのSSPS研究では、段階的に出力を大きくするシステムづくりを目指し、実証シナリオを練っているところだ【写真49】。あくまでメイン技術はエネルギー伝送だが、それ以外にも宇宙ステーションを利用して、ロボットによる自動組み立て技術の確認をしたり、月面探査でのエネルギー供給に利用したりと、いくつかの研究が並行して進められる予定だという。

 藤田氏は、JAXAで検討している具体的なSSPSのモデル(2004/2005年M-SSPS基準モデル)について紹介した。マイクロ波方式で100万kW級のエネルギーを伝送するためには、ミラー、発電部、送電部ともに2km近い巨大な設備にする必要があり、総重量も10,000tになる。

 また、反射ミラーは発電/送電部と独立させ、前述のセッションのように、ここでもFF技術が用いられる【写真50】。マイクロ波を受ける地上システムのレクテナも同様に、約2kmと巨大だ。これは、お台場地区がすっぽりと入るぐらいの大きさになるため、海上などに置けるか、設置場所の選択も重要な要素となる。


【写真48】NASAによるSSPSのコンセプト。現時点で実質的な研究はストップしているという 【写真49】JAXA SSPSの技術開発ロードマップ。最終的に2030年以降には100万kWまでの電力を得たい考えだが、段階的な実験を進めていくという 【写真50】JAXAで検討している2004/2005年M-SSPS基準モデル。100万kW級のエネルギーを伝送するために、ミラー、発電部、送電部ともに2km近い巨大な設備になる。総重量も10,000tだ

 また、マイクロ波の周波数も5.8GHzを想定しているが、法律上の問題や、他の通信と干渉しない周波数の選定など検討課題も多い。これらが実現可能かどうかも含めて、現在検討を進めているところだ。

 一方、レーザー方式によるL-SSPS基準モデルも検討中だ。こちらは、反射鏡、ラジエータ、レーザーモジュールなどで構成され、いずれも100mぐらいの大きさになる。太陽光で直接励起する固体レーザーの波長は1.06μm。いかに効率良く光をレーザーに変換して、実用レベルまで引き上げるか研究中だという【写真51】。

 実際に、これらを組み立てるためには、宇宙に物資を搬送しなければならない。SSPSの総重量は10,000tと想定されているが、1年をかけて1基をつくるシナリオを考えているという【写真52】。

 物資の搬送は2段階で実施される。まず再使用型宇宙往還機(RLV)によって、地上から低軌道上にSSPS資材を運ぶ。RLVのペイロードは約50tなので、307回のピストン輸送が必要になる(推進剤や保全機材の重量も含む)。

 次に低軌道から静止軌道までは、再使用型軌道間輸送機(OTV)によって、1回に33tのSSPS資材を送る計画だ。まだ2030年と先の話になるが、100万kW級のSSPSが完成した際には、発電コストを1kwh当たり8円までに抑えたいという。最も大きな課題は、輸送系のコストで現時点では1回あたり8.5億円ほど掛かる。これを1,700万円ほど、つまり50分の1まで下げる必要がある。打ち上げ回数を多くすることでコストを下げたい意向だ。

 SSPSを実現するためのクリティカルな技術には、もちろんマイクロ波・レーザー方式ともに伝送技術が重要になるが、両者共通の要素技術として、前述の大型構造物の組み立て技術や、FF技術、集光技術、熱管理・制御技術なども必要だ。特に、大型構造物の組み立てには、ロボット技術が大きく貢献できるという。

 最後に、藤田氏は現在、宮城県の角田宇宙センターで進められているレーザー地上実験(エネルギー伝送地上基礎実験)の計画について触れた。この基礎実験は、送光距離500m、レーザー出力0.8kWで、受光エネルギーが0.1kWとなっている。今年度中旬にも実験が開始される予定だ【写真53】【写真54】。

 ロボットの実験についても、来年度以降の次期中期計画において、大型軽量反射鏡の組み立て実験を計画中だ【写真55】。一方、マイクロ波の送電実験も進められているそうだ【写真56】。この実験では、まず1~10MW級の電力送電技術を確立していくという。


【写真51】レーザー方式によるL-SSPS基準モデルも検討中。ミラー、発電部、送電部などで構成。こちらはM-SSPS方式よりも小さいが、知れでも100mぐらいはある 【写真52】JAXA SSPS組み立てにおける資材の輸送シナリオ。物資の搬送は2段階で実施される。まず地上から低軌道上にSSPS資材を運ぶ。次に低軌道から静止軌道までSSPS資材を運ぶ。1年で1基つくる場合に必要な資材関連の総重量は10,000t 【写真53】宮城県の角田宇宙センターで今年度中旬にも実験が開始されるレーザー地上実験(エネルギー伝送地上基礎実験)のスペック

【写真54】レーザー地上実験施設の完成イメージ。実験の準備が着々と進められているようだ 【写真55】大型軽量反射鏡の組み立て実験も計画中だ。こちらは反射鏡組み立て保全ロボットを利用して、鏡のモジュールを拡げていく 【写真56】マイクロ波送電実験の計画案。まず、1~10MW級の電力送電技術を確立していくという

「宇宙ことづくりフォーラム」の形成と、「IRTクラスター」との連携

【写真57】JAXA有人宇宙環境利用プログラムグループの佐野智氏(宇宙環境利用センター開発員)
 最後の講演は、JAXA有人宇宙環境利用プログラムグループの佐野智氏が登壇。「国際宇宙ステーションを利用したロボット関連研究の地域連携(ロボット技術クラスター)」について紹介した【写真57】。

 以前のレポートでお伝えしたとおり、経済産業省の中部経済局では、この6月よりロボット技術(IRT)に幅広い裾野を持つ東海地区の企業を集い、ロボット技術をテーマにした「IRTクラスター」を形成しようとしている。これは、「東海ものづくり創生協議会」が中心となって、IRTを有する企業、あるいは活用現場に関わる企業を連携させ、新しいビジネスを創出する人的な場づくりと情報交流を行うもの。

 IRTクラスターでは、ロボットを形状による分類ではなく、センサ、知能・制御系、駆動系という要素技術に分け、それらの技術を有する知能機械と定義。関連する企業などに参加を呼びかけているところだ【写真58】。

 一方、JAXAでは、国際宇宙ステーション日本実験棟(ISS/JEM)を利用した宇宙実験の成果から、産業界への貢献を目指して「宇宙ことづくりフォーラム」の形成を推進している。社会的なニーズとロボット技術のシーズをうまく組み合わせ、イノベーションを創出することが目的だ。「IRTクラスターと宇宙ことづくりフォーラムが連携し、その接点となる分野において、新しいイノベーションを創出できる場づくりを整備したい」と佐野氏は説明する【写真59】。

 以前から日本実験棟JEMの応用利用分野でJAXAが取り組んできたことは、宇宙の無重力環境下を利用し、相互作用の比較的弱い自己組織化から新構造を形成するという研究だ。たとえば、タンパク質の結晶生成、超撥水製品といった新材料、強い構造体をつくる「ナノスケルトン」などの研究が進められている【写真60】。

 とはいえ、これら以外にも、まだ思いつかないような新しい発想も数多くあるだろう。JAXAでは、JEMを利用して、「ことづくり」の発想を「ものづくり」として形のあるものに結び付けたい意向だ【写真61】。


【写真58】IRTクラスターでは、ロボットの定義。形状による分類ではなく、センサ、知能・制御系、駆動系という要素技術に分け、それらの技術を有する知能機械と定義。マーケットニーズにマッチする機能を発揮するために、要素技術を統合したものという観点で捉えている 【写真59】IRTクラスターと宇宙ことづくりフォーラムが連携。接点となる分野において、新しいイノベーションを創出できるように「場づくり」を整備する

【写真60】日本実験棟JEMを利用したものづくり。タンパク質の結晶生成、超撥水製品などの新材料、強い構造体をつくる「ナノスケルトン」などの研究が進められている 【写真61】JEMを利用して、「ことづくり」の発想を「ものづくり」として形のあるものに結び付けることで、産業技術の発展に貢献

 今後、宇宙ことづくりフォーラムでは、宇宙関連に関係のない人文・社会学経験者や技術者、ビジネス・企画経営者なども巻き込んで、さまざまな議論をしていく方針だ。その上で、フォーラムの中で研究会を編成し、新しいJEMミッションの検討から、具体的なロードマップ、実体制の設定、ビジネスモデルの確立までを推進していく。最終的にはJEMミッションとして宇宙実験を行ない、社会的かつ経済的な価値のある成果をあげていくことがゴールとなる【写真62】。

 そして、まず最初に同フォーラムが想定している領域が、IRTクラスターとの連携によるロボット分野のテーマだ。コンセプト検討にあたって考えていることの1つに、「からくり」に見られる日本独自の文化に根ざした感性の活用があるという。「バネやゼンマイ、ネジだけで動くからくり技術が、最近では生産ラインでも利用されるようになってきた。JEMを利用して、最大エネルギー効率で動く、新しいからくり技術ができるのではないか」と佐野氏は提案する【写真63】。

 これ以外にも、福祉分野で介護で利用できる全自動排泄処理機能を備えたロボティクス電動ベッドや、リモコンで移動するトイレなども考えられている。「実際に宇宙ステーションで使われているトイレの技術は、地上マーケットへスピンインする可能性もあると考えている」(佐野氏)【写真64】。宇宙ことづくりフォーラムは、今月を目処に最終的な構想を取りまとめ、スタートしていきたいという。


【写真62】宇宙ことづくりフォーラムの形成。宇宙関連に関係のない有識者なども巻き込んで、新しい文化や産業を議論。フォーラムでは研究会を編成し、JEMミッションの検討から施策までを検討 【写真63】コンセプト検討での例。地上技術から発展した宇宙技術が、逆に地上の製品に対しても応用が利くケースも 【写真64】スペースシャトルやISSなどで利用されるトイレの事例

【写真65】JAXA宇宙ロボット推進チーム、事務局長の小田光茂氏
 講演終了後、JAXA宇宙ロボット推進チーム事務局長の小田光茂氏が今後のスケジュールについてアナウンスした【写真65】。「このフォーラムを通じて、JAXAが描く今後の宇宙活動のビジョンや、その実現に向けた技術について、ある程度理解してもらえたと思う。今後は意見や提案をうかがうために、たとえば分野ごとに少人数の分科会形式で議論する、あるいはJAXAに直接意見交換ができる場を設けるなど、いままでとは違う形での運営を考えている」とし、2回にわたる宇宙ロボットフォーラムの締めくくった。


URL
  JAXA
  http://www.jaxa.jp/
  宇宙ロボットフォーラム
  http://robotics.jaxa.jp/

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~第一回宇宙ロボットフォーラムが開催(2007/05/30)



( 井上猛雄 )
2007/07/09 00:09

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