● 宇宙産業を活性化させる場としてのフォーラム
5月28日、東京・江東区の日本科学未来館において、「第一回宇宙ロボットフォーラム」が開催された。このロボットフォーラムは、3月に開かれたロボットシンポジウムにおいて旗揚げされ、今回のイベントが実質上初めてのものとなる。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が検討している今後の月探査分野、有人宇宙活動分野の計画、構想の概要、その計画を実現する上で必要なロボット技術について紹介がなされた。
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【写真1】JAXA宇宙ロボット推進チーム事務局長兼JAXA総合技術研究本部宇宙先端技術研究グループ技術領域リーダの小田光茂氏
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まず、JAXA宇宙ロボット推進チーム事務局長の小田光茂氏が登壇し、宇宙ロボットフォーラムの進め方について説明した【写真1】。このフォーラムは、宇宙開発利用に必要な宇宙ロボットの研究開発をJAXAと共同で行なっていく人・企業や、技術そのものを発掘していく場である。JAXA側で今後の宇宙開発利用のミッションを提示し、それに対して可能性のある技術などを提案してもらうことを目的にしている。
2回目までのフォーラムでロボット技術例示と提案要請を行ない、3回目と4回目のフォーラムでは、分科会あるいは個別ミーティング形式での会合を検討しているという。小田氏は「本フォーラムは、RFI(Request For Information)やRFP(Request For Proposal)の側面を持っており、単なる講演会ではない」と述べ、参加者に積極的な提案を呼びかけた。
具体的に必要とされる技術としては、月探査、有人宇宙活動、惑星探査、衛星などの分野で利用できるものだ【写真2】。たとえば月探査分野では、レゴリスで覆われた月面(微粉末環境)で動作できるメカトロ機器、月面の夜間での極低温に耐えられる電子機器・メカトロ機器、月面拠点建設のための土木建設作業技術などがある。
また、有人宇宙活動分野では、宇宙飛行士と共働できる安全な技術が必要となる。惑星探査分野では、遠方の天体まで航行しなければならない。探査機全体の質量の制約から、軽量で小さなロボットが重要だ。一方、衛星関連では超大型衛星の組み立て・修理が可能な技術が要求される。
このような技術は一見すると大変難しいものに思えるが、「高信頼な自動車のサーボ技術など、地上で利用されている技術を視点を変えて改良したり、モデファイすれば使えるものもある」(小田氏)とし、その一例として、国際宇宙ステーション日本実験棟(きぼう)船外プラットフォーム利用実験課題の候補として挙がっているロボットを紹介した【写真3】。これは長く伸張する腕/脚とテザー式の腕を備え、宇宙空間内を自由に移動できるものだ。
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【写真2】新たに必要とされる宇宙ロボット技術の開発分野。月探査、有人宇宙活動、惑星探査、衛星などの分野がある
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【写真3】「きぼう」の船外プラットフォーム利用実験課題の候補として挙がっているロボットの事例。伸張する腕/脚とテザー式の腕を備える
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また小田氏は、最近冷え込んでいる宇宙研究開発の活動を盛り上げるために、「宇宙用人工知能/ロボット/オートメーションの国際シンポジウム」(i-SAIRAS)や、「編隊飛行衛星ミッションと技術に関する第3回国際シンポジウム」の開催についてもアナウンスした。これらの情報はJAXAの宇宙ロボットフォーラムのWebサイトでも紹介されている。
● 活発化する月面探査、国内外の最新動向とは?
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【写真4】JAXA宇宙科学研究本部固体惑星科学研究系教授/月惑星探査推進グループ研究開発室併任の加藤學氏
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次に、JAXA宇宙科学研究本部の加藤學氏が、「最近の国内外における月探査の動向」について解説した【写真4】。
まず国内の状況だが、いよいよ今夏に月周回衛星「SELENE」がH-IIAロケットによって打ち上げられる。JAXAでは、この4月から月惑星探査グループが設立され、そこで月面探査に関する応用研究を進めていく方針だ。
SELENEは、主衛星と2機の子衛星(リレー衛星、VLBI電波源衛星)から構成されている。総重量3,020kgで、15個のサイエンス機器を搭載し、ミッション期間は1年間、軌道は月の極を回り、月の全球観測を実施する【写真5】。
「具体的に月の表面がどのようになっているのか、元素・鉱物、3次元地形、重力・磁場などを徹底的に調べることがミッション」(加藤氏)であり、なおかつ月軌道投入、軌道維持、380,000kmからの遠距離通信など、将来の月探査を支える技術開発を推進する。このほか、月からのハイビジョンテレビ映像を放映するといったことも計画されているという。
加藤氏は、月科学探査を過去から振り返り、「SELENEは、これまでの月科学を包括する全球的な調査項目を実施する」と述べた【写真6】。この調査を終えた後、次に特徴的な地質拠点を調べ、月の内部構造や月の起源・進化などを究明していく方針だ。また、科学的な側面だけでなく、月利用可能性の調査も実施する。たとえば、調査対象として、レゴリスの粒度・成分測定、水氷の存在状態の調査、地盤特性、ダスト・温度・放射線などの環境測定なども含まれている。
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【写真5】月周回衛星「SELENE」の概要とミッション。主衛星と2機の子衛星(リレー衛星、VLBI電波源衛星)から構成され、軌道は月極を回り、月の全球観測を実施
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【写真6】月科学探査の変遷。SELENEは、これまでの月科学を包括する全球的な調査項目を実施する
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今後の予定としては、SELENE-2において、オービタランダとローバを組み合わせ、さらにオプションとしてペネトレータを持っていけるかどうか検討中だという。2015年以降にはSELENE-3において月からのサンプルを持ち帰り、その後、国際協力によって有人飛行への道筋をつけたい考えだ。
一方、国外の月惑星探査の動向だが、年内にはSLENEに加え、中国の「CE-1」(Chang'e)が、さらに来年4月にはインドの「Chandrayan-1」が打ち上げられ、月探査の先陣争いをする状況である【写真7】。Chandrayan-1は、サイエンス機器の搭載重量が50kgぐらいで、その半分がインパクターになっている【写真8】。「残りの許容重量25kgのうち、10kgを米国とヨーロッパに提供する。これがインド外交だ」(加藤氏)という。中国は、今年中に高度200kmでの高い月周回衛星を打ち上げる予定だが、今後2年おきに月探査をする予定もあるそうだ。
またヨーロッパでも、この1年間にドイツ、イギリスが名乗りを上げている。ESA(The European Space Agency)では、すでに2003年からオーロラプログラムを開始。こちらは主に火星探査を対象にしているが、月面へ人を送り込むミッションも計画されている。とはいえ、まだ細かい部分は見えていないという【写真9】【写真10】【写真11】。このほかに、ロシアでもLAVOCHKIN ASSOCIATIONによる月周回構想がある。
米国ではブッシュ構想に基づく「Global Exploration Strategy」が進められている。NASA探査局の「LPRA」(Luna Precursor Robotic Program)【写真12】では、来年10月に「LRO」(Lunar Reconnaissance Orbiter)と呼ばれる軌道船を打ち上げ、低高度で表面を調査する【写真13】。その際にインパクターによって、地表などを調べるという。
次にランディングによって月面を調査するプログラムも控えている。このほかCEVを開発、さらに2018年ぐらいには人間を月に再び送り込み、月面基地を構築する方向だ【写真14】。南極の全日照あるいは70%以上陽が当たる場所に国際的な月面基地をつくる構想がある。
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【写真7】各国の月面探査の動向。米国、日本、ヨーロッパ、中国、インド、ロシアなど、さまざまな計画が予定されている
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【写真8】インドの「Chandrayan-1」。現時点で出ている情報はこの図のみ。サイエンス機器の半分を米国とヨーロッパに提供するインド外交のうまさが見え隠れする。2012年には、Chandrayan-2で月面にソフトランディングしようという構想もあるそうだ
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【写真9】ESA(The European Space Agency)のオーロラプログラム。主に火星探査を対象にしているが、2024年には月面へ人を送り込むミッションも計画されている
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【写真10】イギリスが描いているペネトレータのミッション「MoonLITE」。100kgぐらいの機器を搭載できるというが、まだ構想段階らしい
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【写真11】University College LondonのMullard Space Science Laboratoryで進めているペネトレータのコンセプト。直径60mmと細長い
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【写真12】NASAで進められている「LPRA」(Luna Precursor Robotic Program)。来年10月に「LRO」が打ち上げられ、CEVを開発、さらに2018年には人間を月に送り込み、月面基地を構築する方向
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【写真13】NASAで打ち上げる軌道船「LRO」(Lunar Reconnaissance Orbiter)。低高度で表面を調査する
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【写真14】月面基地の構築アプローチ。南極の全日照あるいは70%以上陽が当たる場所に国際的な月面基地をつくる構想があるという
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● 不整地を走破する! 月探査用ロボットに要求される技術
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【写真15】JAXA月惑星探査推進グループ研究開発室研究領域リーダ/総合技術研究本部宇宙先進技術研究グループ併任の西田信一郎氏
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JAXA月惑星探査推進グループ研究開発室の西田信一郎氏は、月探査用ロボットに要求される技術について紹介した【写真15】。
西田氏が研究開発を進めているのは、SELNEに続く月面探査ローバ「SELENE-X」である。月面活動は極地の永久日向地帯が予定されているが、この環境は山岳地帯で起伏が多く、平均斜度が15度ぐらいだと言われている。太陽光は水平方向から射し、たとえ穏やかな起伏でも広い陰が生じる。そのため高いピーク以外ではほどんど陽が射さないと考えられる。また、地球への可視性も地形の起伏などにより妨げられる環境だ。
このような状況で必要となるロボット技術は、山岳地帯でレゴリスが覆われている場所での「表面移動技術」、極地での低温やレゴリス防塵といった「耐環境性」(エネルギーの供給も含む)、物体認識とマッピングなど、ロボットが作業するための「作業技術」、そしてロボットの走行と作業をコントロールする「操作制御」の4つに大別される【写真16】。
過去に開発された各国のローバや月探査ロボットを振り返ると、砂地にはまり込みスタックするという現象が見られ、走行面では完全なものではなかった【写真17】。そこで次期開発のSELENE-Xでは、重量を50~80kgぐらいに抑えつつ、高い走行性能を目指している。さらにロボットアームを備え、さまざまな操作を実現したいという。
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【写真16】月探査用ロボットに要求される技術。劣悪な環境化で求められる技術として、「表面移動技術」「耐環境性」(エネルギーの供給も含む)「作業技術」「操作制御」の4つがある
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【写真17】世界のローバの動向と次期月探査ロボットの比較。過去に開発されたものは、砂地にはまり込みスタックするという現象が見られ、走行面では完全ではなかった
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さて、レゴリスのある不整地で走行するために必要なポイントとはどのようなものだろうか? 西田氏は、低い接地圧、地盤の締め固め、適切な接地面の形状(アスペクト比)とラグをポイントに挙げて説明した。このような条件を満たすものとして「低圧走行系」を検討しており、SELENE-Xでは低圧な弾性車輪とクローラ(キャタピラ)機構を組み合わせた機構を備えている【写真18】。
クローラ機構は土木・建設ロボットならば鉄製のものが、レスキューロボットや原子炉メンテナンスロボットなどではゴム製のものが利用されている。「宇宙環境では適切なゴム製のクローラがないため、金属製で軽量な“ライトクローラ”を開発している」(西田氏)という【写真19】。これにより、斜度25度ぐらいの登坂まで走行できることを確認している【写真20】【動画1】。
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【写真18】SELENE-Xのロボット技術。不整地で走行するために「低圧走行系」を検討。低圧な弾性車輪とクローラ(キャタピラ)機構を組み合わせた機構を備えている
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【写真19】金属製で軽量な“ライトクローラ”を採用し、斜度25度ぐらいまでの登坂を走行できる
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【写真20】車輪の登坂試験の模様。剛体車輪で坂を上ろうとすると砂にめり込んでしまう
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【動画1】車輪の登坂試験の模様。クローラでは坂に沿って地表面に吸い付くように登っていくことが可能だ
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次に操作性能面では、月面上では自己位置を同定する必要がある。砂地とはいえ滑りがあるため、走行系のアクチュエータの(エンコーダによる)回転情報だけでは誤差が生じて心もとない。そのため、まず方向検知については、ジャイロを搭載しながら、さらに「スタートラッカー」によってキャリブレーションする。
一方、位置については、「レーザレンジファインダ」「ステレオ画像センサ」あるいは「スペックル移動計測センサ」などを用いて、地面に対する滑りを計測しながら、積分値を計算して移動する。
現時点で考えているローバ操作・制御系の役割分担は、通信容量などを考慮し、ローバ側で障害物や走行増分の算出を行ない、ランダ側でローバの方向や広域画像を撮像する。その一方で、地上系で詳細な地形マップを生成し、ローバの位置を算出したり、最適な経路を自動生成して、操作者が経路を選択する、という形を取る方向で検討中だという【写真21】。
また、耐環境性の電力供給に関して、前述のように月面極地方が永久日向地帯であっても、至るところに日陰があり、温度も低温になっている。そのためローバの電源と熱制御での課題がある。
通常の人工衛星であれば太陽電池のみで電力をまかなえるが、月面では太陽電池だけでは対応できない。特に大きな地形の陰では何週間も日が当たらない。アポロ月面車(LRV)では燃料電池、ルノホートではラジオアイソトープを用いた熱源でエネルギーを得ていた。SELENE-Xでは、いまのところ効率面などでまだ良いものが見つからないそうだ。そこで、まず月面に降りたあと、ランダ側からケーブル経由で電力を供給し、その後に日向を走る形で太陽電池から供給する予定だ【写真22】。
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【写真21】ローバ操作・制御系の役割分担。ローバ側で障害物や走行増分の算出を行ない、ランダ側ではローバの方向などを求める。地上系で詳細な地形マップを生成し、ローバの位置を算出と最適な経路を自動生成して、操作者が経路を選択する
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【写真22】耐環境性における電力・制御の問題。電源供給にはいくつかの方法があるが、現時点では月面に降りたあと、ランダ側からケーブル経由で電力を供給し、日向を走る形で太陽電池から供給する予定だという
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次に西田氏は、月面ロボットの技術課題を挙げた。月面拠点構築においては、整地・道路造成・道標設置、電源・低周波電波アンテナのケーブル敷設作業や、現地で資源を有効活用する施設(ISRU)の構築などがあり、有人滞在施設の構築も必要となる。これ以外に「月面上の未踏地においてもGPSなどを利用した位置計測によって自動探査できるようにしたり、情報伝送システムの整備により月面状況を地上でより容易に判断できることも重要だ」と説いた。
まとめとして、西田氏は今後の課題となる月面ロボット技術のロードマップを示した。現時点の調査フェーズから、将来的な月面拠点構築フェーズと有人利用フェーズに移行する際の課題について触れ、「月面拠点構築フェーズでは長距離・高負荷の走行、自動/自律制御、前述の整地・敷設や夜間エネルギーの問題がある。また有人利用フェーズについては、安全性、人間との協調制御や有人インターフェイスなどの課題がある」と述べた【写真23】。最後に月面探査ローバ「SELENE-X」の活動イメージをアニメーションで示して、講演を終えた【動画2】。
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【写真23】月面ロボット技術のロードマップ。表面移動・操作制御・作業技術・耐環境の技術分野では、拠点構築フェーズや有人利用フェーズに移行した際に解決すべき課題がある
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【動画2】最初にローバが月面を動くときは、まずランダ側から有線で電力を得て、チェックアウトする。次にローバ上の太陽電池を展開する。そして搭載されている広角/ステレオカメラを広げる
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● 国際宇宙ステーション日本実験棟に用いられるロボットアームの詳細
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【写真24】JAXA有人宇宙環境利用プログラムグループJEM開発プロジェクトチーム主任開発員の上野浩史氏
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JAXA有人宇宙環境利用プログラムグループの上野浩史氏は、「国際宇宙ステーション日本実験棟の組み立てとロボティクス」をテーマに解説した。日本実験棟「きぼう」は、国際宇宙ステーション(ISS)に取り付けられるモジュールの1つで、宇宙で長期間の実験ができる日本初の有人施設となるもの。2008年から3回に分けてスペースシャトルによってISSにモジュールが運ばれ、これらが組み立てられる。
まず一回目のフライト(1J/A)において、船内保管庫(PS:Pressurized Suppluy Module)が運ばれ、2回目のフライト(1J)では、船内実験室(PM:Pressurized Module)とロボットアーム(JEMRMS)が搬送される。3回目のフライト(2J/A)で船外プラットフォーム(EF:Exposed Facility)と船外パレット(ES:Exposed Pallet)が打ち上げられる。それぞれのフライトには、土井・星出・若田宇宙飛行士(若田氏は前のフライトで先に上がり、長期滞在に向け備える)が搭乗する予定になっている【写真25】。
さて、きぼうやISSに使用されるロボットアームだが全部で5種類あり、その中でメインに使われるのが組み立て用ロボットアーム(SSRMS)だ。全長17mもある大型のアームだという。さらにISSのメンテナンスをするためにDEXTRA(SPDM)と呼ばれる双腕7自由度のロボットアームがある。これはバッテリなどを交換するためのもの。3つ目は、スペースシャトルのロボットアーム(SRMS)で、これも組み立てに使われる(現在はシャトルのタイル壁面を検査するOBSSが付いている)。さらに、きぼう側のロボットアームは全長10mの親アーム(JEMRMS)と2mの子アーム(SFA)で構成される。これを利用して実験装置の取り付けなどが行なわれる【写真26】【写真27】。
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【写真25】きぼう日本実験棟の打ち上げスケジュール。2008年から3回に分け、シャトルのよって部材が運ばれる。それぞれ土井・星出・若田宇宙飛行士が作業などを担当する
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【写真26】きぼうの組み立てに用いられるロボットアーム。全部で5種類あるが、きぼう側のロボットアームは2種類だ
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【写真27】きぼう側のロボットアーム。全長10mの親アーム(JEMRMS)と、2mの子アーム(SFA)で構成される。いずれも6自由度(関節)
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上野氏は、きぼうの建設に関して、ロボット関連のタスクをシナリオに沿って紹介した【写真28】。SRMSによるPS(船内保管庫)のNode2(モジュールを取り付けるノード)天頂部取り付けから、JEMRMSによるEFへのペイロード移設まで、ここ数年間に大変多くのタスクが予定されている。
1J/Aのフライトでは、PSに双腕7自由度のロボットアームDEXTRAが搭載される。ロボットシーケンスは、スペースシャトルがISSにドッキングした後で、OBSSのクリアランスを確保し、シャトルのロボットアームSRMSによって船内保管庫(PS)を取り外して、前述のNode2天頂部に一時的に移設する形だ【写真29】【写真30】。
ロボットアーム作業で特徴的な点は、大型な重量物(PMの重量は約16t)を移設・ハンドリングし、並進・回転方向に動かすことだという。このような中で注意すべきことは周辺装置とのクリアランスを確保して当たらないようにすること。操作アームは2名のクルーで運用することが原則となっており、一人はロボットアームの操作、そしてもう一人は操作者の監視する役目になっている。SRMSでは窓からの視認だが、SSRMSでの作業の場合は周辺のカメラ映像を用いてクリアランスを確保する。さらにJEMRMSでは、カメラの確認に加えて、ソフトウェア的にバリアが設定されているので、絶対に干渉しないように設計されているそうだ。
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【写真28】ISSのロボティクスタスクフロー。上から時系列に計画されている。黄色い部分はISSの組み立てそのもののに関わるタスク。白い部分はJEMRMSに関わる部分で、ミッションを実現するための事前準備となるもの
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【写真29】1J/Aのフライト(1回目)におけるロボットの操作と作業その1。OBSSのクリアランスを確保し、シャトルのロボットアームSRMSによって船内保管庫(PS)を取り外す
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【写真30】1J/Aのフライトにおけるロボットの操作と作業その2。取り外したPSをNode2天頂部に一時的に移設する作業
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次に1Jのフライトでは、重たい船内実験室(PM)とロボットアーム(JEMRMS)が付いた状態で打ち上げられ、SSRMSによってPMを移設する。ここでPMを移設している間に全体が冷えてしまうという課題があり、SSRMS経由でヒータの電力を供給しながら移設作業を行なうことになる。そして1J/Aで取り付けたPSを、本来取り付けるべき場所に移し変え、JEMRMSを展開する作業が行なわれる【写真31】。
この際の組み立ての特徴は、きぼうのPSとPMを組み立てる際に、宇宙飛行士による船外活動(EVA:Extravehicular Activity)が不要という点だという。というのも、これらの結合には、ISSで共通の結合機構(CBM)を用いているためである【写真32】。
PSとPMの結合には、ある地点まで近づけると、結合の操作を自動的に開始してよいか判断する「RTL」(Ready To Latch)が働く。そして結合のシーケンスが始まり、ボルト締めを行なって完全結合するという流れだ。この際、RTLを開始させるには(インジケータがオンになる)、4組のアライメントガイドを使ってPSとPMをはめ込むことでトリガーとする【写真33】。
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【写真31】1Jのフライト(2回目)におけるロボットの操作と作業。SSRMSによってPMを移設。SSRMS経由でヒータの電力を供給しながら作業を行なう
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【写真32】ISSで共通の結合機構(CBM)の外観。これにより、PSとPMの結合作業を船内にて自動的に実施できる
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【写真33】CBMによる締結時の仕組み。結合には、ある地点まで近づけると、結合の操作を自動的に開始してよいか判断する「RTL」(Ready To Latch)が働く。4組のアライメントガイドを使ってPSとPMをはめ込むことでRTLのトリガーとする
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はめ込み作業時には、PSとPMいずれにもカメラとターゲットがあり、宇宙飛行士が船内から映像を見て、RollやWobbleの誤差角度を確認しながらミスアライメントのないように操作している。
前述のように、3回目のフライト2J/Aでは船外実験プラットフォーム(EF:Exposed Facility)と船外パレット(ES:Exposed Pallet)が打ち上げられる。実施されるロボットタスクは、これらを移設すること。シャトルとISSのドッキングの後に、SSRMSによって、EFをシャトルから引き抜き抜いて、PMに取り付ける。次にSRMS/SSRMSにて、ESを引き抜き、ESをEFへ取り付ける【写真34】【写真35】。その後にJEMRMSによってペイロードを移設するという流れである。
この際の船外プラットフォーム(EF)の結合は、PSとPMの結合で利用された結合機構(CBM)とは異なり、曝露部専用に取り付けられたEFBMを使うという【写真36】。これはJAXAが開発した機構で、結合時には船外活動を行なう必要があるため、船内にいる宇宙飛行士と協調して軌道上の組み立て作業をすることになる。
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【写真34】2J/Aのフライト(3回目)におけるロボットの操作と作業その1。SSRMSで船外実験プラットフォーム(EF)を移設する
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【写真35】2J/Aのフライトにおけるロボットの操作と作業その2。SRMS/SSRMSにて、ESを引き抜き、船外パレット(ES)をEFへ取り付ける
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【写真36】船外プラットフォーム(EF)の結合には曝露部専用に取り付けられたEFBMを使う。結合時には船外活動を行う必要があるため、船内にいる宇宙飛行士と協調して組み立て作業をする
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船内の宇宙飛行士がロボットアームの位置決めを行ない、船外の宇宙飛行士がペイロード(ここでは船外プラットフォーム)を誘導してRTLのエンベロープの中に入れる作業を行なう。そして、船内にいる宇宙飛行士が結合メカニズムを動かして、最終的なボルト締結をするという流れになる。ここでは、機械的な結合だけでなく、電力や流体のリソースラインも接続される。
これらの作業の特徴は、まず船外活動を実施する点だという。そのため時間の制約があり、また熱の制約もある。移動や、締結のための位置決めにも時間が掛かるが、これらの作業を6時間以内に完了しなければならないことから、万全な体制が取れるように準備しているという。
● 船外活動をサポートする有人宇宙活動支援ロボットを計画中
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【写真37】JAXA 総合技術研究本部宇宙先進技術研究グループ宇宙航空研究員の澤田弘崇氏
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将来的に、宇宙ロボットの分野では有人活動との協調がキーポイントとして重要視される。JAXA総合技術研究本部宇宙先進技術研究グループの澤田弘崇氏は、この分野の有人宇宙活動支援ロボットについての取り組みを紹介した【写真37】。
有人宇宙活動は、宇宙空間で危険にさらされる船外活動での作業がともなう。与圧部で宇宙飛行士が生活できる環境といえども特殊な空間だ。宇宙飛行士はロボットや実験装置の操作などのミッションを持つ。有人宇宙活動支援ロボティクスとは、このような宇宙飛行士との共有空間での作業だけでなく、地上設備やクルーを含む地上セグメントと一体化したシステムのもとで、互いに協調をとりながら活動を支援、あるいは代替するシステムと定義される(広義の意味ではロボットだけでなく、宇宙飛行士を支援する情報システムなども含まれる)【写真38】。
澤田氏は、海外で研究されている有人宇宙活動支援ロボットの実例を示した。NASAで開発されている人型上半身を備えた「Robonaut」や、宇宙船内で浮遊する「SPHERES」のほか、3本脚で把持しながら船外活動をする「Eurobot」などがあるという【写真39】。このようなロボットを支援活動に取り入れれることによって、宇宙飛行士の船外活動を支援して、作業の効率性や安全性に寄与できれば意味のあるものとなる。実際に宇宙飛行士の船外活動時間は6~7時間と決まっている。その前に宇宙服を着て、圧力を下げ、血中の窒素を抜くという作業など、もろもろの準備のために、10時間以上も時間を取られることもあるそうだ。船外活動の時間は大変貴重なものとなり、いかに宇宙飛行士をサポートできるかが、キーポイントだ。
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【写真38】有人宇宙活動支援ロボティクスとは、宇宙船内外の作業だけでなく、地上設備やクルーを含む地上セグメントと一体化したシステムのもとで協調をとりながら活動を支援、あるいは代替するシステムと定義される
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【写真39】宇宙活動支援ロボットの実例。人型をしたロボットから、宇宙飛行士に情報を提示するようなロボットまで、さまざまなものが開発されている
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JAXA宇宙ロボット推進チームは、ロボットに支援してほしい作業の要件を、船内と船外活動に分けて、宇宙飛行士にヒアリングした。その結果、船内活動であると便利なものとしては、作業手順のチェックから自動物品管理、定期操作などルーチンワークの代替化、二酸化炭素だまりの検出、火災発生時の非難支援や発生箇所の特定が挙げられたという。
一方、船外活動では視野が狭くなるため、欲しい情報をヘルメットの内側に提示してくれるような装置や、地上との交信支援、緊急退避支援、事前準備や事後片付け作業なども挙げられた。
また逆に、支援ロボットを導入することによって、宇宙飛行士の負荷が増大したり不安になる点についても調査した。たとえば宇宙飛行士が安心できるように実績のある「枯れた要素技術」を用いて欲しい、直感的に操作できる簡素化された操作インターフェイスが欲しい、などのコメントがあったという。
さらに重要な点は「最終的な意思決定は必ず人間が行なえること」という意見であったという。澤田氏は「今後は宇宙飛行士だけなく、地上で彼らを支えるクルーも支援できるシステムも検討していきたい」と述べた。
有人宇宙活動支援ロボットの未来像は、軌道上作業ロボットや有人拠点で活躍するロボットに分けられる【写真40】。澤田氏は、「共通する技術について、ISSの日本実験モジュールを利用した軌道上で実証できることが望ましい」とし、「現在、JAXAの実験案として、JEMを利用して船外活動をサポートする有人宇宙活動支援ロボットを計画している。効率よく広範囲に移動できるロボットの開発を考えている。また高精度なカメラを搭載して、宇宙飛行士に映像情報を送ってモニタリングできるような実証計画も立てている」と語り、講演を終えた【写真41】。
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【写真40】有人宇宙活動支援ロボットの未来像。軌道上作業ロボットや有人拠点で活躍するロボットに分けられる
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【写真41】きぼうを利用した技術実証案。船外活動をする宇宙飛行士を支援するために、伸展機構を利用した広範囲な移動技術を用いたり、モニタリング情報を伝える
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● 宇宙発の民生品をJAXAと共同研究で創出するチャンス
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【写真42】JAXA産学官連携部連携推進グループ グループ長の三輪田真氏
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最後の講演では、JAXA産学官連携部連携推進グループの三輪田真氏が、これまでの講演とは視点を変えて、JAXAにおける産学官連携の活動について紹介した【写真42】。
まず、三輪田氏は「ロケット・衛星・宇宙ステーションなどの宇宙機器産業の規模は3,000億円に満たない。宇宙機器を担当している企業だけで宇宙産業は成立できない」と、現在の宇宙産業の実情について述べた。
とはいえ、衛星通信やリモセンデータ提供、宇宙ステーション利用などのインフラを利用した宇宙利用サービスなどの事業を行なっているレイヤーまで含めると、産業規模は一兆円弱になるという。これが従来でいうところの宇宙産業のマーケットであった。
しかし、その下には衛星放送受信装置やカーナビ装置などの民生品、あるいは関連ソフトウェアを扱っているユーザー産業群のレイヤーがあり、この規模が3兆円規模に上る。
宇宙関連の国家予算は縮小の方向にあるため、JAXA産学官連携部としては「このようなユーザー産業群まで巻き込み、宇宙産業の裾野を広げて、宇宙産業全体を活性化していきたい」(三輪田氏)と考えている。つまり、新しいユーザーニーズがあれば、その上のレイヤーにある利用サービスの拡大につながり、結果として宇宙機器の需要として上がってくるからだ。一方、逆の見方をすれば、これは宇宙産業への新規参入のビジネスチャンスの絶好の機会にもなるというわけだ【写真43】。
とはいえ、実際には宇宙産業へ新規参入するにも、非宇宙分野の企業では難しい側面もあるだろう。そこで、JAXA産学官連携部では、いくつかの制度を用意している。たとえば、「宇宙オープンラボ」という共同研究制度や、地域や中小企業との連携、JAXAで保持している特許などを製品化するなどのスピンオフ、また知的財産の利用なども非宇宙分野から宇宙開発へリーチするアプローチの1つになる【写真44】。
三輪田氏は、「宇宙というと自分たちの仕事に関係ない、あるいは敷居が高いと思われるかもしないが、実際には宇宙技術が見近に使われていることも意外に多い」と語り、NASAのスピンオフ事例を示した。
たとえば、有名な一例としてCTスキャン、カーボンの複合材料、低反発素材、レトルト食品、ハンググライダー、実用化燃料電池、バーコードなどは、宇宙研究の成果が民生品に転用されたものだ【写真45】。同じようなことが日本でも起きれば宇宙産業の状況も変わってくる。
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【写真43】従来の宇宙産業モデルの敷居を下げ、非宇宙産業分野の企業のビジネスチャンスを広げる
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【写真44】非産業分野から宇宙開発へのアプローチ。宇宙オープンラボを筆頭に、地域や中小企業との連携、スピンオフ、知的財産の利用なども含まれる
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【写真45】NASAのスピンオフ事例。レトルト食品、低反発素材など、意外に宇宙技術が見近に使われている例が多いことがわかる
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「実際に国内でも利用例はある。チュ-ハイの缶に利用されているダイヤカットはロケットの研究成果から転用された。また、撓りがあって、なおかつ硬くて熱に強い傾斜機能材料(FGM:Functionally Graded Materials)も日本版スペースシャトルの研究から生まれた宇宙発のもの。最近ではロケットの断熱コーティングも家庭用の断熱塗料になっている」(三輪田氏)とし、宇宙技術からビジネスチャンスが生まれる可能性を示唆した。
さらに、宇宙ビジネスに積極的に参入したいと考えている企業には、前述の宇宙オープンラボがある。JAXAとの共同開発によって従来にないテクノロジーや製品を推進していくことも可能だ。
この制度では、宇宙をネタに新しいビジネスモデルや、ビジネス面で見込みがある技術を提案してもらう。もし提案が採択されれば、最大3,000万円の資金提供、最長3年間の共同研究が進められるという【写真46】。もちろん、そのテクノロジーは最終的に宇宙プロジェクトに採用されるものでなければならない。企業側では、先の事例のように民生品に開発技術を転用して、ビジネス展開するという流れである。
最後に三輪田氏は、宇宙オープンラボの共同研究テーマ例をいくつか紹介した。ロボットに直接関係するものとしては、「高出力精細ロボットハンドの開発」がある。これは船外活動の支援・代替ロボットとして、宇宙飛行士の代わりに細かい作業ができる器用さと握力を兼ね備えたロボットハンドで、地上の産業用ロボットや介護ロボットなどへの転用も視野に入れた研究である【写真47】。
また、逆に宇宙オープンラボ側からの要請技術もある。現在14件の技術課題に対する提案を募集している【写真48】。三輪田氏は「もし自社に該当する技術やノウハウがあったら、ぜひ気軽に提案してほしい」とアピールし、講演を締めくくった。
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【写真46】宇宙オープンラボによるビジネス展開の道筋。新しいビジネスモデルや技術の提案が採択されれば、最大3,000万円の資金提供、最長3年間の共同研究が進められる
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【写真47】宇宙オープンラボの共同研究テーマ例の1つ、「高出力精細ロボットハンドの開発」。宇宙飛行士の代わりに細かい作業ができる支援・代替ロボットの提案
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【写真48】宇宙オープンラボ側からの要請技術。現在14件の技術課題がある。ロボットの要素技術以外にも幅広く公募
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なお、次回のフォーラムは7月2日に開催される。ここでは惑星探査分野、人工衛星分野の計画や、関連するロボット技術についての紹介がなされる予定だ。
■URL
JAXA
http://www.jaxa.jp/
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( 井上猛雄 )
2007/05/30 19:13
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