会期:6月10~15日(現地時間)
会場:フランス リヨン市
リヨン国際会議場(Centre de congres de Lyon)
マイクロマシン(MEMS)の研究分野の一つに、超小型のエネルギー発生器がある。簡単に言うと、超小型の発電機あるいは電池を開発しようという試みだ。マイクロパワー発生器(Micro Power Generator)とも呼ばれる。その代表が燃料電池セルである。MEMS技術を利用して燃料電池セルを小型化する研究が国内外で活発に行なわれている。
燃料電池に期待されるのは、発生する電力のエネルギー密度がリチウムイオン電池やニッケル水素電池などよりも高いこと。一方、燃料電池で電力を継続的に発生するためには、燃料を継ぎ足さなければならない。寿命を意識せざるを得ない点では、現在の電池とあまり変わらないといえる。
ところが、電池の寿命をまったく意識せずに済む発電機がMEMS分野では研究されている。放射性同位元素を利用した発電機である。放射性同位元素は、同位体(原子番号が同じで質量数が違うもの)の中でも、放射線を出しながら徐々に別の元素へと変化していく(崩壊していく)元素のこと。放射線の発生期間は「半減期」(材料の半分が別の元素に変わるまでの期間)で定義されている。半減期は同位元素の種類によってさまざまで、数秒以内という短いものから、数年~数百年と長いものまである。
「Transducers 2007」では、この分野で研究実績の豊富な米Cornell Universityによる招待講演があり、放射性同位元素を使った超小型発電機の研究に関する最新の状況が解説された(講演番号2B1.1)。
放射線にはアルファ線、ベータ線、ガンマ線がある。アルファ線はヘリウム原子核、ベータ線は電子、ガンマ線はX線であり、同位元素によって放射線の種類は異なるが、いずれも生体に有害であることは変わらない。この中で電源用途の放射線源として適しているのはベータ線である。ガンマ線に比べて遮蔽が簡単なことと、ベータ線は電子なので取り扱いが比較的容易だからだ。
Cornell Universityの研究グループは、ニッケルの放射性同位元素であるニッケル63(Ni-63)を使った超小型発電機の研究を進めてきた。Ni-63は、動力源として有利な特徴がいくつかある。まず、半減期が非常に長い。100.2年もある。電源の寿命を意識することなく、電子機器を動かせる。発生する放射線はベータ線だけある。アルファ線とガンマ線は放射しない。そして、これは放射性同位元素に共通なのだが、放射線の強度が温度に依存せず、一定である。
ベータ線を電力に変換する方法はいくつかある。電子ビームを電荷として集めて取り出す、電子正孔対を発生させて起電力を発生させる、自己加熱によって生じる温度変化を電力に換える、などである。
弱点は、発生電力が平均でμWオーダーときわめて低いこと。携帯電話機はとても無理であるし、ノートPCに至っては論外である。現在想定されている用途は、心臓ペースメーカーの電源やセンサーモジュールの待機用バックアップ電源といったところだ。
例えば湿度センサーのモジュールをCornell Universityは試作している。湿度によって静電容量値が変化する、高分子膜をセンサーに使った。放射性同位元素のNi-63から放射された電子を電荷として収集し、電力源とした。
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放射性同位元素を電力源とする湿度センサーモジュールの概念図。左側がニッケル63(Ni-63)の電荷を収集する部分
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試作した湿度センサーモジュールの外観。湿度センサーの高分子膜とMOS FETをセラミックパッケージに封止してある
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このほか招待講演では、共振器のバイアス電源に使用した例、高周波圧力センサーの電源に応用した例、フォトダイオードと整流素子、リング発振器を載せたチップの駆動にNi-63を利用した例などを示していた。
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ピエゾ素子のカンチレバーを利用した電力発生の仕組み。間欠的にパルス電力を発生する
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また発生電力(ピーク電力)を高めるために、Ni-63の発生電荷を機械的振動に換える機構を考案し、試作した。ピエゾ素子のPZTをカンチレバー(一端を固定、もう一端を自由にした細長い板)にし、Ni-63薄膜との間に適度なギャップを設ける。ベータ線によってカンチレバーが充電され、Ni-63薄膜に近づく。そしてカンチレバーとNi-63の間で放電が起きる。放電直後にカンチレバーは振動し、ピエゾ素子PZTは高周波パルス電力を発生する。カンチレバーの形状やギャップを最適化することで、周波数117MHz、ピーク電力1Wを1分25秒周期で取り出せたとしている。
このほかCornell Universityは、別の放射性同位元素「プロメシウム147(Pm-147)」を使った超小型発電機を「Transducers 2007」で発表した(講演番号2B1.3)。こちらもベータ線を放射する同位元素である。n型シリコンとp型シリコンに電子正孔対を発生させる、電池タイプの発電機構を考えている。
発表の主眼は、放射線の収集効率をぎりぎりまで高めること。シリコンの形状と層構造を工夫することで、発生する放射線を極力、逃がさないようにした。放射性同位元素の薄膜を平面上に配置した場合に比べ、電力の発生密度を10倍以上に高めている。電力密度は13.6mW/ccである。平面上配置の場合は0.81mW/ccに過ぎない。
Pm-147の半減期は2.6年なので、電池の寿命はおよそ5年になる。また放射線のエネルギーは指数関数で減衰するので、平均の電力密度はおよそ7.5mW/ccに減る。
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放射性同位元素の薄膜を平面上に配置した場合。発生した放射線の少なくとも50%は捨てられてしまう
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発生した放射線のほとんどを電力に変換する構造。n型シリコンとp型シリコンをすき間なく接着する
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加工したシリコンの顕微鏡撮影写真
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■URL
Transducers 2007のホームページ(英文)
http://www.transducers07.org/
■ 関連記事
・ Transducers 2007レポート 捨てられていたエネルギーを電力に変換するテクノロジー(2007/06/18)
・ Transducers 2007 前日レポート 「ミクロの決死圏」を具現化するマイクロマシン技術(2007/06/12)
( 福田 昭 )
2007/06/18 18:38
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