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ロボット大国・ニッポンのルーツは「からくり人形」

〜江戸東京博物館「夢大からくり展2007」

世界に誇れる日本の伝統技術を再認識!

 新春の1月2日から、東京・両国の江戸東京博物館において、「江戸博でお正月」をテーマにさまざまな正月イベントが開催されている【写真1】。この企画展の中で、ロボットのルーツともいえる「夢大からくり展2007」が、日本からくり研究会との共催により開かれている【写真2】。本レポートでは、江戸時代の貴重なからくり人形などを通じて、世界に誇れる当時の日本の技術力や独創性について紹介しよう。

 江戸時代の日本では、世界でもトップクラスの優れた「からくり人形」が製作されていた。これらを作り出した代表的な人物の一人が「からくり儀右衛門」こと田中久重であった。久重は1799年(寛永11年)に福岡・久留米の鼈甲(べっこう)細工師の家に生まれ、幼いころから類まれなる才能を発揮した。やがて「当代随一のからくり師」として全国にその名をとどろかせるようになった。

 からくりの創作のみならず、京都で「機巧堂」を開店し、有名な万年時計をはじめ、「無尽灯」(空気圧で油を自動で吸い上げて灯りを10倍以上にする灯火機)や「雲竜水」(消火器)、「懐中燭台」といった実用的な器械を次々に世に送り出していった。そして明治維新には、佐賀藩の精錬方などに招聘され、蒸気船、汽車、大砲の雛形などを製作。1875年(明治8年)、東京の銀座に田中製作所を創業し、これが後に芝浦製作所となり、現在の東芝の礎となった。田中久重は東芝の創始者であり、立志伝中の人物でもあるのだ【写真3】。


【写真1】東京・両国の江戸東京博物館。江戸時代のさまざまな文化を楽しく学べる博物館だ。子供だけでなく、大人でも時間の経つのを忘れるぐらい面白い展示品がたくさん用意されている 【写真2】「夢大からくり展2007」は、2月12日まで常設展示室において開催されている。写真は中村座前の特設ステージ。さまざまなからくり人形のデモンストレーションや、メカニズムの解説が行なわれた 【写真3】「からくり儀右衛門」こと田中久重。彼はからくりのことを「生き人形」と言っていたという。からくりだけでなく、実用的な器械を次々に世に送り出していった。現在の東芝の創始者でもある

 さて、この「夢大からくり展2007」では、博物館5階の常設展示室にある中村座前や朝野新聞前で特設ステージを組み、田中久重のからくり人形などを中心に、さまざまなデモンストレーションや、からくりのメカニズムについての解説が行なわれている。今回の特別企画展の中で展示・実演された作品はすべてが素晴らしいものであるが、その中でも特に目をひいた作品は、江戸時代後期に作られた幻の茶運び人形「茶酌娘(ちゃしゃくむすめ)」【写真4】と「文字書き人形」(いずれも田中久重作)【写真5】であった。

 前者の茶酌娘は、これまで文献では存在が知られていたが、実在が確認されていなかった幻のからくり人形。つい先頃、現物が発見された。日本からくり研究会の理事であり、からくり人形製作の第一人者として有名な東野進氏によって、完全修復された貴重な作品だ。

 茶運びからくり人形は、かつて井原西鶴によって「茶を運ぶにんぎょうの車はたらきて」と歌われた、からくりの中でも最もポピュラーな存在の人形。現存する実物のからくりは国内に5体ほどあるという。だが今回のイベントで展示された作品は、従来品とは一味違っている。既存の茶運び人形は、一人の客に対して1つの茶碗を、動作中に取ることで停止できるしくみになっている【写真6】【写真7】【写真8】。しかし、この「茶酌娘(ちゃしゃくむすめ)」では、茶碗を取らなくても自動的に設定した位置で停止でき、複数の客に茶をふるまうことが可能だ。現代のロボットにより近い、茶運び人形の進化形となるものだ。

 茶酌娘は、移動・停止する距離(3mぐらいまで)、運ぶ茶碗の数を自由に調整できる。そして、客の前に来たら止まり、最後の茶碗が戻った段階で再び動きだし、回転して元の位置に戻るというように、一連の動作をする。あたかも人形が自分の意志で動いたり止まったりしているように見えるのだ【動画1】【動画2】。久重は、ギアの中にさらにギアを仕組み、この機能を実現したという。


【写真4】江戸時代後期に田中久重によってつくられた幻の茶運び人形「茶酌娘(ちゃしゃくむすめ)」。文献のみで存在が知られていたが、つい先頃、現物が発見されて修復された貴重な作品だ 【写真5】田中久重の「文字書き人形」。東野進氏によって2年前に完全修復されたもの。「寿」、「松」、「竹」、「梅」といった合計4種類の文字を書けるようになった 【写真6】既存の茶運び人形と機構部その1。皿に茶碗を置くと腕が下がり、腕の動きに連動して歯車のストッパーがはずれて、歯車が回転し始めるしくみ。動力源にはクジラのヒゲが使われているが、いまでは材料を確保するのが大変だという

【写真7】既存の茶運び人形と機構部その2。大歯車の横にカムが見える。大歯車とカムは連動して動くようになっているが、このカムを回転させて位置(位相)をずらせるため、移動距離を調整することが可能 【写真8】既存の茶運び人形と機構部その3。Uターンは前方底部の小さな車輪によって行なう。三輪車の前輪と同じように、角度によって進行方向が変わる。これもカムによって制御するしくみ。すり足は、左右の動輪の中心をずらしてクランク運動させることで実現

【動画1】茶運び人形「茶酌娘(ちゃしゃくむすめ)」の実演。皿には3つの茶碗がセットされている。スタートは横にあるスイッチで行なう。セッティングした位置で自動的に停止し、この間に茶碗をゆっくりと取ることができる 【動画2】3つの茶碗を戻すと、再び茶酌娘が動き出す。さらにUターンをして、元の位置に戻っていくところ

毛筆による、完璧な文字書きに感嘆の声が上がる

 また、後者の文字書き人形も久重の最高傑作といわれる誉れ高い作品である【写真9】。このからくり人形は幕末に製作されたものの、長い間行方知れずになっていたが、アメリカのとある富豪コレクターのもとに保管されていたことが判明。東野氏が長年にわたる交渉の末、国内に持ち帰り、8カ月の期間をかけて完全修復に成功した。

 修復されたこの人形は、昨年の本イベントでも展示・実演され、見事な「寿」の字を書いて来場者をあっと驚かせたそうだ。今年は「寿」のほかに、さらに「松」、「竹」、「梅」といった合計4種類の文字を書けるようになっている【写真10】【写真11】。文献によれば、当時は文字だけでなく、屋形船、羽子板、ひょうたんなどの絵も描けたという。

 文字書き人形といえば、西洋では1770年代にジャケ・ドロー(スイス)が製作したオートマタが特に有名だが、日本でも同じようなからくりが時代をそれほど隔てずに作られていたのだ。オートマタはオルゴールで利用されるゼンマイを動力源として、音楽を奏でながら動く西洋のからくり人形。対して日本のからくり人形は、動力源にクジラのひげが用いられている【写真12】。


【写真9】久重の最高傑作といわれている「文字書き人形」。下の機構部を開けて、からくりのしくみを解説。たくさんのカムが並んでいる 【写真10】「寿」、「松」、「竹」、「梅」の4つの文字が書けるようになったが、カムをつくれば、これ以外の文字や絵なども描くことができるという。当時の文献によれば、屋形船、羽子板、ひょうたんなどの絵も描けたそうだ

【写真11】文字書き人形で書いた「寿」の文字をラベルにした酒も発売されている。発売元の寿酒造は、久重と同時代に創業されたという。写真の純米大吟醸は、甘口で、さらりとした喉越しでおいしい 【写真12】駆動源となるゼンマイ部分のアップ。このからくりではバネに真鍮のゼンマイを利用している。台座に仕込まれたゼンマイを動力としてカムを動かす

 また久重の文字書き人形の場合は、ペンではなく、筆を使っている点も大きく異なるところだ。筆の場合は筆圧も考慮しなければならない。海外のオートマタのように、肘からの動きで文字を書かせる方が安定性が高く、構造も簡単だが、この人形では肩関節からの動きを実現している。人間らしい仕草や筆圧調整による線の太さの変化を追求している点も大きな特徴の一つだ。

 筆に墨をつける場合にも、ひと工夫が必要だ。一筆書きのように一気に文字を書く必要があるため、硯の上で筆に墨をしっかりのせないと、途中で文字がかすれてしまうためだ。そこで硯の上で筆を瞬間的に流して、うまく墨がのるように工夫を凝らしている。

 また、もし墨が筆に付かない場合に備えて、緊急用のスイッチも用意されている。そして、正面にセットされた紙に向かって文字を一気に書いた後で、紙の額縁がくるりと180度回転して、描いた文字を観客に披露できるようになっている点も面白い発想だろう【動画3】【動画4】。

 この一連の3次元動作を実現するしくみは、発見当初はよくわからなかったという。海外コレクターのもとで保管されていたときも、部品の大半が破損しており、欠落部品も数多くあったため、修復は不可能といわれていたそうだ。

 東野氏は、現代の儀衛門のごとく、からくり人形を慎重に分解し、8カ月にわたる試行錯誤を繰り返した【写真13】【写真14】。破損したり欠落した部品を一から作り直す作業は困難を極めたそうだ。からくりの仕組みを忠実に再現するためには、高度な技術と根気強さが求められる。たとえ、そのしくみがわかったとしても、からくりの深い技術を習得したものでなければ、再生することはできない。

 人形を動かす糸は、湿度や温度によっても伸び縮みするため、微妙な調整が必要だという(現在はより糸を使用)。また材料を確保するのも大変だ。たとえば、木材ひとつとっても、本当によいものを作るならば、昔の古い箪笥をつぶしたり、江戸時代につくられた民家の階段から取り出したりするそうだ。

 特に歯車は強い木材を使う必要があり、歯車の歯形もインボリュート形ではなく、ひとつひとつ切り出してつくる。これらを縦目に沿って切り出し、いくつかに分割したものを放射状に組み合わせて使用するという。そのようにつくらないと、形だけはできても本当に強いものができないからだ。


【動画3】文字書き人形の実演。右手に持った筆を、墨の入った硯につけ、見事な「寿」という字を一気に書ききる。額縁を回転させて観客に披露。人間でもこんなにうまく書くことはできません! 【動画4】こちらは「梅」という文字を書いているところ。文字を書いている途中に首を少し傾げたり、いかにも書き上げた! という微妙な仕草が面白い。おもわず観客から驚きの声が上がる

【写真13】日本からくり研究会の理事であり、からくり人形製作の第一人者として知られている東野進氏。氏はからくりだけでなく、科学技術史を専門に研究している 【写真14】イベントの一角に設けられた工房。ここでからくり人形の製作実演も行なわれた。手作業で木を削りだして、さまざまなパーツを作り出していく

 また、このからくりでは、動力源として手打ちの真鍮のゼンマイが利用されている。日本ではゼンマイの材質として、クジラのヒゲが多用されているが、このほかにも真鍮のゼンマイや、後に西洋から入ってきた金属ゼンマイ、水銀や水などが用いられることもある。

 最初は人形がどのような文字を書くのかということも不明で、手探りの状態であった。しかし、そのカムの一部に前述の「寿」、「松」、「竹」、「梅」といった文字が書かれており、それが大きなヒントになったという。そして、左右・上下・前後に動かす3組のカムで糸を引き、人形をあやつっていることをつきとめた【写真15】【写真16】【写真17】。このカムはカセットのように横から取り外したり、移動させることができ(内部にクラッチ機構がある)、書かせたい文字や絵を自由にセッティングすることができるようになっている。

 現代では、CADツールを使えばカムの動きや、それに連動する機構の軌跡などを比較的容易にシミュレートできる。しかし、久重の時代にはそのような便利な道具はなかった。彼は頭の中で動作を描いて、精巧なカムを製作していたというから本当に驚きだ。まさに天才のなせる技であろう。そして、それを苦労の末に修復再生した東野氏も、儀衛門の魂が宿っているようだ。

 東野氏は「日本人が何をつくってきたか、江戸時代の優れた技術を世界に知ってもらいたい。これが一番の願い。文字書き人形は長い間海外に渡ってしまったが、世界に散らばってしまった素晴らしい作品はまだたくさん存在する。ルノアールの絵画1枚ぶんの値段だけで、これらをすべての作品を里帰りさせることができる」と語り、日本の素晴らしい伝統的な技術を大切にしなければならないと説明した。


【写真15】機構部の解説。1つの文字に対して、3組のカムをセットして、シンクロさせて動作させる。それぞれのカムは、からくり人形を左右・上下・前後に動かすために用いられ、腕の3次元動作を可能にする 【写真16】機構部の前面部。3組×4セット、「寿」、「松」、「竹」、「梅」の4文字ぶんのカム×合計12個があることがわかる。このほか、機構部には100個以上の部品が用いられているという 【写真17】機構部の背部。カムの複雑な形状に従って糸が引っ張られ、腕を動かすしくみ。調整が最も難しく、大変時間がかかるという

マイクロマシンのような世界最小のからくり人形も披露

 現在、東野氏がからくり分野で挑戦しているのが、世界最小の自作からくり人形である。従来までは、世界最小の自作人形というと、ロシアのロマノフ王朝時代の「イースターエッグ」があった。東野氏は、機械を使わずに江戸時代と同じ手仕事と材料によって、世界最小のからくり人形の記録を更新している。今回のイベントでも氏が製作した、マイクロマシンのような茶運び人形などが披露された【写真18】。写真の100円硬貨と比べてみると、その大きさが想像できるだろう。

 写真右側の茶運び人形の材質は木製(ヒノキやケヤキ)で、さらにサイズの小さい左側の作品では材質に象牙を使っている。いずれも動力源に、クジラひげのゼンマイを利用しており、実際に小さな茶碗を置くとスイッチが入り、首を振りながら足をパタパタさせて動き出す。茶碗を取ると動作が停止し、再び戻すと方向転換して元の位置に戻る。一連の動作は現物のものと同じだ【動画5】【動画6】。

 段返り人形は、自らトンボ返りをしながら、ゆっくりと階段を下りていくからくり人形。ゼンマイなどの動力はないが、内部に水銀が入っており、水銀の移動によって重心位置が変わり、動作するようになっている【写真19】【動画7】。


【写真18】マイクロマシンのような茶運び人形。東野氏による自作。右側の茶運び人形の材質は木製。左側の作品では、サイズを小さくするため、材質に象牙を使っている 【動画5】木製の茶運び人形の実演。首を振りながら足をパタパタとさせて動き出す。一連の動作は原寸のものとまったく同じだ 【動画6】こちらは象牙製の茶運び人形の実演の様子。床が滑るため少し空回りしているが、こちらも原寸のものと同様にしっかりと動く。すごい! のひとこと

【写真19】自らトンボ返りをしながら、ゆっくりと階段を下りていく段返り人形。ゼンマイの動力はなく、重心移動による物理的な原理によって動作するしくみだ 【動画7】段返り人形の実演。段差の微妙な傾きによって動き方が変わる。人間の手と比較するとその小ささがよくわかる

 もうひとつ、動力源に水銀を利用したからくりの例として、「連理返り人形」がある。これは、2組の唐子人形が曲芸のように階段を下りてくるもの【写真20】【動画8】。ミニチュアの製作は2週間ほどあれば済むというが、その調整には1年半ぐらいかかるそうだ。水銀の移動とバランスの調整が大きなポイントになり、からくり人形の中では動かすことが一番難しいという。

 江戸時代につくられた世界最小のゼンマイからくりとして「根付からくり屋形船」も特別に実演された。時計技術を応用した精巧なからくり作品で、船頭の大きさは8mm。艪(ろ)をこぎながら動くようになっている。材料は純銀と真鍮だ。

 また、からくり屋形船を保管するために、貝を模した根付の入れ物も用意されている。この中に屋形船を入れ子式で保管できるため、工芸品としても大変優れている作品である。このからくりの存在自体はまだ世界に知られていないという【写真21】【写真22】。


【写真20】世界最小の連理返り人形。2組の唐子人形が階段を下りてくる様は、あたかもサーカスの曲芸を見ているように思える 【動画8】連理返り人形の実演。2つの並行棒の回転に伴って、人形も一回転するようになっている

【写真21】江戸時代につくられた世界最小のゼンマイからくり「根付からくり屋形船」。とても貴重な作品。時計技術を応用した精巧な作品で、こちらもしっかりと動く 【写真22】根付からくり屋形船を保管するための入れ物。貝を模した根付の中に入れ子式で保管できる。工芸品としても大変優れている

自作した弓曳童子の再現! からくりの表情に日本文化の背景をかいまみる

 もうひとつの特設ステージでは、日本からくり研究会の細井清司氏によって、有名な「弓曳童子」のからくり人形が再現されていた【写真23】【写真24】。弓曳童子は、矢台に置かれた4本の矢を順番に手に取って、的に向かって連射していく。ギアとカムによって糸を引いて動作させるという基本的なしくみは、前述のからくりとほぼ同じ原理だが、細かい部分でさまざまな工夫が凝らされている【写真25】。


【写真23】有名な「弓曳童子」のからくりを自作して実演。細部の機構はもちろん、外側の衣装や漆塗りの台座にもこだわったという 【写真24】日本からくり研究会の細井清司氏。電気関係の仕事に従事しており、音声合成チップを組み込んだからくり人形なども開発

【動画9】弓曳童子のからくり実演。矢台に置かれた4本の矢を人形が順番に手に取って連射していく。見事に的に命中したところ 【写真25】弓曳童子のからくり機構部。ゼンマイには手回し蓄音機の部品を転用。三味線に使われている強い糸で動力を伝達して主軸を回している。また回転を安定させるために、円錐状の滑車も利用している。主軸にはいくつかのカムが付いており、この形状に従って、糸が引っ張られ、からくり人形を動かす

 たとえば、矢や羽をつくるだけでも大変な作業だ。矢を弓に引っ掛けるための腕の角度も、試行錯誤によって何回も削りながら合わせていったそうだ。歯車は金属製にしているが、やはり旋盤などで加工するのではなく、ひとつずつ彫工する必要があったという。図面どおりではなく、ある程度ガタがないと摩擦の抵抗がかかって、うまく動かないことがあるからだという。

 ゼンマイには手回し蓄音機の部品を利用している。そして、三味線に使われている強い糸で動力を伝達して主軸を回している。ただし、ゼンマイの回転力は一定ではない。ゼンマイの力は最初は強いが、伸びてくると力が弱くなる。そのため回転を安定させるために、円錐状の滑車を利用している。

 物理の言葉で言えば、滑車を円錐にして、その半径を変えることで、慣性モーメントを一定に保てるようにしていることになる。これにより安定した回転力を得ているのだ。円錐の傾斜はバネによって変わるので、バネを変えれば滑車を変更する必要がある。主軸にはいくつかのカムが付いており、この形状に従って、糸が引っ張られ、からくり人形を動かす。

 細井氏は「2004年の2月から、この弓曳童子の製作を開始したが、まだまだ発展途上の段階。完成までにこれから何年もかかるだろう」と笑う。

 弓曳童子では、矢が的にあたった時には、いかにも満足気な表情を浮かべるように見える【動画10】。また同じように文字書き人形でも、視線が筆先を追って、書き上げると満足気な表情を浮かべるように見える。日本からくり研究会の橋本銕也氏(専務理事)【写真26】と林力氏(エグゼクティブ・プロデューサー)は、これが日本と西洋の文化の違いが大きく現れているところだと指摘する。

 「日本のからくり人形を見ていると、西洋文化との違いがよくわかります。西洋のオートマターでは目をしばたかせたり、緻密な表情でリアルさを追求しています。ところが日本のからくり人形では、能の文化が生きていて、顔の傾きによって、あるときは笑って見えたり、悲しくみえたり、にらんでみえたりと、たくみな人間心理を表現しているのです」(林氏)

 江戸時代のからくり人形は、観客側の心理投影的な共感を誘う点に重きが置かれているのだ。機構面だけでなく、このような文化の違いを比較してみると、さらに面白い発見ができるかもしれない。


【動画10】矢が的にあたった時には、いかにも満足気な表情を浮かべる弓曳童子 【写真26】日本からくり研究会の橋本銕也氏(専務理事)。日本は能の文化が生きていて、からくり人形も巧みな人間心理を表現している。また、観客側の心理投影的な共感を誘う点に重きが置かれていることも、西洋との違いだと指摘する

江戸から明治時代の文化を伝える貴重なお宝の展示も

 このほかにも、江戸時代の山車からくりや、のぞきからくり、噴水器、顕微鏡など、日本の伝統的な技術や文化を伝える貴重なお宝が展示されていた。

 山車からくりは文字通り、祭りの山車の上で華麗な演技を見せるからくり人形だ【写真27】【写真28】。現在、からくり人形を備えた山車の大部分が尾張、美濃地方に集中している。江戸時代、東照宮祭をきっかけとして、尾張やその周辺部にからくり山車が流行し、多くの優秀なからくり職人が集まったためだといわれている。この時期に発達したからくり技術は、愛知の自動車や時計、工作機械などの産業の源になっているのだ。

 のぞきからくりは、人の視差によって明治時代の風景写真を立体的に見せる機器だ。オルゴールの伴奏とともに、ゼンマイの力で次々と写真が入れ替わる。【写真29】は、津村順天堂(現ツムラ)が薬の販売促進用として薬局に貸し出していたもので、当時は1銭硬貨を入れると10枚の立体風景が切り替わるようになっていた。正面の窓の下に描かれた中将姫や、側面の紳士のイラストがレトロな雰囲気を醸し出し、とてもいい味を出している。また、立体写真を見せる装置として、マニュアル式のスコープも展示されていた【写真30】。


【写真27】江戸時代につくられた山車ぐるま。くるまにのっているからくり人形は、亀にまたがっている浦島太郎だ 【写真28】山車からくり。多くの優秀な山車からくり職人が尾張や美濃地方に集まった。この技術が愛知の機械工業の基盤になったという

【写真29】津村順天堂(現ツムラ)が薬の販売促進用として薬局に貸し出していた「のぞきからくり」。人の視差によって明治時代の風景写真を立体的に見せる 【写真30】マニュアル式の立体写真のスコープ。前方の額縁に写真を手動でセットする

 【写真31】の噴水器は、奥村菅次作によるもの。奥村菅次は江戸末期から明治中期にかけて活躍した彫金師で、久重と同様に数々の優れたからくり作品を作り出したことでも知られている。この噴水器は、1867年に開催されたパリ万博に出品された。これも東野氏が修復・復元したという。蓮に模したポンプで空気を圧縮して、中央の菅から水を噴き上げる仕組みになっている。「鳥楽水園の図」という名のとおり、「おしどり」や「かわせみ」といった鳥の精巧なミニチュアが配されている。

 江戸時代の顕微鏡も大変興味深かった。国内では黒柿製の顕微鏡はこれ一体のみしか現存しないという貴重品だ【写真32】。保存状態も良く、実際に覗いて見ると、江戸時代の虫の標本を観察することができる。数百年前の虫を目の当たりにすると、感動もひとしおだ。また、蒔絵の模式から長崎でつくられたと推測される顕微鏡も展示されていた。こちらは西洋のカールペッパー式を模して作られたものだという。


【写真31】江戸末期から明治中期にかけて活躍した彫金師、奥村菅次による噴水器。1867年に開催されたパリ万博に出品されたもの。これも東野氏が修復・復元した 【写真32】江戸時代の顕微鏡。黒柿製の顕微鏡はこれ一体のみしか現存しないという貴重品。実際に覗いて見ると、江戸時代の虫の標本を観察できるため、とても感動する

 鎖国下において、日本人はひたすら夢を追い求めて、試行錯誤を繰り返し、独創性に富んだ優れた技術を生み出してきた。当時のからくり人形は、蘭学、医学、天文学、測量学など、さまざまな学問をベースにした総合的な技術の集大成であり、ロボット技術のルーツとなるものだった。現在の日本が工業立国として発展してきたのは、こういった過去の偉大な伝統技術があるからだ。

 本イベントの実演は、1月13日から2月12日までは土・日・祝日に行なわれる(午前11時、午後1時、午後3時)。ぜひ実際にからくりが動いているところを見て、世界に誇れる日本独自の機械技術と文化を再認識してみてはいかがだろうか。


URL
  江戸東京博物館
  http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/
  日本からくり研究会
  http://www.nippon-karakuri.com/


( 井上猛雄 )
2007/01/09 15:11

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