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これからの人と機械とネットを取り巻く世界観とは? ~想像力の限界を超えて
【瀬名秀明氏×櫻井圭記氏インタビュー編】

Reported by 森山和道

 オープンキャンパス、公開対談の記事でお知らせしたとおり、東北大学オープンキャンパスの日にSF作家の瀬名秀明氏と脚本家の櫻井圭記氏のお二人に短時間だが話を伺うことができた。今回はその模様をレポートする。

――公開対談の続きをお願いしてもいいんですが、まず最初に、8月末にNTT出版から『サイエンス・イマジネーション』というタイトルで書籍化もされる、第65回世界SF大会/第46回日本SF大会Nippon2007内シンポジウム「サイエンスとサイエンスフィクションの最前線、そして未来へ!」の時のことを、ちょっとお伺いしたいと思います。

 あの時は大ざっぱに言うと、ロボット技術が発展し人間の中に入っていき、逆の流れもあって、やがてはロボットと人間の境界が融合していくという話が続いていました。そのときに『ヴァーチャル・ガール』(ハヤカワ文庫)の原作者であるエイミー・トムソンさんが「みんな機械になりたがっているみたいだけど私は嫌だ」といった趣旨のことを仰った。そこから話が面白いほうに向かったように思います。たしかに機械の身体を求めることは、SF作品のなかでは一般的に当たり前だとされていることが多い。機械化への欲望は、たとえば自分の力をエンハンス(増強、拡張)するだとか、不死への願望の現れだとか言われることが多いですが、それは本当なのか。なぜ機械化したがる人が多いのか。そのあたり、どう思いますか。


SF作家 瀬名秀明氏 脚本家 櫻井圭記氏

【瀬名】あの時は「自分がどこまでロボットだろうか」ということを話していたんだけど、エイミーさんがいうことには、女性は、人生のなかで体が変わっていくことを経験している、と。体は変わっていっても私は私だという感覚がある。男性はロボットになりたがっているようだけど、みんなが言っていることは男性的意見なんじゃないの、ということでしたね。

 エイミーさんが仰ったことは面白いと思います。というのは、女性でエンハンスの研究やサイボーグの開発をしている人ってあまりいないよね。女性の立場からサイボーグになるというのはどういうことなのか、ダナ・ハラウェイの『サイボーグ・フェミニズム』(水声社)はあるけれど、実際の現場ではあまり議論されてないから僕らはよく分かってないんじゃないだろうか。たしかに僕自身も自分の体が人生の中ですごく変わっていく気はしてないんですよ。

【櫻井】そうですね、しませんね。

【瀬名】生命体としてのピークはあるような気がするけど(笑)。

【櫻井】そうですね(笑)。エンハンスや機械に対する憧れって、僕で言うとあまりないんです。「攻殻機動隊」でいう「電脳」ができても、たぶん僕は最後まで強化しないだろうと思う。なんだろう、生理的な抵抗感が強いんだろうと思います。ただなんとなく嫌みたいな。だからなんでしょうね……。たぶん、ただそのときに仕方なくというか、仕方ないときに、どのくらい仕方ないかにもよるかもしれないですけど。

 これもよく言われる話だと思いますが、虫歯の詰め物みたいなものが生理的にイやだという時代もあったんじゃないでしょうか。でも虫歯で困ってるからしょうがなくするようになった。だから電脳とかも、電脳化しないことでどうしようもなく「不便」になっちゃって、といったことで、仕方なくという形で、みんなの意識やハードルもさがってきてというか、そういうことなのかな。まだまだ抵抗感は強いと思いますけれども。

 押井(守)さんも「電脳化なんかしない」と言ってました。もっと言うと、押井さんも、神山(健治)さんも、ああいうものに詳しくない(笑)。押井さんはパソコンのセットアップできないですからね。そういう人たちが「攻殻機動隊」を作ってるんですよ(笑)。神山さんも、長らくスタンドアローンでネットに繋げられなかったそうです。パソコンはあくまでワープロとして使っていました。作業ファイルはメモリースティックでいったりきたりしていると。2年前にようやく繋いだらしいんですけど、それはつい最近のことじゃないですか。「Solid State Society(SSS)」(2006年)が完成してからくらいですからね。


【瀬名】「攻殻」では、素子はほぼ完全義体ですよね。素子が何歳なのかは知らないけれど、わりと若いグラマラスボディを使ってますよね。「SSS」だと義体が変わったりもしますけど。電脳に入ったときも、別のキャラクターではありますけど、わりとああいう感じのキャラですよね。

【櫻井】アバターも官能的な体にしてますからね(笑)。

【瀬名】そう。それはさておき、確かに「変わりたい」と思う気持ちが、善とは思わないですよね。でも一時期、たしかに流行ったので、そういう言説が大きかったというのはあるのかもしれないけれど。


【櫻井】やっぱり機械と融合していくというような発想が衝撃的なんだろうと思うんですよね。だからみんなの口には上りやすいけど、じゃあ実際にあなたがやるかと個別に聞かれるとたぶん……。

【瀬名】レイ・カーツワイルの『ポストヒューマン誕生』(NHK出版)なんかには、機械によるエンハンスメントだけではなくて生物的なエンハンスメントも含まれてますよね。ああいうふうになると生理も含めた変化のあるサイボーグということになるかもしれませんが、どう思いますか。

【櫻井】ジェネティックなものになると、たぶん個人のレベルになると電脳を手術でくっつけるよりは、たぶん気持ち悪くないような気がします。普及における精神的なバリアはあまりないかもしれません。

【瀬名】女性は肌荒れとか気にするじゃないですか。すごく敏感ですよね。ああいう敏感さって僕にはあまりないんですよ(笑)。でも、そういうことがすごく敏感に分かるのであれば、それを永遠に保ちたいという気持ちは当然あるでしょうね。

【櫻井】あるでしょうね。いわば永久脱毛みたいな感覚ですよね。ジェネティックなレベルでそれができるとしたらやるでしょうね。


劇中で描かれた草薙素子の過去とその違和感

――攻殻機動隊などSF作品には、自分の体を機械に置換することに対するマイナスの感覚はあまり描かれてないように思いますが、なぜでしょう。

【瀬名】SF大会のときのシンポジウムのときも、倫理の話はSFであまり描かれてないよね、という話をしていて、堀晃さんは、SFでは倫理が壊された条件を描くことが多いから、倫理制約そのものを描いたSFは少ないんだというような話をされていた覚えがあります。そうですね、僕は倫理の進化論を1回くらいはちゃんと描いてみたいなと思ってるんですけど。櫻井さんはどうですか。

【櫻井】そうですね。でもやっぱり倫理はなんとなく、時代と共にちょっとずつ変化するんだろうなという気がするんですけどね。さっきの話では、攻殻の世界では義体化することへの負の感情があまりないんじゃないかという話がありましたが、すごく難しくて、そこにテーマを持っていくと、割合となんていうんでしょう、個人の話にどんどんいくと思うんですよね。攻殻機動隊の最初の映画「GHOST IN THE SHELL」(1995年)はまさにそういう部分をピックアップした作品だったと思います。私のなかの何パーセントが機械なのか、本当の自分はいないんじゃないかというテーマを割とガッツリと扱った作品でした。

 でも、それ以降は割合、SFに限らず、手を変え品を変え「自分探し」や「セカイ系」みたいな、自分語り系の作品が増えてきたので、「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX(S.A.C.)」(2002年)は逆に、あんまりそっちにいくと、アニメ作品としては平凡になちゃうんじゃないかという感じもあったんです。それで義体の部分はもう受け入れて、しばらく経った、という状態から始まったとしたんです。

 ただ、「攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG(2nd GIG)」(2004年)のときには1回だけ主人公の草薙素子が義体を受け入れた過去の話をやったことがあります。

【瀬名】ああ、折り鶴の話。


【櫻井】そう、「草迷宮」です。あれは割合、周囲の評判も良かったんですが、やるときには監督はじめ脚本家たちが集まって検討会議がありました。というのは、あれをやってしまうと、諸刃の剣なんですね。というのは、ブラックボックス的な部分を残してあげないと、彼女の存在が成立していかないような気もしていたんです。「事故かよ」と。不幸を語ってしまった瞬間に、逆に自分から望んで義体化したと思っている人もいるだろうし、本当は曖昧にしておいたほうがいい部分もあると思うんです。ストーリーとしてはうまくいく場合もあると思うんですね。彼女がそこについてどう思っているかは触れない、と。ただ、「SAC」は他の押井さんのバージョンや士郎さんの原作に比べて少し情緒的な部分が多かったりして、ああいう過去話を作ったんです。

 でも、事故だということは明かしたんだけど、何のどんな事故だったのかについては結局触れなかったんですよ。そこを語るとやっぱり陳腐化してしまうんじゃないかという気がしていて、病院に運ばれてきた女の子がリハビリの練習をしているということから回想は始まっていて、義体化するための手術をする前に何があったかは語らなかった。これはある種、苦肉の策だったんですけど、語っちゃうと厳しくなっちゃうところがあって。

 ただ、自分から望んでエンハンスしたのではなくて、事故で義体を使うようになったんだと描くことで、義体に対してある種ネガティブな部分で、なんていうんでしょう――「義体だ、ひゃっほう」って感じでなったわけではくて、しょうがなくなったというほうが、いまの感覚としてはそれのほうが近いんじゃないだろうかということでそれにしたんですよね。やっぱり素子が進んで自分から義体化してエンハンスしたとなるとキャラづけがだいぶ変わると思うんです。原作でもなぜ完全義体かということは語られてないんですが、原作だともしかしたら自分から義体化したのかもしれませんけどね。

【瀬名】原作の素子は割と軽い感じですもんね。

【櫻井】やっぱり事故というほうが、見ているほうも、ああなるほどと思える何かがあると思うんです。


『まるいち的風景』と『攻殻機動隊』の世界観は共存可能?!

――先日、Robot Watchでは『まるいち的風景』(白泉社)の作者・柳原望さんにもインタビューしました。『まるいち的風景』も『攻殻機動隊』も機械と人の関係を描いた作品だということではひとくくりにできると思いますが、両者の世界観はある意味、非常に対照的ですよね。機械が入ることで間接的に人と機械や人と人との関係が変わっていく「まるいち」に対して、「攻殻」では非常に直接的に機械技術が人や社会を変えていく。でも両者の世界がまったく重なり合うことができないかと聞かれると、そうでもないんじゃないかという気もするわけです。

 要するに我々はどういう未来、どんな人と機械の関係を望むのかということだと思うんですが、そのあたりどうでしょう?


【瀬名】うん、両者の世界は並存し得ると思います。だけど、並存する社会というものを、ほとんどの作品では描いていない。それは想像力に原因があるからだと思うんですよ。というのは、ロボット社会を想像するときに我々は、1つの方向性だけで考えがちですよね。

 以前から、大学にいるからには1人だけでは考え付かないような未来社会をちゃんと描くような小説は、やりたいなと思っていたんです。たとえば「攻殻機動隊」のようなロボットと「まるいち」のようなロボットが一緒にいるような社会を1つの作品で描く、そういうのはやってみたいと思っているんだけどなかなかうまい切り口がよく分からなくて、作品化できないんですよね。

 そうなったときにロボットに対して我々はシンパシーを覚えて親密化していくのか、それとも階級やコミュニティごとに変わっていくのか……。その辺、どう思います?

 僕らのいる現実世界でも実際のロボットがいっぱいいるわけでもないですからね。でもケータイだってだいたい形は似てくるから同じになってくるのかな。でも「まるいち」みたいなのと付き合いながら「少佐」と付き合うのも大変な気もするんですよね。


【櫻井】1つこれは技術論的なことになってしまいますが、アニメとか漫画のなかで表現すると、描かれた絵なので、絵に描いた世界のなかで、さらに絵を描くのは難しいんですよ。「笑い男」マークを考えるときに話題になった話なんですが、あのマークは、あの世界のなかの絵じゃないですか。そうすると、picture in picutureなわけです。絵で描かれた世界のなかの絵なので、明らかにそれが絵だと思うデザインってどういうものなのか、けっこう四苦八苦したんですよ。というのはつまり、情報量をあげちゃうと、少佐の顔とあまり区別がつかないような状態になってしまう。僕は「まるいち」って知らないんですが、それと少佐がいたとして、そういうロボットの違いをアニメのなかで表現するのは難しいと思うんです。どのレベルの抽象度と具象度でその世界感のなかに存在しているのかということを表現するのが難しいというか。

――なるほど。いまはおそらく、これからの人と機械の付き合い方を選べる時代にいるはずだと思います。ですが最近、どちらかというと、未来技術というと、1つの世界観、1つの方向性しか描かれていない感じがするんです。特にサイボーグやロボット技術に関しては。でも本当はいろいろな方向性が描けるわけですね。フィクションの世界でご活躍のお2人には、せっかくなのでさまざまなチョイスを読者に提示してもらいたい気がするんです。これはお願いなんですが。

【瀬名】それはいろんな作品のなかでいろんな世界観があるよということを示すのがいいのか、1つの作品のなかでいろんな世界観を出すのがいいのか、どっちがいいのかなあ。両者で割と描き方が違う感じもするんです。

 たとえば僕だったら『デカルトの密室』(新潮社、2005年)と『あしたのロボット』(文藝春秋、2002年)ではわりと違います。そういう使い分けはできるけど、あれを2つ合わせるのはなかなか難しいですよね。『エヴリブレス』(エフエム東京、2008年)は仮想世界で、いろんな世界観が心のなかでは全部繋がっているという形で描いたんですね。ちょっとずつ繋がっているんだけど、離れていると。時間の経過も違うと。短い小説なのであまり描けなかったんですけど。そういうことも、やってみつつはあったんです。


『デカルトの密室』(新潮社、2005年) 『あしたのロボット』(文藝春秋、2002年) 『エヴリブレス』(エフエム東京、2008年)

 「世界観」って、我々がどこまでを世界として認識しているかということであって……。たとえばいまの地球でいうと中東なども世界ですよね。あのなかに入ってみれば、イスラムはイスラムの世界観はまた違うのではないかということを考えますよね。ああいうことも攻殻機動隊の世界で描くことは可能だと思うんです。

――そういえば、「攻殻機動隊」の世界ではアメリカでさえ間接的にしか出てこないですね。意外と……。

【櫻井】そうですね。攻殻機動隊の世界では北米は2つの国に別れているという設定なんですよ。そこは『アップルシード』(士郎正宗/青心社。1985年発表)を含む原作の設定に従っているだけなんですけど。

【瀬名】世界観は世界の見方ですから、一回にひとつの世界観でしか世界が見えない、というのが僕たち人間の限界ですよね。でもたぶん、現実の世界には義体も「まるいち」も並列的に普及していくと思うんですよ。世界観の折り重なり具合そのものをうまく描き出すようなロボットものができるといいんですけどね。


世代によって異なるロボットへの思い

――さきほどの公開対談のなかで、瀬名さんから、我々の年代の成長とネットの成長が同時代的に重なっているという指摘がありました。あの点について、櫻井さんはどうお考えですか。

【櫻井】うーん……そうですね……。ネットって、僕は大学に入ったときに初めて触れたんですよ。それから12年経っていますが、毎年印象が違います。毎年というとちょっと大げさですかね。2、3年ずつくらいで、全然印象が違う気がするんですよね。

 ネットワーク社会の代表選手的存在っていうんですかね。たとえば2000年ごろは、やっぱり「2ちゃんねる」がすごかった。いまも「2ちゃんねる」はありますが、沈静化して落ち着いている。そのサイクルがどんどん速くなっている気がするんです。「ニコニコ動画」もわっと行ったけど、もう鎮静化し始めているという気すらします。瞬間最大風速みたいにシュッといっているというか……。コンテンツに対する考え方や法が整備されていないので、それが1個整備されたことで、MADムービーが全部なくなって、ある種、「ニコニコ」を支えていたコンテンツがなくなってしまったという感じがあると思うんですね。

 「ニコニコ」がわーっと出ていたときの、1年前くらいですかね、そのころの空気感と、既に違う感じがするんですよね。それと、Blu-rayが出てきて、僕らは映像コンテンツを売ってるから露骨に関係があるんですけど、収益的なものもそれとサイクルがあっていて、求められるコンテンツも全然違う作品になってきているというか……。

 「攻殻」みたいな作品は2000年ごろに出て、本当に幸せな作品だったなと思うんです。いま出しても、実は、あまり評判にならないんじゃないかなと思うんです。

【瀬名】そうかもしれませんね。僕は正直言うとね、「イノセンス」(2004年)は古いような感じがするんです。今の感覚じゃない感じがします。

【櫻井】分かります、分かります。なんか、違いますよね。択捉の超高層建築物の上を飛んでいるあのシーンも、何かふわふわしているというか、地に足のついたSFじゃない感じがしますよね。まさしく「ブレードランナー」なんですけども、択捉がどう考えてもああはならないだろうという感じがしちゃうんですよね。世界観に合ってない感じがしちゃうんですよね。


【瀬名】僕だけかもしれないけど、時々、小説を書いているときに、これはもう時代の最先端でしょと思いながら書いているわけですが(笑)――僕だけかもしれませんが「いま自分は、時代のこと分かってるぞ」と思って書いている時期と、「全然分かってないじゃないか、俺」と思う時期が波のようにあるんですよ。でね、ロボットに対してもね、今後そういうことがあるんじゃないかと。たとえば、いまパートナーロボットのことが分かってるよという人生の波と、ぜんぜん分かってないよという波。そういうものが世代ごととか年代ごとによってやってきて、そういうことでロボットとの距離感みたいなものが社会の中、あるいは個人の中で、それぞれの波ができるんじゃないかなと。

 まだ社会と自分だけなので、いまは自分のなかだけでコンフリクトを起こしているならいいんだけど、相手がロボットになっちゃうと通じあえないということが困ってしまって。社会的にそういう波がきちゃったら困るかなとか。

【櫻井】それは世代的にということですか?

【瀬名】そういうこともあるかも分からない。たとえば、いま30代の人は「ロボット分ってる感」があるんだけど、20代くらいの人は分かっていない感があるとかね、そこからさらに5年経つと、今度は分かっていない感の人と分かっている感の人が逆転するとか、そういうことはあるかもしれない。

【櫻井】もしかしたらロボットに対する憧憬がある世代と、全然、当たり前すぎて、生まれたときからASIMOも歩いている世代とでは……。

【瀬名】うん、先日、精神科医の香山リカさんと公開対談する機会があったんです。そのときに香山さんが会場の人に向かって、「僕の彼女はサイボーグ」(監督クァク・ジェヨン、2008年5月公開)という映画がありますが、あれの話をして、自分の彼氏や彼女がサイボーグ(ロボット)だと分ったとしたときにオッケーだという人、と聞いたら、そのときに会場にいた人の2、3割は手をあげたんですね。そのときの香山さんの考え方は「このように世代が変わってきている」ということでした。確かにサイボーグ技術や整形技術に対する忌避感は薄れてきているかもしれません。でもひょっとしたらこれは、サイボーグか人間かの根拠づけが正直よく分らない、サイボーグだと言われてもそういう感じもよく分からないからこその反応なんじゃないか、という気もしたんですね。それが分かるような年齢になってくるとすごい気持ち悪くなるかもしれないし。世代によって違うのかもしれない。


ロボットに期待されているものとは?

【櫻井】「絶対彼氏」というドラマがありますよね。僕は(ヒロインを演じる)相武紗季が好きなので見てましたが(笑)、ロボットという設定はあまり活きてないなと。つまり、相武紗季くらいの女性だったら別にロボットじゃなくても9割くらいの男が言うこと聞くんじゃないかと思うんですよ(笑)。これがもっと普通の子に超イケメンがかしづくということならロボット彼氏という設定が活きると思うんです。といいつつ、僕は相武紗季のファンで見ていたので番組の戦略としては正しいんですけど(笑)。

――でもそれだとラストシーンのその後が心配というか……(笑)。最近は『おひとりさまの老後』という本が話題になる世の中ですが、「SSS」にも出ていた介護ロボットの可能性はどうでしょうか。今後、将来のロボットの用途として期待されていることでもあるわけですが。

 先ほどの話にも出た『まるいち的風景』の柳原望さんが仰っていたことでもあるんですが、介護では、被介護者が介護する側に対して「こうして欲しい」という意志を伝えなければなりませんね。でもそのノウハウは実はあまり溜まっていない。その状態でロボットが出てきてどのくらいできるか。新たな機械との付き合い方にまた面倒な問題が発生することになります。「攻殻」では貴腐老人、あるいはアニメでは「老人Z」という作品もありました。どうすれば介護ロボットと人間は良い関係を結ぶことができるでしょうか。

【櫻井】そうですね、ロボットは明示的に命じられたことだけではなく、ちょっと「これですか、あれですか?」みたいな働きかけをするということはあるのかなと思います。知能機械としてプログラムされていて。そのくらいのことはあるかなと。

 ただSSSやっていたときにも思っていたことなんですが、各家庭に1台大がかりな機械を取り付けるというのは非効率的だよなと思ったりはするんです。あまり意味がなくなってしまうというか。特に独り身の場合、家にいる必要があるのかどうかということもありますし。


――だから共同体を作る?

【櫻井】そうですね。

【瀬名】確かに我々はロボットに命令しなれてないよね。どう命令すると自分がうれしいのか分からない。でもひょっとしたら介護ロボットが出るよということになったら、講習会が開かれるんじゃないでしょうか。大学でも教えるだろうし。

――ロボットへの期待は割と両極端だと思うんです。何にもできない機械だと思っている人も多いし、いっぽうなんでもできる万能機械みたいなものを望んでいる人もいる。中間的なビジョンを持っている一般の方は割と少ないように感じるんです。

【瀬名】うん、だから家庭科で包丁の使い方を教えるように、ロボットへの命令の仕方は、少なくともこのくらいは家庭で使うときは覚えていて下さいということを教えることになるかもしれませんね。車の運転のように。こう言わないと分かりませんということはあるかもしれない。

 あとは、介護福祉士さんや看護師さんがインターフェイス、インタープリターになる可能性はありますよね。

【櫻井】なるほど。インターフェイスとしてね。

――瀬名さんは看護学部の先生だったこともありますね。彼らに余裕はありそうですか。

【瀬名】ないと思いますけど、看護は肉体労働と精神労働ですよね。ですから肉体労働は軽減させてあげたいというのはありますね。あとは人間つきあい、人間関係ですよね。ルーチンで済むところは機械化して。いま言ったこととは逆ですけれど、ロボットもインターフェイスになってくれるといいかも。患者さんとのつきあいでロボットが一種のクッションになるようなケアの方法を考える。精神的な深みにハマってしまって、燃えつきてしまわないように、ロボットが看護する人にとってもうひとつの視点になるような社会がいいんじゃないでしょうか。うん、ロボットがもうひとつの「世界観」を提示してくれる感じです。そうすればいろいろ心や体に余裕がでるのでは――いや、分かりません。いま言ったことは思いつきでいい加減かもしれません。

――どんな機械が望まれているのかなあということだと思います。


【瀬名】うん、病院ならまだ分かるじゃないですか。問題は家庭訪問ですね。

【櫻井】「PaPeRo」に何をさせるかは難しいですよね。すぐ思いつくのは家電を統合するリモコンみたいなものですよね。一番平凡ですけど。でもPaPeRoは、公開討論でも言ったことですが技術的以上にキャラ的にすごく成功していると思うんですよね。ASIMOが残念なのは、デモで「僕は英語も喋れるよ」って言って英語で喋り始めると別の人の音声だったんですよ。もうその時点で、ああ録音だなと思っちゃって(笑)。いまはバイリンガルの声優さんはいるんだから、それを探すくらいの手間は取ればいいのにと思うんですよね。それでちょっとASIMOは感情移入しづらいんですよね。

【瀬名】(笑)。でもPaPeRoも昔、NECの藤田さんと僕が対談しているときに一度フリーズしたんですよ。それで再起動したんですが、そのときにPaPeRoがすごく機械的に冷たい声で「再起動します」って言いだして、そのときはむちゃくちゃこわかった(笑)。

【櫻井】なるほどね(笑)。ふだんはあんなフレンドリーなのに。

【瀬名】「PaPeRoアプリケーションチャレンジ」も、色々なのが来るんですが、ものすごく画期的なのはあまりないよね。今後も続けていきたいね、という話はしているんですが。

【櫻井】先日、NECさんの研究所に、プロダクションI.Gの文芸部の人間で見学にお邪魔したんですよ。いろんなものを見せてもらったんです。用途は分からないけど取りあえずおもしろそうだから作ってみた技術とかもあって。その状況そのものが、ああ、面白いなあと思いました。

 PaPeRoも非常にそういうものの気がします。作れたんだけど、まだ何に使っていいか分からないと(笑)。

――最近、実物のロボットで注目されているものはありますか?


【櫻井】僕は、なんとなくやっぱり文系的志向だからなのかもしれませんが、PaPeRoがすごくいいなと思うんです。言葉は悪いですけど技術力不足をキャラクターづけで乗り越えているような感じがするところが面白いなと思うんですね。ゲームクリエイターのさいとうゆたかさんが以前、「シーマン」を開発するときの話をされたことがあったんですけど、音声認識が機能しなくてデモプレイも散々だったと。このゲーム、絶対失敗する、どうしたらいいんだろうなと思ったときに、そうだ、シーマンの性格を変えて、ふてぶてしいキャラにして、「お前、滑舌悪いな」とか言って、聞き取れないと居なくなっちゃうようにしたら、みんなマイクを近づけてちゃんと喋るようになって、シーマンも聞き取れるようになってきたと。そういう話をされていて、僕はその話がすごく好きというか、感動したんですよ。そういうことが今のロボットには足りてない気がするんです。

 だから、ASIMOは「音声を日米一緒の人にする」というくらいの、一手間が足りてない感じがするんです。逆にPaPeRoは、けっこうできない子なんだけど「できない子なんですけども」という売り方をしていて、「できない子」キャラ設定をしているように感じるところがある。そこに僕は好感を持つんです(笑)。初音ミクとも通じるものを感じるんですよね。

 「初音ミク」は僕が感情移入をしたのはそこだったんです。「工場から今朝出荷されてきました」とかね、そういうところだったんです(笑)。バシャーンバシャーンとプレスされてるのが次々出てきて、それが各家庭に届けられて、みたいな感じなんですよ。ああ、ちょっと切ないな、きゅっと来るな、という感じのところです。機械です、できないです、しゃべれません、歌を通してしか思いを表現できません、とか言われると、ちょっと、グッと来るなという気持ちになってくる。

【瀬名】(笑)。

【櫻井】バーチャルアイドル「伊達杏子」が失敗した理由は、初音ミクを見ているとよく分かる。伊達杏子は「好きな食べ物はいちごです」とかいう設定で、みんなウソだろうと思ってるわけですよ(笑)。そこが乗れないところだったんです。初音ミクは「今朝、出荷されてきました」となるとそうかもなあと思うじゃないですか。そこが重要なんじゃないかなと思って(笑)。隙があって、入り込む余地があって。俺がなんとかしてやらなくちゃと思うわけです。タチコマが受けた理由の1つには少しそこもあると思うんです。

――瀬名さんのほうはどうですか。


【瀬名】そうですね……。最近、うちで和んでいるのは「小鳥日和・野鳥美術館」(タカラトミー)っていうオオルリのトイロボットなんです。前を通ったり暗くなったりするとヒヨヒヨと鳴くおもちゃなんですよ。すごく安いものなんですけれど、本当に和むんですよそれが(笑)。まあそれはどうでもいいんですけど、僕は、いままで宇宙探査ロボットに萌えたことがなかったわけです。でも大学にくると割とそういうものを研究している人がいて、だんだん好きになってきました。

 パートナーロボット以外のロボットの「ありかた」というか活躍の仕方というか、そこへの思い入れみたいなものをもう少し勉強したいですね。自分で感じたりしたいところがちょっとあります。

 というのは、人間型ロボットって、僕は、作っているところがよくわからなかった。だけど人工衛星は作っているところが見られる状況なので、ちょっと今までと違う感覚を受けています。なんというのか……、人工衛星ロボットは、人間が「自分たちで作りました」感が、ゴツゴツ出ている感じがするんですよ。

【櫻井】けっこう色んなものがむき出しですしね。それこそ「ロボコン」的なというか、無骨さゆえのロボット萌えというか。メカっぽいもののかっこよさは絶対あるような気がしますね(笑)。

――ありがとうございました。


URL
  東北大学大学院工学研究科機械系
  http://www.mech.tohoku.ac.jp/
  「瀬名秀明の博物館」
  http://www.senahideaki.com/
  プロダクションI.G
  http://www.production-ig.co.jp/


2008/08/29 00:49

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