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通りすがりのロボットウォッチャー 地には平和を、海にはロボットを
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Reported by
米田 裕
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夏だ! 海だ!
びぇぇぇぇ~! 怖いよ~(>_<)
というのが僕の子供のころに持っていた海のイメージだ。今でもさほど変わりはない。
夏ともなれば海水浴へと出かけるが、昔は海外なんぞへ行けるわけではない。僕の住んでいた場所からだと、行くのは湘南の海だ。
黒い砂。芋の子を洗うような人の数。泥水のように濁った海。おまけに僕らの子供時代は日本経済の高度成長期で、環境への配慮などまったくない。
浮き輪に油(たぶん重油)の小さなつぶつぶがべったりとくっつく海だったのだ。
しかし、そんなことが怖かったのではない。
● 深海へとつながる身近な海
僕は子供のころから宇宙や地球科学の本が好きで、図鑑やそのたぐいの本を読んでいた。
湘南の海のある相模湾は、日本の海岸線としては隣の駿河湾と並んで異例の湾で、あっという間に水深が深くなる。大陸棚が無いんである。
相模湾で1,600メートル、駿河湾で2,500メートルほどの深さだという。そして相模湾は相模トラフへと続き、その先で日本海溝や伊豆・小笠原海溝へとつながっていく。
こちらは8,000メートル以上の深さのあるものすごく深い溝(トレンチ)だ。その溝は海底を大きくうねりながら南へと向かい、サイパンやグァム近辺のマリアナ海溝へとつながっていく。
光も届かず、人の目にもふれず、高圧、極低温の水は長い年月をかけてうごめき、やがて地球の海の最深部であるマリアナ海溝チャレンジャー海淵へとたどりつく。
その発端に湘南の海があるのだ。
相模湾は、遠く離れて見ると、海の色がどんどん濃くなっていくのがわかる。自分の泳いでいるほんの目と鼻の先に、いきなり数千メートル級の切り立った崖があり、その先にはさらに深い未知なる海域が待ち構えている。そして、海水はそこと何も隔たるものもなくつながっている。
そうしたイメージを持つと、頼りない浮き輪につかまってバタバタと脚を動かしていることがものすごく怖くなってくるのだった。
マリアナ海溝は1万メートル以上とかなり深い。逆にいえば、1万メートル上空を飛ぶ飛行機から、浮き輪をつけて機外へ放り出されるイメージといえば、海での足下の心もとなさがわかってもらえるだろうか。
その昔、たまり場となっていた事務所で、まだ『鉄腕バーディー』を描いてない、メジャーデビュー前のゆうきまさみ氏と夜通し話をしたりしていたが、そのときに「だって、そこらの海の水はチャレンジャー海淵とつながっているんだぜ」と海へ行くのが怖い説を力説して、「確かに怖い」と賛同してもらったことがあったっけ。
● 深海は過酷な環境だ
そんな海へと人間は果敢に挑んできた。
まずは船で海を渡ると、今度はその興味の先を海中へと移していったのだ。
だが、海中へと人間が進むには大きな障害がある。呼吸の問題と、深くなるにつれて高まる水圧だ。
呼吸については、潜水服やスキューバダイビングによって、人が水中に潜れるようになったが、水圧はきびしい。
1センチ平方メートルにかかる水圧は、10メートル深くなるごとに1kg(1気圧)増える。100メートルで11気圧だ。
世界最深の海、チャレンジャー海淵は1万900メートルほどだというから、そのときにかかる水圧は1,091気圧ぐらいになる。1トンを超える圧力がかかるわけだ。
水温も3度以下で限りなく0度に近い。
そんなとこへは生身の人間は行けない。
そこで、潜水艇が考えられた。第二次世界大戦前、気球によって成層圏へと達した人類であるオーギュスト・ピカールは、戦後は深海へと挑んだ。
「浮力の天才」ピカールは、ガソリンを浮力材として使い、鋼鉄の球の中に人が乗るバチスカーフを発明し、深海をめざした。
1960年には、息子のジャック・ピカールの乗ったバチスカーフ「トリエステ号」がチャレンジャー海淵の底へと達したとされている。
潜水艇は、とても人の居住できる空間ではない。
日本でも、のちに独立行政法人海洋研究開発機構(JAMSTEC:ジャムステック)によって「しんかい6500」という、6,500メートルまで潜れる潜水艇が開発されたが、深海へとたどり着いて戻るのにかかる時間は8時間に制限しているとのことだ。
せまい空間に人と計測機器があるだけで、トイレなんぞはない。しかも、真冬なみにとーっても冷えるのだ。
こんな空間へ行けと言われたら、そのプレッシャーだけで僕なんぞは10分おきにオシッコしたくなっちゃうね。
実際にはカー用品店で売っている簡易トイレを持って行くとのことだが、8時間もいるなら腹も減る。食えば出るのは人間の摂理。ものすごーく狭い空間で換気もできず、隠れる場所もないところでのトイレタイムとなる。いちど潜れば皆くさい仲かね?
● 深海へは無人探査機が活躍
こんな環境なので、無人探査艇、つまり水中ロボットが活躍する場になりそうなのだ。
JAMSTECには、無人の深海探査艇がいくつかある。3,000メートルまで潜れる「ハイパードルフィン」、7,000メートルまで潜れる「かいこう7000」。
「かいこう7000」はもともと1万メートル級の潜水のできる「かいこう」だったが、ランチャーから切り離して運用するビークルを事故で失い、「UROV7K」という7,000メートル級潜水のできる無人探査機をビークルとして使用できるように改造して組み合わせたものだ。
その後、ビークルのマニピュレータや推進力を増強し、「かいこう7000II」として運用している。
1万メートルクラスの大深度探査機がなくなっていたのがさびしかったが、今年の6月には大深度小型無人探査機「ABISMO」が、チャレンジャー海淵に潜り、深度1万350メートルを達成し、海底より堆積物のコアを採集してきた。
「ABISMO」も、ランチャーとビークルの組み合わせで、ランチャーとビークル間には160メートルのケーブルがあり、海底をクローラで走るビークルからの映像をリアルタイムに見ることができる。
人の行けない深海底を走り、光ファイバーケーブルによって映像を送ってくるビークルは、遠隔操縦型ロボットといえるだろう。
日本は、いちどは失ってしまった、1万メートルクラスに潜って見られる「視覚」を取り戻したといえる。
自分で潜るのはいやだけど、こうした映像は見てみたいものだ。操縦者は、自分が深海底にいる感覚がするのだろうか?
● 海でも自律型ロボットが活躍
そしてJAMSTECには、3,500メートルまで潜れる自律型ロボット潜水艇(AUV)の「うらしま」がある。
密閉型燃料電池によって、航続距離は300キロメートル以上にもなる。これは現在のところであって、将来的にはもっと航続距離をのばすとのことだ。
つまりは、ずーっと潜って調査ができることを目指すわけだ。時々浮上して、収録した映像やデータを通信衛星を使って送って、また海中へと潜っていく。そうしたロボットになっていくわけだ。
現在は、カメラによる映像や、水中音響装置による測量をするだけだが、将来的にはマニピュレータの搭載も考えているという。
魚に手の付いた「およげたいやきくん」状態だが、よりロボットに近づいた姿となるのだろう。
水中には地上からの電波が届かないが、海中のあちこちに交信ステーションを設置してしまう手もある。
一定期間活動した自律型ロボット潜水艇が立ち寄って、自動的にデータを送受信するような深海のステーションができれば効率もよくなりそうだ。
日本は地震国だ。内陸型もあるが、いま懸念されているのは海洋海溝型の大地震だ。
日本海溝は8,000メートル級と深いが、南海地震を起こすと言われている南海トラフは4,000メートル級の深さだ。
これなら「うらしま」で、調査ができそうだ。1台だけでなく、何台ものAUVが日本の海にいる状況になってもらいたいものだ。
そして、映像やデータの送信だけでなく、自己判断もできる知能がほしい。
その昔のベストセラーだった、小松左京さんの『日本沈没』だが、日本近海の海溝やトラフへは人間が潜水艇で潜って観察している。
日本海溝の底にうごめく、巨大ななめくじの這った跡、乱泥流の発見から物語は緊迫していくのだが、21世紀の現在ともなれば、そうした発見を自律型海洋ロボットが行なってもいい。
そうした発見をロボットができるのか? という部分については、ロボット研究者にゆだねたい。
日本近海にたくさんのAUVが潜航し、動きつつ異常がないかパトロールをする。それぞれのAUVには名前があり、相互交信をしたり、人間とも会話をする。
「こちら太郎。現在足摺岬沖を航行中だが、重力異常と海底のひずみを検知した」
「あら太郎。こちら乙姫よ。その海域は2カ月前に地震があったわね。その影響とは違うの?」
「何か違うパターンを検出しているようだ。この付近にはあと誰がいる?」
「紀伊水道にダイスケがいるわ」
「こちらダイスケだ。重力異常はこちらでも検知している。モホロビチッチ不連続面からの異常振動による電磁気現象も確認している」
「海底域で微弱地震が発生してないか確認して」
「どうも気になる。トーキョーにいるタドコロに連絡しよう」
「インマルサットとのリンクが不調だ。Eスポットによる攪乱かもしれん」
「となると地磁気異常か」
「浮上して携帯基地局とのコネクションを試みる」
なんて未来がやってくると面白いけどなぁ。
● 浅瀬から深海までロボットが働く
こうした潜水艇型ロボット以外にも、海中ロボットには浅い海で使用する、多足型ロボットなんてのもある。
こちらは防波堤工事や湾岸工事などに使うそうだ。
海中の浅い部分で運用し、工事の補助をする。人間がスキューバで潜って作業をしても、時間的な制約があるので、ロボットは必要となるだろう。
こうした水深100メートルクラスの作業ロボットは、人が乗り込むタイプもできるかもしれない。
海には人間を寄せ付けない環境がある。そうした部分へ入り込めるのはロボットになるだろう。それは宇宙へと向かうフロンティアと同等な価値がある。
個人的には「海は怖いな大きいな」の気分であるが、この海の内部を解明していかないことには地球科学では不明な部分も多い。
そして、人を拒む環境ではロボットの活躍が期待される。
個人的には人魚型女性ロボットなんてのがほしいけどね(笑)。
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米田 裕(よねだ ゆたか)
イラストライター。'57年川崎市生。'82年、小松左京総監督映画『さよならジュピター』にかかわったのをきっかけにSFイラストレーターとなる。その後ライター、編集業も兼務し、ROBODEX2000、2002オフィシャルガイドブックにも執筆。現在は専門学校講師も務める。日本SF作家クラブ会員
2008/07/25 00:17
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