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鹿野 司の「人生いろいろ、ロボットもいろいろ」
-ロボットが解き明かすコツと目の付け所-

Reported by 鹿野 司

 科学と技術。

 両者は、日本では「科学・技術」みたいに並べて書かれる事が多くて、フツーは、その違いを気にする事は少ないと思う。

 だけど、その目指すところは、本質的に違っている。

 科学とは、世界の真実を見いだす行為。

 それがもたらす新鮮な驚きがなによりも大切で、何かの役に立つかどうかは、まあ、どうでも良いことだ。

 もちろん、その成果が、直接お金になる必要もない。

 一方、技術は、人間の思いを形にする行為。

 この世に存在しなかったものを創造し、何かの役に立たねばならない。

 これは基本的に、お金になる(する)必要がある。

 ただし、両者は相互作用する。

 科学的な知識の蓄積がなければ、新しい技術は産まれない。

 また、新しい技術の開発が、新しい科学の地平を切り開く。そしてさらなる科学の深まりが、より新しい技術を可能にしていく。

 ロボットの面白さは、この両者を表現できることだ。

 現実のロボットは、もともと工学の産物として、具体的な問題を解決する、産業に役に立つものとしてはじまった。

 代表的なのが産業用ロボットで、現在、世界で80万台以上が稼働しているという。そして、このうちの約40%、35万台が日本国内で使用されている。しかも国内で新たに生産される台数も、年間10万台のオーダーで、これは世界の7割近い。日本がロボット王国と言われるわけだよね。


ロボットをざっくり3つに別けてみる

 さて、ここでオレ流に、現在のリアル・ロボットを、ざっくり3種類に別けてみたい。

 まず第1は、既存技術で、ある最適解を求めるもの。

 これには産業用ロボットや、ROBO-ONEなどのホビーロボットが含まれる。やるべき事も、それを実現するための技術も、かなり明快に解かっているタイプのロボットだ。

 第2が、既存技術+少し先の科学を含むもの。

 ホンダやトヨタの企業の広告塔的なロボットや、無くなってしまったAIBOやQRIOのようなハイレベルのエンターテインメント・ロボット、それから多くの大学、研究機関で研究されているロボットがこれに含まれる。

 そして第3は、科学のプラットフォームとしてのロボットだ。

 ロボットが工学だけでなく、科学にもなり得ることを最初に発見したのは、早稲田大学の故・加藤一郎さんだったと思う。

 加藤さんは、1960年代前半から動力義手、義足の研究をはじめて、1970年代に日本ではじめて二足歩行するロボットの研究を行なった、この分野の先駆者だ。

□早稲田大学ヒューマノイド研究所
http://www.humanoid.waseda.ac.jp/history-j.html


 日本には、歩行ロボットやヒューマノイドの研究者が、世界的に見ても凄く多いけど、それは間違いなく、加藤一郎さんという人が日本にいたからなんだよね。

 この研究以前は、人間の歩行がこれほど難しいものだとは、誰も考えていなかった。人間が無意識に易々とやっていることなど、機械を使えばいとも簡単に実現できるに決まっていると、何となく思われていた。

 ところが現実にそれを機械にやらせようとしたとき、想像を絶する難しさにぶつかった。人が無意識にやっていることの中には、実は恐ろしく奥の深い、科学の対象があることが「見いだされた」んだよね。

 実際、早稲田の研究のごく初期の頃は、人の歩き方よりも遙かに簡単な静歩行でさえ、一歩踏み出したあと、二歩目が踏み出せなかったくらい。

 その頃から30年以上の時間が過ぎ、今ではホンダやトヨタのロボットたちが、とても上手に歩いたり走ったりしてみせている。ひょっとすると、歩行の研究も、ほぼ片付いたという印象を持っている人もいるだろう。

 でも、現実は全くそうじゃない。

 前回紹介したBigDogのように、これまでのロボット工学の王道的なアプローチだけでは、極めることが難しい歩行の世界がまだ残されている。

 そしてそれは、おそらく知能の本質とも深く関わってくる、科学としての深く豊かな謎を含んだ問題なんだよね。

 知能の謎の解明と応用については、人工知能という分野が、コンピュータの黎明期からある。ただ、近年は、コンピュータだけを使う知能研究に限界を感じ、ロボットという肉体を持たせなければ、知能の本質には到達できないと考える人が増えている。

 こういうと、知能ってのは頭脳の話なのに、なんで体が必要なの? とか、体があれば知能が解るってどういう事なの? なんて、いまいちピンとこないかもしれない。でも、この新しい潮流では、心(知能)とは、体を通じて外界と相互作用することで生まれると考える。極端に言えば、体なしの知能なんてものは、ありえないってことだ。

 そして、そのような科学の研究には、どうしたってロボットが欠かせない。

 この科学の道具としてロボットを使う研究の中で、ぼくが最も面白いと思うもののひとつが、東京大学の國吉康夫さんの仕事だ。國吉さんの研究は多岐にわたっているんだけど、今回はまず、「コツ」と「目のつけどころ」について紹介しようと思う。


コツとは何だろうか

 國吉研のロボットを見て、まず驚かされるのは、その「起きあがり」の技の素晴らしさだ。

 横たわった姿勢からのロボットの起きあがりは、東大JSKのロボットが元祖で、その後ソニーのキュリオや、産業総合研究所のHRP-2などが実現している。

 これらが実現したのは、あらかじめ、起き上がるための手足の動きの軌道をプログラムとして与え、そこからズレないようにしながら立ち上がるやり方だ。

 動きかたを見ると、最初に基準の姿勢になって、そこから決められたパターンをそろそろと実行していく、いかにも機械って感じなんだよね。

 ところが、國吉研のロボットのやり方はまるで違っている。

 ビデオを見れば一目瞭然だけど、横たわった姿勢から、手足を上に振り上げる反動で腰を高く持ち上げ、足が降りていく勢いを使って、くるりと立ち上がる。まるで人間と同じ感じで、こんな反動や勢いを使うロボットは他に例がない。


【動画】産総研「HRP-2P」の起き上がり動作 【動画】國吉研のロボットの起き上がり動作

 この方法では、背中のあちこちが床と接触しながら転がるので、床からの反力や摩擦も刻々変化し、複雑で不確定になる。つまり、従来のような、決められた軌道を動く制御は、絶対不可能なんだよね。

 それなのにどうして、このロボットにはそれができるのだろうか。

 それは、人の起きあがりの「コツ」を、うまく取り入れているからだ。このロボットには、人の動きのエッセンスが取り入れられているんだよね。

 これを実現するために、國吉研ではまず、人の立ち上がりかたをモーション・キャプチャで計測する実験が繰り返し行なわれた。すると、予想もしていなかったことがわかってきた。

 起きあがりの時の姿勢の変化を表すために、縦軸に腰の角度、横軸に膝の角度をとったグラフを描いてみると、試行ごとに必ず通る場所と、ばらつく場所がある。(下図)


縦軸に腰、横軸に膝の角度を取ったグラフを見ると、転がっている時の動きはかなりバラついているのに、足裏が地面に接して、重心が腰から足に移る瞬間は奇麗に軌道が一致している事が解る。ここがコツのポイントだ

 「これは、ロボット屋にとっては不思議な事なんです。普通のロボットの制御は、関節の動かし方の刻々の状態を一通り考えて、その通り動かそうとします。だから誤差はあるけど、それを少なくしようとするので、グラフのばらつきはどの場所でも同じくらいに収まる。ところが人間は、ある場所はピシッと揃うのに、別のところはやるたびに、かなり違っていても良いらしい……」と國吉さん。

 この不思議な現象を力学的に解析してみると、足が床について、重心がお尻から足に動く瞬間は、厳密にある条件を満たさないと、立ち上がれない事が解った。そこで、動きのシミュレーションを何千何万回と繰り返して、そこを通る動きの軌道を生成し、ロボットに入れたのだという。

 「足が床に着く瞬間にどんな姿勢になっているかが、この運動のコツといえます。そしてそれは、運動方程式が違うものに切り変わる瞬間=ダイナミクスの切り変わるときだと言うことも明らかになりました」

 コツとは、大事なポイントがあるという事だ。

 全体を一様に真似するんじゃなくて、押さえるべきところを押さえればうまくいく。これはまさにそのようにして、人の起きあがりを真似たロボットなんだよね。


目のつけどころは見い出せるか

 一方、「目のつけどころ」っていうのは、コツのポイントを見つけだす能力の事だ。そして、目のつけどころが解るようになれば、それは真似という行為の解明につながっていく。

 目のつけどころに関する研究として、國吉さんは、人が積み木を取ったり、積んだりする様子を、機械に理解させる方法を明らかにしている。

 人が積み木を取るような動きは、動きとしてはごく単純に思える。ところが、それを機械の目で逐一追跡させても、これなら積み木を取った事だと教える事は意外に難しい。

 なぜなら、人は積み木を取る時、やるたびに違う動きをしていているので、いくら動きの座標や速度データを精密に測定して、それで定義しようにも、法則らしきものが全く見あたらないからだ。

 それを教えるには、何度やっても変化しない、不変な情報が何かをつきとめる必要がある。そこで知恵を絞った結果、手が物体に向かってまっすぐ進む時と、その場所から手が放れていく時がキモだと解ったんだよね。

 つまり、その前後の瞬間だけ集中して見て、手が放れた時に、物体が消えていれば、積み木を取ったと言う事になるわけ。

 これは、言葉を変えると、ダイナミクスが切り変わる瞬間だし、因果性を認識させているってことでもある。

 因果性とは、ひとつ前の状態が、次の状態をどう決めるかということで、これは方程式で表せる。この因果性の概念を使えば、ロボットの起きあがりも、物をつかみ取る行為も、等しく説明できるというのが國吉さんの考えだ。

 これまでのところ、コツや目のつけどころは、人間が一生懸命観察し考え抜いて見つけて、機械に入れている。それをロボット自身が見つけて学習できたら、本当にすばらしい。

 でも、このコツ=目の付け所を見つける、汎用的な原理は存在するのだろうか。

 「それがあるかどうか、今探しているところです。今の予感では、かなり広い範囲でそれができる原理がありそうな気がしています」

 さらにコツのポイントは、運動を助けるために、介入しやすいポイントでもある。つまり、ロボットのコツの研究を通して、人間の動きのコツの解明も進んでいく可能性がある。

 また、介入しやすいポイントは、柔道などの技をかけるポイントと同じものかもしれない。これについては、まだ確実な事はいえないけど、國吉さんが強く興味を持っているテーマの一つだ。

 こんなふうに、コツと目のつけどころを巡っては、新しい可能性がまだまだたくさんある。たとえば、ロボットの全身に触覚を持たせて、それをもとに「上手に」体を使いこなすことで、これまでのやり方ではできなかった、大きな力を出す事ができることも解ってきている。それについては、次回のお話でもう少し詳しく説明しよう。




國吉研のロボットについて

 國吉研のこのロボットには、実はある名前が付けられていたのだけれど、今ではその名は封印されている。

 それは、アイザック・アシモフの『鋼鉄都市』や『はだかの太陽』に登場し、最終的には人類の運命に大きく関わったロボットにちなんだもので、根がSFのオレ的には、なかなかいいかんじの名前だと思うんだけど、ホンダがアシモという、アシモフと足をかけた、オヤジギャグ的名前を使っているので、使うのにためらいを感じちゃったみたい。

 このロボットは、全身を使った運動を想定して1996年から作り始められた機体で、ボディの各部分が丸みを帯びているのは、転がったりするためだ。

 身長154cm、体重68.3kgで、自由度は46ある。腕や脚の自由度は標準的な6ずつだけど、指が片手5、目も片方3ある。さらに、腰に3、首に3あるのも特徴的だ。國吉さんによると、本当は腕や脚も人と同じ自由度7が欲しかったけど、大きくなりすぎるので泣く泣く手首足首の自由度は落としたという。

 普通の歩行ロボットと違って、腰より高いところへよじ登る事も想定しているため、懸垂もできて素早く動ける大パワーの腕も持っている。また、関節の動く範囲も大きくて、大股開きもできてしまう。慣性を生かして動いたり、反動を使う事を考えているので、駆動系も定常運転ではなく、5KWの瞬発力が出せるように作られている。

 また、転がるためにバックパックはつけられないので、コンピュータなどは外に有線で出している。その分、CPUも強力で、独自開発のリアルタイム性を持たせたLinuxを使っていて、通常のロボットの10倍の速さで力の微妙なコントロールができる。

 また、独自の触覚センサによって、胸、背中、腕、お尻、脚、足裏、掌など全身1,864点の触覚点が付いていて、ここまで全身を触覚で覆ったロボットは他にない。


前回記事のお詫びと訂正

 最後に前回の記事のお詫びをひとつ。読者の方からご指摘を頂きましたが、本文中にBigDogは水圧アクチュエータで動いていると書いたの、これは間違いでした。ボストンダイナミクスのWeb ページを読み直したところ、ガソリンエンジンで駆動される、油圧アクチュエータと解釈したほうが正しいかんじ。

 hydraulic actuation は油圧も水圧も含む液圧という意味なんだけど、普通は油圧の意味で使われていて、あえて水圧と解釈する理由はありません。

 この記事を書く前に、1980年代に行なわれた極限作業ロボット・プロジェクトについて思い返していて、そこで作られた水中ロボットに水圧アクチュエータが使われたので、ついこれも水圧かと思い込んでしまったみたい。

 と、まあ、こんなぐだぐだなところがあるオレなので、みなさん、つっこみや疑問など大歓迎です。よろしくお願いします。


関連記事
鹿野 司の「人生いろいろ、ロボットもいろいろ」
-BigDogの秘密にせまる-(2008/04/04)





鹿野 司(しかのつかさ)

 1959年名古屋生れ。科学ライター。科学、コンピュータ、SF誌を中心に、コラム、インタービュー記事を執筆。映画、『ガメラ2』の科学考証なども手掛ける。7月からスタートするアニメ版『鉄腕バーディ』でもSF設定してます。現在、月刊ログイン(連載24年超。6月からネット版に以降)、SFマガジン、などにコラムを連載中。

 著書『オールザット・ウルトラ科学』(アスペクト,1990)『機動警察パトレイバーデジタルライブラリーVOL.01』(バンダイビジュアル、1993 CD-ROM for Macintosh)『狂牛病パニック』(共著、竹書 房、1996)『巨大ロボット誕生』(秀和システム、1998)『教養』(小松左京・高千穂遙共著:徳間書店,2000)など。SF作家クラブ、宇宙作家クラブ会員。

 ブログは「くねくね科学探検日記」。そのうち連動企画などもするかも。



2008/04/16 16:50

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