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「次世代スパコン」の脳神経系シミュレーションがロボットを変える
~第26回日本ロボット学会学術講演会 特別講演レポート


 9月9日~11日の日程で神戸で行なわれた第26回日本ロボット学会学術講演会では、特別講演として、独立行政法人 理化学研究所(理研)次世代計算科学プログラム 副プログラム・ディレクター姫野龍太郎氏による「次世代スーパーコンピュータとグランドチャレンジ~次世代スーパーコンピュータ開発プロジェクトからロボット開発へのエール」が行なわれた。

 講演会場は神戸ポートアイランドにある神戸ポートピアホテル。2011年4月には、その近くである神戸ポートアイランドのなかに「次世代スーパーコンピュータ」が部分稼動を開始する予定になっている(完成予定は2012年3月)。JAMSTECの「地球シミュレータ」の256倍の計算速度を持つスーパーコンピュータだ。神戸大学の大須賀氏は「これまではロボットとスパコンはあまり関連がなかった。だがこれからはできることがいろいろあるのではないか」とこの講演の企画趣旨を解説、姫野氏を紹介した。


次世代スーパーコンピュータの立地 2010年5月に完成予定の建屋 現在、神戸ポートアイランドにて工事中

理化学研究所 次世代計算科学プログラム 副プログラム・ディレクター 姫野龍太郎氏
 姫野氏はもともと流体の研究者。「ジャイロボール」という変化球の提唱者の1人としても知られている(詳細はWikipediaや著書『魔球をつくる』(岩波科学ライブラリーなどを参照されたい)。理研以前は日産自動車で車のシミュレーションを行なっていた。車を取り巻く空気の流れのシミュレーションは、単純な二次元モデルから始まり、だんだん実車に近いものの再現ができるようになっていった。1995年には10mm以上のエンジン内部品をすべて再現した流れのシミュレーションができるようになった。

 だが、始めた1985年当時は、とても数年内には実用になるとは思われておらず、姫野氏も多くの人から「やめろ」と言われたという。だが10年でそこまで達したのである。誰から何を言われようとも、挫けずに研究を続けたことが、そこまで達したポイントだったという。

 だがスーパーコンピュータの歴史を振り返ると、少なく見積もっても5年で10倍の性能アップを果たしていることが分かる。10年経つと100倍の性能になるわけだ。よって、当時から10年後の成功は予想できたとも言える。重要なことは10年前に10年後を夢見ることができるかという点だ。どの分野でも新しいことに挑戦すること、新しいことに挑戦する若い人の参入が必要だという。


車の流体シミュレーション発展の歴史 スパコン発展のトレンド

 いっぽう最近の実際のコンピュータ開発の歴史を振り返ると、1,000倍の速度向上を果たすのに11年かかっているそうだ。1,000倍を11年で達成するいっぽうで、同時に、コストは逆に1/100以下、1/1,000以下になっている。オーダーが2つ3つ変わる世界だ。それはできないことが可能になる世界だという。ただし、座して待っていても新しいことは起こらない。「できるはずだ」と思って努力することが必要であることは言うまでもない。

 スーパーコンピュータのハードウェアの寿命は5年程度だという。いっぽう、ソフトウェアの寿命は10年以上ある。今度開発されるコンピュータは1秒間に1兆の1万倍の計算ができる。だが、それでも寿命は6年くらいではないかと思っているという。重要なことはコンピュータは所詮道具であるということだ。どういうふうに使うかが重要で、それは、どんなことを実現したいかにかかっている。そのためにも、若い人にできるだけチャレンジングなことに挑戦してほしい、あまり現実ばかりを見続けないで夢を忘れずに、5年・10年・20年の単位で見ることも重要だと姫野氏は語った。


 さて、次世代スパコンの開発がスタートしたのは2006年1月からだが、2004年には研究は始まっていた。2006年度には、使いたいと思った人に使ってもらうための法律まで制定している。これまでのスパコン、すなわち「地球シミュレータ」や「数値風洞」はいずれも、ある特定研究機関に属したスーパーコンピュータだった。今度の次世代コンピュータは、完成すると日本国民なら誰でも申請して第3者委員会が判断して許可を出せば使えるようになるという。

 次世代コンピュータの開発費には1,154億円が計上されている。なぜこれが認められたのか、姫野氏はコンピュータ開発の現状・背景を解説した。スーパーコンピュータだけではなく、コンピュータのプロセッサ開発は数社に絞られている。日本のスーパーコンピュータは、これまでNEC、富士通、日立の3社が開発していた。だがいまや性能の向上したパソコンによるPCクラスタがスパコン市場を食っており、同時にスパコン市場そのものは拡大していないため、この3社関係は崩れ始めているという。

 他でも半導体メモリもかつては日本の独壇場だったが、いまは韓国や台湾に主力が移っている。このままでは、家電や携帯電話など組み込み用プロセッサそのほかの開発も日本から出て行ってしまう可能性がある。いったん失ってしまうと技術的蓄積が消えていく恐れがある。「スーパーコンピュータは技術革新の源であり、開発・利用技術は是が非でも世界水準を維持する必要がある」と姫野氏は強調した。

 そこで文部科学省はスパコン開発ビジョンを立てた。それが次世代スパコンを作り、徐々にダウンサイジングさせながら各研究所に普及させていくというシナリオだ。こうして最先端のものを継続的に開発していこうというわけだ。これまでの開発と異なる点は、単発の開発ではなく継続的開発であるということと、1つの研究機関が使うのではなく、広く共同利用施設として準備しているという点だ。運用センターでは社会人も含めて技術研修ができるものにしていきたいと考えているという。

 次世代スーパーコンピュータでは、用途も特定のものだけではなく広げていく予定だ。非常に幅広い分野で利活用することになっており、基本方針は、シミュレーションにより科学技術の競争力を維持する、スパコンの開発力を国内に保持することを目的としている。単に世界一のスパコンを開発するだけではなく、産業競争力を高めることが本来の目的だという。


次世代スパコンのこれまでの経緯 文部科学省による高性能スパコン開発ビジョン ぺタフロップス級スパコンの用途

 たとえば、低消費電力CPUを作る新規性の高い技術をベースとした波及効果を狙ったり、また、開発したプロセッサを組み込み用のプロセッサに展開していくことも1つのやり方だという。

 プロジェクトリーダーはNECのSXシリーズの開発を引っ張ってきた渡辺貞氏がつとめ、3社との共同開発で行なっている。他にも各大学や国立天文台、JAXAやJAEAなどと共同研究契約を結び、開発にあたっている。現在はハードウェアの詳細設計段階で、施設は今年の3月に着工、工事中だ。建物は2010年の5月末に完成予定である。最初は21本のベンチマークプログラムを走らせる予定になっている。システムはベクトル型とスカラー型を組み合わせた複合型だ。


開発体制 スケジュール

ターゲットアプリケーションと21本のベンチマークプログラムでシステム検討を行なう システム概要

 さて、では何に使うのか。その大きなターゲットがライフサイエンスだ。ライフサイエンス分野では遺伝子からたんぱく質、組織、器官、そして全身と、分子スケールから全身に至るまで、重要な課題がある。ミクロからマクロまでが互いに深く関連していることが特徴だ。

 姫野氏は、これまでのライフサイエンスは「風が吹けば桶屋が儲かる式」に記述していく学問だった、という。次世代スーパーコンピュータではさまざまな反応を同時に計算し、拮抗的な関係にある反応や分子、細胞、臓器全身スケールと階層を越えた現象を統合的に扱う。4つのアプローチをスパコンに実装し、生命現象の統合的理解と健康科学への応用、つまり薬の開発や医療技術への応用につなげていくという。

 分子動力学、量子化学など方程式にもとづく分子レベルの計算をちゃんと行なうことで、たんぱく質のフォールディングや反応の詳細も計算で分かるようになるはずで、生命現象の要素の仕組みもわかる可能性があるという。

 現状でも、たんぱく質でできた分子モータが動く様子をコンピュータで計算することはできている。熱ゆらぎで分子が動き、それをラチェットで一定方向の回転に繋げているということが分子レベルでわかっている。このような仕組みを使えば、非常に小さなモータができるのではないかという。また、細胞1つを100万個のボクセルに分割し、生きている状態をシミュレーションするという取り組みも行なう。

 また現在1mm分解能の人体モデルがあるが、これを3年以内に0.3mm分解能にまで解像度を上げて、骨や筋肉、血管系をシミュレーションする。筋骨格モデルをうまく繋ぐことで、体内に内臓がある状態のままで精密にシミュレーションして動きを見たりすることが可能になるだろうという。筋肉骨格系だけでシミュレーションするのと違って、たとえば歩くことで下肢にたまった静脈血が効率的に戻される様子などが分かるはずだという。


狙いは「生命体統合シミュレーション」 異なるスケールの実験データと研究を結びつける 分子スケールの研究

細胞のモデル化 臓器全身シミュレーションを行なう 筋骨格だけでなく内臓も含めて動きをシミュレーション可能

 さらに2008年10月からは、脳神経系チームを設置する予定だ。神経細胞のシミュレーションを行なうためだ。細胞回路シミュレーションと無脊椎動物の脳全体のシミュレーションを行なう。それによって、いまは蛾にコントロールさせているロボットを、蛾の脳神経系を模擬したプログラムを走らせた次世代コンピュータに繋いで、その動きを見て確認するといったことも可能になる。

 なぜ蛾なのか。人のシナプスの数は多く、次世代コンピュータでも実現は難しい。では何なら実現できるか。哺乳類の視覚処理回路と昆虫レベルの脳全体がシミュレーションできるレベルなのだという。脳神経系のシミュレーションにおいて分子、細胞、臓器全身、データ解析融合の異なる4つのアプローチに対して「スケール間連結アプローチ」を実行して統合する予定だ。

 将来は、次世代スパコンをロボットのなかに組み込むようなことも可能になるのではないかと姫野氏は語った。神経系レベルでモデル化し、それをちゃんと再現することができ、なおかつ、ゆくゆくは11年で1,000倍という性能を信じれば、チップにすべての、あるいは限られた部分での人間の判断能力を1チップのなかに入れることができて、ロボットも制御できるのではないかと考えているという。

 また、脊髄損傷で運動ができなくなった人たちとロボットの間を繋ぐインターフェイスを開発するようなことも、脳神経系モデルや精密人体モデルからできるようになるのではないかと考えていると語った。


2008年10月に脳神経系チームを発足させる 研究体制 無脊椎動物の脳全体をシミュレーションする

哺乳類の視覚系シミュレーション スケール間連結アプローチで異なるスケール研究を結びつける

URL
  第26回日本ロボット学会学術講演会
  http://www.org.kobe-u.ac.jp/rsj2008/
  理化学研究所 次世代スーパーコンピュータ開発実施本部
  http://www.nsc.riken.jp/index_j.html

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( 森山和道 )
2008/09/12 16:22

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