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燃焼試験が行われたMHI田代試験場(秋田県大館市)。一番奥に見える塔がエンジンのテストスタンド
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国際宇宙ステーション(ISS)に補給物資を運ぶため、日本が開発している輸送機が「HTV」(H-II Transfer Vehicle)である。このHTVで運ぶ物資の量は6トンで、機体を含めた全重量は約16.5トンにもなるのだが、日本の主力ロケットである「H-IIA」では、最強型の204型でも打上げ能力が足りない。HTVを打上げるために、新たなロケットも必要となるのだ。
そこで現在、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業(MHI)が共同で開発を進めているのが新型の「H-IIB」ロケット。最大の特徴となるのは、メインエンジンの「LE-7A」を2基搭載していること(これをクラスタ化という)。海外ではスペースシャトルのオービターなどに例があるが、日本のロケットでメインエンジンのクラスタ化は初めてとなる。
現在、このH-IIBロケットは、実機の1段目を模擬した「厚肉タンクステージ」での燃焼試験が行なわれているところで、11日には最後となる予定の第8回目の試験が実施された。今回、この燃焼試験が初めて報道向けに公開されたので、本レポートでその模様をお伝えしたい。
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H-IIBロケットの概要
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H-IIAからの主な変更点
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主な仕様の比較
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● H-IIBはH-IIAの強化型ロケット
H-IIBロケットは前述のように、従来のH-IIAロケットの1段目エンジン(LE-7A)をクラスタ化し、打上げ能力の増強を図ったものだ。
より重いものを運ぶためには、より強力な推力が必要となる。このためには、強力な新型エンジンを開発する方法も考えられるが、推力が2倍のエンジンを一から開発するのは長い時間と膨大なコストがかかる。最悪の場合、開発に失敗することもあり得る。しかしクラスタ化はすでに実績のあるエンジンを使用できるので、低コスト・短期間・低リスクでの開発が期待できる。H-IIBが187億円という「格安」なコストで開発できるのも、そういった利点によるものだ。
H-IIBロケットの場合、なるべくH-IIAのコンポーネントを利用することで、開発費の更なる低減を図っている。1段目はエンジンのクラスタ化に伴い、直径が4mから5.2mと太くなっているが、2段目は基本的にそのまま利用する(重いHTVを頭に搭載するので、強度を上げるための小変更は行なわれている)。エンジンのクラスタ化についても、燃料配管の分岐点をエンジンから遠くにもっていくなどして、開発リスクの低減を図っている(性能的にはエンジンに近いところで分岐した方が良いが、開発の難易度は上がる)。
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タンクのドーム部の国産化も行なわれている。また接合は溶接ではなく、新たにFSWという手法を採用した
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HTV用の大きなフェアリングも新規開発。打上げ直前に実験用試料を入れられるように、大きなアクセスドアも作った
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配管がタンクのすぐ後で分岐しているのが分かるだろうか。この方がエンジン間の干渉を抑えられるという
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グラフ(右下)のBの範囲はH-IIAがカバーし、より軽いAの範囲の2機同時打上げをH-IIBが担当する
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また固体ロケットブースタ「SRB-A」については、現在、改良型(SRB-A2)がH-IIAで使用されているが、H-IIBの試験機(初号機)の打上げでは、新型のSRB-A3が使用されることになるという。もともとSRB-A改良型は、H-IIAロケット6号機の失敗の原因となったことを受け、いわば“暫定的”とも言える改良が施されていたものだ。新しいSRB-A3は、抜本的なノズルの設計変更により、問題となった局所エロージョンが発生しないようになっているそうだ。試験機で問題がなければ、今後H-IIAでも使用されることになる。
ところで、H-IIBロケットは「HTV専用」というわけではなく、商業衛星の打上げも視野に入れている。H-IIBロケットは静止トランスファ軌道(GTO)に8トンの打上げ能力があるので、4トン級の静止衛星であれば2機同時に打上げることができる。2機上げてもコストがH-IIAの2倍かかるわけではないので、1機当たりのコストは安くなるというわけだ。
● 燃焼試験、山中に響き渡る大音響
MHI田代試験場(秋田県大館市)で実施されているのは「厚肉タンクステージ燃焼試験(BFT:Battleship Firing Test)」と呼ばれるもの。クラスタ化した第1段推進系システムの設計妥当性確認を目的としたもので、推進剤のタンクは全く異なるものの(より頑丈なものが使われている)、それ以外は実機と同じ、または実機相当のものが使われている。ちなみに略称を見て「なぜにBattleship?」と思った人もいるかと思うが、これは分厚いタンクがまるで戦艦のよう、というアメリカンジョークらしい。
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厚肉タンクステージ燃焼試験
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今回も含め、合計8回実施された
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田代試験場は、大館市内から車で1時間ほどかかる山中にある。ロケットのエンジンという危険極まりないものをテストするため、こういった場所に試験場があるのだが、付近には田代岳(1178m)への登山口もあり、一般の人でもこのあたりまで来ることはできる(もちろん敷地内には入れない)。冒頭で「公開は初」とは書いたが、BFTの実施は事前にWEBサイトで予告されているので、こっそり見に来たマニアもいるかもしれない。
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田代試験場のそばには田代岳への登山口(荒沢登山口)も
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途中には「五色の滝」という絶景ポイントもあった
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今回、報道陣が案内された場所は林道の脇で、ここからは厚肉タンクステージが設置された建物が良く見える。普段、種子島で取材するときには3kmほど離れた場所から見ることになるのだが、この場所はエンジンからの距離が700m程度と、かなり近い。実際の打上げと違い、固体のブースタはないのだが、エンジンのクラスタ化もあり、かなりの大音響が体験できそうだ。
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プレスの見学場所はこんな状態に
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ここから見ると景色はこんな感じ
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4Fと書かれたフロアにノズルがある
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この日、当初は13時にBFTを開始する予定だったが、作業が順調に進んだため、前倒しで12時に実施されることになった。以下に動画を掲載するのでご覧いただきたい。
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【動画】エンジン付近のアップ。隙間から炎が見えるが、エンジン2基は奥方向に並んでいるので、1つしか見えない
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【動画】こちらは引いた映像。燃焼ガス(実際には水蒸気)は耐火コンクリートで向きを変えられ、上空に放出される
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今後のスケジュール
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燃焼時間は55秒と、ほぼ予定通り(推進剤の搭載量が実機より少ないので、このくらいしか燃焼が続けられないのだが、エンジンで難しいのは起動と停止なので、定常時間は短くても試験に支障はない)。エンジンの燃焼圧力は、NO.1エンジンが約12.24MPa、No.2エンジンが約12.21MPaとなった。データとしては問題ない結果とのことで、今後は種子島でのH-IIB実機を用いた燃焼試験(CFT)を行なうことになる。
● JAXA/MHIの大サービス
ところでBFTが終わった後で、建物の中に入ってエンジンを間近に見ることができたのだが、残念ながら撮影は禁止。写真がないと説明しずらいのだが、エンジンは実機と同じ直径5.2mの胴体に取り付けられていた。筆者が現地で急いでスケッチした絵を添付するので、イメージだけでも掴んでもらえればと思う(無理?)。普通、燃焼後のエンジンを見る機会などそうそうないので、貴重な体験だった。関係者に感謝しつつ、今後も公開できるものはどんどん公開してもらえれば、と期待したい。
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JAXAが公開しているBFTの画像(提供・JAXA)
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ノズルが4Fで、その上は5Fになる(画・大塚)
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■URL
宇宙航空研究開発機構(JAXA)
http://www.jaxa.jp/
三菱重工業
http://www.mhi.co.jp/
( 大塚 実 )
2008/08/12 21:56
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