「乗れるロボット」を個人で実現した前田武志さんにインタビュー

~今後の「ROBO-ONE」はどうなる?


前田さんとOmniZero.9

 速報、そして「第16回ROBO-ONE」レポート(予選決勝+宇宙大会選抜競技)でお知らせしたとおり、ロボットビルダーの前田武志さんは、体重50kgを超える大人が乗れる二足歩行ロボット「OmniZero.9(オムニゼロ・テン・キュー)」を開発し、富山で9月26日と27日に開催されたホビーストたちによる二足歩行ロボットの格闘大会「第16回ROBO-ONE」に出場、予選・本戦共に優勝した。

 「OmniZero.9」は身長105cm、重量23kg。日本遠隔制御のロボット用サーボモーターを使い、肩に大きな車輪が着いた赤いボディのロボットだ。二本足で歩行するだけでなく肩と膝の車輪を使った移動もできる。さらに体重52kgの前田武志さんを載せて立ち上がり、歩行で方向転換できる。外装はEVA素材で簡易に脱着できる。前田さんが取締役を務めるヴイストン株式会社にてインタビューを行なった。

OmniZero.9。正面

側面

背面

肩の大きな車輪。頭部内部はCPUボードとスピーカが入っている脇の下にバッテリ。腕や足の先端は軽く重量物は中心に配置してイナーシャーを小さくしている頭部を開けて座る部分を露出させたところ
腕の先の爪はバトル用

OmniZero.9の脚部

前田さんとOmniZero.9。この両者の大きさの違いを見て、誰も乗るとは思わなかった

「大型ロボットでしかできないこと」が、人が乗ることだった

 まず、このロボットのコンセプトについて伺った。前田武志さんは以前も大型ロボット「OmniZero.7」で「第14回 ROBO-ONE」に出場し、多くの人の度肝を抜いた。そのロボットまでの制作経緯については、この記事この記事に詳しい。もしかすると前田さんは当時から「乗るロボット」を製作するつもりだったのか。だが前田さんはそうではない、と笑って否定した。

 「いや、全然考えてませんでした。あのときは取りあえず大きいのを作ってみただけだったんです。最初は、戦うために強い大きなロボットを作ろうと思っていたんです。けれど、『第16回ROBO-ONE』のミッションが『二足歩行ロボットがまだやったことがないこと』だったので、何か新しいことをやらないといけないなあ、大型ロボットでしかできないことは何かな、と考えたんです」

 それで、人が乗り込む、ということをミッションにした、という。もちろん最初は、「大きなものを運ぶ」といったミッションも考えてはみた。だが「1.5リットルのものを3リットルでやっても、それはちょっと数字が大きくなっただけで『誰もやったことがない』という領域じゃないし、面白くない。自分が得意なことで勝負するほうが有利だなと思ったんです」

 前田さん自身は「ロボットに乗りたかった」わけでもないそうだ。「『誰もやったことがないことをやる』ってことのほうが大きかったですね。それに乗ったことは乗ったけど、まだ『乗って戦う』ってほどじゃないし、『乗ってみました』というレベルだし」と謙遜する。ただ将来的には「乗って戦う」ことも「いろんな事情が許せばそれもありかなと」考えているそうだ。

 最初は、人が乗るための鐙みたいなものを作って、背中側から乗ろうと思っていたという。概念設計を見せてもらった。ロボットの背中側につける、鐙というか、背負子のような形だ。前田さんも「格好良くないし、これをかつぐのも大げさだ」と思った。「フレームを組んで、手を握って、足をここにかけて、人間の手でロボットの肩を持って、という形です。でも、いちおう乗ってるけど、『それがなんなの』って感じだし、フレームは干渉するし、いろいろとうっとうしいことがあって、良い方法はないかなと思ってたんですよ。それで直接座るほうがいいやと思って、座る形にしました」

 こともなげにこう語る前田さんだが、普通は、自作ロボットに乗ろうとはなかなか考えない。もともと同じモーターを使っていたユーザーの間では「このモーターを使えば人も乗れる」という話は出ていたという。だが、前田さん以外、実際に作ってROBO-ONEに出る人はいなかったことからも、その差が分かる。

 前田さんは、「ROBO-ONE」出場ロボットについては通常は1カ月で設計、1カ月間で製作をしているという。だが今回のロボットについては、設計開始もだいぶ早かったそうで、たとえば、ロボットに実際に乗り込む前田さんのお尻の幅を計測したのは3カ月前、6月14日だった。まだロボットそのものも概念設計しかしてなかったが、座って乗る事は決めていたので、ロボットの肩の高さとだいたい同じ高さだと考えられた自宅の食卓上に座ってみて、セルフタイマーで自分の写真を取り、そこから大まかなCADデータを作って、設計を進めていった。写真を見せてもらったが本当にテーブルの上にちょこんと座っている前田さんの姿がなんともおかしい。

【動画】予選デモでの動作(大会終了後に再現していただいたもの)【動画】「Aerobattler MON☆(アエロバトラー・モンスター)」との決勝戦の様子

 「OmniZero.9」は、予選では寝そべった状態でスロープを上がって登場した。そのときの駆動輪が両肩の大きな車輪だ。これも最初の設計時から考えていたそうだ。ただ実は予選デモは後で考えたもので、もともとはバトル中にダウンしてしまったとき、寝た状態のままで移動出来たほうが有利だろうと考えたことから発想したものだったという。ロボットが大きいと、起き上がるためにもそれなりの面積が必要になる。その結果、ROBO-ONEルールではダウンではない「スリップダウン」であっても、起き上がり動作中にリングアウトしてワンダウンを取られてしまうこともある。そのため、リングの端のほうで倒れたときに、リング中央に戻ってから立ち上がり動作を実行するための機構が肩の車輪だった。実際にそのためのモーションも作ってあったそうだが、実際に試合で使われることはなかった。

 今回、両肩の大きな車輪を見て、多くの人が「ああ、変形して、肩のこれで走るんだな」と思った。そして、そこから先を想像しなかった。それだけに予選のときに、「OmniZero.9」の頭が後ろにパカッと折れて前田さんが乗り込んだ時、余計に驚いた。前田さんは「『しめしめ』という感じでした」と笑う。「やっぱり意外なことがしたいですから。『まさかこうなるとは思いませんでした』というのは凄く嬉しい感想です」。今回の予選を振り返って審査委員の一人だったオーム社「ロボコンマガジン」編集長の竹西素子氏も「前田さんだけ突き抜けて別格でした」と予選を振り返る。

 ちなみに、寝た状態のロボットの上に乗る事も「ちょっとだけやったことがあるんですけど、乗れそうでしたよ。坂道は無理かもしれないけど」とのこと。本当は、前田さんが乗り込んだ状態で、ロボットが歩いてリングに上がりたいという。だが現状ではまだそれはさすがに厳しそうだ。

第14回 ROBO-ONEで優勝を飾った「OmniZero.7」

 「OmniZero.9」は「OmniZero.7」の後継機に相当するが、メカの設計は全く異なる。「OmniZero.7」にはあちこちにバネが使われていたが、「OmniZero.9」にはそれはない。実際、サーボモーターは同じだが、1つも同じ部品はないそうだ。なお「OmniZero.7」は秋葉原にあるヴイストンのショップに置いているため、実際に乗れそうかどうかのテストも行なってないという。

 前田さんは「新しい事をやらないと、ロボットを丸ごと新しくする意味がない」と語る。フレームは並行リンクで、剛性は高く設計されている。関節部を見ると、ギヤが二重になっている部分が多い。ギヤが使われているのは減速してトルクを出すためだが、二重化の理由はロボットに瞬間的に大きな力がかかったときに、軸方向にギヤが外れないようにするためだ。なお、2枚の歯車を押しつけて使う機構は普通はバックラッシュを減らすためによく使われるそうだが、「OmniZero.9」に関してはそれはやっておらず、とにかく軸方向に外れないことと機械的な強度を上げることを目的に二重化したという。

 また、軸がオフセットしている楕円のような非円形の歯車を自作して使っている。「要するに、深くしゃがみこんだときはギア比が高くなって、トルクは出るけどスピードは出ない。立ち上がったときはトルクはあまりないけどスピードはあると。減速比が可変になってるギアなんです。いまどきはそういうのは電子制御でやっちゃうのが普通なんで市販品がなかったので、そういうものを作ったんです」。

二重の歯車

OmniZero.9の股関節。各所の歯車が二重になっている

両膝に受動車輪

 完成して、乗ってみたわけだが、最初はさすがにすごく怖かったという。倒れたらロボット自体のダメージも大きいが、大人だとちょっとした高さからの転倒でも、怪我に直結するからだ。「あれは座面の高さが700mmくらいありますから、自分で思っている以上にダメージがある。子供が平気なのは軽くて柔軟だからです。だから倒れたら大変なことになるだろうなと。広いところで倒れたらどうしようもないので、狭いところで、何かあったらすぐに掴まれる状態でやってました」。ただ、最初からちゃんと乗れたそうで、乗ったあとにチューニングしたところはないという。乗った状態でのバランス制御についても運動制御のような特に高度なことはやっておらず、ジャイロのゲインをちょっと変えているくらいで「通常の範囲の制御」だという。

 前田さんのロボットはプロポーションや外装も特徴的だ。今回のロボットも、頭はミッションだけ考えると不要だ。でも、頭はついていたほうがカッコいいし、開くのも電動のほうがカッコいい。「そのほうがカッコいい」という心が、基本的に「遊び」であるROBO-ONEにおいては重要だ。なおサーボモーターは日本遠隔制御から、それ以外のコストはヴイストンに出してもらっているが、設計・製作は前田さんが1人で行なっている。

今後の「ROBO-ONE」はどうなる? 「乗りロボ」の未来は?

 前田さんは、以前のインタビューで、先に面白い大会があったら、それに出ようと考えるタイプで、面白いロボットを先に作って出る大会を探すというタイプではないと語っている。今回も、「新しいことをやれ」という「ROBO-ONE」のミッションがあったから、乗るロボットを製作して出たという。では、次はどうするのだろうか。

 「ええ。だから次は『ROBO-ONE』はどうするんですか、と。『ROBO-ONE』に面白い規定を考えてもらいたいんですよ。それに合わせて考えるので」。前田さん自身は、予選をやってほしいと考えているという。「私自身が予選が得意だという事もあるんですが、みんなが予選で知恵を絞るのを見たいんですよ。それに観客として見たときは選抜試合だけだと面白みが一つ足らないなーという感じがするんですよね。ただ、予選で強いロボットと、バトルで強いロボットが乖離しているという問題はあるけど、単純に予選も見たいなあと思いますね」

 ちなみにすぐ次の『ROBO-ONE』は選抜大会になる予定だ。前田さん自身は、「乗るロボット」をさらに突き詰めるつもりはあまりないという。「お金出してくれる人がいれば考えますけれど、自分でというつもりはあまりないです。誰かに見てもらいたいなというのがありますから。誰かに見せたいというよりは、自分で作ってみてみたいという気持ちが強いですけれども」

 ロボットに乗る事自体にも別にこだわりはない。なお次のROBO-ONEでは10kgに制限するかもしれないと言われている。そうなると人が乗るロボットは絶対に不可能だ。ちなみに「OmniZero.9」は23kgだった。だから自重の2倍以上の人間が乗るとかなりつらい状態で、足踏みしかできなかった。

 ただ今回乗るロボットを製作したことで、「ペイロードが自重の半分から1/4くらいなら楽々動けるんだろうな」と思ったという。つまり「逆にいえば200kg、300kgのロボットでガシガシ動くものを作ったら、ちょんと人間が乗ってもじゅうぶん動くんだろうなということが分かりましたね」。サイズは具体的にはイメージしてないというが、身長が2倍になったら単純計算すると重量は8倍になる。だから身長2mにすれば、190kgくらいになる。そのくらいのロボットであれば、意外と普通に歩き回れるのではないか、ということだ。「中に乗るという形にはまだしにくいですけどね」と前田さんも笑う。もし重量500kgになったら前田さんくらいの体重であれば1/10でしかないので、人間の重量はあまり負荷にはならないという。

 出資するスポンサーがいれば、前田さんも作ってみたい気持ちはあるそうだ。「ドカンとお金を出してくれるところが是非やりたいと思いますけどね。誰か出してくれたらやりたいなと」。でもスポンサー探しも積極的にはやってない。大型ロボット作りも、資金面の課題の解決はなかなか難しいと語る。

 今回、前田さんが自作ロボットに乗っている姿を見て、記者個人が思い出したのは、サンライズが1985年に製作したアニメーション「機動戦士Zガンダム」で、主人公のカミーユ・ビダンが「ジュニア・モビルスーツ大会」に優勝した経験がある、というシーンで出てきた記念撮影ショットだった。いっぽう、「第16回ROBO-ONE」では、プラモにモーターを組み込んだ機体も出て来た。「ROBO-ONE」はより小さい「プラレス3四郎」的なものと、「ジュニアモビルスーツ」的な大型ロボットに二極化するのかもしれないと感じた。前田さん自身はどう考えているのだろうか。

 「今回の反省というか、一人だけやりすぎたかなと。誰ももついてきてないじゃんというか。だからやめとけばよかったとはまったく思わないですけど(笑)。30kgくらいの奴が5、6台いてガシガシやってれば、西村委員長も10kg以下に制限しようかとは言わなかったんだろうと思いますが、今回、大型ロボットも出ていたけれど、最終バトルで勝ち残ったのが私だけになっちゃったんで……」

 「ジュニアモビルスーツ」化しても、それに出る人がいないんじゃないかなということだ。いっぽう、ROBO-ONEから去った人たちや、あるいは新規の参加者が出てくる可能性もじゅうぶんある。今回の前田さんの姿は海外のニュース系サイトや動画共有サイトなどを通じて海外にも広く配信されたので、米国や韓国から新たに挑戦してくる参加者も出てくるかもしれない。

 前田さんとしては、ついてくる人がいれば大型機路線で行くのだろうか。「大会があったら、誰もついてこなくても、出るかもしれない(笑)。やってよかったと思ってますよ。みんなが驚いてくれたからです。『ああなるとは思いませんでした』といっぱい言われたので」。確かに前田さんの今回のトライは、久々に「ROBO-ONE」に大きな驚きをもたらしてくれた。重量制限されたら、やはりそれなりのロボットで前田さんはROBO-ONEに出る。実際、「第15回ROBO-ONE」では3kgの「OmniZero.8」で出場している。だが制限が続けば、今回のような路線は断たれてしまう。

 今後の「ROBO-ONE」はどういう路線でいくのか。前田さんのような大型ロボットが出て来れなくなるのは残念だし、出ること自体は、多くの人が期待しているだろう。だが一方で、軽量のロボットと重量級のロボットとではあまりに差がありすぎて、バトルにならないのも事実だ。そもそも自作ロボット大会に参加できる人間の数自体が限られている以上、参加者の敷居の上げ下げだけでは、これはなかなか解決できそうにない問題だ。参加者たち(そしてできれば観客も)がハッピーな方法はどの道なのか、ROBO-ONE委員会もなかなか頭が痛いところだろう。面白いロボットを作りたい、そのやりとりを見たいと願う気持ちはみんな同じだと思うが……。



(森山和道)

2009/11/13 18:16