「ロボット産業創出 国際ワークショップ」レポート

~標準化を目指すパナソニック、虫をエネルギーにする英国の研究などが紹介


 財団法人大阪市都市型産業振興センター(ロボットラボラトリー)は11月6日、独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)と駐日英国大使館との共催で、大阪市中央公会堂にて「ロボット産業創出国際ワークショップ」を開催した。テーマを「ロボット産業の5年先を展望する」とし、東京大学大学院教授の佐藤知正氏、パナソニック株式会社ロボット事業推進センター所長の本田幸夫氏のほか、特別講演として英国ウエスト・オブ・イングランド大学ブリストル技術研究所教授のAlan Winfield氏が同研究所の取り組みについて語り、産総研関西センター所長の神本正行氏が次世代バッテリについて講演した。

 はじめに主催者を代表して財団法人大阪市都市型産業振興センター理事の小川潔氏が「ロボットラボラトリーは5周年を迎えた。次世代ロボット開発ネットワークRooBO(ローボ)の会員数も420名を超えた。内容もより市場を見据えたものになっている。ロボットはさまざまな分野への導入が進んでいる。講演をお聞き頂き、新たな製品開発に役立ててもらいたい。これからも大阪を世界的に注目されるロボットの街へと発展させていくためご協力をお願いしたい」と挨拶を述べて開会した。

ロボット産業立ち上げには「バリューチェーン」構築と「受益者支援」が重要

東京大学大学院教授 佐藤知正氏

 基調講演は「次世代ロボットの活用社会への道」と題して、東京大学大学院教授の佐藤知正氏が行なった。佐藤氏は研究内容、今後の動向、そして中小企業に向けた産業創出について語った。まず始めに「ロボット分野アカデミックロードマップ」を佐藤氏は示し「これが結論。ロボットは社会と人のなかに入っていく」と講演を始めた。ロボットは産業用ロボット、インフラ、そしてコンテンツ産業へと入っていくという。ロボットの歴史を考える上では自動車の歴史が参考になるとの見方を示し、自動車も基本技術の時代から始まったが、ロボットはそこの時代はもう過ぎているのではないかと捉えていると述べた。

 佐藤氏は40年前のハンドアイシステムロボットと今日のファナックによるビジュアルトラッキングロボット、1980年代にCMUにいたマーク・レイバート氏による「ホッピングロボット」と現在のBostonDynamicsの「BigDog」、1973年のロコモーションロボットの自動経路計画の様子とDARPAの「アーバンチャレンジ」の様子などを動画で見せて比較した。いずれも昔は低速で使い物になりそうにないように見えるが、それを発展させた結果、現在はそれなりの結果を出せるようになっている。つまりロボットの進歩は遅いとも言えるが、いっぽうで、研究の筋が良いものは成功しているともいえる。

 これまで成功しているロボットは産業用ロボットのほかには、iRobot社の掃除ロボット「Roomba」、精密な手術ができる手術支援ロボット「da vinchi」などがある。Roombaは余計なことをせず、可能な限り安くしているところが成功の秘訣だったのではないかと語った。ユーザー視点で考えるところが重要だという。

 またデジタルカメラのスマイルシャッターや、ヒューマノイドの歩行研究を応用した携帯電話の歩数計なども「RT埋め込み市場」だと捕らえられると述べた。そして富士重工業の業務用ビル内掃除ロボットを「社会要請+ビジネスモデル」の例として挙げ、従来サービスに対してロボットによる付加価値を付け加えるモデルが優れていたと語った。富士重工業のロボットは最近はゴミ重量を計測する機能も持たせてエコ要請にこたえようとしているという。

佐藤氏によるロボット活用社会への道成功したロボットの例単品成功モデルからロボットインフラへ

 今後、将来には家電や機械にもRTが埋め込まれるはずだが、そのためには社会インフラも重要になる。自動車の場合も、高速道路網の発達が重要だった。同様に「ロボットインフラ」が発達しないと、ロボット技術も発展しないのではないかと佐藤氏は語った。ではロボットインフラとは何か。例えば部屋をロボットにしようとすると何が必要か。佐藤氏はここで部屋そのものをロボット化する自身の研究を振り返って解説した。

 佐藤氏は微細作業ロボットの研究から、大学でのロボットの研究を始めたという。微細空間では、ロボットの中が作業空間になる。そこから部屋全体をロボットにする「ロボティックルーム」を考えたのだという。天井カメラや感圧センサーを部屋中に埋め込み、部屋の中にロボットがあるだけではなく、部屋全体をロボットにしたのが「ロボティックルーム」だ。人のジェスチャーを認識、ロボットが人を助けてくれる部屋だ。システムがうまく動いているときはペットロボットが喜びのダンスを踊る。このロボティックルーム1は1997年に作られた。

 発表当時は、海外では「どうして日本人はロボットと暮らしたがるのか」と記事にされたが、今は変わったという。また焦電センサーなどは既にオフィスで実用化されている。佐藤氏は総合科学技術会議連携施策群での「ロボットタウン」や、人間の社会行動を計測する「人計測環境」などロボットで支援を行なうシステムの実証実験の取り組みを紹介した。そしてそれを受けて経済産業省でも「次世代ロボット知能化プロジェクト」の研究を進めていると研究の現状を解説した。

ロボティックルームロボットインフラ総合科学技術会議連携施策群での環境情報構造化の取り組み
ロボットタウン人計測環境次世代ロボット知能化プロジェクト

 このようなインフラがあれば、高いレベルでロボットが活用できる。そのときのキーとなるのが「コンテンツ」だ。テレビは番組を見たいから買うのと同じで、ロボットもサービスが欲しいからロボットを買うわけだ。そのためのサービスコンテンツが必要になるという。自動車の場合は、日本はきめこまかな民生品を作って世界を席巻した。佐藤氏は、ロボットはこれからそのような時代に入っていくと述べ、東京大学IRT研究機構での取り組みの一つとして「思い出し支援システム」を紹介した。

 また気にならないセンサーによる生活パターンの計測とヘルスケアが重要だとし、焦電センサーを使った生活パターン変動検知の研究について解説した。完全にデータドリブンで自動処理することで、平均的な行動モデルを確率的に表現、典型パターンからのずれで異変を検出できるという。人間や機械の振る舞いを収集・予測することで、完全に個人適合のサービスが実現できる時代が来たという。

ロボットサービスコンテンツIRT研究機構での取り組み例の一つ生活パターンの蓄積と異変の検知

 佐藤氏は「地域のいろいろなサービスのデータを蓄積し、各人に適合したサービスを提供できるようになる」と語り、オンデマンドバスの乗り合いサービスなども自動的に構築できるし、現代社会におけるコミュニティの回復支援にもこのような技術は使えると述べた。そしてサービスが地域に広がってくることがポイントであり、ロボットを考える上では、地域のニーズを踏まえて作っていかなければならないと語った。

 では、それを産業にするにはどうするべきか。「バリューチェーンの構築」が重要だという。部品メーカからインフラ、サービスインテグレータ、レンタル業者、保険業者などがすべて揃わないとサービスが構築できないからだ。また、これまではユーザーを取り込んでバリューチェーンを作ろうという試みがなかったために、これまでロボットはまだ成功していないのではないか、それぞれを結ぶ取り組みが必要だと強調した。

 佐藤氏は、「ロボットが社会に浸透するためにはサービスインテグレーターやプロバイダーがもっと現場に密着しないといけないのではないか」と語り、彼らの技術をプラットフォームなどで底上げすることが学や官の役割で、大メーカーの役割はベンチャーでは作ることが難しい高度な部品の提供と、成功したものの大規模な展開なのではないか、国や地方自治体は技術のことも考えて受益者支援を行ない、ある一定量の供給を支えるということがロボット産業立ち上げにおいては重要なのではないかと述べた。

 会場からは、プライバシー問題への懸念や、大規模なセンサー群を使うことに対するエコロジーとの兼ね合いなどの質問が出た。佐藤氏はプライバシー問題に関しては効用との関係の問題であり、センサー群に関しては、ビジネスでは逆に如何に少ないセンサーで多くの情報を得るかがキーになると答えた。

個別適合サービスが可能になるサービスロボットの波及効果

高齢化社会を強みに、「日本発世界標準」を目指すパナソニック

パナソニック株式会社 ロボット事業推進センター所長 本田幸夫氏

 パナソニック株式会社ロボット事業推進センター所長の本田幸夫氏は、「パナソニックにおけるロボット事業の取り組み」について講演した。もともと本田氏は省エネで高効率のモーターの研究を行なっていた人物で、ロボット事業に携わるようになったのは3年前から。同社の取り組みのキーワードは「高齢化社会への挑戦」だという。日本がロボット技術で勝つには、他国にはないような「ちょっとした気遣い」などがキーになると考えているという。またロボットはさまざまな技術をインテグレートした技術であり、また消費者の生活に近い事業をしていることから、パナソニックには強みがあると考えていると述べた。

 同社では製造分野ではセル生産のような多品種少量生産対応の人協調ロボット、そして医療福祉、生活快適分野にロボット技術を展開し、2015年にロボットを1,000億円事業にすることを目標にしている。産業用途の技術を一気に家庭へ持っていくことは難しいので、医療分野のなかの薬などモノを扱うところに持っていき、そこで知見を集めながら家庭に展開するという戦略をとる予定だという。

パナソニックの考える3つのロボット成長分野パナソニックのロボット事業展開構想開発アプリと要素技術

 本田氏は、既に同社が展開している半導体部品実装機、溶接ロボット、またかつて展開していた無人搬送ロボット(AGV)などのほか、パナソニック電工による病院内搬送ロボット、群制御で動く血液検体搬送ロボット(HOSPI)の活用例を示した。HOSPIは人がやるよりもロボットがやるほうが便利かつ有利な分野に展開することで成功したロボットだが、売れはしたが日本市場では数があまり出ないことが課題だという。

 パワーアシスト技術としては病院内での食事搬送用アシスト技術適用例「DERICART」を示した。現在は病院でも食事は温かいものは温かく、冷たいものは冷たくして出すようになっているそうで、その結果、コンプレッサー付きで300kgもあるようになってしまった食品カートを、電動アシスト自転車技術を使って軽く運べるようにしたというものだ。

 また研究開発例として、ハンドを持った自律型移動ロボット、掃除機ロボット(2002)、高齢者見守りシステム用インターフェイスロボットとして開発したコミュニケーションロボット、自走型IPカメラなどの例を示した。掃除機ロボットはかなり良い出来だったが、安全性において完全ではない、ということで、100%安全をほとんど社是としている同社としては世に出せなかったと語った。

 また2004年11月に発表され空港内で実証実験された「ポーターロボット」の開発例なども示した。夢を描いて開発したが、やはり安全性の問題があり、実用化はまだ検討中、という状況だ。研究は継続しているという。「ロボットは完全でないと事業としての展開はなかなか難しい」という。また2008年に発表、ホテルで実証実験を行なった「リネン搬送ロボット」も人が結局必要であるということで、事業化には至ってない。

株式会社ビー・エム・エルで群で稼動中のHOSPI開発してきたロボット。技術的にはどれもレベルは高かったというポーターロボット
【動画】ポーターロボットのデモの様子リネン搬送ロボット

 アームユニットの開発も行なわれている。介護士を助けるためのパワーアシストリフトだ。だが、ロボットが近づいてくるのが怖いといった課題があった。改良タイプはそれらの欠点を回避、かつ移乗操作を一人でやれるようにしたものだったが、ロボットを使ったほうが作業時間がかかるいっぽう、機械を高速化すると危険といった課題があり、これも実用化は断念された。要素技術の開発は継続中だ。

 同社でユーザーニーズを調査したところ、夕食の汚れた食器を流しで洗って欲しいという声があり、ロボットハンドの開発も進めた。そこで開発されたのが人間の手とほぼ同じ重量で、同じくらいの力が出せるハンドだ。しかも難しい制御をしなくても外形にならうことが柔軟性を持っている。これに東大IRT研究機構と共同開発したMEMSセンサーをつけて作ったのが「キッチンアシストロボット」だ。食器を食器洗い機に運ぶだけではなく、拭き掃除もできるそうだが、人が寝ている間に無人で動かせるシステムではないし、実用化にはいろいろな課題があるという。これらは同社オープンラボに見学を申し込めば見ることができる。

トランスファーアシストロボットの概念【動画】概念CG試作2号機は福祉機器展にも出展された
【動画】試作2号機の動作の様子。生活シーンにおける不満をユーザーニーズとして調査した結果、ハンドの開発を行なうことに開発されたハンド
駆動・制御ユニットMEMSセンサーを内蔵キッチンアシストロボット
【動画】スポンジを使った拭き掃除も可能

 事業化の上で医療福祉分野を考えたのは、センサーをつけるなどロボット化しやすい空間であり、かつ、無菌化する必要があるなど、ロボット化のニーズが実際にあるからだという。しかも病院現場は非常に忙しい。そこでまず最初に開発したのがアンプルなど割れやすいものをピッキングする注射薬払出ロボットだ。一号機は大型だったが、現在、小型・低コスト化を目指している。

 またパワーアシスト技術をもっと活用しようということで、院内アシストカートを開発中だ。技術は電動パワーアシスト自転車の技術をそのまま転用できるので、安全性もこなれている。力検出センサーはアモルファスを円筒状に撒いて、その磁歪を使うというもので、かなり高度な技術が必要だという。電動自転車用モーターはもともとエアコンの室外機のモーターなのでもともと防水されている。最終的には介助犬ロボットのようなところに持っていくことが目的だ。

 ベッドから車椅子へと変わる「ロボティックベッド」は、介助される人が自分の意思で使えるようにしたロボットだ。そうすれば、パワーアシストしなくてもいいし、また、万が一、パワーアシスト機器を使うことで床ずれを悪化させてしまったりする懸念もなくなる。このベッドで気になるのがマットの洗濯である。ロボティックベッドに使われているマットはパナソニック電工が開発しているラクマットエアーだ。この素材には隙間がたくさんあり、洗濯機でそのまま洗え、脱水機に入れると70%程度乾いてしまうという優れた特性があるという。

医療福祉分野は非常に忙しい注射薬払出ロボット【動画】動作の様子
院内アシストカート既存技術を使うことで高信頼性を実現【動画】動作の様子
ロボティックベッド仕様機能的特長。これも既存製品が多く活用されている

 最後に本田氏は安全規格の話として、機能安全をどう確保するかについて語った。ロボット単体だけではなく、インフラ全体で安全性を担保することを目指すという。本田氏は「日本発でISOに持ち込みたい。『高齢化社会』という場が日本には提供されている。弱みと思われているそれを逆に強みにして、世界標準にしていく。そうすれば日本がまた元気になっていくのではないか」と語り、特定分野で培ったロボット技術を家庭のなかに入れていきたいと述べ、その流れのなかで同社は研究開発の取り組みを行なっていくとまとめた。

安全基準の整備・策定を行なっていくIRTによる空間まるごとロボット化構想パナソニックのロボット構想全体図

「死んだハエ」がロボットのエネルギー源に!? イギリス ブリストル ロボティクス研究所

英国ウエスト・オブ・イングランド大学 ブリストル技術研究所教授アラン・ウィンフィールド氏

 特別講演は英国ウエスト・オブ・イングランド大学ブリストル ロボティクス研究所教授のアラン・ウィンフィールド(Alan Winfield)氏。演題は「The Intelligent Robotics Research of the Bristol Robotics Laboratory」。特にブリストル ロボティクス研究所でのロボット開発や次世代ロボットへの取組みについて講演した。ウィンフィールド氏はもともとコミュニケーションエンジニアリングの研究を行なっており、1992年まではビジネスに関わっていた。その後、ロボットの研究に従事し始めて今日に至っている。

 1993年に創設され、現在は50人の研究員が在籍しているブリストル ロボティクス研究所では、バイオロジカルロボット、ヒューマノイド&感情ロボット、群ロボットの3カテゴリで研究を行なっているという。

 「バイオロジカルロボット」として最初に紹介されたロボットは「Scratchbot」。人工的なヒゲをつけたロボットだ。たとえば真っ暗だったり煙に覆われているような、ビジョン技術を使うことができないシチュエーションでも使えるセンシング技術の研究の一環として行なわれている。

 ネズミはヒゲを物理的に動かすことができる。ヒゲで3Dの情報をネズミは得ているという。このロボットには長短2種類のひげがつけられており、それぞれ解像度が異なる。ネズミの研究者と5年間共同研究を行ない、人工的なヒゲだけではなく、解析システムも構築して実装したという。現在はネズミに比べてかなり大きいが、今後は小型化し、レスキューロボットなどをゴールとしている。また神経科学の仕組みを研究するためにも使えるのではないかと述べた。

 10年前から研究しているのが、自分の周囲の環境からエネルギーを得るロボットだ。「Slugbot(なめくじロボット)」は、なめくじを取ってエネルギーとするロボットである。世界最初の捕食者ロボットであるという。

 このロボットが園芸ロボットであると考えれば、このアイデアはそれほど変ではないと思うだろう、とウィンフィールド氏は述べた。捕ったナメクジをどうやってエネルギーに変えるのか。バイオマスを発酵させてバイオガスにして使うことが一般には考えられる。だが非常に複雑で効率が悪い。別の方法を考えた。それが微生物燃料電池ロボット「Ecobot」だ。酵素を使った反応で電気を得ることができるという。リンゴの皮などさまざまなものを与えてみてどれも使えたが、もっとも効率が良かったのは、昆虫のクチクラだった。

 死んだハエを1つずつ入れてみて2週間、実験を行なった。ハエ以外のエネルギー源は使っておらず、非常にゆっくりゆっくりとであったが、いちおうロボットも動いたという。ただ課題もあり、この系は閉鎖系だったので、ハエが消化されたら終わりだった。そこで現在開発中のロボットが「Ecobot III」で、このロボットは消化した残りを排出することができる。食虫植物のウツボカズラと同じようなものだという。

 ハエをトラップし、一つ一つ独立したパイプを経由して微生物燃料電池の中に落ちる。世界初の自律的な人工的消化システムを持った、そして排出物トラップシステムを持ったロボットだという。将来は、庭などで環境のモニタリングをしたり、害虫を食べたり、草むしりなどの活動を行なうことをイメージしている。排出物は肥料になるという。

ヒゲで外界をセンシングする「Scratchbot」ナメクジを捕食する「Slugbot」【動画】Slugbotの動作の様子。ナメクジはダミー
死んだハエで動く微生物燃料電池ロボット「Ecobot」ウツボカズラのような「Ecobot III」

 「ヒューマノイド&感情ロボット」の研究においてはまず人間とロボットの協調が問題になる。安全性だけではない。たとえば身振り手振りなども理解して欲しい。ロボット人間協調を研究する「CHRISプロジェクト」の一環で開発されたロボット「BERT1」は人間の視線を理解し、共同注視ができる。「Jules」は人工的な感情表出や「不気味の谷」の研究を行なうためのリアルな人間の頭部を持ったロボットだ。「不気味の谷」とは、リアルさと不気味さの関係を示した概念で、リアルさはあるところで、急に不気味に変わってしまうというもので、森博士が提唱した。アンドロイドを作るためには、本当にパーフェクトに人間に近くないといけない。

 人間が何かをしたときのロボットの反応も、感情の問題においては重要になる。「Heart Robot」は、文楽人形にインスパイアされて開発された人形ロボットである。ロボットは、感情的な要素が人間型であろうがなかろうが必要だという。「ヒューマノイド&感情ロボット」には多くのアプリケーションが考えられると述べ、また同じスペースで共同作業する場合、人間とロボットのコミュニケーションはナチュラルなものでなければならず、そのためにジェスチャーや感情を理解できる機能が重要になると強調した。

「BERT1」。人間の視線方向を検出する「Jules」。不気味の谷を研究する【動画】動作の様子
「Heart Robot」。人間とロボットの感情のインタラクションを研究する【動画】Heart Robotの動作の様子

 「群ロボット」の研究は、中央集中的な場所がなく、システムそのものが自己組織化する「群知能」に注目して行なわれている。アリやハチなど自然界にもたくさん見られるが、システムそのものが分散していることは、エンジニアリングの観点からも興味深い。ウィンフィールド氏はヘリウム気球を使った空中ロボット「aerobots」の例を示した。一つ一つは100gと軽量で、それぞれは自律している。だが5つのロボットが1つのリーダーに従って動くような動きが見られる。

 「Symbrion」はEUの資金で行なわれている5年プロジェクトで、自己集合するロボットだ。一つ一つのユニットセルが集まって、3Dの1つのシステムを自律的に構築する。多様な形を取ることができるので、レスキューなどの状況で活躍することが期待されるという。まだ始まった段階だがシミュレーション動画を実現するよういま研究を行なっているという。このほか「e-Puck」を使って、ロボット同士の社会、文化創発の研究も行なっていると語った。ロボット同士がミーム(文化子)をどのように伝えていくのかなどを研究しているという。

空中ロボット「aerobots」【動画】リーダーロボットに自然についていく「Symbrion」
【動画】細胞ロボットが集まって一つのロボットになるイメージロボットを使ったミーム伝達の研究【動画】動作の様子

次世代バッテリとロボット

産総研関西センター所長 神本正行氏

 最後に独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)関西センター所長の神本正行氏が「次世代バッテリーが創出するイノベーション」と題して同センターにおけるロボット研究や、次世代バッテリを中心とした研究開発について講演した。産総研関西センターでは三次元視覚システムVVV、セルエンジニアリング研究部門による人工筋肉の研究が行なわれている。

 さて、ロボットへのエネルギー供給には、発電装置を内蔵するか、外部から供給するか、電池のようなエネルギー貯蔵装置を内蔵するという3つの手段がある。ロボットにどうエネルギーを供給するかはずっと研究されてきている。マイクロ波で無線で電力を送る研究も1965年以降行なわれている。

 産総研が開発した人間型ロボット「HRP-4C」は内蔵バッテリで約20分間動作する。同じく産総研の「パロ」はニッケル水素で1時間半動く。東京消防庁のレスキューロボットは、重量100kgのリチウム電池が使われている。

 神本氏は1972年に開発されたヒドラジン燃料電池と鉛蓄電池を使った日本初の燃料電池車の写真を示した。車体は燃料電池で埋まってしまい、燃料電池を運ぶための車のようになってしまっていた。このような問題は今もあり、電池の問題は重い、場所を取る、エネルギー切れする、長時間は難しく、どれだけ減っているか分からない、高い、安全性などが課題として挙げられている。これらをすべて充放電効率やエネルギー密度などの必要性能に置き換えて、解決していかなければならない。

 蓄電池にはさまざまな種類がある。貯蔵容量と蓄熱密度の関係で見ると蓄電池はけっこう広い範囲で使うことができることがわかる。家庭用電池は数~10数kWhくらい、電気自動車は30~70kWhくらいのエネルギー密度が必要だ。電池はモジュール化されていて、それを組み上げていく。大容量向けと小容量向けは基本サイズが違うが、だが技術的共通点も多いという。充放電するとエネルギーロスがあるので、あまり動き回らないロボットであれば、バッテリを使わずそのまま使ったほうが絶対に得になる。

 二次電池のエネルギー密度はだんだん上がってきたが、今後はどんな電池がありえるのか。以前から研究されているものの例として空気亜鉛電池があるが研究は難航しているという。

 神本氏は電気自動車を例に出した。電気自動車のリチウムイオン電池の場合、安全性の向上、エネルギー密度の向上、寿命の向上、コストなどに課題がある。現在、NEDO技術開発機構のプロジェクトとして「次世代自動車用高性能蓄電システム技術開発(Li-EAD)」というプロジェクトが2011年度までの予定で走っている。また今年度からはエネルギー密度をさらに高めた革新的電池の開発プロジェクトも始まっている。また産総研では蓄電池評価研究センターも設置された。

産総研関西センターにおけるロボット研究例、三次元視覚システムVVVセルエンジニアリンググループによる人工筋肉研究。11月25日~27日には国際カンファレンスも行なう二次電池のエネルギー密度向上の歴史
車載用電池の方向性とマイルストーンNEDOの「Li-EAD」プロジェクト革新的な蓄電池の研究開発が始まっている

 電池に関しては材料開発に負う部分が大きいという。そこで産総研では炭素ではなく合金を使ったアノード、高速充放電時の安全性を高めるためにイオン性の液体に電解質を変える研究、そしてコストを下げるための研究なども行なわれている。電池のなかで何が起こっているかを詳細に調べるための電子顕微鏡観察技術の構築などにも力を入れている。

 神本氏は、今後の方向性として、電気自動車用の研究が蓄電池のR&Dを牽引すると同時に車両の電動・小型化に伴って電池がさらにモジュール化が進み、それがロボットの性能向上にも繋がるだろうと語った。

産総研の次世代電池材料研究戦略車両の電動・小型化によってモジュール化が進む個人用電動車両が普及し、ロボットの性能向上にも繋がる

 産総研関西産学官連携センター知的機能連携研究体知能システム研究部門主任研究員の村井健介氏によれば、今回の講演会は産学官連携を主眼としたものだが、もう一つ、ロボットを使った教育という観点もあるという。ロボットに関して積極的に取り組んでいる大阪で、ロボット産業が立ち上がり、またそれに刺激を受けた子供たちが技術者を目指してくれることを本誌でも期待したい。

 また大阪の英国総領事館では新規に「Science & Innovation」チームをを立ち上げ、科学技術における日英協力を促進していく予定。また、2009年2月に行なわれた「第一回日英ブレイン・マシーン・インターフェイス国際ワークショップ」に続き、第2回ワークショップを英国で開催する予定だという。



(森山和道)

2009/11/12 18:40