既報のとおり、「第9回組込みシステム開発技術展(ESEC)」が3日間の日程で東京ビッグサイトにて開催された。最終日の30日には専門セミナーの一つとして「ロボティクスの開発手法と技術動向」が開催された。
コーディネーターを務めた日本テキサス・インスツルメンツ株式会社ASP事業部 DSP/MSP430 プラットフォーム・ビジネスデベロップメント部部長の田中竜太郎氏によれば、ESECでロボットの専門セミナーが開催されたのは今回が初めて。TIのプログラマブルDSPは、モーター制御や画像処理アプリケーションなどに用いられているが、一部のロボットにも使われている。例えば三菱重工業の家庭用ロボット「wakumaru」にはTIのDSPが使われている。
● インテリジェントロボット開発のソフトウェア設計
|
エボリューション・ロボティクス日本支社日本支社長 山本豊氏
|
講演は2題行なわれた。まず最初に、「インテリジェントロボット開発のソフトウェア設計~ソフトウェアプラットフォームのコンセプトとその実用事例~」と題して、エボリューション・ロボティクス日本支社日本支社長の山本豊氏が講演を行なった。
山本氏は日本IBM大和研究所にてThinkpadシリーズの開発などに携わったあと、セガやプラネットウェブ社を経て、2003年10月からエボリューション・ロボティクス社で日本支社長を務めている。アジア全域が担当だという。
講演は、ロボット開発においてどのようなソフトウェアプラットフォームが必要なのかという観点から、既存のロボットのアーキテクチャなどが紹介された。その後、実例の一つとしてER社のロボット開発プラットフォーム「ERSP(Evolution Robotics Software Platform)」の構造や機能が解説された。
なお、エボリューション・ロボティクス(ER)の本社は、カリフォルニア州のパサディナにある。現在は、大学教授たちによるアドバイザーチームにアドバイスを受けつつ、ロボットそのものというよりはロボットの要素技術開発を中心に行なっているという。読者の多くは、ERといえば、ノートPCを頭脳に使った「Evolution Robotics ER1」の姿で覚えているかもしれない。
山本氏は「何年かかるかわからないが、ロボットが、介護や仕事、家庭などの現場に入っていくことは確実だ」と述べた。従来のロボットは産業用ロボットが中心だった。人間がやることを機械に置き換え、生産効率を上げることを目的としたロボットだ。いっぽう、次世代ロボットは、産業用に絞られていたロボットが家庭などに入っていき、人間の生活を助けていくことが期待されており、近年、その市場性が議論されている。
量もあまり出ず、価格も高いスペシャリティからコモディティへのシフトが起こると期待されているわけだが、そのシフトがいつごろ起きるかが、すなわち、市場がいつ大きくなるかという問題に繋がる。
ロボット市場成長のカギは4つあるという。製品に対して高い金を払ってもらうためには、価値がないといけない。製品の価値が価格を上回ったときに市場性が出てくる。そのほか、ロボット特有の要素技術や量産検証プロセス、部品の信頼性や価格など4つの要因が全て解決したときに市場は大きく成長する。
中でも製品のもたらす価値がコストをいつ上回るか。これが最も大きな問題である。実現するためには、開発効率を上げていくことが必要だ。
しかしながら、現在のロボット開発においては、以前のロボット開発における技術資源の活用があまり行なわれていない。
また、さまざまな会社がロボットに参入しているものの、開発は会社ごとに個別に行なわれており、ソフトウェアの行き来はほとんどなく、技術的にもそのような環境がない。開発効率を上げ、アプリケーションの多様性を増し、低価格化と高機能化を実現するための共通プラットフォームが求められている。基本的には組込みの世界と同様に、コードをモジュール化して再利用可能にしたり、ソフトウェア同士を繋ぐミドルウェアなどがロボット業界でも求められつつある。
いっぽう、組込みとロボットの違いとしてはI/Oの数の違いがあるという。ロボットは各部品の集合体だ。それらの部品は最先端で進化中であり、それぞれに対して個別にアプリが組まれている。部品を差し替えるたびにアプリケーションを書き換えるようなことを防ぐためには、I/Oの共通化が必要だ。そのためには各カテゴリごとにハードウェアを抽象化する、いわゆるハードウェア・アブストラクション層を設ける。それによって、アプリケーションからハードウェアとOSへの依存性を取り除くことが重要だという。
ERではロボット開発用に「ERSP」というプラットホームを提供している。ERSPは各要素技術群のパッケージであり、開発キットでもある。ERSPのシステムアーキテクチャはモジュール式で、ソフトウェアアーキテクチャは各構成要素やハードウェアと結合するためのAPIのセットから成っている。ERSPのライブラリを使うことでユーザーはより容易にロボットを開発できるという。
だが、これだけではロボット開発のためには十分ではない。ロボットは自ら動くため、動作制御アーキテクチャが必要になる。
ロボット制御のアーキテクチャには、プランニングベースとビヘイビアベースの2つの大きな流れがある。一言で言えば、前者は考えて(プランニングして)動くもので、後者はある行動セットに基づいて、センサー入力に対して即座に反射神経のように動く仕組みだ。
プランニングは時間がかかりすぎるため環境がデザインされていない実環境での適用には向いていない。いっぽうで、ビヘイビアベースのほうにもコーディネーションされないと一貫した行動が取りづらいという欠点がある。そのため現在では、両者を組み合わせたハイブリッド型のアーキテクチャが主流になっている。
ロボットでは複数のビヘイビアがマルチタスクで動いていることも多い。制御においては複数のビヘイビアが衝突することがある。その衝突を何とかする必要がある。ビヘイビアの優先順位に応じて切り替えたりするわけだが、そのなかの1つが、コマンドフュージョンと呼ばれる手法だ。それぞれのビヘイビアの重み付けを合わせ込むことで行動を決めていくのである。山本氏は、いくつかの例を出して解説した。
ERSPでは、環境のセンシングを中心としたビヘイビア・レイヤーは同期で動くが、タスクはイベントが入ってきたときに動き始める非同期で動くようになっているという。ドアが閉まっていることを見つけると、それがイベントとなってタスクが走りはじめるといった具合だ。
山本氏は、ERSPのツールの1つとして、ビヘイビアコンポーザーを紹介した。ユーザーはプリインストールされている75のビヘイビアモジュールを繋ぐだけで、ロボットの行動のコンポーズが可能だ。接続するデータフォーマットが合うか合わないかもビヘイビアコンポーザーが教えてくれる。各ビヘイビアがどのように接続されているかはXMLで記述されている。
ERSPではアクティブなI/Oを必要に応じてコンフィギュレーションするようになっているが、ビヘイビアもドライバ同様に、ダイナミックにコンフィギュレーションされる。事前に状況ごとにビヘイビアをグルーピングしておくことで、状況変化に応じて必要なビヘイビアをメモリにロードするのだ。これによって、効率的にメモリを使うことができる。
山本氏の講演をまとめると、ロボット開発におけるソフトウェア面からの方法論は、以下のとおりだ。まず、コストを下げて開発効率をあげるためにも共通プラットフォームが(何を使うにせよ)必要とされている。また、そのためにもハードウェアを抽象化するアブストラクション層を間に挟み込むことで、ハードウェア層と上位のアプリケーション層を分離することが重要となる。そして、ハイブリッドアーキテクチャを採用することで適切な行動選択を行なえるようにすることがベターではないかという。
また、山本氏は、画像認識技術などの各種要素技術もロボット独特のものだが、成熟度が高い技術は価格も落ちてきており「ロボット以外の市場へと水平展開も可能」と述べ、ERのビジョン技術「ViPR」をデモした。
ロボット市場成長のカギは共通プラットフォームによるソフトウェア開発と、ライブラリ化による要素技術実装による水平展開にあるとし、「ロボット市場はまだまだと思われているが、各種要素技術が他の分野で使われる可能性は十分ある」という。
最後に山本氏は韓国の通商産業資源部が「2020年に1家庭に1台のロボット時代が現実のものになる」という目標を掲げていることを例に取り、「日本は世界一のロボット先進国。だが、アジアでは猛烈な勢いで韓国と台湾の2カ国が追い上げてきている。日本の各企業も今の地位に甘んじることなく、ロボット産業の育成に携わっていってもらいたい」と語った。
そのためには、OMGなどに働きかけていきなり世界標準を取りにいくことよりも、まずは日本国内やアジアなどで規格をまとめていくことが重要ではないかと述べた。
● 人工免疫システムを使ったロボット制御
|
武蔵工業大学工学部 コンピュータ・メディア工学科 野原勉教授
|
続けて、武蔵工業大学工学部 コンピュータ・メディア工学科教授の野原勉氏が講演した。演題は「マルチコンピューティング制御ロボットの実現手法と自律遠隔融合制御の事例紹介」。
山本氏の講演にもあったとおり、行動の調停がロボット制御においては課題の1つとなっているが、野原氏は、生物の免疫システムにヒントを得て工学的に実現した「非ネットワーク型人工免疫システム」を使った自律移動ロボットの行動調停を研究開発している。
野原氏は「生物の情報処理機構と運動機構が飛躍的に解明されたことにより、機械に生命を与えることは夢ではなくなりつつある」という。生物は優れた適応アルゴリズムを獲得しているが、それと同様のことが実現しつつある、というのが氏の見方のようだ。
免疫とは、生物の持つ生体防御機能だ。生物は、1,000万種以上の抗原を認識して、生体を防御している。
野原氏はまず、エドワード・ジェンナーの天然痘ワクチンに始まり、石坂公成によるIgE発見、利根川進による抗体の多様性メカニズム解明など、免疫学の歴史を振り返った。「日本人は、免疫学で非常にいい仕事をしている。エッセンスをうまく掴んで、エンジニアリングに応用するのはいいことだと私は思う」という。
工学的な免疫の研究は、社会経済に代表される複雑なシステムの解決手法の1つとして、1989年頃から行なわれ始めたという。
免疫システムは、抗体同士がネットワークを形成し、局所的戦略に基づいて、莫大な数の抗体の中から反応すべき抗体を同時かつ適応的に選択し、生体を守っている。このしくみは、全体を評価してから意志決定をしていては間に合わないような状況に対してどのように振る舞うべきかを決めていると見ることができる。それを工学的な情報処理システムとして使おう、というのが工学的な人工免疫システムの考え方だ。
ところが、生物の免疫システムをそのまま方程式で表現すると非線形方程式を解かなくてはならなくなり、実時間システムには適さなくなる。そこで野原氏らは、生物のシステムとモディファイし、抗体と抗体の反応を解かず、すなわちネットワークの問題を解かずに刺激条件と抗体の関係のみを記述することで、2000年に演算時間のかからない「非ネットワーク型免疫システム」を開発した。
例えば、ロボットが障害物を回避してターゲットまで到達する状況を考える。非ネットワーク型免疫システムでは、ロボットが実行する要素行動モジュールを抗体として捉え、その活性度から行動を選択する。
また、野原氏らは、昨年から、川崎市から助成を受けて「インターネット・モバイル・ロボット」の開発を行なっている。要はネットワーク越しに操作するロボットだが、インターネットを介すると、間に情報の伝達遅れが発生し、操作遅れによって壁に激突するような事態が発生しうる。それをいかに回避するかがポイントだ。
野原氏らは、人工免疫システムを埋め込んで、自律と遠隔を組み合わせた融合制御を実現した。遠隔操作と自律制御の優先度を、状況に応じてロボット自身が切り替えるのだが、そのアルゴリズムに免疫システムを使うのだ。
そのほか、多足歩行動物の歩容生成にも適用している。馬は移動速度に応じて、歩行からトロット、ギャロップと歩容を自然に切り替える。エネルギー的にもっとも適した歩容を自然に選んでいるのだが、これをロボットに埋め込むのである。
また、ムカデの足は特殊なものを除いて42本あるいは30本なのだが、なぜ42本と30本に至っているのか、これもまたロボット工学からある程度追求できるという。野原氏は、H8マイコンを使って74個のサーボを同時制御したムカデロボットのデモを見せて、スピードに応じてデューティー比を変えると、エネルギーをあまり消費することなくロボットを動かすことができることを示した。
野原教授は広い分野で実務に使ってもらいたいと思っているそうで、「このアルゴリズムは無償で提供するので産業化したい人は是非声をかけてくれ」とのことだ。
■URL
第9回組込みシステム開発技術展
http://www.esec.jp/
■ 関連記事
・ 組込みシステムとしてのロボット(2006/06/29)
( 森山和道 )
2006/07/03 00:02
- ページの先頭へ-
|