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夢を追って! ロボットが支える未来~人間と人生を支援するロボット技術~
~文部科学大臣賞を受賞したアクティブ歩行器「ハートステップ」


 静岡県沼津市では、1965年から日常生活をとりまく諸問題に目を向け、市民生活を豊かにし、教養を高めることを目的に、学習会「沼津市民大学」を開催してきた。本年度も年10回の講義が開催されている。

 7月31日には、沼津市出身である東京理科大学の小林宏教授を講師に迎え、「人間と人生を支援するロボット技術」について学んだ。


小林宏氏(東京理科大学教授) 静岡県沼津市立図書館 人間と人生を支援するロボット技術

人間と人生を支援するロボット技術

 近年、ロボットがニュースに取り上げられることが多くなり、優れたロボットが少子高齢化社会を迎える私たちの生活を支えてくれるというイメージが広がっている。小林氏は、「それは大きな勘違いだ」という。

 例えば、ASIMOは時速6kmで走ることができるが、数グラムのものしか手で持つことができない。

 エンターテイメントロボットのように、人を楽しませるという意味で役に立つロボットは作れても、それが実際に生活するうえで実務として役に立っているかといえば、難しいというのが実感である。

 そうした現状を踏まえたうえで、小林氏は「自分なりのやり方で、役に立つ機械システムを作っていきたい」という。

 小林氏が研究しているのは、人の行動を実際に支援し、日常生活の役に立つシステムだ。こうした研究は世界的にみても少ないので、積極的に開発しているという。

 ロボットという概念は、奴隷の代わりに肉体的苦役から人間を解放する発想が発端になっている。こうした肉体的負担を伴う重労働を代替するシステムは、20世紀に機械や産業用ロボットが普及し、ほぼ完成してきている。

 そこで小林氏は、「今世紀は、精神的負担も機械システムによって、解放していきたい」という。

 精神的な負担からの解放とは何かと考えたとき、究極的には命あるかぎり自活ができるということだろう。自活できれば、子どもに介護を頼むことや経済的負担も軽減する。

 ロボット技術を使い、介護する人もされる人もいなくなる。一人一人が、生涯自立して生活できるための支援システム。小林氏が目指すものはそこにある。

 もうひとつ、小林氏は、「大学で研究開発したシステムを、社会で使ってもらいたい」と考えているという。欧米では大学が産業界に貢献しているのに対して、日本では人材育成以外の貢献がないと指摘する。小林研究室の研究は全て実用化を指向している。


ロボット開発が盛んな背景には、少子超高齢化社会の問題がある 21世紀は機械システムによって、精神的負担から解放される 小林研究室の目標

来年度、実用化を目指す「マッスルスーツ」開発状況

「スターシップ・トゥルーパーズ3」の記者会見風景
 小林氏が、現在メインの研究としているのが、マッスルスーツだ。

 マスコミの注目度も高く、夏に公開された「スターシップ・トゥルーパーズ3」映画記者会見では、主人公ジョニー・リコ大佐を演じるキャスパー・ヴァン・ディーン氏が来日し、マッスルスーツを着用した。

 マッスルスーツは、柔らかい人工筋肉をアクチュエータとして、空気圧により強い力で人の動きをサポートするものだ。

 人工筋肉は、自転車のタイヤのようなゴムチューブの周囲を筒状のナイロン繊維が覆っている。ゴムに圧縮空気を入れると、ゴムはふくらむがナイロン繊維には伸縮性がないため、編み目が横に広がり、筒が太くなって縮み、この時に非常に強い力を発生する。

 非金属のため40cmで50gと、とても軽い。これに、4気圧の空気を入れると20kgの重りを簡単に持ち上げることができる。ひと回り太いものなら、150kgまで持ち上げることができる。

 一般的には、モノを動かす時にはモーターを使う。だが、100gの人工筋肉と同じパワーを出すモーターは重量が10kgもあり、価格は10万円くらいする。人工筋肉は1万円程度なので、軽量かつ低コストだ。

 また、モーターは電気の力で連続的に回転するため、トラブルがあった時に安全性に不安がある。現時点では、電動機を体につけることは法律で認められていないという。それに対して、人工筋肉は30%くらいしか縮まないという、動きに上限があるため、装着者に想定以上の負担を強いることがない。他にも、人工筋肉は電気を使わないため、水の中でも動くというメリットがある。

 このように、人工筋肉はいろいろな面から人が着用するのに適しているという。

 マッスルスーツの用途としては、要介護者や身体障害者の動作補助、リハビリ装置として使うなどが考えられる。だが、そうした用途に関しては、安全基準のハードルが高いため、まずは工場などで肉体労働をする時の筋力補助や、姿勢補助システムを開発中という。


Mckibben型人工筋肉。小林研究室でメインに使われている技術 【動画】4気圧の空気を注入し、20kgの重りを持ち上げる。フレームが重みでたわんでいる 人工筋肉の特徴と適用範囲。最終的には、要介護者の自立を支援するシステムを目指している

 マッスルスーツの開発は、2001年に開始された。当初は、人形に洋服を着せ、服に人工筋肉をつけて動かしていた。基本的な動作はできたが、人工筋肉に引っ張られた生地がたわみ、人形の動きは小さかったという。また、この方式では、人の骨や関節に負担が掛かることも問題点だったという。

 そこで2004年からは、人の動きを妨げないフレームを作り、必要なところに人工筋肉をつけて動かす方式をとっている。今年5月に行なわれたロボカップジャパン 2008沼津で公開したバージョンは、肩が4自由度と、肘と腰が動く。このモデルは11kgもあり、重いのが難点だった。現在軽量化を進めており、今年中に5kg以内にする予定だという。


マッスルスーツのシステム構成。フレームに人工筋肉を取り付け、制御装置で圧縮空気を送って動かす 【動画】開発の歴史。2001年初期モデルと、2004年モデルの比較 2001年モデル。人形を使い、人工筋肉の動作を確認

洋服への取り付けは、生地がたわみ可動範囲が狭くなることが分かった マッスルスーツ用フレームの進化 2008年5月モデル。肩4、肘1、腰1の自由度を持つ。11kgと重い。7月の時点で7kgまで軽量化に成功している

 小林氏は、マッスルスーツを最終的には、要介護者の自立支援を目指して開発している。だが、展示会等で公開したところ、マスコミからは介護者用として注目を集めているという。

 そこで、改めてニーズ調査を実施したところ、さまざまな企業から多くの問い合せがあったという。企業規模にかかわらず、機械化が進んでも人が肉体的負担を強いられる現場や作業がある。そうした負担をマッスルスーツによって軽減できるのではないか? という要望が寄せられたそうだ。

 例えば溶接作業をする方は、中腰の前傾姿勢を保たなくてはならない。そのため、作業に従事する人達の半数が腰痛に悩まされているという。マッスルスーツを着用すれば、人工筋肉のパワーで一定の姿勢を取ることができ、腰への負担を減らすことができるという。

 今年は軽量化を進め、構造もほぼ決定している。来年は、共同研究をする複数の会社と協力し、実用化に向けて特定企業で利用する予定になっているそうだ。


工場内での実用化が期待されている。重量物を運搬する際の筋力サポート 同じ姿勢を長時間保つ溶接作業などで、マッスルスーツが姿勢補助に役立つ 筋力補助の効果をテストした結果。スーツ装着で半分くらいの力で持つことができる

 マッスルスーツに関して「着用したら何倍強くなれるのか? 何キロまで持てるのか?」と質問されるそうだ。しかし小林氏は「基本的には、そういう技術ではない」と断言した。

 もし、機械の力を使って人間の力を何倍にも増幅したら、増幅した力は体のどこかで反力として受けるため、人間の骨格が耐えられなくなってしまう。パワーを増幅するのであれば、エイリアン2(1986年公開)で主役が着たパワーローダーのようながっちりした構造物に乗り込む必要があるそうだ。

 マッスルスーツは、あくまでも人の動きをアシストするものであって、大きな力は出せない。

 なぜなら、人間が持てる以上の重量物を持つことは、システムエラーが起きた時に非常に危険であるためだ。また、着用者が全く筋力を必要としないレベルまで補助してしまうと、着用者の筋力や骨が弱くなってしまう。

 小林氏が目指しているのは、今まで30kgまで持っている人が、重さを1/2~1/3に軽く感じる技術だ。

 最初に述べたように、小林氏が最終目標としているのは、人が生涯自立して生活するための支援システムだ。介護者支援用の実用化も期待が大きい。だが、介護者用は対象物が人であるため、安全性の確保が重要であり技術的ハードルが高い。

 もちろん、介護施設での実験も始めており、ベッドから車いすへ移乗させる時、マッスルスーツを着用するとどのくらい負担が減るかなどデータを取っているそうだ。

 介護者支援用に関しては、来年、本格的に開発を開始。再来年には、東京都を中心に特定施設で使い始める予定だという。


人のパワーを増幅する装置ではなく、あくまでも補助装具である。写真はエイリアン2のパワーローダー マッスルスーツの開発履歴。来年度には協力企業で実用化に向けて利用を開始する 介護施設でのテスト風景。ベッドから車いすへの移乗をサポートしている

アクティブ歩行器「ハートステップ」

アクティブ歩行器の製品化。商品名「ハートステップ」
 小林研究室では、上半身のサポート器具だけではなく、下半身をサポートするためのツール「アクティブ歩行器」も開発している。これは人工筋肉を用いて、これまで歩行が不可能と言われていた全麻痺の方も、家庭内で安全に歩行することが可能となる歩行器だ。

 アクティブ歩行器は、今年、第7回産学官連携功労者表彰 文部科学大臣賞、キッズデザイン博2008で商品デザイン賞を受賞した。

 既に子ども用アクティブ歩行器「ハートステップ」は商品化が決定され、今は量産化に向けて開発が進んでいる。

 現在、正確な数は把握できていないが、歩行障害者は国内だけで100万人以上いるという。歩行障害をもつ多くの方が、車いすを使っているが、車いすに乗ると廃用症候群という循環器機能の低下や、筋肉を使わないため筋萎縮や関節拘縮という症状が出てしまう。それを避けるためには、まず立つこと、できれば歩行することが重要であると小林氏はいう。

 その時に問題となるのは、一般的な歩行器は手で支えるため、歩行訓練時の姿勢が悪くなることだ。また、そもそも上半身が使えない方は、訓練すらできないのが実情である。

 もちろん、専門施設では水中訓練や吊り下げ型の負荷軽減訓練ができるが、特殊施設が必要となる。専用機を利用した訓練は、在宅ではできない……などと、現状の歩行訓練には、さまざまな問題がある。

 小林氏は「歩行訓練で重要なのは、正しい姿勢で行なうことだ」と指摘する。歩行時の正しい姿勢とは、上半身が真っ直ぐになり、手で支えたりしないことだ。そして、日常生活で利用できるシステムが望ましい。もちろん、転倒による事故があってはならないため、絶対に倒れない構造が必要となる。

 小林研究室で開発しているアクティブ歩行器は、そうした要件をすべて満たしているのだ。


現在の歩行訓練の現状と問題点 ロボット技術による歩行訓練の現状 歩行訓練器に期待される機能。ハートウォーカーをベースにすることで、要求条件をクリアした

 開発の発端となったのは、2004年に大阪の展示会で歩行訓練器「ハートウォーカー」を見たことだという。

 ハートウォーカーは、1989年に英国のメディカルエンジニアDavid Hart氏が開発した歩行訓練器だ。台車の中央にある支柱が腰を支えるため、手を使わずに上半身を真っ直ぐ保つことができるのが特徴だ。台車で支持されているので、転倒の不安がなく、足に掛かる負荷も調整して正しい姿勢で歩行訓練が可能だ。価格は80万円で、全国約50の自治体が半額から全額の補助をしている。国内で250名、世界で6,000人のユーザーがいる。

 小林氏は、ハートウォーカーを見て、「これに人工筋肉を搭載すれば、健常者と同様に歩けるのではないか?」と考え、開発に着手したという。

 健常者の関節がどのように動くか解析し、ハートウォーカーに人の筋肉を参考にして、片足4本の人工筋肉を取り付けた。この人工筋肉の配置を決めるだけで、3年間かかったという。


ハートウォーカーをベースにアクティブ歩行器を開発 健常者と同じ歩行動作を実現するために、ハートウォーカーの利点を利用 歩行のための人工筋肉の配置。決定までに3年を要したという

人間の歩行を分析 【動画】アクティブ歩行器を使った人形による歩行テスト

 ハートウォーカーで歩行訓練をする場合、サポートの人が後や前から足を動かしてあげる必要があり、かなり大変だという。その点、アクティブウォーカーは、スイッチを押すと人工筋肉によって、右足、左足がそれぞれ動く。サポートの方の手を借りずとも、ユーザー自身が簡単に操作できる。自分でスイッチを押すと、脳の司令で指を使い、意識して足を動かすことになるため運動学習効果が高いという。

 子どもは、ゲーム感覚で楽しく歩行訓練ができ、通常の訓練は5分で飽きてしまう子が1時間くらいトレーニングを続けるという。

 これまで歩行が不可能と言われていた全麻痺の方にアクティブ歩行器を使ってもらい、テストした全ての症例で歩行ができることを確認しているという。

 小林氏は、二分脊椎や脳性まひ痙直型アテトーゼの子どもがアクティブ歩行器で訓練する様子を動画で紹介した。ハートウォーカーでは立つことができても歩行はできなかった子どもが、アクティブ歩行器で2日間にわたり2時間程度のトレーニングをしただけで、ハートウォーカーの歩行ができるようになった例もある。

 その子どもは、左足の緊張が強いため、足が棒のように突っ張ってしまい立つことはできても、足を振り出すことができなかった。アクティブ歩行器をつけた初日は、緊張がとれず歩行ができなかった。だが、きちんと立たせてあげることで体の緊張が取れ、2日目には1時間程度のトレーニングでステップを踏みだすことができた。そして子どもから「自分で歩きたい」といい、ハートウォーカーに乗り代えて、自分で足をコントロールして歩いたという。

 ほかにも筋ジストロフィーの場合は、自分の筋肉を使うと関節を痛めてしまうため、人工筋肉でアシストして歩行するのが必要だそうだ。この場合、訓練直後に関節の可動域が広がっていることが確認できたという。

 成人の場合では、事故で18年間車いす生活をしていた女性が、アクティブ歩行器をつけて10分くらいのトレーニングで、自分で足が出せるようになったという。

 よく言われているように、脳には可塑性がある。通常は脳からでた刺激で体が動くが、逆に体を動かすことで筋肉から脳に刺激がいく。脳は30%しか使われていないため、本来動く場所にトラブルがあれば、その周辺が活性化される。ちゃんと訓練をすれば、神経と脳がリンクされて歩けるようになっていくそうだ。

 「そのためにも、正しい姿勢できちんと歩けるパターンを作ることが重要だ」と小林氏はいう。


 この技術により、車いすしか移動手段を持たなかった人が、立って安全に歩ける。また、正しい姿勢の歩行訓練により短期間で歩行機能が回復することが期待できる。

 小林氏は、車イス利用者の3~4割は、こうした訓練をすれば杖で歩けるようになると考えているそうだ。

 だが、車イスを使っている方は、立つことや訓練が怖いということが多い。また、医療機関や厚労省もなかなか認めてくれない。そこで、アクティブ歩行器の認知度をあげて、障害があっても、車いすではなく立って歩くことが当たり前という世の中にしたいと、活動しているという。

 大人用のアクティブウォーカーは、装着の問題を改良中だという。現在は、ベッドで装具を装着し、抱きかかえてハートウォーカーに合体している。子どもの場合は、これで装着できるが、大人ではそういうわけにはいかない。

 そこで、大人用はベッドから車いすに移動して装具をつけ、車いすのまま立ち上がって歩けるような構造を今年度中に作る予定だという。


アクティブ歩行器のシステム構成。商品化はSystem2のスイッチ式を採用 スイッチ操作で自分の意志で歩行が可能 アクティブ歩行器で歩行可能だった症例

【動画】セントラルコア病で筋力が極めて弱い児童のアクティブ歩行器使用例 アクティブ歩行器の効果 成人に適用する場合の問題点と改良について

技術を社会に還元する

 小林氏が研究しているのは、表情によるコミュニケーションをテーマとした受付嬢ロボット、肌の定量的評価システムや嚥下ロボット、しごき機能付き搾乳機など多岐にわたる。

 肌の定量的評価システムというのは、肌を画像解析して、皮溝の太さや深さ、間隔や平行度を定量的に評価する。デパートなど化粧品売り場で皮膚の状態チェックを行なっているが、現在は水分と油分をチェックしているだけで、皺ができるメカニズムなどは判明していないのだという。

 このシステムを使うことにより、化粧品を1週間使用した結果、肌がどのように変化したのかを数値で表すことができるという。既に製品化が終わり、9月にはプレスリリースを出す予定だという。

 ほかにも、しごき機能付き搾乳機はメーカーに特許を販売し、数年後には製品化されるそうだ。


肌の定量的評価システム。肌を画像解析し、皮溝の状態を数値で表す 年齢や性別、化粧の有無による状態のチェック 肌の部位によって、状態が違う。顔の中でも額、目元、口元で違いをチェックする

【動画】吸引だけではなく舌と顎の動きを追加し、母体に優しく効率のよい搾乳機を開発 しごき機能付き搾乳機の外観 【動画】赤ちゃんの動きと同じ仕組みの搾乳機。母乳の質もよくなるという

非接触型支援システムとして、ロボット受付嬢や嚥下ロボットがある 接触型支援システムは、マッスルスーツやアクティブウォーカーなど人の身体に密着するもの

 このように、小林氏は技術を社会に還元するために研究開発をしている。

 そのためにも、こうした講演を積極的に開き、展示会でも企業に負けない技術をアピールを行なっている。9月24日(水)~26日(金)に東京ビックサイトで開催される「国際福祉機器展」にも出展するそうなので、興味をもった方はぜひ会場へ足を運んでほしい。


URL
  沼津市民大学
  http://www.city.numazu.shizuoka.jp/sisei/kyouiku/kyouiku/shougai/kouza/numazu.htm
  東京理科大学工学部 小林研究室
  http://kobalab.com/
  ハートウォーカージャパン
  http://www.hart-walker.co.jp/

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( 三月兎 )
2008/08/22 00:07

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