|
fuRo所長古田貴之氏
|
財団法人神奈川産業振興センター、神奈川県、川崎市は、7月9日から11日にかけて、かながわサイエンスパークにおいて「第21回先端技術見本市 テクノトランスファー in かわさき2008」を開催した。その基調講演として初日の午後に行なわれたのが、fuRo(千葉工業大学未来ロボット技術研究センター/Future Robotics Technology Center)所長の工学博士である古田貴之氏による、「川崎におけるロボット(RT)産業の可能性」だ。その模様をお届けする。
● 基調講演の開催理由と古田氏のプロフィール
この基調講演を開催した主旨は、川崎市が高い技術力と長い歴史を併せ持つ「ものづくり企業」が集積しており、メカトロニクス、エレクトロニクス、コンピュータ技術など、高度な要素技術から成り立つロボット産業の展開に適したエリアであると、主催者側が考えるからだ。ロボットにおける新たな基幹産業を目指しており、新事業・新展開を検討している経営者や若いエンジニアに向けた講演を行なうことにしたというわけだ。古田氏に白羽の矢が立ったのは、最先端ロボットの研究開発を積極的に進めているのと同時に、産学官の連携に取り組んでいるからである。
Robot Watchの読者ならご存じの方が多いかと思うが、古田氏は、千葉工業大学で教職とは完全に独立した部門であるfuRoの所長として、2003年から活動中だ。それ以前は、独立行政法人科学技術振興機構のロボット開発グループリーダーとして、ヒューマノイドロボットの開発に従事していた。その人当たりの良さ、ルックスなどでロボット開発の第一人者として、メディアでも人気であり、また日本科学未来館のロボット展示スペースや、昨年国立科学博物館で130周年記念として開催された「大ロボット博」の総監修なども務めている。現在は、行政や企業と連携して、新産業のシーズ育成やニーズ開拓にも積極的に取り組んでいるということだ。
そしてfuRoに関してだが、日本で初めての学校法人直轄の研究センターである点が大きな特徴。一般的に研究センターは、学校法人が運営する大学があって、その大学の下にあるのだが、fuRoは学校法人直轄なので、大学と並列の独立した部門なのである。例えていうなら古田氏は、ベンチャー企業の社長のようなものであるという(よって、古田氏は大学で教鞭を執る教員ではない)。メリットは、産学官連携などを行なう際も、教授会や学部会などの許可を取り付けなくて済むといった点だそうだ。同センターのメンバーは2008年4月から2人増えて、13人となっている。FutureとRoboticsの頭2文字を取って、fuRo(フューロ)なのだが、本当は、FutureではなくFurutaという話もあるらしい(笑)。
古田氏がこれまでに世に送り出してきたロボットは、機能美を追求した人型ロボットの「morph3」(モルフ3)や、路面状況に合わせて移動システムを3段階に切り替える全32個のモータで駆動する8輪型ロボット「Hallucigenia01」(ハルキゲニア01)や、56個のモータを駆使して状況に応じて3段階に変形して移動する8輪・脚型ロボット「Halluc II」(ハルクII)などいくつも有名なものがある。
|
|
|
morph3。2002年の作品だ
|
Hallucigenia01。2003年に発表された
|
Halluc II。fuRo開発の最新ロボット
|
● ロボット産業が立ち上がらない理由
古田氏は、そのやわらかな口調とは正反対に、鋭い題材を取り上げる。ロボット産業が立ち上がるといわれ続けているわけだが、川崎市に限らず、全国的に見ても現実には立ち上がっていない。それはなぜなのか、どうすればいいのかという点について触れていきたいとした。
川崎市は人材も含めて技術力のある企業が揃っていて、ロボット産業に向いている土地だと古田氏もいうが、それだけではRT産業は立ち上がらないという。ロボットに関しては、「こんな部品ができました」「こんな技術ができました」とシーズばかりなのが問題だそうだ。RTでどんなサービスをいくらぐらいで一般コンシューマに提供できるのか、といったニーズこそが最も重要だという古田氏。その部分の議論がないから、ロボットはいつまで経ってもシーズのみ、ということになってしまうのだろうと推測しているそうである。
また、人型ロボットは、日本以外にも韓国、中国、ドイツなどでも盛んに研究されているというが、どこの国においても実用的なアプリケーションに利用されたという話はないという。ちなみに古田氏自身は、現在は人型ロボットの研究者ではないそうである。古田氏はロボットのことを、「たくさんのセンサーとモータとコンピュータがつながった知的な機械」ととらえているそうだ。ロボットを産業化する際は、むしろ手足はいらないと考えているという。自身が開発したロボットについても触れ、morph3やHallucigenia01、fuRo副所長小柳栄次氏を中心に開発されたレスキューロボット(Robo Cupレスキュー世界大会で2004年、2005年と連覇)など、古田氏が関わって開発してきたロボットたちも次々と紹介されたが、すべてシーズなので、応用の仕方を考えなければいけないという。そして、これらの技術を応用してニーズとして開発されたのが、大和ハウスと共同開発した床下定期点検用ロボット(今年実用化)だ。床下の破損や、シロアリ被害の有無など、建築物の床下点検は需要として非常に大きいそうである。
|
|
fuRo副所長の小柳栄次氏らが開発したレスキューロボット
|
その応用で、大和ハウスと製品化に向けて開発中の床下定期点検用ロボット
|
● ロボットの部品がモジュール化する時代が近いうちにやってくる
続いて、話は経済産業省の国家戦略としてのロボット分野の導入シナリオについてとなる。古田氏は、これら国家戦略にもかなり関わっているそうで、「8割方は話せないのですよね(笑)」と笑いを取る。日本は国策として、2015年から2025年にかけてロボットを本格普及させようとしているのはご存知の方も多いかと思う。これまではロボットの部品を開発してきたそうだが、昨年からスタートしたのは、「次世代ロボット知能化技術開発プロジェクト」。2011年までの期間で研究開発が進められており、多数のメーカーが参画しているということである。
そして、同時に現在進めているプロジェクトが、ロボットの部品をPCのようにソフトとハードが一体化したモジュールとして整備するというもの。モータ、各種センサー、コントローラなどをすべてモジュール化するというわけだ。それで、PCのようにちょっとした知識があれば、誰でもつなげてしまえて、ロボットの基本部分ができあがる。アプリケーションに依存する部分に注力できるよう、それ以外はできあいでできるようにと、環境の整備を進めており、古田氏はそのプロジェクトに深く関わっているということだ。
また、ロボット関連プロジェクトのひとつとして紹介されたのが、国土交通省と東京都のユビキタス分野の部門も関わっている、街や生活と連動するロボット環境(次世代環境インフラ技術)の「東京ユビキタス計画・銀座」だ。銀座四丁目交差点の地上・地下エリアの実験で、有名なこの交差点にはすでに無線マーカーが163個、赤外線マーカーが272個(地下)、無線LAN16基、シールタグ270枚が設置され、小さな端末で現在位置やその周辺の店舗情報などを得られるという。それらと連動して動く車イスなども開発中だそうだ。
|
|
経済産業省のロボット分野の導入シナリオ
|
ロボットの部品のモジュール化のイメージ
|
|
|
銀座4丁目の「東京ユビキタス計画・銀座」
|
ロボット環境で動作する車イスなどのイメージ
|
古田氏がここでいいたかったのは、今後、ロボットの部品は簡単に手に入るという状況が出てくるということがひとつ。さらに、ロボットが動きやすいような街という風にインフラの整備が着実に進んでいくということもある。ロボット用のソフトの開発環境も確実に進んでいくはずなので、こうした技術を使ってどういうサービスを展開しなければいけないか、またはそうした部品と連動する部品を造ることなどが重要になるという。
ロボットの部品の規格化・モジュール化プロジェクトが実現すれば、モータやセンサー、コントロールユニットなどを数珠繋ぎにするだけで、多センサー・多モータ・多コンピュータのロボットを誰でも簡単に造れるようになる。古田氏が開発したHallucigenia01は開発費用が数千万円だそうだが、近い将来にプロジェクトが実現すれば、劇的にそうした部品が安くなるはずなので、ロボットももっと安価で造れるようになるという。ロボット分野で幅広く活躍する古田氏だが、一番の仕事はその規格化・モジュール化を目指すことにあるそうだ。
● ロボットの産業を立ち上げるのに必要なものとは
再びロボットの産業の話に戻ると、今のやり方のままでは「ロボットの産業化は難しい」とバッサリ。現在、ロボットの国策関連の人々と話していると、ロボットの技術者たち(ロボットが好きな人たち)が「こんなRTを造ったら売れるに違いない」と、ニーズを発掘して考えているという。古田氏は、「おそらく」と付け加えながら、個人の考えとして、ロボット屋が考えているうちは、ロボットは産業として大きくならないだろうと語る。
しかし、世の中を見回してみると、家具メーカー、ハウスメーカー、建設業など、ロボットとは関係のない分野でRTに興味を持っている人たちは結構いるという。ただし、その人たちはもちろん技術のことはわからない。一方、ロボット技術者はニーズがわからない。よって古田氏は、今、最もロボットの産業の拡大に必要なのが、その両者を結びつけるシステムインテグレータ(SI)やビジネスコーディネータだという。
様々なロボットのニーズを吸い上げて、それに対してどの技術を使ったらそれが実現できるのか。ビジネスモデルとタイアップして、運用方法、価格、仕様を策定できるSIが、ロボット分野にも必要なのだという。古田氏は、それに対してもすでにアクションを起こしており、とあるメーカーとRTのSIを育成するプロジェクトを進めているそうだ。実際に、街の開発や家の建築といったロボットとは関係のないメーカーの人たちをロボットメーカーとくっつけて、新たなロボットの製品開発を始めているという。
また、これからは、技術と文化の融合が重要であり、なおかつ「キラーアプリ」を探すことが必要だという。技術は「高いか低いか」ではなく、どんなサービスなのか「利用者の視点」も重要であると語る。そして紹介されたのが、ロボットの数少ない成功例である、お掃除ロボット「Roomba」である。店頭販売では全国であまり売れていないといわれるが、実は乳幼児のいる若い夫婦の間では爆発的に売れているのだそうだ。日本の大手家電メーカーは、日本は畳の部屋があったり、色々な物が床上に散らばっていたりするので、お掃除ロボットは適さないと考えているらしい。
しかし、実は乳幼児のいる若い夫婦の家庭は別。乳幼児の事故のことを考慮し、まず物は床に置いてないので、Roombaが活動しやすい。しかも、通常の掃除機の場合、子供が起きていればお母さんにくっついてくるのでかけにくいし、かといって昼寝している時も音の大きい掃除機はかけにくい。しかし、Roombaなら散歩や買い物の間に掃除をしておいてくれるので、問題なしというわけだ。では、どこで購入しているのかといったら、インターネット通販が多いという。手間もかからないという点もあるし、国内の大手量販店で買うのに対して直接米国本社から購入すれば半額近いという金銭的なメリットもある。よって、乳幼児のいる若い夫婦の家庭では、日本でも爆発的に売れているというわけだ。シチュエーションがマッチすれば、ロボットも売れるのである。
Roombaの例で見るように、これからのロボットは「技術の高い低い」ではなく、「どういうサービスが重要か」ということから逆算していくことがまっとうなのではないかと古田氏は強調する。技術者がサービスを考えるのではなく、SIがニーズやアプリケーションから考えていくことが重要なのである。ちなみに古田氏は複数のメーカーの企画から参加し、そろそろ製品として形になろうとしている、そうしたニーズから企画したロボットが今、いくつかあるのだそうだ。
● 海外の動向も含めた今後のロボット技術の展開
また、米国のロボット事情についても語られた。PCがソフトウェア(Windows)もハードウェアも米国に標準規格を取られてしまったことから、ロボットだけはそうなってはならないと、日本は奮闘しているという。ソフトウェアは「RTミドルウェア」を経済産業省が整備しているし、ハードウェアはモジュール群を整備しているところだ。それに対し、米国ではマイクロソフトが「Robotics Studio」をリリースし、やはりソフトウェアの標準化を目指している。ただし、ハードウェアの標準化は進んでいないようなので、日本がリードしているという具合か。
アメリカの強みはやはり軍隊で、米軍は軍事用地上車輌の3分の1を2015年までに無人化する計画だそうである。日本のロボット本格普及も2015年と同じ年なのだが、これは偶然ではないそうで、いろいろといえないオフレコの話があるという。完全自動制御の無人ロボット車レース「DARPA(米国防総省高等研究計画局) Urban Challenge」についても語られ、クルマの自動化は目の前だという話も。
今後のロボット技術には、まず建築物・インフラ系の自動化がある。センサーのネットワークによる街の知能化、セキュリティや空調などの自動化といった建築物の知能化、利用者の来店・退店のチェックや物流の自動化といったコンビニエンスストアの知能化などだ。さらに、車イスなど福祉関係。当面はこれらがまずロボット化されてビジネスになるだろうと予測しているという。現状で、数万円程度の物をロボットの技術で製品化するのはまだ難しい状況としていた。
また、fuRoの技術として、画像認識と地図作成に関する話も出た。基本的にDARPA Urban Challengeの無人ロボット車も、現在運用されている工場の搬送用システムなども、あらかじめ地図を与えておかないと走れない。しかし、自分で立体地図を作って、なおかつ自分の現在位置を把握して、その上で動き回れるという「SLAM(スラム)」というシステムを開発中だそうだ。もう少しでまったく未知の環境で動き回れる技術が完成するという。
屋内でも机やロッカーなどを区別して認識し、リアルタイムではないが、2~3秒程度で立体地図を作りながら移動できるそうである。ステレオカメラを使って画像認識し、すでに通った場所でイスやゴミ箱など動いている物があれば、比較して動いていない物をランドマークとする仕組みということだ。
また、NECソフトウェアとの共同による公的な研究で行なっているのが、「顔認証技術」。その技術を使って、人を回避するロボットの研究開発をしているそうだ。自ら立体地図を作って環境認識を行ない、なおかつ人を避けられるロボットというのは、古田氏自身はまだほかに見聞きしたことがないということだ。
|
|
|
【動画】fuRo内を自律移動する「スラム」システム搭載ロボット
|
【動画】周囲の環境を認識していく様子(以前の2Dのもの)
|
【動画】3Dで認識した周囲の環境
|
最後に古田氏は、「私の最高傑作は……娘です(笑)」と、笑顔でパパぶりをしのばせるコメントで講演を締めくくった。
■URL
第21回先端技術見本市 テクノトランスファー in かわさき2008
http://www.tech-kawasaki.jp/ttk2008/
千葉工業大学未来ロボット技術研究センター
http://www.furo.org/
( デイビー日高 )
2008/08/19 16:51
- ページの先頭へ-
|