7月3日(水)、新宿・信濃町の日本機械学会において、同学会ロボティクス・メカトロニクス部門の企画によって、特別講演会「デザインとロボティクス・メカトロニクス」が催された【写真1】。
開催にあたり、司会の梅谷智弘氏(甲南大学)【写真2】が講演の趣旨について説明した。梅谷氏は「我々の身の周りにある人工物や環境は、何らかの意図をもってデザインされている。その一方で、ロボティクス・メカトロニクス分野では、ロボットが実環境で動けるように、ロボットの存在をデザインする必要がある。従来のモノやコトをデザインする観点から、デザインとロボティクス・メカトロニクスが綿密な関係を結び、さらに発展していくことが重要」と述べた。
本講演では、デザイン領域でのロボティクス・メカトロニクスの捉え方、ヒトが今後どのようにロボットとの共存に関わるべきかなど、この分野で幅広く活動している著名デザイナーを講師に迎えて、わかりやすい解説がなされた。
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【写真1】日本機械学会が入居している新宿区信濃町の信濃町煉瓦館。モダンな外観が印象的な建物だ
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【写真2】司会進行を務めた甲南大学の梅谷智弘氏(知能情報学部 知能情報学科 講師)
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● ヒトの構造を可視化し、ロボットの研究を進める
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【写真3】名古屋市立大学の國本桂史教授(名古屋市立大学 大学院芸術工学研究科)
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まずデザイン教育・研究の立場から、名古屋市立大学の國本桂史教授が登壇し、「イノベーション・プロダクトそしてロボット」をテーマに講演を行なった【写真3】。 國本教授はかつて三菱自動車工業に在籍し、「パジェロ」「デリカ」「ミニカ」など数々のデザインを手がけたプロダクトデザイン界の第一人者。教授は「いま現実にある人工物は誰かの脳内世界から出てきたもの。今後は人工物の価値が上がり、世界観も変わってくる。そのような中でデザインをどうすべきか。これはモノづくりをするものにとって大きな命題だ」とし、次の言葉を引用した。
「デザインは魅力的なものでなければならない。機能と美しさだけでは不十分であり、同じくらいに『適切な外観』を見出すことは重要である。芸術と科学の融合は、さらに探求、発展させる必要がある。そうすることにより、革新的なプロセスが生まれ、科学的成果がデザインに組み込まれ、未来が形成されていく」
――とはいえ、今後どの分野でキープロダクトを発展させ、デザインとの関わりを持たせていけばよいのだろうか。
國本教授は、今後の産業の発展領域として「人工環境」「自然環境」「医療」「航空・宇宙」「福祉」という5分野を挙げ、「それらをバインドする役割がロボットである」と述べた。そして、これらの領域におけるイノベーション・プロダクトの事例について紹介した【写真4】。たとえば航空・宇宙分野では、ホンダが開発した小型ビジネスジェット実験機「HondaJet」、英国の宇宙旅行開発会社・ヴァージンギャラクティック社の「Space Ship 2」、JAXAの「H-IIAロケット」、国際宇宙ステーション・ISSの日本実験棟「きぼう」、小惑星探査機「はやぶさ(MUSES-C)」、1.2Gbps通信が可能な超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS)、金星探査機「PLANET-C」などの先進的デザインを例に挙げた。
國本教授は、次に医療分野のデザインとして注目を浴びている「BMD」(BIO MEDICAL DESIGN)について説明。BMDは「生体医療デザイン学」と呼ばれ、デザインの知識を医学に応用し、検査機器や人工臓器、生命維持管理装置などの機器を研究・開発するもの。この分野において、國本教授はスムーズに動く「人工骨」の研究を進めている【写真5】。これは有限要素法や熱流体力学などを利用して、「構造体としての骨」と「動く筋肉」の見えない関係を可視化し、その最適解を見つけて新構造物を作るという試みだ【写真6】。さらに骨が再生不能な人に対してインプラントする仕組みも研究中だという。
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【写真4】今後の産業の発展領域。「人工環境」「自然環境」「医療」「航空・宇宙」「福祉」の5分野に加え、それらの領域をつなぎ合わせるロボットの領域がある
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【写真5】國本教授がBMD(生体医療デザイン学)として研究しているスムーズに動く「人工骨」
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【写真6】BMDでは、肉体の見えない関係を可視化し、その最適解を見つけて新しい構造物をつくる試み。熱流体力学、構造力学、有限要素法などを駆使して解析する
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國本教授はBMDの例を示しながら、「人間の新しい構造を研究することで、ロボットの研究を進めてはどうか」と提言。また、「いまのロボットコンテストは、ボールを扱ったり、戦ったりすることが中心。技術を高めるために目指すところが少し違うと感じる」とし、生命に触れられるような新しいロボットコンテストのアイデアも披露した。たとえば、動物を安全にピッキングして、早く目的地に運ぶようなコンテストがあってもよいという。人体構造を可視するプロセスによって、ロボットの研究が進展し、生命に触れられる技術が芽生えれば、介護分野やヒューマノイドロット分野などでも、生命と共生できるロボットの開発に道筋がつけられるかもしれない【写真7】。
このほか医療分野において教授が進める研究として「下顎骨折治療用スプリントの設計提案」がある【写真8】。顎は通常のロボットのように軸まわりには動かず、空間中で脱臼しながらズレて動くため、それを支える腱や筋が重要だ。顎の研究を進めるうちに、大部分の高齢者の顎が萎縮し、老化が進んでいることも分かったという。そこで人間の中にインプラントできる顎ロボットや、咀嚼アシスト用ロボット、呼吸経路を確保しながら呼吸をサポートするロボットなども考案中だという。さらに脳血管の動きをサポートする「マイクロロボット」、目が不自由なヒトに外部カメラをつけて視覚を再生する「ロボットカメラ」「成長・複製するロボット」の可能性などについても触れた。人間の骨は、加重が掛かるとカルシウムが蓄積し、逆に加重が掛からないと血液に溶け込むという性質がある。このような仕組みも将来のロボットのイメージとして必要なことだという。
● アトム・コンセプトから脱却したデザインを視野に
かつて、アイザック・アシモフは、小説「われはロボット」(I,Robot)の中で人間的なロボットのイメージを作り出し、有名な「ロボット3原則」を提唱した。第1条は「ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない」というものだった。しかし、「彼は第0条も作っている」と國本教授は言う。第0条は、第1条の「人間」を「人類」に置き換えたもの。とはいえ、人類は抽象的な概念であり、人間のように具体的な対象ではない。そのため第0条が本当に有効に機能するためには、人類の歴史と未来を定量的に評価・予測する手段が必要になるが、これを効果測定することは困難なことだ。
國本教授は、従来からの小説や漫画、映画など、文化的見地から登場するロボットのイメージについて紹介し、その問題点について指摘した。それは手塚治虫の鉄腕アトム以降、アトム・コンセプト・シンドロームに陥っているのではないかという点だ。「我々は、鉄腕アトムというロボットのイメージから脱却できなくなっている。今後は本当にリアリティのあるロボットにも目を向けていく必要があるのではないか」――そして、ロボティクス・メカトロニクスという観点から「人体にインプラントするロボットや、人体に統合して動作するロボットも、将来の可能性として残されている」と述べた。
たとえば、最近では「ミクロの決死圏」のような世界も現実のものになりつつある。國本教授は、この分野で有名な名古屋大学・生田研究室の「ナノテクロボット」について触れた。これらはミクロン単位のサイズで、レーザーによって作動する。すでに大腸菌をつかめるロボットが完成しているそうだ。また、外部からの操作によって手術ロボットを作動させる試みも行なわれている。國本教授はガンダムのアーケードゲーム「戦場の絆」のコックピットを利用した手術システムをメーカーと共同開発したいと呼びかけている。
その一方で、國本教授は産業用ロボット分野のデザイン設計も手がけている。ヤマザキマザックの重切削CNC旋盤「CYBERTECH TURN 5500MT」【写真9】がそれだ。これは高精度・高生産性を実現する工作機械で、わずかな時間でエンジン部の加工が可能だという。一見するとロボットに見えないが、機能的には「ロボット化している」というものも多い。このような機械では「外観よりも、人間とのインタラクションをどのように進めていくかが重要」と國本教授は語る。
ロボット化という観点からは、このほかにもバング&オルフセンのスピーカーシステムなども紹介した。ベースに内蔵されたマイクロフォンによって、環境に合わせた音場特性を正確に調整できるスピーカーだ。独自テクノロジーを採用し、音が半円状に広がり、室内のどこにいてもサウンドが均質に伝わる。
國本教授は「ロボティクス・メカトロニクスが進むべき分野は、ヒューマノイドロボットだけでない。インプラント分野なども含めて考えていくと、幅広いジャンルに広がっていくと思う。我々はこのような分野を見据えながら、共同研究を進めていきたい」と述べて、講演のまとめとした。
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【写真7】人体構造を可視することで進展するロボットの研究。このプロセスがうまく回れば、生命と共生できるロボットや、介護ロボット、ヒューマノイドロボットなどの研究も発展
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【写真8】下顎骨折治療用スプリントの設計提案イメージ。顎骨を取り巻く腱や筋の関係も重要だという
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【写真9】國本教授がデザインを手がけた、ヤマザキマザックの重切削CNC旋盤「CYBERTECH TURN 5500MT」
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● なぜサービスロボットはビジネスとして成立しないのか?
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【写真10】「T-D-F」代表の園山隆輔氏。松下電器産業において、オーディオ機器を中心としたデザイン設計に携わった後、デザイン会社を設立
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引き続き、デザイン会社「T-D-F」代表の園山隆輔氏【写真10】が、「ロボットデザイン概論~インタラクションデザインのススメ~」 をテーマに解説を行なった。園山氏は、松下電器産業でオーディオ機器などのデザイン設計に携わり、その後T-D-Fを設立。現在、大学や企業の研究機関を中心に、ロボットや情報機器のデザインを見直す「インタラクションデザイン」の啓蒙活動を進めている。
一般的なデザイン分野は、「プロダクト」「グラフィック」「インテリア」の3つの領域に分けられるだろう。このうち、園山氏は工業製品全般に関わるプロダクトデザインに関して説明した。まず園山氏はプロダクトデザインの定義を考えるうえで、ドイツ・バウハウスで初代校長を務めたワルター・グロピウス氏がたびたび引用した「造形は機能に従う」という言葉を紹介。これを言い換えれば「デザインとは機能を形にすること」になる。とはいえ、デザインにとって大切なのは機能を造形することだけだろうか? 園山氏は「プロダクトデザインの本質は、ユーザーとの関係性をかたちにすること」であり、「その関係性をユーザーに伝え、理解してもらう造形が重要」と説く【写真11】。ある製品を購入するとユーザーは一体どうなるのか、購入して満足・納得感が得られるのか、さらに自分以外の他人も含めて製品の印象はどうか、といったファクターが絡んでくる。
もし、すでに世に存在している製品であれば、ユーザーとの関係性はある程度は予想できる。しかし、まだ世に出回ってない未知の製品や事業では「関係性」を明らかにする必要がある。これらには「技術要素」「採算要素」「実需要素」という3つの必須要素があり、それぞれの要素同士をうまくつなぐ「リンクバランス」が重要だという【写真12】。たとえば「技術的には可能だが採算が見合わない」「実現できても誰も必要としていない」というようなアンバランスな関係では、事業を成功に導くことは難しい。ところが昨今の新規事業では、こうしたアンバランスな関係が目立つという。特に実需要素で「ユーザーとの関係性」が不明確なことが多いそうだ。そこで園山氏は「ユーザーとの関係性を構築していくデザイン」として「インタラクションデザイン」を提唱している【写真13】。
すでに産業用ロボットはビジネス的に確立されているものの、サービスロボットについてはビジネスとして成立していないのが実情だ。さらに一口にロボットといっても、実際に何を以てしてロボットと考えるのか、個人によってもイメージはバラバラだ。この理由は、ロボットの定義や特徴が絞られていないことに起因するという。園山氏は「いまユーザーにとってロボットは何だかよくわからないものになっている。見世物のような存在になって、それがマイナスのイメージを加えている。よくわからないものは購入してもらえず、ビジネスとして成立しない」と強調した。
では、よくわからないのであれば、ロボットのイメージを明確にするために定義づけをしてはどうだろうか。実際に経済産業省では、ロボットを「センサー、知能、駆動系の3つの技術要素を有する知能化システム」と定義している。とはいえ、これでは既存製品のほとんどがロボットの仲間になってしまう。もちろん、このような考え方もある。しかし、新規ビジネスとしてサービスロボットが参入する上では意味合いが広すぎて、ユーザーとの関係性もよく見えてこない。
いまのサービスロボットに必要なことは、前述したようにユーザーとの関係性そのものであり、個々のロボットの存在意義を明らかにすることにある。仮にサービスロボットを「日常の生活空間で一般ユーザーとともに活躍するロボット全般」と考えるならば、日常生活における関係性が見えずに、その存在意義を見出せなかったところに問題があり、それは同時にデザイン側の問題でもあるという【写真14】。しかし、日常生活でロボットがいつも役に立たなければならないかというと、そうでもないようだ。園山氏は「もちろん役立つべき。しかし、役立ち方は個人で違う。あるヒトにとっては力仕事をこなしてくれるロボットが重要でも、あるヒトにとっては癒しを与えてくれるロボットが重要になることもある。これもユーザーとの関係性によって決まってくるものだ」という。
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【写真11】プロダクト・デザインの本質は「ユーザーと関係性をかたちにすること」。新製品や新事業を成功させるためには、この関係性を明らかにする必要がある
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【写真12】「技術要素」「採算要素」「実需要素」をつなぐことが重要。昨今の新規事業では、特に実需要素において「ユーザーとの関係性」が明確にならず、要素間のリンクが切れていることも多い
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【写真13】インタラクション・デザインは、ユーザーとの相互作用・相互適応を構築していくものだ。すなわち、ユーザーとの関係性を明確にすることに他ならない
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【写真14】サービスロボットの分野でもユーザーとの関係性が見えていないため、何だかわからない見世物的な存在になっているという
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● 関係性のデザインを具現化するインタラクション・デザイン
そこでロボットのデザインでは、このような「関係性のデザイン」を形にしていくこと、すなわち「インタラクションデザイン」が必要だという。園山氏は、実生活や日常生活に密着したロボットの関係性のデザインを常に重視しているという。そして関係性のデザインからロボットを考えるために、自ら手がけた2つの事例を示した。これは2005年に催された愛知万博のプロトタイプロボット展において、園山氏が関わったものだ。
まず1つ目のロボットは、VRやテレイグジスタンス、アールキューブなどの研究で有名な東京大学・舘研究室で開発した「Telesar Phone2」(TELE-existence Surrogate Anthropomorphic Robot)【写真15】のデザイン。このロボットは、遠隔操作をしながら、あたかも操縦者がいるような情報伝達性を目指している。マスターロボットには力覚フィードバック機能を持たせ、もう一方のスレーブロボットには、ヒトの映像を投影できるようになっている。
もう1つは、立命館大学の金岡研究室で開発した「Man-Machine Synergy effector」(MMSE)のデザイン。これは、人間や機械のみでは実現できない機能を、人間と機械の相乗効果(マン・マシン・シナジー)によって実現する効果器だ。ロボット技術を導入した高度なツールであり、「パワーフィンガー」「パワーエフェクタ」「パワーペダル」などが開発されている【写真16】。パワーフィンガーは、操作者にある程度スキルがあれば、クルミの殻だけを割り、実を無傷で取り出すといった芸当も簡単に実現できるという。
これらのロボットにおいて考えた関係性のデザインコンセプトは「世界中の老若男女」を対象としたユーザーモデル、「万博という究極の晴れ舞台」というフィールド、「楽しみながら、研究内容を理解してもらう」が伝えたいことだった【写真17】。
具体的にTelesar Phone2では、潜水服や宇宙服のようなシェル構造で、ヒトが中に入っているデザインをイメージしたという【写真18】。マニュピレータもメカニカルな外観であったため、無理にヒューマノイド型を目指さず、ロボットアームとしての提示方法にしたほうがよいと判断したそうだ。このロボットは、デザイン面が高く評価され、「GOOD DESIGN AWARD 2006」も受賞した。
さらに園山氏は、関係性のデザインを明確にするために、ロボットの利用シーンをイラストで描いてみたという。たとえば、「ダイバーと、寝たきりの老人が海中で一緒に泳ぐ」「無機質なレスキューロボットではなく、救助者があたかも近くで励ましながら救助活動を実施する」といった関係性も想定し、未来のロボットを提示した【写真18】。園山氏は、日本ロボット学会誌の表紙イラストも担当しているが、特集テーマに合う未来シーンを一般にもわかるように工夫を凝らしながら描いている【写真19】。
園山氏は「ロボットのデザインを考えることは、ユーザーとの関係性=ユーザーモデルを吟味して明確にすることにほかならず、これによってインタラクションデザインが実現する。いわばユーザーとテクノロジーを結ぶ通訳のような存在。そういう意味では、我々のようなデザイナーはエンジニアに近いものがあるかもしれない。今後、必要になることは、デザイナーがエンジニア・マインドを持つこと。また逆に、デザインセンスを持ったエンジニアを育成する必要がある」と述べて、講演を締めくくった。
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【写真15】東京大学・舘研究室で開発した「Telesar Phone2」。愛知万博のプロトタイプロボット展で出展。園山氏は、潜水服や宇宙服のような構造で、ヒトが中に入っているデザインを考案
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【写真16】立命館大学の金岡研究室で開発した「Man-Machine Synergy effector」(MMSE)の1つ、「パワーフィンガー」。こちらは展示ブースを「怪しい研究室」にする方向で提案。ただし予算不足になったという
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【写真17】愛知万博・プロトタイプロボット展における関係性のデザインコンセプト。対象は「世界中の老若男女」、フィールドは「究極の晴れの場」、伝えたいことは「楽しく理解できる研究内容」だった
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【写真18】Telesar Phone2の利用シーンをイラスト化。ロボットとユーザーとの新しい関係性が見えてくる
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【写真19】園山氏は、日本ロボット学会誌の表紙のイラストも手がけている。テーマに合わせた未来の利用シーンを、研究者以外のヒトにもわかるように描く
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● 未来に夢を与えるロボットのデザインを産学共同で推進!
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【写真20】多摩美術大学の和田達也教授(美術学部 生産デザイン学科)
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最後の登壇者は、多摩美術大学の和田達也教授だ【写真20】。和田教授は「デザイン教育における共同研究の役割」について解説。これまで同大学で実施してきた産学官共同プロジェクトの内容や、ロボットのためのユニバーサルデザインについて披露した。
多摩美術大学における産学官共同プロジェクトの歴史はかなり古く、すでに20年以上前の1986年からスタートしている。これまでのプロジェクトは産学連携が最も多く、次に官学、産学官の連携の順番だという。協力企業も、ヤマハ発動機、ケンウッド、日立製作所、東芝、日本電気、ソフトバンクモバイル、NOKIA、アジレント・テクノロジーなど、多岐にわたっている。
産学官の共同研究は、学生のカリキュラムに組み込まれている。そのプロセスは、まずキックオフミーティングから始まり、コンセプトチェックにおいてユーザー側に立ったストーリーを作って、それをベースにデザインチェックを行なう。次のモデリングの過程では、夢を現実のかたちにできるような造形を目指し、最後にプレゼンという晴れの場で成果を発表する、という流れだ【写真21】。
同校が共同研究を進める目的は「総合的なデザイン力」を高めることにあるという。デザイン学習の基本理念には「技術」「感性」「人間の理解」(生活・歴史・文化)の3つの要素がある【写真22】。和田教授は「共同プロジェクトによって、学生時代からプロフェッショナルな現場の人々に混ざって活動すれば、これらの基本的なスキルを磨くことができる」と説明する。
共同研究の方向性を考える際には、3年後、10年後、さらに未来的なスパンでデザインを捉えている。和田教授は、2003年に東芝研究開発センター・ヒューマンセントリックラボラトリーと共同研究した事案について紹介した。このプロジェクトは、10年後の未来を切り開くロボットのイメージを提案したもの。学生がロボットに対して抱く夢をデザインとして伝えたという。
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【写真21】多摩美術大学のカリキュラムに組み込まれている、産学官の共同研究のプロセス。キックオフミーティングでは合宿を行なうことも。ユーザー側の目線でストーリーをつくり、デザインをチェックするという
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【写真22】「技術」「感性」「人間の理解」という3つの要素を高めることで、総合的なデザイン力をアップさせる。そのために共同プロジェクトが大きな役割を果たす
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まず始めに考えたイメージは、家庭で赤ん坊の子守り(あやし)をするロボットだ【写真23】。母親は赤ん坊の様子をモバイルで見守ることができる。もう1つは、逆に高齢者を対象にしたもので、目的地へのナビゲーション機能が付いた歩行ロボットをイメージしたデザインだという【写真24】。3つ目のロボットには、自動的に化粧をサポートしてくれるユニークなアイデアが盛り込まれている。ヘッドセットのような機械で、顔を立体的にスキャンして肌の状態を認識したあと、スプレーによって化粧を吹きつけるというもの【写真25】。これらのロボットは、すぐに実現するものではないかもしれない。とはいえ将来、本当に動きそうな「夢」を感じさせてくれるアイデアが満載だ。「このような夢のあるコンセプトが湧き出てくるのが共同研究のメリットであり、若い学生の発想力でもある」と和田教授は語る。
さらに2004年には、「家庭におけるロボットとユニバーサルデザインの融合」をテーマに、ロボット・ヒトの双方にとって有効なデザインをさまざまな生活環境を考慮しながら提案【写真26】。共同研究を経て、東芝で開発したロボット情報家電コンセプトモデル「ApriAlpha」にアームのアタッチメントをつけ、どのような応用が利くか、そのワーキングモデルを研究した【写真27】。
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【写真23】東芝と共同研究した事案その1。家庭で赤ん坊の子守り(あやし)をするロボットのイメージ
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【写真24】東芝と共同研究した事案その2。高齢者を目的地にナビゲートする歩行ロボットのイメージ
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【写真25】東芝と共同研究した事案その3。自動的に化粧を手伝うロボット。顔面モーダル解析!? のあと、お肌の状態を認識し、スプレーで化粧を吹きつける
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【写真26】考案したユニバーサルデザインロボット(UDR)たち。ホテルのボーイやオーナーの役割を果たすサービスロボット、空気清浄化を行なうロボット、モノの移動をサポートするロボットやトレイ、UDRをベースにした家など
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【写真27】東芝のロボット情報家電コンセプトモデル「ApriAlpha」にアームをつけると一体どうなるか。そのワーキングモデルを研究
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最後に和田教授は「東芝との共同研究のように、今後も異業種・異分野と垣根を越えて新領域を開拓したい。また、デザインセクションだけでなく、エンジニアとのコラボレーションによって、デザインの完成度をさらに高めていきたい。このほかにも、20年に渡る共同研究のデータを公開し、共有できるシステムの構築を計画している」と、今後の展望を語り、講演を終えた。
■URL
日本機械学会
http://www.jsme.or.jp/index.html
( 井上猛雄 )
2008/07/15 16:29
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