5月26日、日本電信電話株式会社(NTT)と国立大学法人大阪大学は、「テレポーテーション型量子計算」の実証に世界で初めて成功したと発表し、共同記者会見を開いた。「量子コンピュータ」実現の困難さを克服される方式として有望視されているものであると同時に、量子テレポーテーションの過程に計算能力が内在されていることを実証したものだという。
量子コンピュータとは、「ビット」を量子力学的な「重ねあわせ」状態を持てる「量子ビット」に置き換えることで超並列演算処理を実現するもの。一部の問題では従来の計算機よりも桁違いの速度での計算処理が可能になると期待されている。
なおここで言う「テレポーテーション」とは、SFなどのテレポーテーションとは異なる。量子もつれの効果と古典通信を利用して、離れた場所にある、観測した粒子と「もつれた」状態にある粒子に、量子状態を転送することだ。そして「テレポーテーション型量子計算」とは、特殊な量子もつれを計算リソースとして用い、入力量子ビットに対して、テレポーテーションによって量子ビットがテレポーテーションされると同時に演算処理が行なわれる形で量子計算が実行される方式のことだという。
この方式では特殊な「量子もつれ(複数の粒子間に量子力学的な相関がある状態。エンタングルメントともいう)」状態にある光子を準備すれば、あとはテレポーテーション操作を行なうことで、量子計算を実行できる。
会見に先立ってNTT情報流通プラットフォーム研究所・岡本特別研究室 岡本龍明氏は「20世紀は電子の時代だった。現在もそれが続いているが、いずれは『量子の時代』が来る」と述べ、電子情報処理にとってかわる量子情報処理の研究を行なっていると研究の背景を解説した。そのなかで中核となるのが量子計算技術、量子コンピュータの実現だという。
大阪大学基礎工学研究科 井元信之教授によれば、従来の量子計算は、量子計算をピュアに扱って、最後に計算結果を見るというのがパラダイムだった。それは逆戻りもできるし理論的にはエネルギーもいらない、非常に量子計算らしいものだったが、いっぽう今回は、計算している途中結果を測定できる「一方向量子計算」で、それを実証したのは今回が初めてだという。これまでの工学的な技術との相性がいいと考えられるという。量子演算光回路提案は2001年に発表されたが今回はテレポーテーション型で「真に量子演算」だといえるものだという。
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NTT情報流通プラットフォーム研究所・岡本特別研究室 岡本龍明氏
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大阪大学基礎工学研究科・井元信之教授
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井元研究室の研究内容
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NTT情報流通プラットフォーム研究所・岡本特別研究室 徳永裕己研究員
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具体的な内容に関しては、井元研究室に社会人ドクターとして研究室に在籍しているNTT情報流通プラットフォーム研究所・岡本特別研究室の徳永裕己研究員が解説した。
量子コンピュータは、従来のコンピュータをしのぐ性能を発揮できる可能性があるといわれている。だが量子コンピュータ実現においては「量子ゲート」素子の実現が課題だ。量子コンピュータには「回転ゲート」と「制御NOTゲート」という2種類の量子ゲート素子があれば実現できることが理論的に分かっている。だが今の技術でも量子ビットに対する操作が比較的容易に行なえる「回転ゲート」に対し、「制御NOTゲート」は量子ビットの間になんらかの相互作用(量子もつれ)を起こす必要があり、実現が難しい。今回は、制御NOTゲートの働きを量子テレポーテーションと、同時に行なわれる量子計算を用いて実現した。これまで困難だと思われていた制御NOTゲートがまったく別の切り口で実現できたという。
これまでのやりかたは、入力に対してなんらかの処理を行なうことで、量子力学的に「もつれた」状態にある量子ビットを作るというものだった。今回の方式では、最初から「量子もつれ」を作っておく。それを測定することでテレポーテーションを起こす。このときに演算処理が行なわれる。量子もつれをいったん準備すれば、あとの処理は比較的簡単だという。
量子もつれとは、離れた2つの粒子が相関を持つことである。物理的に離れた場所にあっても2つの粒子は「もつれた」状態にあるので、離れていても情報の伝達が可能だ。
量子テレポーテーションは、量子もつれの状態を用意しておき、その片側を測定、その結果を古典通信でもうひとつの粒子に伝え、その情報を使って変換処理を行なうと、出力側にもとの粒子の状態がテレポートするというものだ。1993年に理論提案、1997年には実験が行なわれて確認されている。
今回の実験では量子もつれ状態にある4光子をつくり、2組のテレポーテーションを起こした。観測側の粒子にあらかじめ「量子もつれ」を持たせておいてテレポーテーションさせると、その過程で演算が行なわれ、もつれた出力結果となって現れた。
それを繋げて二次元クラスター上に広げたものを量子計算リソースとする系で実行できるのが「一方向量子計算」だ。順次測定によって計算(テレポーテーション)を実行し、量子もつれ状態を壊しながら任意の量子計算を行なっていく。
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制御NOTゲート素子実現が量子コンピュータの課題の一つ
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テレポーテーション型量子計算ではテレポーテーションで制御NOTゲートを実現
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入力を与えると(測定)、演算結果がもつれた量子状態として出てくる
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量子テレポーテーションの原理。もつれた粒子の片方に量子状態を移す
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テレポーテーション型量子計算
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【動画】テレポーテーション型量子計算の解説
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一方向量子計算
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【動画】一方向量子計算の解説
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一方向量子計算を目指した実験はこれまでにもあったが、問題がいくつかあったという。1つ目が実験精度だ。既存実験では、経路干渉を用いていたが波長以下のオーダーが必要で逆に不安定になってしまうという問題があった。また偏光ビームスプリッターを使った実験では精度が低かった。今回の研究では、パラメトリック蛍光対と線形光学素子と光子検出器からなる、比較的シンプルな系を使った。経路干渉も特殊な光学素子もない。これによって世界最高の「忠実度」を実現したという。
既存実験では、本当に量子計算だったのかということもはっきりしていなかったという。テレポーテーション型量子計算では量子もつれを計算リソースとして用意して古典通信で結果を送り、出力を求める。だが、古典通信の段階で既に情報が足りているのではないかという疑いがあった。またそれに対して既存実験は明確な評価がなく、量子もつれを使わなくても実現できるくらいの精度の出力結果しか出ていなかったという。
それに対して今回の実験では4光子の量子もつれ状態を精度よく実現し、その結果が、古典的な通信だけでは実現できないものだということを示す、理論的評価を行なった。量子もつれなしの場合の理論的限界値が85.4%だったのに対し、今回の実験結果は、89.5%で、古典通信の限界を超えた値を出した。これが量子もつれが一方向量子計算に真に貢献したことを示す。古典限界を超えた高精度の量子演算の実証に成功したのは今回が初めてだという。
今後は量子ビットを増加させ、実際に「大規模量子もつれ」を生成させたいという。また、遠隔地や多者間における量子秘密計算など暗号通信にも応用できるのではないかという。そのほかにも「量子投票や量子マネーといった方向に応用があるのではないか」とNTTの岡本氏は語った。今回のようなテレポーテーション型の計算は、単なる量子計算だけではなく、新しい遠隔地計算という切り口もあるのではないかと考えているという。
なおテレポーテーション型量子計算は、量子論的なテレポーテーションの過程そのものに計算という機能があることを示している。また、入力側がもつれあっていると、出力情報がもつれあって出てくる。このようなテレポーテーション型量子計算の原理から考えて、サブルーチンを送っておいて、後から入力を送るようなことも可能なのではないかという。
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既存の実験には精度などの問題があった
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今回はシンプルな系で実験を行なった
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実験システム
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古典限界を超えた量子計算を実証した
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今後の展開
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成果のまとめ
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■URL
NTT
http://www.ntt.co.jp/
ニュースリリース
http://www.ntt.co.jp/news/news08/0805/080526b.html
大阪大学
http://www.osaka-u.ac.jp/
( 森山和道 )
2008/05/27 15:01
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