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次世代センサ協議会と日本感性工学会の共同シンポジウムリポート
~ロボットと感性-ロボットはどこまで人間に近づけるか?


ifbotを利用した講演も行なわれた
 次世代センサ協議会は2月29日に、日本感性工学会の協賛を得て、第27回センサ&アクチュエータ技術シンポジウム「ロボットと感性-ロボットはどこまで人間に近づけるか?」を、東京・千代田区神田駿河台(お茶の水)の化学会館で開催した。

 今回のシンポジウムは、近年のロボット技術の研究が、単なる機械の領域を超え、本来なら高等生物しか持ち得ないと思われた感性(感情)の域にまで及ぼうとしていることから、感性という観点からロボットの研究の最新情報を報告すべく開催された。協賛した日本感性工学会は、感性ロボティクス研究部会を擁している団体だ。

 講演を行なったのは、工学院大学情報学部情報デザイン学科教授および日本感性工学会会長の椎塚久雄氏、名古屋工業大学大学院工学研究科情報工学専攻准教授の加藤昇平氏、信州大学大学院工学系研究科生命機能・ファイバー工学専攻教授の橋本稔氏、千葉工業大学工学部未来ロボティクス学科教授の富山健氏の4名。すべての講演が興味深い題材で、可能であればすべてを文章化して掲載したいところが、それは厳しいため、ポイントを絞って紹介させていただく。興味を持たれた方は、ぜひ時間を作って次のシンポジウムに参加していただきたい。


講演その1「感性工学はこれからの社会を明るくする-技術と人間をとりもつ新しい科学の必要性-」

椎塚久雄氏
 椎塚氏は、人によってその意味するところがまちまちで、なかなかとらえにくく、工学とは本来対極に位置するような「感性」を応用した感性工学の研究者だ。専門分野は感性工学のほかに、人工知能システム、エンターテインメントコンピューティング、離散事象システムなどとなっている。「感性工学はこれからの社会を明るくする-技術と人間をとりもつ新しい科学の必要性-」と題した講演を行なった。

 椎塚氏が研究する感性工学(感性科学ともいう)とは、感性、感性情報、感性情報処理の3つを研究領域とした学問だ。この場合の感性とは、美しさ、心地よさ、面白さ、楽しさなどポジティブな情動を必須の属性とする心の働きのことを指す。感性情報とは、感性反応(ポジティブな情動を起こすこと)を生み出す刺激となる情報のことだ。そして感性情報処理とは、感性情報を集め、作り、作り替え、蓄え、伝える手続きのこと。ちなみに椎塚氏は、感性のことを「時代とともに移り変わっていく価値観」とも定義している。

 また、物質と精神は別物というデカルト的二元論が近代科学の基礎とされてきたが、感性工学はその逆で、脳を拠点と定めて、精神と物質世界を統一することを構想しているのだそうだ。論理だけではなく、そこにどれだけ「心のフィット感」を採り入れていけるかが、感性工学の大きな課題という。

 ちなみに、英語には感性に当たる言葉がないため、海外への発信は「Kansei」としているそうだが、なかなか広まっていない模様。感性は、英語でいう、Sensibility、Sensitivity、Emotion、Feeling、Aesthetics、Affective、Intuitionなどを含む意味合いを持つ。

 椎塚氏の講演の中で、いくつかロボットに関する話があった。まずひとつが、人とロボットがいい関係を持つためには、という点だ。そのためには、人とロボットの間に「感性の共振」が特に重要になるだろうという。感性の共振とは、椎塚氏が考え出した言葉で、作り手側の感性が使い手側の感性に共振現象(この場合、強く伝わるといった意味合いのようだ)を起こさせるという意味だ。ロボットに限らず、作り手と使い手がいるものづくり(工学)の世界の全般にいえることなのだが、感性の共振を起こさせるには、作り手側にメッセージ性の強い「物語」が必要だとしている。

 また、最近登場してきたそうした人工的な感性や感情を扱う分野として紹介されたのが、「アフェクティブ・コンピューティング」だ。「感情に関する、感情から生じる、あるいは意識的に感情に影響を及ぼす、コンピューティング」ということだそうである。それが実現できれば、現在は停滞してしまっている人工知能の分野も進展があるものと考えられているそうである。しかし、感性(感情)そのものが、まだ完全な理解されていない分野であるため、なかなか難しいのが現状のようである。

 なお、椎塚氏の感性工学について興味がある人は、最後に同氏の研究室のURLも掲載したので、ぜひ目を通してみてほしい。


感性工学(科学)の研究領域について 作り手と使い手を結ぶ感性の共振現象 アフェクティブ・コンピューティング

講演その2「感性会話ロボットのための感情処理技術」

加藤昇平氏
 続いて行なわれたのが、名古屋工業大学大学院工学研究科情報工学専攻准教授の加藤昇平氏による講演だ。加藤氏は、知能情報学、計算機科学、感性・知能ロボティクスを専門としている。主な研究テーマは、二足歩行ロボットの安定姿勢制御におけるAI技術の応用研究、感性ロボットのための対話感情の推定と感情生成に関する研究など。今回は、名古屋工業大学伊藤研究室(加藤氏が所属する)がソフトウェア担当として開発に携わった、ビジネスデザイン研究所の「ifbot」をモデルとして用いた、「感性会話ロボットのための感情処理技術」と題した講演が行なわれた。

 加藤氏の講演は、いくつかの項目に分けられており、「感性ロボットの表情生成-感情領域を用いた表情生成-」「感性ロボットの感情認識-ベイジアンネット技術に基づく音声からの感情推定-」「感性ロボットの感情生成-会話過程の語からロボットの感情生成-」「感性ロボットの性格付け-情動のスタックと気分遷移モデル-」などの話が行なわれた。なお、加藤氏の講演で公開された実験内容や映像・画像などは、前述したとおりにifbotがモデルとして使われたが、同ロボットの現行モデルには搭載されていない機能の数々である点もご留意いただきたい。

 まず加藤氏らが目指している感性ロボットの感情制御モデルの「エモーション・エンジン」について。人との対話は、人の発話→感情要素の抽出(解析)→相手の感情推定→自己の感情遷移→表情制御・感情要素付加(文章生成)→ロボットの表情発話という流れからなる。エモーション・エンジンは、感情要素の抽出から表情制御・感情要素付加までを扱う。

 まず発話された内容、トーンや大きさなどの音声情報、そして話者の表情を解析。その解析情報をもってベイジアンネットワークにより、話者の感情を推定するという仕組みだ。その後、ラッセルの感情円環モデルを用いて話者の感情に対応した状態にロボットの感情を遷移させ、会話をするためのその感情に沿った文章内容を生成、表情も合わせた後に会話となるわけである。


 ベイジアンネットワークとは簡単に説明すると、不確実性を扱うための確率の相互作用を集計する計算モデル。ここでは、声の大きさ→高さという流れと、単語情報(必要に応じて文型情報も経る流れもある)から相手の感情を推定している形だ。ラッセルの感情円環モデルとは、横軸に喜び-不快、縦軸に覚醒-沈静(喚起の度合い)を取り、人間のさまざまな感情をプロットした図表のことである。

 とても難解な計算を行なうエモーション・エンジン。それを搭載したifbotの様子が公開されたが、会話する相手によって反応が異なってくるなど、より個性的な感じになっていた。実験では、ひとりがifbotの好きな価値観の言葉を答える会話をし、もうひとりが嫌いな価値観を答える会話を行なうという内容。すると、同じプログラムで動いているにもかかわらず、対話者に対するifbotの持つ好感度に差が出て、2回目の会話では対話者によって応対が変化するという結果に。加藤氏らは、人間が十人十色であるように、ロボット(ifbot)にも1体ごとに異なる性格付けを行なえるようにしたい、としている。

 ifbotの現行モデルでの会話は、まだスムーズに進まないこともあるのだが、今回の新システムを組み込めば、さらに自然な会話に近づくのが理解できた。ぜひ新モデルには採用してもらいたいところである。


エモーション・エンジンの大枠 ラッセルの感情円環モデル 同じifbotでも、価値観に同調した会話では幸福側の状態になり、反した会話では不愉快側の感情になる

橋本稔氏
 午後最初の講演は、信州大学大学院工学系研究科生命機能・ファイバー工学専攻教授の橋本稔氏による「感性ロボットを用いた直接的で分かり易いヒューマンインタフェースの実現を目指して」。橋本氏は、知能機械学、機械システム、感性情報学・ソフトコンピューティングを扱っている研究者だ。今回は、「感性ロボティクス」「ドーム型ディスプレー」を用いた情動表出ロボット“Kamin”」「ロボットによる情動を伴う視線誘導」「情動同調によるコミュニケーションシステム」「自動車用ロボットインタフェース」という5項目について講演が行なわれた。

 まず、感性ロボティクスについてだが、橋本氏は、高齢社会の到来により、老人と接するロボットが必要とされるとする。そのためには、感性(感性情報処理)を持って接することのできる、つまり親しみやい(直感的、感性的)インタラクションがロボットに必要だろうという。

 ただし現状の技術では、大きなブレイクスルーがない限り、ロボットそのものが感性を持つことは不可能なので、人が感情移入しやすいロボットを作る必要がある。その条件としては、まず形状が人や動物に近いものということがひとつ。さらに、人や動物らしい運動能力、感覚能力、そして表出を行なうことも重要だ。また、橋本氏はそうした人の感性に働きかけて共感や感動、癒しを与えるロボットの一側面として、直感的で分かり易いヒューマンインターフェイスも重視しており、現在研究中ということであった。

 続いて行なわれたのが、橋本氏が開発した、ドーム型ディスプレイを用いた情動表出ロボット「Kamin」の紹介。半球状のドーム型ディスプレイの内側にプロジェクターがあり、魚眼レンズを用いて眉、目、鼻、口を投影し、ハッピー、怒り、恐れ、悲しみ、驚き、嫌気といった表情を表出させるロボットだ。鼻は変化がないが、眉、目、口は大きく変わるようになっている。

 通常の平面モニターのCGと異なるのは、モニターが立体的なことから、人の顔に近く、より感情移入しやすい、というわけである。機構的に首に当たる部分も下部にあり、40度ほどディスプレイを動かせる仕組みだ。Kaminとは、感性マインドロボットの略だそうである。


 そのKaminを直接(直感)的で分かりやすいインターフェイスで使おうということで考案されたシステムが、Kaminによる視線誘導だ。仕組みとして、センサや通信などで何かの情報をキャッチした時、その方向にKaminが視線を向けることで、ユーザーの視線を誘導して知らせるというものである。そこに、さまざまな感情を表出させることを組み合わせる形だ。

 つまり、クルマの中ならKaminが驚きながらスピードメーターを見ることでスピードの出し過ぎを促したり、何かのインフォメーションを表示したモニターを見ることでその情報をチェックさせたりといった具合だ。実際に視線誘導の効果があるかどうかの実験が、学生を被験者として行なわれ、効果があると実証されたことも報告された。なお、Kaminの表情による視線誘導の効果の差についても確かめられ、驚いた表情の時が最も効果があることが判明している。

 「情動同調によるコミュニケーションシステム」は、ユーザーの表情にロボット(Kamin)の表情を同調させることで、ユーザーの気持ちや場の雰囲気などに変化を与えられないか、という点から考案されたシステムだ。ラッセルの円環モデルなどを使った仕組みで、少々専門的な内容が多かったため、多くは省かせていただくが、前述したようにKaminをクルマに載せて活用する場合の感情と危険性(安全性)の定義なども示された。

 安全が確保されているときはニュートラルな感情だが、警戒が必要になると恐れの表情になり、警戒状態が改善されなければ嫌悪、状態の悪化は怒り、突然の危険は驚き、事故の発生は悲しみ、危険を回避したときは喜びという具合である。

 最後に、実際にクルマにKaminを搭載した際のイメージ動画も公開され、運転に対してKaminが次々と表情を変え、また伝えたいことがあるときは自ら視線誘導したりするといった様子が見られた。なお、車載する場合の問題点としては、現状、走行時はカーナビ画面やテレビ画面を見てはいけないということになっているので、それにどうするか、ということである。


感性ロボティクスにおける人とロボットの関係図 ドーム型ディスプレイを用いた情動表出ロボット「Kamin」 よくない運転をすると、Kaminは悲しそう(心配そう)な顔や怒ったりする

講演その4「擬似感性-ロボットの持つ感性-」

富山健氏
 今回のシンポジウムの最後を努めたのが、千葉工業大学工学部未来ロボティクス学科教授で、日本感性工学会の感性ロボティクス研究部会の代表をしていた時にこのシンポジウムの企画をした富山健氏。「擬似感性-ロボットの持つ感性-」と題した講演が行なわれた。専門は応用数学。アメリカで研究・教員生活を16年送り、帰国後は2006年まで青山学院大学教授を務め、その時の教え子のひとりが千葉工大fuRoの古田所長だ。

 富山氏は、2015年には総人口の4分の1以上を65歳以上の方が占めるという超高齢社会に対応するため、「福祉ロボットプロジェクト」を進めている。ただし、被介護者を直接ロボットが面倒を見るという「介護ロボット」の開発ではなく、「介護者支援ロボット」を構想している。被介護者にとって人が介護することは絶対に必要だが、介護者の負担を軽くすることも同じように大事であるとして、介護者を支援するロボットを開発しようというわけだ。

 介護支援ロボットは、介護者からの命令を受け、基本的な介護行動(介護者が行なっている作業の一部)を被介護者に対して実施。特に被介護者への水分補給の作業は必須であり頻度も高いのだそうで、この機能は必ず持たせたいとしている。

 また介護支援ロボットは声や表情から被介護者の心身状態の同定を行ない、介護者にその情報を報告するということでサポートするのである。それにより、介護者がより多くの被介護者に接することができるようにし、全体として介護の質を向上させるというわけだ。

 介護支援ロボットが活躍する場は人の住環境であって多種多様。人との距離がゼロに近づくこと、人と接するには「知→情→意」の「情」が必要なこと、ロボットが人に合わせることが必要といったことから、ロボットに感性が求められるわけだが、富山氏はバッサリと「ロボットは機械(便利で賢い道具)なので、感性は持たない」と断言。持てるのは感性「のようなもの」であって、ロボットの行動に対して人が感じる反応が「擬似感性」だとした。


 擬似感性の概念としては、外部の状況に応じて主体的(感情的)に反応する仕組みや、感性的な反応の性質などを挙げた。外部入力という点もあり、これは相手の感情履歴や環境ファクターを入力できるもので、感性を検出できる新しいセンサが必要という。

 そして擬似感性の構成だが、狭義の擬似感性(VKNS:Virtual KANSEI in a Narrow Sense)、広義の擬似感性(VKWS:Virtual KANSEI of a Wide Sense)とふたつの枠組みで構成されるとしている。前者は感性的な表現を作り出す部分(VKエンジンと、自分の感情がフィードバックされる仕組みのその周囲の回路)のことで、後者は外部から観測した際にロボットに感情があるかのように見せるためのVKNSおよび感性検出部も含めた全体を示す。ちなみにVKNSの構造としては、現在は主にペトリネット(数学的に離散分散システムを表現する手法)に遺伝的アルゴリズムを加えた手法を利用しているそうだ。

 また、ロボットに搭載するセンサ(感性センサ)で重要なのは、無拘束・無浸襲であることだという。被介護者を不快にさせたり不安にさせたりしては絶対にならない。そのためには画像や音声でのセンシングが中心となる。(体表)温度やにおい、湿度(発汗)といったものを考えているそうである。

 さらに、センシングに関しては制限付きであることも必要。常にセンシングできないのでは意味がないが、常時監視は被介護者にストレスを与えるだけなので、「向こうを向いていて」といわれたようなときはカメラでの監視をやめる(センシングをしない)という仕組みが必要だとした。そのためには監視カメラやマイク、どこにあるとも知れないセンサではなく、ロボットという目に見える存在が重要なのである。

 画像に関しては、身体全体を映すものが必要とも。人は全身を使ったさまざまなポーズやジェスチャーなど、ノンバーバルコミュニケーションを多用しているので、それを確認できるようにする必要があるということである。

 その後、富山氏の研究室で1990年代末から行なわれてきた研究内容の紹介などを経て、介護者支援ロボット試作機が3体(0号機のバージョン1から3)「HAJIME-CHAN」が紹介された。2003年の4年生と交換留学生が設計・加工・組み立て・プログラムを行なったそうだ。

 介護現場で、机の上に手が届くこと、落ちたものを拾えるといった動作を考慮し、身長は90cm弱、手が身長の3分の2ぐらいと非常に長いのが特徴だ。体重は70kgほど。本体はそれほど重くないそうだが、サーボの多い腕がかなり重量を取っているそうである。

 0号機のバージョン3は、富山氏によればだいぶ進歩したがまだまだ試作機の段階という。1号機は、千葉工業大学に移って環境も整ってきた今後にご期待とのことだ。最後に0号機がペットボトルを渡すという動作の映像が、ハッピーや怒り、恐れなどさまざまな味付けがなされた形で特別公開され、富山氏の講演は終了、シンポジウムも終了となった。


目標とする介護者支援ロボットの能力 擬似感性で、ロボットの行動に味付けを行なう 介護者支援ロボット試作0号機「HAJIME-CHAN」バージョン3(2005年モデル)

 人と接するロボットには、感性が非常に重要であるということを改めて認識できた今回のシンポジウム。しかし、研究者に「ロボットは感性(感情)を持てない」と断言されるのも何か寂しいもので、早期に何らかのブレイクスルーを経て、ロボットが人と同じ本物の感性を持てる日が来ることを願いたい。


URL
  次世代センサ協議会
  http://www.cnt-inc.co.jp/jisedai/
  日本感性工学会
  http://wwwsoc.nii.ac.jp/jske/
  工学院大学感性情報デザイン研究室(椎塚久雄氏)
  http://www.ns.kogakuin.ac.jp/~wwc1013/


( デイビー日高 )
2008/03/18 17:18

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