東京・青山のテクノロジー系展示施設TEPIAプラザ(入場無料)では、今月4日より川崎重工が開発したパフォーマンスロボット「キューブ君」を展示中だ。「キューブ君」は、ルービックキューブを6面そろえることのできる双腕型インテリジェントロボット。来年2月29日までパフォーマンスを同施設で披露する予定となっている。
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双腕型インテリジェントロボット「キューブ君」
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TEPIAプラザは、財団法人機械産業記念事業財団が、機械情報産業の恒久的な発展と国民経済の健全な繁栄に寄与することを目的として、東京・青山の神宮球場と秩父宮ラグビー場の間に平成元年にオープンした科学技術系の展示施設。今年の8月6日からは第19回展示として、「ちえものづくり展~社会を豊かにする最先端技術~PART-IV 次世代のためのちえものづくり」を実施している。同じ展示でも、展示品の追加が常時行なわれており、今月4日から新たに加わった物のひとつが、「キューブ君」というわけだ。
「キューブ君」は、2006年5月に神戸海洋博物館内にオープンした企業博物館「カワサキワールド」に常設展示されているもの。川崎重工汎用機カンパニーロボットビジネスセンターによって管理されている。前身は、1993年に国際産業用ロボット展で川崎重工が4日間ほど展示した、ルービックキューブロボットだ。「キューブ君」は、その先代より6面そろえるまでに要する時間を大幅に短縮したほか、よりパフォーマンスロボットとしてのアピール能力を高められている。観客がより楽しめるよう音声や動画でキューブの解法手順を説明したり、6面が完成した際に両手を挙げて喜んでいるようなモーションが搭載されたのだ。
その「キューブ君」のシステムだが、ハードウェア的には、協調しながら同期しての動作も可能なマニピュレータ「FS03N」が2台と、カメラとライトを2個装備した胴体、胴体全体を回転させる外部軸、そしてモニターの頭部で構成されている。脚部は胴体部につながっておらず、ロボットっぽく見せるための飾りだ。全高は2メートルほどもあり、意外と大きく、人の写っていない写真だけだとかわいく見えるが、実物は結構迫力がある。その一方で、デザインは子供がイメージするロボット的なものになっており、かわいさも漂う雰囲気なのが特徴だ。
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「キューブ君」左側から
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「キューブ君」右側から。右手前の機械は、ルービックキューブの供給機
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ソフトウェアに関しては、全体制御用のものがまず核として存在する。それと合わせて、ルービックキューブの6面それぞれの3×3のキューブのカラーの並びを識別する画像認識システム「K-HIPE-R」(Kawasaki High-speed Image Processing Equipment for Robot)、画像データを基に解法を導き出すAIシステム「KIS」(Kawasaki Inference System)がPCに実装されている形だ。そのPCは「FS03N」のロボットコントローラ2台と、音声や動画表示を行なうPC 2台とネットワークで接続されている。
ルービックキューブの6面をそろえるパフォーマンスの流れは、以下の通り。まず揃っていないルービックキューブを供給装置から取り出し、お腹の前にかざして画像認識を行なう。続いてキューブの色の並びを認識し、何手で解けるかを判断したら、その手数をモニターに表示。そして実際に両腕を動かしてルービックキューブを1手1手操作して、同時にモニターの手数もカウントダウンさせながら、完成へと向かっていくわけである。1回解くのにだいたい5分以内。今回、2本録画したが、どちらも3分台だった。完成すれば、諸手を上げて喜んで、6面がそろったルービックキューブを来場者に見せるというわけだ。
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頭部のモニターには6面の映像がスタート時に表示される
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実作業中は、残りの手数を表示
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【動画】1手進めるごとにモニターの手数がカウントダウン
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【動画】ルービックキューブを滑らかに回転させていく「キューブ君」の匠の技
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ルービックキューブを6面完成させるためには、最初の画像認識が重要。画像認識ソフト「K-HIPE-R」が具体的にどのような仕事をしているかというと、まず画像が入力されると、微分処理によるエッジ抽出を行なう。次に二値化して、一定の面積の正方形領域を抽出し、この段階で正方形が9個なら正常と判断。その後に、HSI(色相、彩度、輝度)で色識別を実行するという仕組みだ。6面をすべてスキャンした後に認識を行なうのだが、2~3秒で完了する。
面をスキャンする際は、屋内照明の影響で誤認しないよう、2個の強力な小型白色ライトを当てるという工夫がなされている。照明によっては、暖色のオレンジ系が強いものもあるので、この仕組みがないと白色をオレンジ色と誤認してしまう可能性があるのだ。各面をスキャンする際は、当たり前といえば当たり前だが、ハンドがつかんでいない平行する2面ずつ行なっていく。このとき、左右のハンドを使って2回ルービックキューブを持ち替えるわけだが、それだけでもロボットハンド「FS03N」の精密さと力加減の絶妙さを確認できるという具合だ。
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腹部のカメラと両脇のライト。面をスキャンしている時でライトは点灯中
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通常時はライトは消えている
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画像認識を終わったら、次は解法手順を探す作業に移行。あらかじめAIシステム「KIS」には、どの色のキューブからそろえていくか、ある程度そろえたキューブをいかに崩さずにほかのキューブを移動・回転させるかなどが、160通りの解法のためのルール(テクニックやコツ、定石など)が登録されている。局面ごとにその中から最適なものを見つけ出し、それを適用して解法手順を探していくという仕組みだ。
また、「KIS」は1秒ほどの間に約100通りの解き方を算出できる実力を持つ。そうして手数を弾き出すわけだが、手数は何回の思考計算が行なわれたかを示すものでもある。手数×100なので、例えば50手なら、5,000回の計算が瞬時に行なわれたというわけだ。
なお、「KIS」は、川崎重工がライセンス生産して自衛隊に収めているロッキード社(現ロッキード・マーチン社)製の対戦哨戒機P-3Cの自動操縦用整備支援システムにも適用されており、その優秀さは軍事面でも証明されている。
しかし、AIなのに6面完成させるのに3分もかかるのか、と思う人もいることだろう。人の場合、日本記録も世界記録もすでに10秒を切っているのだが、「キューブ君」はタイム的に大きく離されてしまっている。それは、登録されている解法ルールが少ないことが理由だ。
世界記録を持つレベルの人たちは、160通りどころか、その何十倍もの解法ルールを持っているそうで、「キューブ君」よりもさらに手数の少ない最短解法を瞬時に見つけられるのである。
実際、「キューブ君」は来場者が崩したルービックキューブも解いてくれるのだが、取材時に実際に15手ぐらい崩したキューブを渡したところ、「キューブ君」は75手と判断していた。だが、キューブが汚れていたり破損していたりして、画像認識がうまくいかないといったトラブルがない限りは、確実に6面を完成させられるということも、「キューブ君」の名誉のためにお伝えしておく(まれに160通りだけでは解けないキューブの並びがある模様)。
また、これ以上ルールを増やせば手順を短縮することは可能と思われるが、推論時間が長くなってしまうというデメリットもあるため、必ずしも増やせばいいというわけではないようだ。
今度は、キューブを解くための実作業をする大事な両腕の「FS03N」について。「FS03N」は川崎重工のブランドである「カワサキロボット」の小・中型汎用マニピュレータの「Fシリーズ」に属する。スモールエンド機となっており、本体重量は20kg(手首から先のハンドが着いているので、実際にはその分若干重量が増しているものと思われる)と、川崎重工製マニピュレータ中最軽量。
「FS03N」は可搬質量(動かせる物体の重さ)が3kgで、その上位機種「FS06N」は倍の6kgなのだが、すると本体重量は一気に165kgにも達してしまう。桁違いに軽いのが「FS03N」なのだ。しかし、両腕の総重量が40kgに達するのも事実で、そのためにも本体は床面にがっちりと固定された外部軸となっている。マニピュレータが1mm以下の正確な反復動作を繰り返すためには、原点がズレないようにガッチリ固定する必要があり、脚ではなく軸になっているというわけだ。
「FS03N」だが、動作自由度は6軸。腕の旋回と前後と上下、手首の回転と曲げとねじりを行なえる。設置位置オフライン検討、最短時間動作の実現、異常時からの復帰方法など、生産ラインへのロボット導入で培われた技術やノウハウが駆使され、またPC利用のロボットシステム構築技術も活用されているのが特徴だ。また、先端で物を挟んでつかめるようになっている点も特徴。力加減に関しては、おそらくルービックキューブを握りつぶさないように調整されているものと思われる。当たり前だが、手首を回転させられるので、キューブを回転させるのはお手の物というわけである。
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「FS03N」の手首の回転を写真でもお見せする
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右手首を回転させたあと横からつかむ
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左手首を時計方向に回転
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左手をルービックキューブから一度離して90度回転
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ルービックキューブを持った右手首を90度回転
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また左手でつかみにいくところ
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右手首を離して90度回転中
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右手で横方向からまたつかむ
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左手首を180度回転。すぐ左の写真では見えなかったコード類が見えている
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「FS03N」はとても滑らかに動くのだが、その部分に関してはネットワークの勝利といっていい。全体を制御するソフトウェアから2台の「FS03N」へは、手順データや動作指示などが送信されている。逆に「FS03N」から制御ソフトへの送信もあり、こちらは6面完成までの残り手数だ。通信にはTCP/IPプロトコルが用いられている。しかし通信はこれだけではなく、2台間の同期通信も行なわれており、全体制御部からの指令とうまく使い分けることで、全体としてスムーズな動きを実現しているのだ。
ただ産業用ロボットをPCで操作しているだけ、と思われてしまいやすいが、実はさまざまな技術が盛り込まれた機器なのである。それだからこそ、「キューブ君」の実力を見た子供たちも感嘆の声を上げるのだろう。
取材した当日は、ちょうど東京・江戸川区の小学5年生が社会科見学で訪れており、「キューブ君」がルービックキューブを本当に完成させると、「完成させた!」と素直に感動していた。そのときは、ひとりの少年が横に置いてあったルービックキューブに挑戦し、1面を完成させようとしていたのだが、その前に「キューブ君」は6面を完成。なおさらその実力を実感できたようであった。
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「キューブ君」を見学する小学生たち
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来場者が崩したルービックキューブの受け渡し口
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ちなみに川崎重工が「キューブ君」を開発した理由は、物を見分ける機能や人工知能が、今後のロボットの高機能化にまず必要な技術であることとしている。双腕に関しては、重心を安定させられること、協調させて回転軸や走行軸を加えることでより柔軟性のある作業が可能になることだそうだ。
なお、第19回展示「ちえものづくり展~社会を豊かにする最先端技術~PART-IV 次世代のためのちえものづくり」では、この「キューブ君」以外にもホビー/民生用、介護/医療用、産業用など多様なロボットが実際に展示されたり、映像や文字資料などで紹介・解説されている。最新「技術」に興味がある方はぜひ訪ねてみてはいかがだろうか。
■URL
TEPIA
http://www.tepia.jp/
ニュースリリース
http://www.tepia.jp/exhibition/renewal.html
川崎重工
http://www.khi.co.jp/
カワサキワールド(「キューブ君」常設展示施設)
http://www.khi.co.jp/kawasakiworld/
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2007/12/14 00:05
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