2006年12月18日、都内某所、ではなく、JR秋葉原駅から程近い秋葉原ダイビルに到着したのは夕方近く。ここに来たのは他でもない、このビルの13階にある『未来空間』、KDDI、KDDI研究所、日本電気、富士通、九州工科大学、慶應義塾大学、東京大学が共同で研究開発に取り組んでいる、総務省委託研究「ユビキタスネットワーク技術の研究開発ユビキタスネットワーク制御・管理技術」である“Ubilaプロジェクト”の実証実験スペースに潜入するためである。
潜入するに当たって、警戒すべきはその警備の厳重さ。秋葉原ダイビルの1階ロビーには警備員が配置され、2階にはなんとASIMOまで配置されているのである。その警備の目をかいくぐるため、今回は日本機械学会ロボティクス・メカトロニクス部門の見学会の一員として潜入することに。今回の見学会においても、機械学会学会員以外の人も参加可能であったが、今後も一般向けに月1回のペースで見学会が催されるとのこと。見学会の詳細については、こちらを参照してほしい。
● 潜入前、まずは予習を……
無事受付も済ませ、いざ潜入! と思いきや、まず通されたのはダイビル6階のミーティングルーム、目の前には白いスクリーン。あれ? ここが『未来空間』? と思いきや、ここはまだ普通の空間のようだ。潜入したわりには堂々と、一番前の席に座ってみる。そこに登場したのが、東京大学大学院工学系研究科で教授をされている森川博之氏。この『未来空間』、Ubila秋葉原実証実験スペースの主である。実証実験スペースの見学前に、森川教授自らがユビキタスとUbilaプロジェクトについて概要説明を行なってくださるとのこと、まずはじっくり予習をすることに。
物理的なシステムから、実際のアプリケーションまで、ネットワーク技術について研究をしている森川研究室。なんと現在10カ国から留学生を受け入れている、というグローバルな事実に感心しながらも、森川教授の考える『ユビキタス』について伺った。森川教授の考える『ユビキタス』、その2つのポイントは、“3C Everywhere”と、”超環境”。
“3C Everywhere”の”3C”とは、“computing”、“content”そして“connectivity”。CPUがさまざまなものに組み込まれ、日常の至るところに存在するという“computing everywhere”、ファイルやデータ・ソフトウェアがネットワーク上のあちこちに存在するという“content everywhere”、そしてそれらのデバイスがネットワークに常時接続される“connectivity everywhere”という3つの要素が前提として、ユビキタスが形成されるというのである。
しかし、それだけでは今までの技術開発の延長線上にあるものだと、森川教授は続ける。確かに今でも携帯電話にも自動車にもCPUが入っている、ネットワークにもつながっているし、ネットを介したファイルの共有なんて珍しくない。それがもっと進んだところで、それが『未来空間』になるのか? との疑問。
そんな疑問に対する森川教授からの解は、“超環境”としての実空間との連携。今までの、インターネットなどネットワーク上のヴァーチャルな仮想空間に加えて、センサやアクチュエータなどの組み込み型分散デバイスがネットワークに組み込まれることによって、実空間とのインタラクションを行なうことができる“超環境”こそが、今のネットワークのあり方と将来のユビキタスな世界との大きな差であり、実空間指向としてのユビキタスのキーポイントという。
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ユビキタスとUbilaプロジェクトの概要説明を行なう、東京大学大学院工学系研究科教授の森川博之氏
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インターネットなどのネットワーク上のヴァーチャルな仮想空間と、実空間のインタラクションをセンサやアクチュエータなどの組み込み型分散デバイスで行なうのが“超環境”
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'99年に作られた『STONEルーム』の発展形として設立されたのが、今回見学したUbila秋葉原ユビキタス実証実験スペース
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ユビキタスについて一通り伺って、さて、それでは『未来空間』に潜むモノたちの詳細を……、と思ったところで講演者が森川教授から『未来空間』を仕切っているという川西直氏へとバトンタッチ。川西氏は博士後期課程に在籍中の大学院生。川西氏からは『家から街へ』、『情報個電』、『実空間との融合』、『省電力』の4つの分類のもと、各デバイスの解説があったのだが、ここでは実際に見学会でデモンストレーションを見ることができるものは割愛し、説明にのみ登場するものについて紹介する。
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各ユビキタスデバイスの詳細について解説を行なう東京大学大学院工学系研究科博士後期課程の川西直氏
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『CoCo(Context-aware Computing)』。小型の無線加速度センサーの値から、ユーザーが「立つ・座る・歩く・走る」のうち、どの動作をしているか、98%以上の精度で推定可能
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ウェアラブルコンピュータ『E-Coaching』。搭載されたセンサーの値から環境情報やユーザーの健康状態などを推定し、トレーニングに対して適切なアドバイスを提供
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『情報個電』として、センサーを身にまとうというコンセプトで開発されたのが、一見ただのメッセンジャーバッグ風の『CoCo(Context-aware Computing)』。搭載された温度センサー、光センサーなどのさまざまなセンサーから周囲の状況を認識し、さらに加速度センサーの値を処理することによって、身につけた人が立っているのか座っているのか、はてまた走っているのか歩いているのかを、98%以上の精度で推定可能だという。その推定結果をもとに、例えばユーザーがのんびりしているときには広告を配信したり、忙しいときにはそっとしておいてくれたり、そんなサービスへの適用を検討中とのこと。
そんな『CoCo』 のスポーツ専用モデルといった感じなのが、加速度センサーに加えて心拍数なども計測可能な『E-Coaching』。一見ただのスポーツウェア風だが、『CoCo』の機能に加えて音声合成ユニットも搭載し、ユーザーの運動の様子や環境の情報に応じて、トレーニングのアドバイスを声でお知らせしてくれるというもの。
最近発売された某ゲーム機のコントローラには『モーションセンサー』という名前で加速度センサーが搭載されているし、ちょっと昔の話だが、携帯電話にも加速度センサーが入っていてアプリゲームの操作などに用いられていた。『CoCo』や『E-Coaching』の技術がそのようなデバイスに実装されて、携帯電話をポケットに入れているだけで、さまざまサービスがそこから発信されるようになるかも、と、ユビキタスな未来に夢は広がるのである。
講演の最後では再度、川西氏から森川教授へとバトンタッチ。最後に森川教授は『電信は現在社会における完璧な発明』と説いた1853年のオーストラリアの新聞記事を引用して人間の想像力の乏しさを示し、「10年前でも携帯電話やSNSが発達した今の生活は想像できなかった。従って、今から10年後も今とはまったく違った世界になっていると考えられる。将来を夢見るのはつらい作業だが、自由な発想で、将来を夢見ることが重要ではないか」とのメッセージを述べた。
● 潜入直後、さっそく顔認証の洗礼が……
森川教授と川西氏の講演終了後、エレベータに乗って、ついに13階の『未来空間』へ。やはり未来空間、土足厳禁であった。はやる心を抑えて靴を脱ぎ、やっと潜入! と、そんな私を出迎えたのは、じっとこちらを見つめる複数のカメラのレンズ、顔認証用のカメラシステムである。
壁面に取り付けられた人感センサーが通行者を検出すると、ライトが点灯するとともに顔認証システムが起動。そして認証が成功した場合には緑のライトが点灯して床面の液晶パネルに認証結果が、登録されていない人物が通った場合には赤色のライトが点灯して液晶には『NG』の文字が浮かび上がる。私も通過してみたが、もちろん赤色のライトと『NG』の文字。当然の結果なのだが、ちょっとだけ残念。
顔認証においては、もともと登録されている顔画像と実際に撮影した顔画像との間で照明や顔の向きが変化してしまっていると認証が難しくなってしまう。そのため、照明の変化に対しては登録されている顔画像から照明が変化した際の顔画像を推定・合成することによって、また顔の向きの変化に対しては実際に撮影した顔画像から顔の向きと形状を推定し、その推定結果から正面から見た顔画像を生成することによって、それぞれ対策を行なっている。しかしこれらを導入すると、顔画像の認証に数十秒単位の処理時間がかかってしまうそうで、その高速化が目下の課題とのこと。
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天井には、顔認証に用いられるカメラシステムが! 計4つのカメラが設置され、じっとこちらを見守っている
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【動画】まさに一瞬で完了してしまう顔認証。登録されている人物が通ると緑のライトが点灯し、床面のモニタに認証結果が表示される
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● 可愛いだけじゃない、でも連れて歩いてね
潜入している身としてやや緊張の面持ちで顔認証ゲートを通過したのであるが、次に登場したユビキタスデバイスを一目見て、緊張も忘れて「か、可愛い……」と、つい手に取ってしまった。モバイル端末『Buoy』である。『ユビキタスネットワークにおける情報発見システム』と銘打たれたこの『Buoy』、ユーザーが探している商品や店などの情報をあらかじめ登録することにより、近距離無線を用いて、ユーザーが探している商品や店が近くに来た場合に知らせてくれる、というもの。
例えばパソコンを買いに秋葉原の街に来たときも、1軒1軒ショップを見て歩くのではなく、この『Buoy』に欲しいパソコンのスペックや予算を登録することによって、街をぶらついているだけで、希望のパソコンを売っているショップの近くに来たら『Buoy』がお知らせしてくれる。また、逆にユーザーの方からも自分が提供できるサービスを登録・発信することができる。
解説とデモンストレーションを見ながら、サービスの発見とサービスの発信、この技術が一番効果的に利用できるのは、もしかしたらカップルのマッチングなのではないかと思ってみたり。今日、街ですれ違ってしまっていたかもしれない運命の人を、『Buoy』が見つけてくれる未来が来るかもしれない。
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ちょうどzippoライターくらいのサイズ。胸ポケットからちょこんと顔を覗かせて連れて歩きたいビジュアル
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パソコンに接続し、自分が探したいもの、発信したい情報を登録することによって、何気なく街を歩いていても情報を検出、ユーザーに知らせてくれる
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● 進化型リモコン&生活密着型blog?
次に見学したのは、まるで一般家庭のリビングのようにラグが敷かれ、ソファやローテーブル、電気スタンドがレイアウトされた一角。リモコンの進化形とも言えそうな、『Home Navigator』のデモンストレーションスペースである。
タッチパネルを用いて、部屋にある家電の操作を行なうことができるこの『Home Navigator』。しかし、ただのリモコンとは一線を画す機能が搭載されている。ユーザーの行動や好みを学習し、その場面やユーザーに合ったサービスを提供することができるのである。
仕事から帰って部屋の照明をつけ、冷蔵庫から缶ビールを取り出してソファに座り、テレビのニュース番組を見ながら一杯……。そんな日常の習慣を『Home Navigator』が学習し、照明をつけるだけでテレビが自動的にいつものチャンネルを流してくれる、未来ではそんなサービスがマンションの標準装備になるかもしれない。
『Home Navigator』が自然にユーザーの行動を学習するサービスであるのに対し、『ライフログ簡単登録サービス』は、ユーザーが自分の行動を記録していくのをサポートするサービス。携帯電話を用いて、商品情報をバーコードやRFIDから読み取り、撮影した商品画像やGPS情報と一緒にネットワークへblog形式でアップすることができる。自分の行動や生活を逐一記録できる、まさに生活密着型blogだ。
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これ1つで家の中の家電を操作できる、進化型リモコン? の『Home Navigator』。タッチパネルにより操作を行なう
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【動画】操作する人間の行動パターンを学習して、使われやすい機能を前の方へ再配置。1週間ほどでユーザーの行動を学習できるとのこと
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【動画】日々の生活の記録をケータイで簡単に残せる『ライフログ簡単登録サービス』。バーコードやRFIDで商品情報を読み取り、撮影した商品画像やGPS情報と一緒にWebへアップする
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● 縁の下にも、屋外にも、ユビキタスは潜んでいる
白とベージュを基調としたインテリアで統一されている『未来空間』であるが、その一角に床材が外されて、灰色のコンクリの土台がむき出しになっている部分が。そこにひっそりと設置されていたのが、地震による建物の揺れを検出する、『地震モニタリングシステム』の加速度センサシステムである。無線化することによってセンサの敷設コストを下げ、今まではワンフロアに多数のセンサを配置し、建物全体だけではなくフロアが地震によって揺れたかどうかまで記録することができる。
センサシステムを無線化した際に問題となるのが電力の供給だが、この『地震モニタリングシステム』では、バッテリ駆動の『Sensor Node』は間欠動作を行なうことで省電力を図り、さらに有線で電源を供給されている『Sink Node』と呼ばれるシステムが、時刻の同期と地震発生の監視を行なう。
そして、いざ地震が発生した際には『Sink Node』から信号を発することによって、『Sensor Node』全体を起こし、地震の記録を取得する。このようなシステムによって、『Sensor Node』は1回の充電で2カ月ほど地震に備えることができるとのこと。現在は1つのセンサモジュールの作成に10万円ほどかかるそうだが、将来的には千円程度までコストを下げ、ビルのあちこちに配置するのが狙いとか。
その隣のブースには、またしても手のひらサイズで、しかも複数台がわらわらと並んでいるのが可愛らしい『Solar Biscuit』。こちらは太陽電池と電気二重層キャパシタを用いることによって、バッテリレスで駆動する無線センサシステムである。天気のよい日の屋外ではもちろんのこと、屋内でも照明の光を用いて発電・駆動が可能となっている。
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地震の発生を検出して、地震の記録を残す『地震モニタリングシステム』
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『未来空間』の床下に、ひっそりと配置されていたセンサシステム。実はまだ実際の地震を記録したことはなく、地震が起こるのを今か今かと待ち構えている
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太陽電池を搭載し、バッテリレスで無線センシングを行うことを可能とする『Solar Biscuit』。これも手のひらサイズ、可愛い
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● What's“Ubila”? Why“Ubila”?
このようにして無事、『未来空間』への潜入に成功した私。しかし見学が終わっても、残った疑問が1つあった、“Ubila”の名前の意味である。その答えはUbilaプロジェクトのWebの、トップページに掲載されていた。
“Ubila”はラテン語で『雲』を意味する言葉であり、世界中どこででも見ることができる雲のように、コンピュータが自然に身の回りに存在して、私たちをサポートしてくれる社会を目指して名付けられたそうだ。『未来空間』での時間を思い出すと、そんな未来もそう遠くないかも、と思えるのである。
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『未来空間』の片隅に積み上げられていた柱。ユビキタスコラムと呼ばれるこの柱、よく見ると小さな突起が下部に……
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床面に規則的に並んだ穴は、実はユビキタスコラムを立てるためのもの。好きな位置に配置し、センサやアクチュエータを内部に格納可能
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その柱の中にちょこんとたたずむのは、センサノードの『U3』。このサイズにCPU、無線通信、センサ類のボードが格納されている
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■URL
Ubilaプロジェクト
http://www.ubila.org/
東京大学大学院工学研究科森川研究室
http://www.mlab.t.u-tokyo.ac.jp/
秋葉原ユビキタス実証実験スペース
http://www.mlab.k.u-tokyo.ac.jp/akihabara/
【2003年6月12日】ユビキタス環境実験室「STONEルーム」が目指すもの(PC)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0612/kyokai09.htm
( baby touch )
2007/01/16 00:01
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