|
東北大学大学院電気・通信工学専攻教授の石黒章夫氏
|
「我々の目的は何かというと、しぶとく、たくましく、打たれ強く、そこそこ動くシステム。稼働環境が想定時から逸脱してもそこそこ動くというのは、とてつもなく難しい。そういったシステムの設計原理というのはどういう風なものなのかは、すごく知りたいわけです」と、東北大学大学院工学研究科電気・通信工学専攻の教授である石黒章夫氏は、『単純な運動機能を有する結合振動子系から創発する知能 ~生命状態を持つような人工物の構築を目指して』と題された講演において、自らの研究のモチベーションを示した。
本講演は7月31日に、東北大学青葉山キャンパスにおいて開催された、第15回相互作用と賢さ研究会の一環として行なわれたものである。今年の春に名古屋大学から東北大学へと赴任してきたばかりである石黒氏は、講演のタイトルにもある通り、それ単体では移動すらできないようなシンプルな運動機能を有する多数の非線形結合振動子(互いにくっついたり離れたりすることができ、単体では非線形な振動運動を行なう要素)をモジュールとして結合したモジュラーロボットを用い、それらの『相互作用』によって発現する『賢さ』、特に実時間適応的な非常に低いレベルでの生物機能(生存脳機能)の発現について研究を行なっている。
モジュラーロボットとはヒューマノイドロボットなどの一般的な固定形態ロボットとは異なり、状況に応じてロボットを構成するモジュールの相対的な位置関係を変化させ、ロボットの形態を変化させるロボットシステムのことである。形態が変化することによる環境への適応性や、モジュール数を増減させても同じアルゴリズムでロボットが駆動されるスケーラビリティ、ロボットを構成するモジュールの一部が機能しなくなっても他のモジュールがその機能を補う耐故障性などが期待されるロボットシステムである。
このロボットを構成するモジュールとして何を採用するかという問題に対して、石黒氏は「効果的な考察を行なうためにはシンプルかつミニマルな、最低限の設定から基本原理を探る必要がある」という観点から、結合振動子系を起点としている。
この結合振動子系は多数の要素間の相互作用から興味深い協働的振る舞いが生み出されるものであり、石黒氏が重要視する『創発』という概念とも非常に親和性が高い。理学系・数理系の分野においても、この結合振動子系の振る舞いに関する数理的な研究はなされている。しかしながら石黒氏の研究においては、行動主体としてロボットを対象としているため、この結合振動子系に運動機能を持たせることによって、物理的実体や外部入力、移動機能などの存在を考慮している。
冒頭のモチベーションで示された、「しぶとく、たくましく、打たれ強く、そこそこ動くシステム」。モジュラーロボットを用いてそのようなシステムの設計原理を理解することにより、生存脳機能の発現メカニズムというものを知ることができ、さらには生命状態をあたかも持つような生き生きとしたシステムの構築原理や、『モノからコトへの創発』、すなわち生物を構成するたんぱく質などの構成部品の相互作用による知能・生命の誕生などに関する知見が得られるのではないかというのが、石黒氏の研究が狙うアウトプットである。そのようなシステムの設計原理を探るために実際に石黒研究室で行なわれている、2つのケーススタディについて紹介がなされた。
|
|
現在の人工物システムは設計時に想定した環境下での最適性が重視されているため、環境が想定から少しでも外れると途端に機能が低下するという問題が
|
ロボットを構成するモジュールに課した3つの制約条件。「できるだけシンプルな要素を集めただけで、どこまで複雑なことができるのか?」が狙い
|
● 『紙芝居』になっちゃ駄目、これが現場のジレンマ
初めに紹介されたのは、アメーバのようなロコモーションを行ないながら、環境に応じて実時間にて適応的にその形態を改変するモジュラーロボットの開発を目指す、『大自由度を有するモジュラーロボットの創発的形態制御』というケーススタディである。最も原始的なロコモーション形態であり、そのプリミティブさや形態可変性、単純性に注目することによって生き生きとしたシステムの設計論の構築に関する知見が効果的に得られるのではないかとの観点から、アメーバ様のロコモーションを採用している。
生存脳機能の発現のためには、行動主体であるロボットは実時間かつ状況依存的に振る舞いを創発する必要がある。このためにはロボットが環境と相互作用する際に、『新しい振る舞いが創発する余地を残しておくように』、設計者である人間がロボットの制御系、及び機構系の設計を行なわなければならない。「ここが一番難しい。制御系にロボットの振る舞いを全部書きたいけど書いちゃ駄目、これが現場サイドの悩みです」と、石黒氏は『創発』を取り扱う上での難しさを述べた。
その難しさを取り扱うため、石黒氏のモジュラーロボットではその機構系と制御系の設計において、それぞれ独自の工夫がなされている。機構系での工夫は、モジュール間の結合を一切明示的に制御せず、両極性のベルクロ(マジックテープ)を用いた自発的な結合機構を採用しているところ。
ベルクロによって近接したモジュール同士は自然に結合を行ない、環境との接触が起こって力が加わった部分では自然と脱離が起こる。これにより、モジュラーロボットを取り巻く力学条件からモジュール間の着脱が自発的に決定され、環境に適応した振る舞いの生成が期待されるとのことである。
|
|
個々のモジュールであるロボットの構成。表面にベルクロが取り付けられた6本のアームを伸縮させる運動機能を有する。また、床に向けて取り付けられた板を上げ下げすることによって、地面との摩擦を変化させることが可能
|
多数のモジュールをこのように結合することによって、モジュラーロボットを構成する。目的地から光を当てることにより、その方向に向かうことを目的とする
|
このようにモジュールの機構系を設計し、各モジュールを結合することによってモジュラーロボットを形成している。各モジュールには目的地から受ける光を検出するためのライトセンサと、自己が群全体の内部にいるか外部との境界にいるかを判断するセンサが取り付けられ、また物理的に接しているモジュール同士は通信を行なうことができる。
ここでモジュールの構成を見てもらえば分かるように、モジュール単体ではアームの伸縮と床との摩擦を変化させることしかできないため、移動を行なうことができない。そのようなモジュール同士をどう相互作用させて、目的地に向かわせるか? そこに、今度は制御系における2つの工夫が存在する。
各モジュールは床に向けて取り付けられた板を上下することによって、床との摩擦を低めて移動が可能となるアクティブモードと、摩擦を高めてモジュールをその場に固定するパッシブモードの2つのモードを切り替えている。アクティブモードにおいてのみアームの伸縮が行なわれるため、モジュラーロボット内部において順々にモードの切り替えが起これば、ロボットは尺取虫のように移動を行なうことができる。
モードの切り替えは各モジュールに実装された非線形振動子の位相に応じて決定しているのであるが、ここで、隣接したモジュール同士の位相差をできるだけ減らすように制御することによって、モジュラーロボット内部に位相勾配が生成され、連続的なモードの切り替えが起こり、アメーバ状のロコモーションが実現される。さらに、各モジュールに搭載された2種類のセンサ情報からも位相を変化させ、モジュラーロボット全体としてバラバラにならず、かつ目的の方向へと向かうような運動が実現される。
これらの機構系と制御系を実装したモジュラーロボットにおける、モジュール数が100の場合と500の場合におけるアメーバ様ロコモーション生成のシミュレーション結果が示された。
|
|
色の同じ部分は同じ位相で振動。目的地からの光を受けているモジュールは切り替えの周期を早く、ロボットの外周に位置するモジュールは周期を遅くすることにより、目的地に向かいつつ、全体がバラバラにならないような位相勾配が生成
|
【動画】モジュール数が100の場合は障害物の間を変形して通り抜けるが、500の場合では障害物にぶつかるとロボットがぶちぶち千切れ、障害物をロボットに内包しながら抜けていく様子が分かる
|
シミュレーション結果からは、まったく同じアルゴリズムを用いることでモジュール数が変化してもアメーバ状ロコモーションを行ない、スケーラビリティを実現していること分かる。また、モジュール数の違いによって障害物に対する対処の仕方が変化しており、異なった環境適応行動が創発していると言える、と石黒氏は述べた。さらに、各モジュール間で起こる結合・着脱の回数も障害物に接触した際に最大となり、結合・着脱を明示的に制御しなくとも、環境に応じて自発的に制御されているとの考えが示された。
また、実際のロボットを用いた実験を行なうために、石黒研究室にてこれまで作成されたモジュラーロボットのプロトタイプが紹介された。これらのロボットは、発想の基となっている粘菌(スライム)という生物の名を取り、スライムボットと名づけられている。
|
|
|
初めて作られたモジュラーロボットのプロトタイプ。ロボット上を大量の配線が這いまわり、「こんな醜いロボットは見たことがない」と海外の研究者に言われたことも……
|
最新型のプロトタイプ。直径20数cmで、ガス圧を用いて腕の伸縮を行なう。現在5台あり、将来的には20台くらいまでに増やす予定とのこと
|
【動画】実際のロボットの運動の様子。右のモジュールの振動数を高めた時に、右から左に位相勾配ができ、それに従ってモードの切り替えが行なわれていることがわかる
|
● 究極の『しぶとさ』を持つ生物、Hydraを目指して
次に石黒氏は、先に示したモジュラーロボットシステムを活用しながら、生き生きとした生命的なシステムを目指した研究の第一歩である『自己組み立て・自己修復への展開』というケーススタディを紹介した。このケーススタディのモデルとなっているのは、細胞単位で分解しても、自己修復を行ない、驚異的な再生能力を持つ究極の『しぶとさ』を持つ生物であるHydra(ヒドラ)。この自己組み立て・自己修復から、しぶとさ、打たれ強さを持つということが議論できないか、との観点からこのケーススタディは行なわれている。
モジュラーロボットにおける自己組み立て・自己修復を実現するにあたり、先のケーススタディで設計された機構系と制御系が、ここでもキーとなる。先のシミュレーションにおいて、目的地を設定しない場合にはモジュラーロボット内部の位相勾配が中心から周辺部に向かうようになり、表面張力のような凝集力が発生して、ロボットは円盤状の形態を取る。
この形態が最も安定であり、初期配置が違ったり、外力が加えられて変形が起こったりしても、モジュラーロボットは円盤状に戻る。つまり、最安定形態に戻ることによって、プリミティブながら自己組み立て、自己修復が実現されているのではないか、というのである。
しかしながらこれを学会で発表すると、「面白いけど、円盤だけじゃねぇ」と言われることもあるそうで、「ダンボールに入れたモジュールをざーっとぶちまけると、わさわさ動いて『僕は目になる!』、『僕はニューロン系!』、『僕は腕!』となるような細胞分化を実現したい」というのが、石黒氏の夢。その最初の段階として、円盤状以外の最安定形態を設計するために考え出されたのが、これまで全てのモジュールで同じであったモジュール間の接着力を、モジュールによって変化させるということ。
この概念は、細胞の表面に存在する接着分子(他の細胞との接着を行なう)の強さが違うと、最終的な形態が異なるという、'63年にSteinbergによって報告された細胞接着分子の役割に着目したものである。スライムボットにおいてこの概念を実現するために、これまで両極性のベルクロを用いていた結合機構を極性のあるものに変え、2群に分けたモジュールにおいて、ベルクロの貼り方を変えることによって各群のモジュール間の接着力を変化させている。このように接着力を変化させることにより、シミュレーション上では最安定形態が円盤状以外の形態にも変化することが確認されている。
「『組み立てる』のではなく、自然と『組み上がる』んだ。それが『創発』」と、最後に石黒氏は創発という概念における自己組み立て・自己修復の意義を述べた。
|
|
究極のしぶとさを持つ生物、ヒドラ。沼や池などで見ることができる体長数ミリの生物ながら、その強烈な再生能力から、生物界の分野ではスーパースター的な存在
|
目的地からの光が当たらない場合には、位相勾配が中心から周辺部に向かうようになり、モジュラーロボットは円盤状となる
|
|
|
2種類の細胞の接着分子の強さの違いに応じて、さまざまな最安定形態が存在する
|
スライムボットでは極性のあるベルクロをうまく配置し、モジュール間の接着力に違いを出す。学生がパズルを解くように、望む接着力の特性を実現するようなベルクロの配置を考え出すそうだ
|
● 『脳と身体との調和』とは?
最後に石黒氏は制御系と機構系の、ロボットの振る舞いにおける寄与度の模式図を示した。そして、これまで紹介してきたモジュールロボットがその中間あたりに位置し、脳と身体、すなわち制御系と機構系をカップリングさせることによって、実時間適応性やスケーラビリティ、自己組み立てや自己修復などの機能が実現されたことから、脳と身体の連関様式は非常に重要であり、この2つをうまくカップリングさせることは、機能・知能の創発に必要不可欠ではないかとの考えを示した。
さらに今後の研究の方向性として石黒氏は、この脳と身体の連関において釣り合いの取れた状態(Well-balanced Coupling)というものは存在するのか、もし存在するとすればその状態において何か非常に面白い知能が発現するのか、そもそもその『釣り合いの取れた状態』とは何であるかという問題について調べていくと述べた。
加えて、脳と身体の釣り合いの取れた状態がもしあるとすれば、それが生物学・物理学的に一体どんな意味を持つのか、そのような状態にある連関様式こそが生物を理解する上で本質的なのではないかという問題について取り組んでいく予定だという。
このWell-balanced Couplingの一例として、石黒氏は先のシミュレーションにおいてベルクロの接着強度をカップリングパラメータとし、これを変化させた際のモジュールロボットの運動の様子を見せ、パラメータを変化させることによって環境への対処の仕方が変化していることを示した。
ベルクロの接着強度は機構系と制御系の重要なカップリングパラメータであり、これが行動の多様性、環境への適応能力に非常に影響を及ぼしているとの考えを述べた。この先には、適応能力が高いとは一体どういう状態かを示す指標の発見、さらには脳と体がうまく調和している、ということを定量的に示す研究へと繋がるという。
|
|
|
制御系と機構系の、ロボットの振る舞いにおける寄与度の模式図。スライダが完全に左に移動すると従来のフルコントロールのロボット、右に移動すると何も制御を行なわない受動歩行機構などを示す
|
ベルクロの接着強度を変えた際に、モジュラーロボットが障害物に対してどのような振る舞いをするか示したもの。強度が弱い場合にはバラバラになり、強い場合には障害物に引っかかってそれ以上進めなくなる
|
講演会の後の質疑応答においては、相互作用と賢さ研究会のメンバーを中心に、活発な議論が行なわれた
|
● レスキュー、宇宙にそしてダンス? 東北大機械系のロボットたち
講演会の後には、東北大機械系のロボット系研究室のうち、田所研究室、吉田・永谷研究室および小菅・平田研究室の3つの研究室の見学会が行なわれた。ここでは、各研究室のロボットを画像で紹介する。
● 田所研究室
|
|
ファイバースコープに繊毛テープを巻きつけることによって、瓦礫の中を能動的に進んでいくことを可能とする能動索状体。猫じゃらしを握ると上下方向に運動するのと同じ原理
|
【動画】部分部分に振動を発するアクチュエータが取り付けられており、この振動によってファイバースコープがじわじわと壁面に沿って駆動する
|
|
|
|
高分子ゲルアクチュエータを用いた人工触覚ディスプレイ。画面上のクマの仮想的な触り心地を、指先に取り付けた人工触覚ディスプレイによってタオル地やレザーなど、数種類に変化させることができる
|
取り付けられたアクチュエータの振動数を変化させることによって指先の受容器に選択的に刺激を与え、さまざまな触覚を生成する。高分子を用いているため熱が発生し、時々水に浸しながら使用しなければならない
|
こちらはヒトの皮膚と指の腹の形状を模した触覚センサ。先の触覚ディスプレイと組み合わせることで、将来的には遠隔地の物体の触覚を再現することも可能
|
● 吉田・永谷研究室
|
|
国際宇宙ステーションに搭載するマニピュレータJEMRMSのダイナミクスと制御系を模擬するシミュレータ。マニピュレータに搭載されたカメラの画像もシミュレートされる
|
この春にプレスリリースされた親子型レスキューロボット“MURROS”の子機と、吉田研で開発された惑星ローバー。ローバーはホイールが1つ外れて修理中
|
|
|
【動画】“MURROS”の子機は、千葉工大の小柳英次副所長が開発したハードウェアをベースとしている。段差はうまく乗り越えられたのだが……
|
ロボットに搭載された距離センサから周囲の3次元情報を得て、それを見ながらロボットを操作する
|
● 小菅・平田研究室
|
|
モータを使わず、ブレーキのみで制御される歩行機“RT Walker”。ブレーキだけでも障害物や段差の回避が可能であり、安全性と機能性が同時に実現されている
|
使用者の方にも2つの距離センサが取り付けられ、椅子からの立ち上がりの支援や転倒防止など、使用者の状態に応じた支援が可能
|
|
|
万博にも登場した社交ダンスロボット“PBDR”。研究室では外装を取り外した状態で置かれていた
|
“PBDR”の原型である、小菅研で開発された社交ダンスロボット“MS DanceR”の初期のプロトタイプ。この頃は布のドレスを着ていた
|
● 『相互作用と賢さ』研究会とは?
今回の講演会及び研究室見学会は、第15回『相互作用と賢さ』研究会として開催されたものである。『相互作用と賢さ』研究会とは、科学技術振興機構が行なっている戦略的創造研究推進事業個人型研究(通称『さきがけ』)の研究領域の1つであり、平成12年度~17年度に実施された『相互作用と賢さ』において研究を行なった計20名の若手研究者を中心に、計測自動制御学会のシステムインテグレーション部門の1部会として発足したものである。
今回のような研究会の他にも、国内学会・国際学会においてオーガナイズドセッションを開催し、メンバーの研究活動の活性化を図っている。次回の研究会の情報は、こちらを参照されたい。
■URL
東北大学大学院工学研究科電気・通信工学専攻 石黒研究室
http://www.cmplx.ecei.tohoku.ac.jp/
計測自動制御学会SI部門
http://www.sice.or.jp/~si-div/
相互作用と賢さ研究部会
http://control.mech.saitama-u.ac.jp/sice_si_ii/
東北大学大学院情報科学研究科 田所研究室
http://www.rm.is.tohoku.ac.jp/
東北大学大学院航空宇宙工学専攻 吉田・永谷研究室
http://www.astro.mech.tohoku.ac.jp/
東北大学大学院バイオロボティクス専攻 小菅・平田研究室
http://www.irs.mech.tohoku.ac.jp/
( baby touch )
2006/08/09 00:01
- ページの先頭へ-
|