神戸大学塚本研究室、5周年記念研究発表会・講演会『ウェアラブルとユビキタスの世界』開催

~アンドロイドの阪大・石黒教授らも講演


神戸大学大学院 工学研究科 電気電子工学専攻教授 塚本昌彦氏

 神戸大学大学院工学研究科電気電子工学専攻塚本研究室は、10月30日、神戸市ファッション美術館オルビスホールにて、同研究室の5周年記念研究発表会・講演会『ウェアラブルとユビキタスの世界』を開催した。後援はNPO法人ウェアラブルコンピュータ研究開発機構、NPO法人ウェアラブル環境情報ネット推進機構、神戸ベンチャー研究会。ウェアラブルコンピュータ、インターフェイス、そしてアンドロイドやサイボーグに関するトークが行なわれた。

 神戸大学教授の塚本昌彦氏は、常にウェアラブルコンピュータを実際に身に付けて生活していることで知られている名物研究者である。2001年から着用し続けており、今年でほぼ9年目という。2004年に神戸大学電機電子工学科教授に着任、同年、ウェアラブルコンピューティングの普及を目指す団体、NPO「チームつかもと」を設立した。まず、その塚本教授から「ウェアラブルとユビキタスの世界」と題した講演が行なわれた。

 塚本教授は「ウェアラブル生活で多くの知見・反響を得たが、思ったほど広がっていかない」と話を始めた。これからのコンピュータはさらに小型化し、豆粒・ゴマ粒大になると考えられる。最初、部屋サイズだったコンピュータは軍事用途だったが、小さくなることで使われ方が変わってきた。極小コンピュータは、実世界に埋め込まれて使われるようになると考えられる。

 ウェアラブル・コンピューティングとは、コンピュータを服のように着て利用することだ。用途は業務用と民生用に大別される。今でもケータイを街中で使うことができるが、それがHMDに表示されるようなイメージだ。

いまも常にHMDとPCを身につけている塚本教授のウェアラブル生活は9年目塚本研究室 助教 竹川佳成氏。当日はウェアラブルで司会した
今後のコンピュータはごま粒大にあらゆる場所にコンピュータが着くようになるはずウェアラブルの想定用途

 塚本教授は、「一年後には今度こそ梅田を歩く若者の90%がHMDを装着している」と「予言」した。「今度こそ」というのは塚本教授はこれを10年間言い続けており、いまのところ10年間外している状況だからだ。だがウェアラブルはHMDだけではない。最近は豊かで楽しい生活を実現するためにもITが活かせると言われている。塚本氏は「予言2」として、3年後には実世界型ゲーム機が登場する、と語った。外で鬼ごっこをしながらなおかつITゲームもしているといったイメージだという。

 またユビキタス・コンピューティングも数年前から言われ続けている言葉である。コンピュータやICタグをモノや場所に埋め込んで情報を蓄積したり発信したりするというイメージのコンピューティング環境である。塚本氏は、3年後にはケータイで簡単に持ち物チェックができるようになるかもしれないと「予言」した。

 ここで塚本氏は5年前の「予言」を自ら検証。HMDの予言が外れたのは、不況が長引いたことと、企業の腰が思っていた以上に重かったことだという。そこで塚本氏はここ3年くらい「超ポジティブ」をキーワードとして発言しているという。なかでも、人と違うことをやることがもっとも重要だと強調した。

 これからのコンピューティングについては、コンピュータはどんどん半自動化し、操作しなくなるのではないかと述べた。またウェアラブルはさらに人に埋め込まれていくのではないか、さらにそれが進むとアンドロイドになるのではないかと、次の講演へと話を続けた。

今度こそHMDが一年後にはブレイクする、かも塚本教授の予言2。実世界ゲームなど塚本教授の予言3。ケータイによる持ち物チェック
5年前の予言の検証最近の塚本教授のキーワードは「超ポジティブ」超ポジティブ8カ条

塚本研究室の概要「ウェアラブルとユビキタスの研究」

神戸大学 塚本研究室 准教授 寺田努氏

 塚本研究室の准教授・寺田努氏は「ウェアラブルとユビキタスの研究」と題して、研究室の概要について講演した。塚本研究室は教員3名、学生数が38名、6グループで活動している。ウェアラブルもユビキタスも、いずれも一言でいえば「コンピュータとの付き合い方を考えましょう」という研究テーマだと解説した。常時コンピュータを身に付けて生活するようになると、あらゆることが変わってくる。コンピュータの使い方が変わることで人と人との付き合い方が変わり、さらに社会制度にも影響が及ぶ可能性がある。そこで、アプリケーション、インターフェイス、OS、ミドルウェア、ハードウェアまで、あらゆるところに手を出していかなければと考えていると語り、各レイヤーでの取り組みについて、ざっと紹介した。

 アプリケーションとしては、ウェアラブルDJシステム、司会システム、ナビゲーション、電飾ダンス、認識ダンス、技術を使うことでパフォーマーの支援を行なうインタラクティブパフォーマンス支援システムなどを研究している。新しいウェアラブルの使い方を考え、有効性を検証するのがアプリケーション研究だ。

 インターフェイス研究は、ウェアラブルコンピュータをどうやって使うかという研究だ。ウェアラブルは常時コンピュータを使う。歩きながら、あるいは電車の中などで片手がふさがっているときには、従来のマウスやキーボードのようなインターフェイスは使いにくい。ではどうやって使うのか。また効率性だけではなく、楽しく入力するという評価軸もありうる。寺田氏は「Xangle」という2つの加速度センサーを使ったポインティングデバイスの例や、ジョギング中に足の踏み出し方で曲の選択を操作するソフトウェアの例を示した。ボタンのほうが入力速度は速い。だが、ジョギング中はフットステップを使ったほうが気軽で評価が高かったという。また状況に応じたHMDの注視時間なども調べているという。

 また、ウェアラブルについてはセンシングは非常に重要だと考えているという。プログラミングについては、ウェアラブルしていると、いろんなアイデアを思いつくが、それをぱぱっと実装できるようなプログラミングツールを提供していると紹介した。OSに関しても、故障やハングアップしても情報提供をやめないOSを考えているという。手術のようにミスが許されない状況では、OSが落ちたからといって情報提供が中断しては困るからだ。そこで、万が一OSが落ちた場合、再起動する間はセンサーデバイスの生データを表示するように切り替わるようなシステムを考えていると解説した。

 寺田氏は、「ウェアラブルやユビキタスの研究は複合領域で、上から下までさまざまな研究要素があり、すべてを塚本研究室ではターゲットにしている」と概要を解説。共同研究先や学生の見学も常に歓迎しており、デモで迎えるとまとめた。

塚本研究室の概要6つの各レイヤー全てで研究を行なっているアプリケーション研究の例
インターフェイス研究の例センシング研究の例OS・ミドルウェア研究の例
ハードウェア研究も行なっている見学歓迎とのこと塚本研究室連絡先
意見が全く違う師匠トークで爆笑を呼びながら場繋ぎする塚本教授(右)と寺田准教授(左)

 続けて、昨年の神戸の「ルミナリエ」で行なわれたという塚本研究室のデモが一部再現されて紹介された。その準備の間に塚本教授と寺田准教授は、ウェアラブルが普及するかしないか、LEDファッションはありかなしか、ユーザーインターフェイスの評価軸の楽しさという軸の可能性などについて2人でかけあい漫才のように楽しく語り合って場を繋ぎ、会場の笑いを誘っていた。最初はファッションそのほかの研究にはちょっと、と思っていた寺田氏だが、だんだん考え方が変わってきて、塚本教授に影響されてきた面もあるようだ。

 なお塚本教授は、これからはエンターテイメントだけではなく、「健康」と「エコ」の2つを、同じプラットフォームで扱っていきたいと考えているという。いっぽう、寺田氏はセンシング関係の研究では最近は予防医療関連をアプリケーションとして想定しているものが非常に多く、逆に少々違う路線をやりたいと考えているという。そのあたりは「じゃあまた調整しましょう」(塚本氏)ということで、デモが始まった。デモではダンスや、頭部につけた加速度センサーに合わせてCGキャラクターがお辞儀する募金箱などが紹介された。

【動画】身振りに連動するインターフェイスで塚本研5周年を紹介【動画】開発した機器を使って合奏、ダンス。塚本研究室では学生にも芸が要求されるようだ【動画】頭を下げるとCGキャラクターもお辞儀する募金箱

慶応義塾大学教授 増井俊之氏「ウェアラブルとユビキタスのインターフェイス」

慶応義塾大学教授 増井俊之氏

 次に特別講演が行なわれた。まずはじめに立ったのはソニーや産総研、アップルなどを経て現在は慶応義塾大学教授の増井俊之氏。ちょっとしたアプリケーションをパッと作ってしまう、ITの「発明おじさん」として知られている。増井氏はアップルでの仕事風景などを紹介して笑いを取ったあと、さまざまなウェブサービスの話をした。すべて増井氏自身が使いたいと考えて、自作したものばかりだ。ウェブサービスの便利なところはどこでも使えること、インストールが不要なところだという。またユーザーテストも実運用でできる。「いいことづくめ」だが、大変なところもある。それはスパムが多いことや維持管理に手間がかかるところだという。「ゴキブリのようにSPAMが取れる」と苦労を紹介した。

 増井氏のサービスの特徴はユーザー登録がなく、パスワードがないところだ。単純で有用なものを目指しているという。また「ウェブサービスをやるときには自慢力が大事」だという。他人に自慢したくなるようなものだと使ってもらいやすいという意味だ。増井氏は例として「本棚.org」、「地図帳.org」などを紹介した。さらに続けて簡易MLシステム「QuickML」、気楽に使えるWikiサービス「単語帳.org」。画像切り出しアップロードサービス「Gyazo」、なぞなぞ伏字認証システム「fuseji.com」、メモ「3memo.com」、検索システム「LensBar」などを猛烈な早口で矢継ぎ早に紹介。「なんでもかんでもウェブの上でできるのではないか」と語った。ウェブサービスはユビキタスと似ているという。

 だが、グーグルのような検索エンジンでは探せないものは、まだまだいっぱいある。たとえば家の戸締りをしたかどうかは現状では分からない。だがそれらもユビキタスコンピューティング時代になればできるはずであり、今もできるはずなのにできていないのは「アイデアが足らないからだ」と語った。

 また、ユビキタスコンピューティングは誰でもどこでも使えるものを目指している。それは「ユニバーサルデザイン」と似ており、ユビキタスの目標とユニバーサルデザインの目標はあまり変わらないと述べた。

 インターフェイスは直感的であることが望ましい。ではどういうもの直感的かというと、考えずに使える、自動ドアみたいなものだという。自動ドアでも、ボタンを押さないと開かないようなものはダメだと語り、可逆的であること、すなわち、閉じる操作と開ける操作が異なるものが多いがそれはだめだと述べた。

 また現在の研究では特殊なセンサーをたくさん利用するような「富豪的ユビキタス」が多いが、安いセンサーを使ってそれなりにやる「PMUC(Poor Man's UbiComp)」で十分であり、「ないのはアイデアだけ」だと再び協調した。現在の状況は「すごいパソコンはあるけど、DOSしかない、マウスがなくてちっとも使えない」、そんな状況に例えられるという。

 直感的でない操作とは何か、増井氏はさらに話を進めた。たとえばリモコンは頭を使わないといけない。指先で押した操作が、離れた場所で働くからだ。その場で操作したい。今はセンサーやアクチュエータがあるのだから作れるはずだ。ということで、自分がいま、どこで何をしたいかを一つの操作で表すようなシステムをいくつか増井氏は紹介した。たとえばCDをおくことで音楽が鳴るシステムや、CDを簡単に他人のところにコピーできる「CDファックス」などだ。このほか、「フィールドマウス」や「マウスフィールド」といった光学式マウスを裏返したものをインターフェイスに使った例を紹介した。

 また、実世界指向プログラミングとして、自分で簡単にシステムをちょっとカスタマイズしてできるようなものを作ろうとしていると述べて、体重計を使ってブックマークする「気合ブックマーク」などを紹介した。今はワンボードマイコンの「Arduino」や「Lily」なども流行っていて、ちょっとしたシステムが作りやすい状況にある。増井氏は、簡単なプログラミングをすることで実世界の情報を取って処理結果を出せる「全世界コンピューティング」ができる現状はすごい、なのに、「みんな『すごいことだ!』とあんまり思ってくれない」と嘆き、「無限に面白いことができるだろうと思うわけですよ。あんまり流行ってませんけども」と来場者たちに檄を飛ばした。

増井氏のこれまでの研究テーマさまざまなウェブサービスを作ってはドメインを取っている現状のGoogleでは検索できないがユビキタスコンピューティングならば探せるもの
貧乏人的ユビキタスコンピューティングを提唱Mouse Field入出力をTCP/IPで制御してちょっとした機器を作るPhidgets
「全世界コンピューティング」LilyPadウェアラブルコンピュータとして実装した例

パネル討論「インターフェイスの未来」

パネル討論の様子

 続けて、講演を終えたばかりの増井俊之氏のほか、京都大学准教授の角康之氏、シャープ株式会社研究開発本部の浦野直樹氏も交えて、パネルディスカッションが行なわれた。司会は寺田氏が務めた。寺田氏はまずインターフェイスの次のトレンドは何か、と3人に問いかけた。

 増井氏は、これからのトレンドはコンピュータに不慣れな老人でも簡単に操作できるような、超簡単に操作できる直感的インターフェイスを備えたデバイスだろうと述べた。実際に50音のキーボードを出したら、不慣れなお年寄りから大きな反響があったとエピソードを紹介し、「ちょっと解決するといいことがいっぱいある。すごい入力システムを考える前にもっと考えるべき地道なことがある。そこを良くすることで入力は良くなっていくのではないか」と語った。角氏は、次の面白いものは「カメラ的メタファー」ではないかと考えているという。「シャッターを切って撮る」というのは大変意図的な行為であり、日常的に簡単に使われるメタファーとしては強力だという。浦野氏は視線インターフェイスや音などが入力としては面白いのではないかと述べた。たとえば電子ブックを読んでいるときに視線インターフェイスが使えれば、勝手にページがめくれていくということも可能だ。また次のゲームは、より身体や脳を刺激する方向に行くのではないかと語った。

 次に寺田氏はQ2として、ウェアラブルコンピューティングの未来について質問。10年後、どれくらいの人がどれくらいの頻度でHMDを使っていると思うか、また、そのころの入力デバイスについて質問した。

 浦野氏はHMDは機能としては流行らないが、ファッションとしては流行る可能性はあると語った。またコンピュータは人間により近いところへと進んでいき、将来は体内に埋め込まれていくのではないかと述べた。角氏は、質問自体がナンセンスだとばっさり切った。コンピュータの延長上でHMDが流行ることはないが、メガネはすでに流行っている、そこに付加機能が付くことはあるだろうと述べた。

 また、将来はPCは機能分散し、いわゆるコンピュータは消えていくのが正しい姿ではないかと述べた。増井氏は、たくさん入力するときには机の上でキーボードのほうが速いに決まっているが、やりたいことがコンテキストから把握できる場合は入力も簡単でいいと述べ、入力についてはあんまり心配してないと述べた。またHMDはずっとつけているのはきつい、とやはり否定的意見を述べた。

 また角氏は「ユニバーサルという言葉は胡散臭いと思っている。誰でも使えるというのはどうなのか。確かにユビキタス的インターフェイスはユニバーサルであるべきかもしれないが、ウェアラブルはパーソナルで、他人には使い方が分からないようになっていくのではないか。典型的なものが楽器や食器。他人のものはクセがあるし、使いたくない」と述べた。これに対し増井氏は同意を示した。

司会の寺田氏慶応義塾大学教授 増井俊之氏京都大学准教授 角康之氏
シャープ株式会社研究開発本部 浦野直樹氏インターフェイスの次のトレンドについてHMDは流行らないと一致した3者
未来のインターフェイスについて

 寺田氏は次の質問として、「50年後はマウスとキーボードを使っているか。機械が人間に合わせるのか、人間が機械に合わせるのか。直接操作が進化するのか、エージェントが賢くなって人をサポートするのか」と問うた。

 増井氏は、エージェントは信用しておらず、自分がコントロールしたいと考えているという。「でも楽はしたい。だからある程度予測的なことをしてほしい」と述べた。いっぽう、予測は外れると腹が立つ。だからエージェントはなかなかハードルが高い、と語った。また「キーボードはやっぱり使ってるのではないか。マウスは分からない」と語り、「標準化するとなかなか変えられない。だから標準化されてないところを研究するべきで、ユビキタスやウェアラブルのインターフェイスはそこにあたる」と述べた。

 角氏は、「マウスはなくなってキーボードは使っている」と述べた。コンピュータをエミュレータや計算機として使うにはキーボードがいいからだ。だが、メディア的な使い方の場合は、今、たまたまコンピュータを経由しているだけで本当にやりたいことは別にある。そういうものはまたもとの形であるテレビや電話、五感を使えるところに戻っていくのではないかと述べた。また増井氏の意見に対して「僕はエージェント推進派でいっておこうかな(笑)」と語り、スパムを排除したり、忘れていたことを気づかせてくれるにはエージェントは便利であり、操作的なところは直接操作するかもしれないが、社会的な中で気づかせてくれるとか、出会いを演出するところでは、パートナーとしてのロボットやエージェントには期待していると語った。

 浦野氏はケータイを例に出して「機械のUI改良よりも人間の適応力のほうが優れている」と述べ、たいていの人の大概の行動は予測できるんじゃないかと語った。そして「これからはマスターインターフェイスとスレーブインターフェイスになる。自分が主体性を持って操作するものと、与えられたものを取捨選択するものになる。これがキーワードになるのではないか」と指摘した。増井氏もこれに同意した。だが角氏は「でも人間の適応力は高くても社会の適応力はそれほど高くない。人が適応するからといって適当なものがじゃぶじゃぶ出てくるのは良いことではない。研究者はそういう流れに安易にのってはダメ。『こういう社会を作っていこう』ということを主体性を持って考えないといけないなと思っている」と会場にも釘を刺した。浦野氏は「人間が主体性を持って生きていくのか、流されていくのか、それが今後のユーザーインターフェイスにも大きく影響していくのではないかと思っている」と語った。

講演「ウェアラブルとユビキタスとアンドロイド」

大阪大学基礎工学研究科 システム創成専攻 教授 石黒浩氏

 次の特別講演に立ったのは大阪大学教授の石黒浩氏。本誌読者にはお馴染みだろうが、アンドロイド、ジェミノイドを使って研究を行なっているロボット研究者だ。GCOE「認知脳理解に基づく未来工学創成」の拠点リーダーも務めている。石黒氏はまずロボットと人間が共生する社会のイラストを示し、このような時代が来るかこないかという質問は愚問だと述べ、「我々は評論家ではない。『思い描いた時代を作るんだ』という気持ちで研究を行なっているクリエイターだ」と語った。これはアラン・ケイに直接言われたことでもあるという。

 また研究においては基本問題が大事であると述べた。「研究というのは新しいことをやるということ。分野ができているというのは新しいところが半分消えているということ」だという。また研究の究極の目標として、「人間らしい機械を創りたい」と述べた。これは、ロボットのみならずすべての工学系研究者に共通しているはずだと語った。製品を開発する行為を通して人間を理解しているという面が、どんな技術についてもあるからだ。「人に使ってもらって評価を受ける。そのときに人間に関する何かの知識が反映され、人間の理解が進む」という。ロボットの場合はそれが直接的なだけだと考えているという。そしてロボットを作るのは工学だけではなく学際的にまたがって展開していく分野だと語った。

 まずは見かけの問題について研究を始めた理由について、ロボットの研究者は見かけについてまったくケアしてこなかったと指摘。人との関わりだと見かけか動きかというと、まず人は見かけを気にする。たとえば髪型などだ。人間相手だと見かけしか気にしないのに動きしか気にしないのはおかしいと考え、当時作っていたロボットと4歳の娘(当時)が同じサイズだったので、娘のロボットを作ったと紹介した。

 次に作ったのが万博のときのアナウンサーをベースにした女性アンドロイドだ。株式会社ココロと共同で、「かなり頑張って作った」が、まだ動きがリアルではなかった。そこで人間がどういうふうに動くのか、脳科学の仮説なども反映させて、心をあたかも持っているかのように見せるように動きを作っているところだという。このように認知科学や脳科学と一体になりながら製品開発をしていくことで、人が接するもの、人が何に魅力を感じているのか、何に反応するのかを調べて行く、その結果得られた知見がすべての製品に反映できるような知識が出てくると思っていると語った。

ロボットと共生する未来社会これまで作って来たロボットロボットと人間との相互作用が研究対象
子供アンドロイド女性型アンドロイド無意識的動作が重要

 石黒氏はもともとはコンピュータビジョンの研究を行なっていた。京都大学では「分散視覚」というテーマを提案した。視覚に限らず、ロボットの知覚は分散すべきだと思っているという。いくら頑張ってもコンピュータは人間にはなれない。だからセンサーをばらまいて必要な情報を取るしかないからだ。石黒氏は研究室内で行なった、全方位カメラを使ったリアルタイムの人の行動認識と追跡の様子を示した。プライバシー問題に関しては、それを上回る利便性があれば普及するという考えを述べ、ATRとショッピングモール内で行なっているレーザーレンジファインダを使った人間追跡システムと、それに合わせてロボットがサービスする仕組みの実証実験を解説した。このシステムは、どこに人が滞留するか、どのように動くかを追跡することができる。個人単位のトラッキングもできる。人の流れの解析がどこででもできるようになる。将来は、ロボットだけではなく、ケータイなどを使ったサービスに応用することもできるようになるという。

 以上のものを全部合わせたものとして、石黒氏らはロボットを捉えているという。ユビキタスなインフラが知覚、ロボットの身体が表現を担う、というシステムだ。ヒューマノイドを使うのは、人間の脳は人間に向き合うシステムを持っているからで、だからもっとも理想的なメディアは人間型ロボットだと持論を展開した。

 だが現在のロボットの自律機能は高くないので、長時間、単独で人間を相手することはできない。長く人間に応答できるようにするためには人間がロボットを遠隔操作するしかない。こうして開発されたのが石黒教授自身の姿のコピーロボット「ジェミノイド(Geminoid HI-1)」だ。つい最近はアルスエレクトロニカ(Ars Electronica 2009)に出展された。石黒氏はそこでの経験で、ケータイの次にインパクトを持つメディアにジェミノイドはなり得るだろうという確信を持ったと述べた。ジェミノイドはいわば「存在感を着るためのロボット」だという。遠隔操作していると、操作する側もロボットを自分の身体の延長であるかのように感じるようになるという。

 アルスエレクトロニカではFeatured Artistとして石黒氏とジェミノイドが招かれ、メイン展示の一つとして、まず3週間カフェで予備展示され、その後一週間展示された。取材件数は40~50件以上に及んだという。ヨーロッパの人と日本の人の反応は同じだったそうだ。展示期間中、石黒氏は夜、インターネット越しにジェミノイドを操作、いろんな人と話をしていたという。石黒氏は、現地に出かけて到着した夜、街を歩きまわった。次の日には「ジェミノイドが街を歩いていた」という噂が流れたと冗談を飛ばした。また、テレビ電話とは根本的に違うこととしてジェミノイドを視覚障害の人にさわってもらって対話したことなどを紹介した。

 メイン展示では、未来の生活を再現することを目指したという。3週間のカフェでの予備実験で、馴れればこういう世界がくるのではないかと思ったという。というのは、ケータイでカフェで喋るとうるさいと感じるが、ジェミノイドとの対話では、そういう感覚がなかったからだという。「人の存在感を送ってコミュニケーションするメディアは、来る」と思ったそうだ。次のメディアは人間の存在感を通信するものになると述べ、現在、さらに安価に作るためのロボット開発を進めていると述べた。ジェミノイドの話は今後、「大阪大学21世紀懐徳堂で行なわれる大阪大学中之島講座」でもトークされるという。また来年には大阪で国際学会「Human Robot Interaction 2010」が開催予定だ。昨年11月末に行なわれたロボット演劇も再演される予定だそうだ。また講談社現代新書からも近著刊行が予定されているという。

センサネットワーク【動画】レーザーレンジファインダーを使った人の行動解析ジェミノイドは「存在感を着るためのアンドロイド」だという
Ars Electronica 2009に出展されたジェミノイドカフェでの予備実験の様子視覚障害者ともコミュニケーションが取れる

パネル討論2「サイボーグ vs アンドロイド」

サイボーグ、アンドロイドをめぐる3人の観点の違い

 続けて、石黒浩氏とSF作家の林譲治氏、神戸大学の羅志偉(ら・しい)教授を交えて、パネルが行なわれた。司会は塚本教授が行なった。社会的な動物である人間。その人間とロボットの間に本質的な差があるかどうか、技術はどのような役割を果たすかといった話題で、それぞれ異なる視点からの意見交換が行なわれた。

 石黒氏はまず、本当の「人間」とは何かということ、「人間」といったときに何を指すか、本質的なことを誰も知らないと述べた。林氏はこれからを展望し、「人間の自我の境界がどこまでいくのかという時代になると思う」と述べた。現在の世界にはサイボーグもアンドロイドも存在しない。だが将来たとえばサイボーグの一部にアンドロイドが接続されている時代が来たとしたら、自我はどこまでなのか。そのような過程を経て「自己の領域」の定義や、ロボットの領域がどんどん曖昧になっていくのではないか、「僕らは目の前の一体のロボットを、一体と数えるかもしれないが、ユビキタスでは曖昧になる」と述べた。羅氏は科学技術的な観点からサイボーグとアンドロイドについて語り、その間の違いは、技術と肉体、精神との相互作用の違いであり、サイボーグはいかに体に機械を入れるかという技術、アンドロイドは人間のコピーだと述べ、将来は分子生物学と機械工学が大きな役割を果たすだろうと解説した。

 羅氏は石黒氏に対して、アンドロイド研究の着陸点について問うた。石黒氏は、研究をして論文を書くためには着陸点が必要だから作るものだが、それを達成すると生きる目標を失ってしまう、なので自分は着陸点を敢えて作らない研究テーマに挑んでいるとこたえた。

司会を務めた神戸大学 教授 塚本氏

 サイボーグとアンドロイドどちらの普及が速いかという問いについては、石黒氏は、現在の義手装着者なども含めてサイボーグと言われると難しいが、健常者が機械に自分のボディを置換する時代に比べれば、アンドロイドの普及のほうが速いだろうと述べた。羅氏からは知能の問題に関して疑義が出されたが、石黒氏は「ある瞬間、状況を限定すればアンドロイドが使える可能性がある」とこたえた。サイボーグ技術とアンドロイド技術が、互いが条件を変えながら有利になっていくと考えられるという。林氏は、ノイズキャンセリングヘッドフォンを例に出し、人間の視覚や聴覚を強化するのではなく、制限したり、変質させたりするサイボーグもありえるのではないかという見方が示された。

 それらの技術が幸せに繋がるかどうかは、石黒氏は「技術と幸せは別問題。今と江戸時代を比べてどっちが幸せとはいえない。当時も今も幸せな人はいたし不幸な人はいた。ただ技術はとめられない」と述べた。林氏も「テクノロジーの恩恵を受けて幸せになる人もいるよ、ということ」と応じた。ただ「ある技術が普及したとき、特定の人だけ技術がないと、不幸が生まれてしまうのではないか」と懸念も示した。羅氏からも「技術者は幸せを感じるだろう。でも一般的に人間に対して幸せかどうか。今と昔を比べると、豊かになったことは事実。だが豊かだから幸せとは限らない」との意見が出された。

 アンドロイドとサイボーグの棲み分けに関しては、石黒氏は「両者は一緒でよい」と回答。林氏は「アンドロイドには行動に伴う責任問題が生じるだろう」と述べた。石黒氏は「自立型のロボットが出てきたらという話はよくある。権利は社会が与えるものなので、そういう問題はいつかは起こるだろう」と述べた。人間型の存在に対しては、いつかは人間のようなモラルを適用することが考えられるという。

大阪大学 教授 石黒浩氏SF作家 林譲治氏神戸大学 羅志偉 教授

 この後、塚本研究室による出し物を含めて第2部、第3部が行なわれた。塚本氏の恩師にあたり、現在は大阪大学副学長もつとめる西尾章治郎氏から、塚本氏の京都大学での学生時代の活躍、そして大阪大学当時の話題なども提供され会場は大いにわいた。そちらは出席者だけのお楽しみということで割愛する。なおこれからの塚本研究室では健康工学関連の研究も行なって、さらに新しいコンピュータの使い方を模索して行くという。また、ロボットに関しても以前はまだまだと思っていたが、そろそろあり得るかもと思っているとのことなので、本誌としても今後に期待しよう。

【動画】指の動きを認識して光を提示するピアノで演奏する塚本研究室助教の竹川佳成氏第2部で熱唱する寺田努准教授。コード進行、歌詞をHMDに提示して、それを見ながら演奏したという


(森山和道)

2009/11/4 19:51