日本再生医療学会、第1回「エデュケーショナルセミナー」を開催

~医療における工学の重要性


 日本再生医療学会はマスコミ向けの第1回「エデュケーショナルセミナー」を開催した。タイトルは「鉄腕アトムはいつ出来る!? 再生医療はどこまで進んだ」。

 残念ながら実際には当日のセミナーでは「鉄腕アトム」云々についての言及はなかったのだが、工学と医学は今後、互いに深いレベルで関連しあうようになる分野だ。内容を簡単にレポートする。

 まず慶應義塾大学医学部眼科学教室教授の坪田一男氏は、日本再生医療学会について、医学ではなく医療だということで社会との関わりを重視していると紹介した。一時会員数は伸び悩んでいたが、近年はiPS細胞ブームによって再び伸び始めているという。

細胞レベルで見る再生医療 ~細胞を増やす細胞工学技術

東京工業大学フロンティア研究センター教授 赤池敏宏氏

 今回は東京工業大学フロンティア研究センター教授の赤池敏宏氏が、細胞工学の立場から、細胞をマスで増やすための研究について「細胞レベルで見る再生医療」と題して講演を行なった。再生医療は、一言でいえば細胞を増やして臓器や組織の機能の回復を目指す医療である。だがまだまだ課題が多い。赤池氏は肝臓を例にして解説した。肝臓は60kgの成人ならだいたい1.4kg程度の臓器である。肝炎が慢性化すると肝硬変になり、それが高い確率でガンになる。それを助ける技術が人工肝臓だ。だが現状の人工肝臓は高機能の解毒装置に留まっているのが現状で、複数の酵素が数百種類の代謝機能をこなしている肝臓の機能を置き換えるものにはなっていない。

 そこで細胞を組み込んだ線維を使ったり、人工イクラのような粒状構造のなかに肝細胞を閉じ込めたハイブリッド構造で、肝機能を代替しようという研究が20年以上も続けられている。だがなかなかうまくいっていなかった。また、これらの人工肝臓はもし肝臓同等にしようと思ったらおおよそ2,500億個の細胞が必要になるが、そうなるとどうやってその細胞を調達するのかというドナーの問題が出てくる。肝細胞はシャーレのなかではほとんど増やすことができないからだ。そこで代替のソースが探されてきたが、ほとんど挫折してきた。その中から、ES細胞やiPS細胞が肝細胞を作る材料として注目されている、というのが現在の背景だという。

E-カドヘリンキメラ蛋白質を作成

 また、これまでは培養しても固まりになってしまい、細胞をバラバラにしないと使う事ができなかった。また、細胞を一個一個バラバラにするには細胞に大きなストレスがかかってしまっていた。赤池教授らは、細胞と細胞を繋げている接着分子である「E-カドヘリン分子」をベースにキメラタンパク質を作り、細胞培養のベッド材料に改良することに成功。その結果、一つ一つの細胞が互いにくっつくことなく、個別に培養できるようになった。現在はマウス細胞での実験だが、ES細胞、iPS細胞をばらばらの状態で培養できるようになった。

 この培養方法では、細胞を回収することも極めて容易だという。カドヘリン分子は接着するのにカルシウムを必要とする。溶液からカルシウムを抜いてしまうと、細胞が足場からはがれるのである。また足場に塗布してあるカドヘリン分子はまたカルシウムを入れればそのまま使えるので、再利用可能だ。20回、サイクルを繰り返しても問題なく使えたという。これによって、細胞を未分化のまま、何度も培養することができるようになった。

 赤池教授は「細胞を必要な数だけ花咲じじいのように増やしてみせましょうということ」だとこの成果を解説した。輸血、肝臓、心臓のような臓器構成細胞を十分に作るためには、細胞数の問題は必ず出てくる。マウスのES細胞、iPS細胞においては、この問題を解決したと赤池氏は語った。将来的に、もっと大量に培養するなら3次元での培養になる。3次元培養にはファイバーを用いる。現在、民間のベンチャー会社と共同研究を行なっており、その目処も立ち始めているところだという。異種の細胞を含まないこと、ローコストになりそうなこともこの方法の利点だという。

 現在は、500億個くらいの細胞数を目標にしているそうだ。肝臓全体がだいたい2,500億個なので、その1/5くらいの数だ。現在の医学ではそのくらいの肝臓が残っていれば助かるようになっているという。これによって、体外循環装置を作ることで、1カ月程度患者を生かす。その間に本来の肝臓が増えるのを待とうという考え方だ。今後は、より高次構造も構築することで、機能を実現できるようにしていくことを目指す。赤池氏は医療における工学の重要性についても強調した。

「事業仕分け」や再生医療法案への考え方も

慶應義塾大学医学部眼科学教室教授 坪田一男氏

 現在の再生医療は、非常に厳しいレギュレーションのなか、進められている。坪田氏は具体的に現実に直面している課題を事例ごとに紹介した。また今後、法令の改正や、iPS細胞の将来的利用を視野に入れた、新たな再生医療法案も提言していくと述べた。このほか、今回は事業仕分けの直後ということもあり、慶應義塾大学グローバルCOEプログラム「幹細胞医学のための教育研究拠点」の拠点リーダーをつとめている岡野栄之氏からのビデオメッセージも会場で上映された。岡野栄之氏と「In vivo ヒト代謝システム生物学拠点」拠点リーダー 末松誠氏からの共同声明は、「行政刷新会議による「事業仕分け」に関しての見解」(2009年11月25日)として、ウェブサイトでも読む事ができる。

 次回のエデュケーショナルセミナーは2月16日に行なわれる予定。また第9回日本再生医療学会総会が2010年3月18日、19日、広島国際会議場で行なわれる。



(森山和道)

2009/12/2 20:21