深海3000mに挑み続ける無人探査機「ハイパードルフィン」レポート

~母船「なつしま」とともに開国博Y150で一般公開


3,000mまで潜水可能な海の探査ロボット・ハイパードルフィンの勇姿

 横浜開国150周年を記念したイベント「開国博Y150」の一環として、独立行政法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)による、無人探査機「ハイパードルフィン」とその母船である海洋調査船「なつしま」の一般公開が8月22日(土)に行なわれた。会場は、横浜赤レンガ倉庫に近い、横浜海上保安部前の横浜新港埠頭5号バース。そこになつしまが停泊し、ハイパードルフィンは後部デッキで公開された。

ハイパードルフィンはなつしまの後部デッキで公開

 ハイパードルフィンは、3,000m級の潜行能力を持つ無人探査機だ。1999年に加International Submarine Engineering Ltd社で製造され、2000年になつしまに搭載されて運用を開始。今年で10年目というわけだ。まずは、スペックをご覧いただきたい。

【スペック】
全長:3.0m
全幅:2.0m
全高:2.3m
空中重量:3.8t
ペイロード(空中重量):100kg
最大速力(前進/後退):3ノット(約5.6km/h)/2ノット(約3.7km/h))
最大速力(横進/上昇・下降):2ノット/1.5ノット(約2.8km/h)
主要構造:アルミ合金
浮力材:シンタクチックフォーム

【動力装置】
推進方式:電動油圧駆動スラスタ方式(6基)
動力供給:4,000mアンビリカルケーブル(資料によっては、3,300mともある)
動力装置:電動油圧モータ(55.9kW)

【調査・観測装置】
マニピュレータ(7自由度)2基
ハイビジョンテレビカメラ
カラーCCDテレビカメラ
デジタルスチルカメラ
格納式サンプルバスケット
可動式投光器ブーム(左右)
照明灯(400Wメタルハライド5灯、250Wハロゲンライト1灯)

【航海設備】
後方監視テレビカメラ
レスポンダ
深度計、高度計
障害物探知ソナー

【制御方式】
海洋調査船なつしまに搭載したコントロールルームの操縦版より操作

ハイパードルフィンを左側から右側の可動式投光器ブームを前方に動かして、右側面を見えるようにして撮影
右斜め後ろから特別に一般公開のルート以外のところから撮影。

 ハイパードルフィンは写真にある機体のことを指すと思われがちだが、正確にはそれはビークル部。ハイパードルフィンとは、ビークル部に加えて船上装置も含めた深海探査システム全体のことを指す。操縦は母船なつしまのコントロールルームから行なわれ、ビークルとなつしまはアンビリカルケーブル(電力複合ケーブル)によって接続されている、なつしまからはビークルへの電力の供給と命令の信号が、ビークルからは映像や各種センサーなどのデータが行き交う形である。

上方から見ると、中央の穴の中にアンビリカルケーブルがつながっているのがわかるアンビリカルケーブルの巻き上げを行うトラクションウィンチ。米DYNACON社製ウィンチ側面には、いつどの部品が交換されたのかがわかるよう、日付と内容のシールが貼ってある

 特徴の1つは、深海探査機として当時では世界初となる超高感度深海用ハイビジョンテレビカメラ(NHKと共同開発)を搭載したこと。さらに、水中カラーCCDテレビカメラやデジタルスチルカメラ「SEA MAX」、映像面には力が入れられており、2002年にはNHKの番組で1,200mの深海の様子をお茶の間に届けるハイビジョン生中継も行なった。また、なつしまにあるコントロールルームには8つのモニタが装備されており、海中を漂う1~2cmほどの小さな生物も鮮明に記録することが可能となっている。

中央右にデジタルスチルカメラ、左にハイビジョンテレビカメラ。補助テレビカメラとフダが下がっているのはどうも投光器に見えるので、ハイビジョンの上が補助テレビカメラ?右側のブームに、カラーCCDテレビカメラと水中投光器があり、左側のブームは水中投光器がふたつ
機体後方には、モノクロの後方監視用テレビカメラも。後方とケーブルの監視を行なう構造材の上のキノコ型の装置が障害物探知ソナーで、ビニールテープグルグル巻のパイプ状の装置がレスポンダ

 ハイパードルフィンのもっともロボットらしい部分といえば、機体前部に両脇に備えられた2本のマニピュレータ。7自由度あり、機体中央下部にある格納式のサンプルバスケットに、さまざまなサンプルを空中重量で合計して100kgまで回収することができる。また回収だけでなく、各種観測調査機器の設置や調整もマニピュレータで行なえるそうだ。

右のマニピュレータ左のマニピュレータ

 ハイパードルフィンのなつしまからの発進は、まず後部格納庫から船尾に移動して巨大なAフレームクレーンに接続されてつり下げられるところから始まる。そして、クレーンが船尾方向に倒れることによって海の上でつり下げられる形となり、そのまま降ろされて着水という形になる。ハイパードルフィンは、前進・後進用、横進用、上昇・下降用それぞれ2基の推進器を用いて海中を移動する。

ハイパードルフィンをつり下げる巨大なAフレームクレーン。これが後方に倒れるクレーンをしたから見上げたところ。かなり迫力があるクレーンの倒すのと立てるのは、この巨大なピストンが行なう
前進・後進用の推進器。後方に2つ並ぶ横進用の推進器。左右それぞれの面に1つずつある推進器そのものは確認できないが、上から見ると上昇・下降用の推進器の水流が通る穴が見られる
推進器のアップ。3枚羽根のスクリューだ

 これまでの成果としては、運用を開始した2000年に相模湾や駿河湾で深海生物を撮影。2001年には沖縄近辺で有人潜水調査船「しんかい6500」とジョイントダイブを実施し、それまでは想像するしかなかった、しんかい6500が深海で調査している様子を1,400mの深海から撮影した。2005年にはインドネシア・スマトラ島沖地震の国際調査にも参加し、巨大な亀裂や大きく変形した海底の様子をハイビジョン映像で撮影するなど、多大な成果を上げている。2005年11月には通算500回の潜行を達成した。

かつては「しんかい2000」の母船でもあったハイパードルフィンの母船「なつしま」

 あまり船内各所の撮影はできなかったのだが、ハイパードルフィンの母船であるなつしまについても、合わせて紹介したい。もともとは有人潜水調査船「しんかい2000」の母船として1981年(1980年という資料もある)に進水した。JAMSTEC最初の調査研究船として建造され、当時の同分野の船舶としては世界最大級の大きさを誇り、その後の世界の調査研究船のモデルになったという。「しんかい6500」が1990年にデビューしたこともあり、2002年にしんかい2000が運用停止となると、以後はハイパードルフィンの母船として活躍することとなった。また、深海調査曳航システム「ディープ・トウ」の母船でもある。スペックは、以下の通り。

【スペック】
全長:67.3m
全幅:13m
深さ:6.3m
喫水:5m(ソナードーム含む)
国際総トン数:1739t
航海速力:約11ノット(約20km/h)
航続距離:約10,800マイル(約1万7381km)
定員:55名(乗組員37名/研究者など18名)
主推進機関:ディーゼル機関(625kW)×2基
取水新方式:可変ピッチプロペラ×2軸

なつしまを前方から後方から。Aフレームクレーンの巨大さがよくわかる。かなり船尾が重いのではないだろうか側面から
船上から横浜港を撮影してみた船内にはハイパードルフィンの予備パーツなどがある

 これまでの成果としては、1983年に日本海青森沖にて日本海中部地震震源域調査を実施。1997年には、日本海に多量の重油を流出して沈没したロシア船籍のタンカー「ナホトカ号」の沈没地点における調査で船体を確認。1999年にはしんかい2000により、海底大山脈の一部である伊豆・小笠原弧にて大規模な多金属硫化物鉱床を発見。2005年には、ハイパードルフィンの実績でも紹介したが、インドネシア・スマトラ島沖地震の国際調査に参加している。

 以上がハイパードルフィンの概要だ。3000mの深さというと300気圧(実際には大気圧の1気圧をプラスするので301気圧)になり、1平方cm辺りに300kgもの圧力がかかる環境に耐えて稼動していることを考えると、宇宙の0気圧よりも厳しいといわれるのがわかる気がするというもの。しんかい6500とかかいこう7000IIは、その倍以上の圧力に耐える性能を有しているわけで、人間はそんな環境に耐えられる乗物を作れるのだから、なかなか凄い。次はしんかい12000などを建造していただいて、マリアナ海溝の底を日本人研究者に肉眼で見てきてほしいところだ。

 なお、9月に入ってからも、海洋研究開発機構の船舶および探査ロボットの開国博Y150での一般公開イベントが行なわれる予定。まず12日(土)・13日(日)の2日間に渡って、海洋調査船「かいよう」と深海調査研究船「かいれい」、そしてかいれいを母船とする無人探査機「かいこう7000II」が公開される。かいこう7000IIはハイパードルフィンの仲間で、深海探査ロボットの1台だ。月末の27日にも一般公開があり、こちらは船舶のみだが、学術研究船「白鳳丸」が公開されることになっている。そのほか、海洋研究開発機構独自のイベントとしては、9月5日(土)に徳島小松島港で、かいれいとかいこう7000IIのコンビの一般公開が行なわれる予定だ。ぜひ地元の人は足を運んでみてほしい。



(デイビー日高)

2009/9/4 17:40