ロボカップ2009グラーツ世界大会 「ヒューマノイドリーグ」レポート

~各国の「はじめロボット」が活躍。千葉工業大学、総合3位入賞。


 6月29日(月)~7月5日(日)、オーストリアのグラーツでロボカップ世界大会2009が開催された。日本から唯一出場した千葉工業大学の「CIT Brains」は、キッズサイズで3位、ティーンサイズで準優勝、総合で3位入賞と健闘した。本稿では、「CIT Brains」メンバーであるとともに、大会に出場しているはじめロボット製作者の坂本元氏のインタビューを中心にレポートする。なお、掲載した写真と動画は坂本氏からご提供いただいた。

キッズサイズに出場した「CIT Brains」ティーンサイズに出場した「CIT Brains」グラーツ市民ホール「Stadthalle Graz」

 ヒューマノイドリーグには、13カ国が参加。身長30cm以上60cm以下のロボットによる「キッズサイズ」に22チーム、同100cm以上180cm未満のロボットによる「ティーンサイズ」に9チームが出場。千葉工業大学は、キッズサイズ、ティーンサイズ両方に出場した。

 会場は、フィールドのカーペットが糊付けされておらず、床面がブカブカした状態でロボットの歩行が難しかったそうだ。特にCIT Brainsは、足裏に滑り止めを貼っているため、足を上げるとカーペットがついてきて、まるで沼地を歩いて足を取られるような感触だったという。従来の大会では、グリーンのフィールドは周囲より一段高く設営されることになっているが、今回は明るいベージュの通路と地続きで、この通路が光りの加減でカメラではボールと同じオレンジに認識されてしまうトラブルもあった。おまけに周囲の観客席がオレンジ色と、自律ロボットが競技するにはかなり厳しい環境だったそうだ。

歩行スピードと安定性がアップし、試合が面白くなった「キッズサイズ」

キッズサイズ。決勝トーナメント結果

 CIT Brainsは、予選初日は相手チームが棄権したため不戦勝。対戦相手がいないまま自律でサッカーゲームを行ない、9得点を上げた。ヒューマノイドリーグの場合、10点差がつくとコールドゲームとなるため、「時間内に10点取れなかったのが、残念だった」と坂本氏はいう。2日目は、ZJUDancers(中国)に8-0、VT_DARwIn(米国)に9-0と圧勝して、予選リーグ1位で決勝トーナメントに駒を進めた。

 決勝トーナメントには8チームが出場。CIT Brainsは、準決勝のFumanoid(ドイツ)に惜しくも1点差で敗れた。3位決定戦では、優勝候補と目されていたNimbRo(ドイツ)と戦い延長戦でも勝負がつかず、PK戦までもつれ込み勝利をもぎ取った。

 「キッズサイズは、年々各チームの歩行が速くなり安定してきています」と坂本さんは、今大会で感じたヒューマノイドリーグの進歩を語った。実際に動画を見せていただいても、決勝トーナメントの試合は、ディフェンスを避けたり、パスを通したりとちゃんとゲームになっている。PK戦でのNimbRoは、キッカーがボールを見失ってももう一度ボールへ戻りシュートしたり、転んでも起き上がってシュートをしたりしている。

 「特に優勝したDarmstadt Dribblers(ドイツ)は、パス回しやディフェンスの戦略が優れていて、頭ひとつ秀でていた」という。Darmstadt Dribblersのロボットは、ゴールを決めた後、ロボットが自律で歩きポジションについていた。「これまでは人がロボットを定位置に戻していたので、非常にスマートだった」と坂本氏も驚いたそうだ。

 Darmstadt Dribblersは、坂本氏が開発・販売している「はじめロボット30号機」のカスタマイズモデルを採用している。Darmstadt Dribblersは、ジャーマンオープンではNimbRoに大敗を喫し、それに奮起してプログラムを作り込み今回の勝利に結びつけたそうだ。

【動画】3位決定戦のCIT Brains(赤) VS NimbRo(青)。NimbRoのロングシュートをキーパーが見事に防いだが、その後ゴール前混戦でシュートを決められた【動画】NimbRoがドリブルしてきたボールをキーパーが落ち着いてクリア。ディフェンスを避けてボールをキープし、ディフェンスの間を抜いてゴールを決めた場面【動画】延長戦でも決着がつかずPK戦へ。NimbRoのキッカーはボールを見失っても、転んでもリトライしてシュートをしている
【動画】CIT Brainsがドリブル後、キーパーの足元へシュートを決めた。最後にNimbRoのシュートを防いで、勝利に沸いた【動画】決勝戦。Darmstadt Dribblers(青)VS Fumanoid(赤)。ディフェンスを避けてサイドパスをだし、混戦の中でシュートを決めている。ゴール後、ポジションに自律で戻るDarmstadt Dribblers【動画】決勝戦。ゴール前で、キーパーが状況判断して前に出てボールをカットしている。審判が置いたボールに対して反応が早い点にも注目したい
キッズサイズのテクニカルチャレンジ結果

 キッズサイズのテクニカルチャレンジは、スローイン、障害物回避ドリブル、ダブルパスの3種目。障害物回避ドリブルは、ディフェンスに見立てたポールを避けて、ゴールラインまでボールを運ぶ。ポールに触れるとアウトになるため、CIT Brainsは両肘を曲げボディにつけて慎重にドリブルしている様子が動画で分かる。ゴールライン際までボールを運んだが、最後にタッチしてしまった。

 「点を取るところでミスをしてしまったのが、イタかった」と、坂本氏はテクニカルチャレンジを振り返った。「来年度に向けて新型キッズロボットを開発し、他のチームを大きく引き離したい」と意欲を見せた。

【動画】CIT Brainsの障害物回避ドリブル。ディフェンスに見立てたポールを避けて、ゴールラインまでボールを運ぶ。【動画】CIT Brainsのダブルパス。2体でパスをしながら障害物を避けて、シュートを決める競技

テクニカルチャレンジでスローインに成功「ティーンサイズ」

ティーンサイズ。決勝トーナメント結果

 ティーンサイズは、まだ複数のロボットでゲームをするところまでいっておらず、今回はドリブル&キックで得点を競った。この競技では、センターサークルに立つキッカーの後方にボールを置き、キッカーは自らボールを取りに行ってドリブルでセンターラインを超えてから、シュートをする。一昨年までは、単にゴール前のボールをキックするだけだったが、それではパワーがある大型ロボットが有利になるため、昨年より歩行とドリブルが追加された。制限時間が2分間と短いため、歩行スピードと共にドリブルの技術が要求される。

 CIT Brainsは、NimbRo戦で2-2、HWM戦も0-0と善戦し、予選リーグ2位で決勝トーナメントに進んだ。機体が大きなティーンサイズは、動かすだけでもサーボに負荷がかかり、予選の合間に破損したベアリングの交換をしたりメンテナンスが大変だったそうだ。

 さすがにキッズサイズのように、倒れ込んでシュートを防ぐような派手なモーションはできないものの、相手のシュートコースを読んで妨害している様子は、動画からよく分かる。対Tsinghua Hephaestus戦では、相手チームのシュートを2本防ぎ喝采を浴びたそうだ。決勝戦ではNimbRoとあたり、相手キーパーのファインプレーにシュートを阻まれ、2-0で敗れた。

【動画】ゴール際を狙いシュートを放つCIT Brains【動画】シュートコースを防ぐためボールには反応したものの、シュートを決められてしまった
ティーンサイズのテクニカルチャレンジ結果

 ティーンサイズでテクニカルチャレンジのスローイン、障害物回避ドリブル、歩行の3種目全てに挑戦したのは、CIT Brainsだけだった。NimbRoは、スローインは捨てて残り2種目で1位を取る作戦できていたという。CIT Brainsはスローインに成功して10点を獲得したものの、障害物回避ドリブルではペナルティエリアに到達後、最後のポールに接触して部分点にとどまり、歩行競技では他の種目用にかなりスピードを落としていたため3位となった。障害物回避ドリブルの減点が響き、1位のNimbRoにわずか1.5ポイント届かなかった。

【動画】CIT Brainsのスローイン。何度かやり直した後に、ボールを掴み投げることに成功した【動画】障害物回避ドリブル。最後のキックで運悪くポールの近くにボールが転がってしまった

来年に向けた「はじめロボット」の開発

 前述の通り優勝したDarmstadt Dribblersは、坂本氏のはじめロボット30号機を使用している。またチリ大学のチームもはじめロボット18号機を採用。キッズとティーンに出場しているCIT Brainsと合わせて、計4チームがはじめロボットをハードに使用していることになる。

 坂本氏は、「ティーンは安定度がアップしている。キッズはドイツがとにかく強く、戦略がよくなっていた」と大会を振り返った。CIT Brainsも昨年に比べて、格段に性能アップしているものの、国内で競い合って開発をしているドイツチームには今一歩及ばなかったようだ。「ジャパンオープンのレベルを上げなくては、世界大会では勝てません。技術向上のためにも、日頃から交流できるような場があればと思う」と、坂本氏は語った

 予選直前には、CIT Brainsのキッズチームリーダーの林原靖男氏(千葉工業大学 准教授)から、「激しい練習を繰り返しているのに、ロボットが故障ひとつしない」とはじめロボットの堅牢性にお墨付きをもらっていたそう。しかし、さすがに大会スケジュールをこなすのは厳しかったようで、会場では修理が必要になったという。長い競技日程で、安定した結果を出すためにも「故障率を下げたい」と坂本氏はいう。今大会では、ドイツが高度な戦略で優勝したが、同じパターンで勝つのは難しいため、違うパターンを模索していきたいそうだ。「僕はハード担当なので、機体の強度とスピードアップでチームに貢献したい」と来年に向けて抱負を語った。

 ジャパンオープンに出場した坂本氏の2mヒューマノイドロボット「はじめロボット33号機」は、メディアに紹介されたため、海外でも注目を集めていたようだ。今回は出場していなかったので、多くの参加者から「実物を見たかった」と声を掛けられたそうだ。

 今後どうなるかは分からないが、参加者の中から新たにアダルトサイズを設定する提案もでているという。「実現すれば、2mのはじめロボットも出場できるので嬉しいですね」と坂本氏は笑顔だった。しかしながら、ティーンサイズの出場も8チームしかない現状では、厳しいと言わざるを得ないだろう。坂本氏は、「2050年に人間と試合するためには、そろそろアダルトサイズの開発が必要」と考えているそうだ。

 しかしながら「まずは、ティーンサイズで2対2のゲームをすることが先決」とも坂本氏は指摘する。試合をすれば、大きなロボットがボールを奪いあい、蹴り合うのは迫力があって面白いだろう。そのためにはロボットが倒れるたびに機体へダメージが蓄積されるのを防ぐ衝撃吸収機構を考えることが必要になる。

 今大会では、NimbRoのティーンサイズは、倒れた時に腰と肩が外れる機構になっており、キーパーがジャンプしてシュートを防ぐ場面もあったそうだ。もちろん起き上がることができないため、人が起こして関節をはめ直さなくてはならない。現ルールで許されている限り、筒を丸めただけの飾りの腕をつけ人が起こしてもOKになる。参加チームが、このようにルール内で強いロボットを作るのは当然だと坂本氏はいう。

 そうした中で、CIT Brainsはテクニカルチャレンジには全種目出場し、ティーンサイズでは必須ではない腕機構も作り込んで参加している。ティーンサイズに出場したはじめロボット39号は、キッズサイズ同様、転倒した時に自律で起き上がる。バネが衝撃吸収材になり、フレームに影響を出さないようにしているそうだ。単に大会に勝つだけではなく、その先を見据えた研究開発をしているからだ。

 「ティーンサイズの試合も、アダルトサイズもできるかどうかは分からないけれど、やらないことには始まりません。始まれば、なんとかやり方を考え始めますから」と坂本氏はいう。

 筆者は2002年の福岡で開催されたヒューマノイドリーグを見ている。3歩歩くこともままならないロボットを幼稚園児が大きな声で声援していたた第1回目を思うと、二足歩行ロボットがここまでしっかりと試合をできるようになったことが感慨深い。「2050年までに、人間のサッカー世界チャンピオンチームに勝つロボットチームを作る」という遠大な夢に向けて、今後どのように進化を続けていくのか楽しみだ。

CIT Brains(千葉工業大学)メンバーキッズクラス3位、ティーンサイズ2位。総合3位はじめロボット製作者の坂本元氏(はじめロボット研究所にて)。背後のロボットが2mの「はじめロボット33号機」


(三月兎)

2009/7/21 16:39