ATR、「ロボット連携による高齢者同士の遠隔対話支援実験」を開始

~二人の会話を盛り上げる、聞き上手なパンダ型ロボット


 12月14日(月)、㈱国際電気通信基礎技術研究所(ATR)は、精華町社会福祉協議会デイサービスセンターにおいて、ロボット連携による高齢者同士の遠隔対話支援実験がスタートした。

 本実験は、先日実施された買い物支援ロボットと同様、総務省委託研究「高齢者・障害者のためのユビキタスネットワークロボット技術の研究開発」の一環として行なわれた。

ロボット連携による高齢者同士の遠隔対話支援実験今回の実験は、家・地域コミュニティの遠隔傾聴システムにあたる会場となった精華町社会福祉協議会デイサービスセンター

遠隔対話を楽しむためのネットワークロボットサービス

 公開実証実験では、精華町にお住まいの藤井さん(70歳)と周防さん(68歳)がモデルとなり、以下のようなデモンストレーションが行なわれた。

 藤井さんと周防さんが、モニタ越しに会話を楽しんでいる。そのモニタの上には、カメラが設置されており、モニタには互いの顔がリアルタイムで映されている。一見、テレビ会議システムと同じに見えるが、本実験のポイントは、両者の傍らにパンダ型ロボットがいる点だ。

 藤井さんがモニタを見ながら会話をしている間、パンダ型ロボットは二人の会話に合わせて、無言で頷いている。藤井さんが会話の途中で、パンダ型ロボットに話しかける。するとパンダ型ロボットは、藤井さんの方を向いて「うん、うん」と発話しながら頷く。再び、二人の会話が始まれば、パンダ型ロボットも藤井さんの視線に合わせてモニタの方を見つめる。もし二人の会話が途切れがちになると、パンダ型ロボットが藤井さんに「テレビ電話で話をするのは、初めて? 周防さんにも聞いてみて?」と話題を振って会話を盛り上げようとする。

 このシステムでは基本的に、モニタ上にあるカメラで撮影した映像がそれぞれ相手のモニタに表示されている。しかし、会話の途中でパンダ型ロボットに話掛けた時には、パンダの後にあるカメラに自動的に切り替わる。これによって周防さんが見ているモニタには、今までどおり藤井さんの顔が正面から映る。そのため、隣のパンダに目を向けたままでも、両者はアイコンタクトをとったまま会話を続けられるわけだ。これは、会話を楽しむためにはアイコンタクトが重要な役割をしているために搭載された機能だ。

 このカメラの切り替えにも工夫がある。【動画A】を見てほしい。周防さんがパンダ型ロボットの方を向いた時、モニタには一瞬、周防さんの横顔が移り、その後、カメラが切り替わって正面顔になる。会話の途中で、このように唐突に画面が切り替わると、強い違和感を感じる。その違和感を緩和するためにも、パンダ型ロボットが使われている。

【動画B】を見ると、周防さんが横を見た瞬間、藤井さんの傍らのパンダ型ロボットが動くのが判る。人は自分の視覚内で何かが動くと、反射的にそちらを見てしまう。ユーザーがパンダ型ロボットの動きに気を取られている間に、モニタの表示が切り替わり唐突感を軽減する仕組みだ。実験時は、藤井さんが緊張してモニタを見つめているために、このパンダ型ロボットの役割が少々判りづらくなっているが、システムが意図していることは伝わるだろう。

モニタ上とロボットの後にそれぞれカメラが設置されている【動画】ユーザー同士が会話をしている間、ロボットもモニタの方を見ている【動画】ユーザーがパンダ型ロボットの方を向くと、ロボットもこちらを振り向く。話掛けると返事をする
【動画A】周防さんが自分の傍らにいるパンダ型ロボットに視線を移すと、カメラが切り替わり、藤井さんが見ているモニタに正面顔が表示される【動画B】カメラが切り替わる瞬間、パンダ型ロボットが首を振って自分に注目を集めようとする

ユビキタスネットワークサービスで、会話を楽しむ機会を増やす

高齢者に、コミュニケーションを中心とした生活支援を提供

 システム構成は、各ユーザーの前に、テレビ会議システムのモニタとカメラ、パンダ型ロボットとカメラを設置し、ネットワークで接続している。今回の実験では、イーサネットで直接接続しているが、将来的にはユビキタスネットワークロボットプラットフォームで、両者のシステムを接続するという。

 このシステムでは、ロボットは主役ではなく、あくまでも高齢者同士のコミュニケーション場に聞き手として礼儀正しく存在している。二人の会話が弾んでいる間は、パンダ型ロボットもモニタの方を向き、発話はせずに頷きながら会話に参加する。自分に話しかけられた時には、アイコンタクトをとり頷きながら「うんうん」「そうなんだ」「えー」など控えめな発話をするに留まる。ロボットは、会話の内容までは理解していない。人の発話の間で相づちのタイミングを計り、視線の方向で自分に話しかけられているのかどうかを判断している。

 ロボットが積極的に発話をするのは、二人の会話が途切れ、沈黙が続いた時だけだ。その時も、自分が話題の主役になるのではなく「@@って知ってる? Bさんにも聞いてみて?」と話題提供に徹する。

 それはシステムの目的が、あくまでも人と人の円滑なコミュニケーション構築であり、ロボットは会話を盛り上げるための存在だからだ。

 萩田紀博氏(ATR 知能ロボティクス研究 所長)は、「高齢者の方が誰かと会話をしたいと望んでも、身近に話相手がいないことが多い。家族やボランティアに頼むサービスでは、繰り返すと互いに負担を感じてしまう。本システムは、もっと気軽に誰かと会って、会話を楽しむ機会を増やすためのユビキタスサービス」と説明する。

 ATRは、従来から高齢者のQOL(Quality of Life:クオリティ・オブ・ライフ)向上を目的とし遠隔傾聴支援システムの開発に取り組んできた。2006年には、NTTのブロードバンドを活用したテレビ電話で、高齢者と傾聴ボランティアが会話をするシステムの実験を行なった。この時は、テレビ電話画面上に、ユーザーの顔と思い出の写真やビデオを表示し、話題提供とコミュニケーションの深まりを支援する方式だったという。

 こうしたシステムにより、傾聴ボランティアの方が直接高齢者宅を訪問するために要する時間や交通費等の費用を軽減し、複数の高齢者のサポートを可能にした。しかしながら、会話を円滑に進めるためには高齢者の傍らに常に介助者が付き添いサポートする必要があったそうだ。

 今回の実証実験では、介助者の負担を軽減し、高齢者同士が遠隔対話を楽しむことを目的としている。介助者役にパンダ型ロボットを使うのは、2008年1月に実証実験を行った視線に反応するインタラクティブ看板技術の発展上にある。これまでの実証実験により、人は自分の視線に合わせてぬいぐるみ型ロボットが動く時、自分に対する共感を感じるという結果が得られているという。

 今後は、高齢者同士が遠隔対話を長く楽しむために、ロボットがどのようなタイミングで頷いたり、発声したりするのが効果的か、また自然なカメラ切替のためのロボット連携動作など、インタラクションの演出方法を3月末までの実証実験で、検証していくという。

テレビ会議システムを使用した従来の遠隔傾聴システム傾聴ボランティアは高度なコミュニケーション能力を要する。また従来のシステムでは、高齢者の傍らに家族等の介護者が必要だった今回のロボット連携遠隔対話支援実験システム。高齢者同士の会話をビジブル型ロボットが介助する
ロボットは出しゃばりすぎず、聞き役として会話に参加するユーザーがロボットに視線をやると、ロボットが発話しながらうなづく高齢者に会話を楽しんでいただくための自然なインタラクションを目指す
ぬいぐるみがユーザー同士の会話にさり気なく参加するカメラの切替で、ユーザー同士の自然なアイコンタクトを実現萩田紀博氏(ATR 知能ロボティクス研究 所長)


(三月兎)

2009/12/24 21:25