米スタンフォード大学、次世代自動車の研究拠点「CARS」を設立

~産学共同で無人ロボット車など未来の自動車のあり方探る


 米スタンフォード大学が次世代自動車の研究開発で世界的な中核拠点になろうとしている。自動車会社や電機メーカーなど民間企業と、同大学の教職員、学生の協力を促進するセンター「CARS(Center for Automotive Research at Stanford)」を設立し、これにトヨタ自動車やホンダ、日産自動車など大手企業が賛同。このほどドイツのフォルクスワーゲンが同大に対し、CARSの新しい建物の建設向けなどに575万ドル(約5億2,000万円)を提供すると発表した。自律型無人ロボット車の開発やその実用化のために必要なインフラ・法的整備、次世代自動車の通信技術など、各社が共通して抱える大きな課題に取り組み、未来の自動車のあり方を探るのが目的だ。

 CARSは約1年前にスタンフォード大学の3人の教授が発起人となり設立された。このうちの1人は、完全自動制御の無人ロボット車の開発で世界的に有名なSebastian Thrun教授。米国防総省高等研究計画局(DARPA)が2005年に開催した砂漠の中の無人ロボット車レース「グランド・チャレンジ」で優勝し、その2年後の模擬市街地におけるレース「アーバン・チャレンジ」で準優勝したチームのリーダーだ。

 同教授らは現在、信号機や歩行者も認識でき、公道を走れる無人ロボット車の開発に取り組んでおり、来春にはサンフランシスコからロサンゼルスまでの完全自動走行を実現させる計画だ。

歩行者を認識して停止するスタンフォード大学の無人ロボット車。運転席に人が座っているが、ハンドルから手が離れているのが見える(写真提供:スタンフォード大学工学部)

 同教授によると、CARSの任務は「文系の学部を含め、さまざまな分野の人々を巻き込みながら、みんなで現在の自動車をベースにした交通手段をいかに変えて行くかについて考え、理解することだ」。例えば無人ロボット車が技術的に完成しても、それが実際に社会に受け入れられるためには、インフラや法的な側面が整備されていなければならない。無人走行車のための特別な車線は必要かどうか、万が一事故に逢った場合の責任はどうなるのか、ロボット車の実用化に伴う新しいビジネスモデルは、といった問題に、法学部やビジネススクールの協力を得ながら取り組む。無人ロボット車の法的な側面や社会的な影響について研究している専門家はまだいないため、将来的には政府や地方自治体、保険会社などにも声を掛けて議論し、CARSがこの分野のリーダーになるのがゴールだ。

 民間企業は5万ドルの年会費を払うことでCARSの会員になることができる。現在の法人会員はトヨタとホンダ、日産、フォルクスワーゲン、自動車部品世界最大手の独ボッシュの計5社。当初加わっていた独ダイムラーは景気悪化を理由に抜けたという。法人会員は、CARSが開催する会員限定のセミナーやシンポジウムに参加できるほか、スタンフォード大学で行なわれている次世代自動車関連の研究開発情報をいち早く入手できる。

 CARSの運営を担うエグゼクティブ・ディレクターには、独BMWに13年以上在籍し、センサーの開発などに取り組んできたSven Beiker氏が就任した。同氏は「会社やブランドの枠を超えて未来の自動車について考えたいと思っていたところ、CARS設立の話を聞き、転職することにした」と言う。同氏は2004-2005年に、スタンフォード大学の客員研究員としてBMWから派遣された経験があり、同大とのつながりがあった。

 同氏の役目は産業界の関心と大学の研究内容をマッチングさせること。会員限定のイベントで取り上げるテーマは「各社全員が関心のあるもので、なおかつ競走上、みんなが意見交換しても問題にならないものでなければならない」。無人ロボット車のほか、例えば、「いずれみんなが共通のインフラを使うことになるであろう車間コミュニケーションや、複数の人が1台の車を共有するカー・シェアリングの社会的影響は良いテーマだが、新しいバッテリの開発については話し合えないだろう」(同氏)。基本的に「10~25年後の社会を見越したテーマ」にフォーカスする予定だ。

CARSのエグゼクティブ・ディレクターのSven Beiker氏

 CARSの会費は実際の研究開発には使われない。CARSの活動を通じて、法人会員がスタンフォード大学との共同研究開発に関心を持った場合には、会社と当該研究室との間で個別に取り決めを行なう。研究成果の知的所有権の取り扱いについてはそれぞれ、同大の技術ライセンス事務所(OTL)と交渉する。

 通常は企業が各研究室に研究員を派遣し、共同研究を実施する。CARSを立ち上げた3教授はThrun教授のほか、機械工学部のJ. Christian Gerdes准教授とコミュニケーション学部のClifford Nass教授。Beiker氏によると現在、電気自動車やビークル・ダイナミクス・コントロール関連の研究に従事するGerdes研究室には日産から研究員が派遣されている。

 また、自動車のインターフェイスや人間とロボットのインタラクションなどの研究に携わるNass研究室にはホンダから、Thrun教授が所属するスタンフォードAI研究所にはトヨタが研究員を送っているという。

 フォルクスワーゲンは2005年の「グランド・チャレンジ」の出場以来、Thrun教授の研究グループと無人ロボット車の開発で協力してきたが、10月末にスタンフォード大学との関係をさらに深めるために合計575万ドルを拠出すると発表した。このうち200万ドルはCARSの本拠となる建物の建設のために利用される。同大の敷地内に建設中の建物は「VAIL(Volkswagen Automotive Innovation Laboratory)」と呼ばれるが、CARSの他の会員企業も利用できる。

建設が進むVAILの建物模型自律で駐車する無人ロボット車のデモ(写真提供:スタンフォード大学工学部)

 フォルクスワーゲンは、今後5年間に渡り毎年75万ドルの研究開発・教育費(CARS年会費を含む)も提供する。このほど行なわれたVAILの発表会では、同社とスタンフォード大学が共同で開発中の、自律制御で駐車できる無人ロボット車のデモなどが行なわれた。

 Beiker氏の現在の課題はCARSのコミュニティーを拡大すること。世界各国の自動車メーカーだけでなく、家電メーカーや通信業界などから幅広く参加を募る計画だ。



(影木准子)

2009/11/17 14:57