日本科学未来館メディアラボ「感覚回路採集図鑑」が開催中


メディアラボの入口。今回は「感覚回路採集図鑑」。SFテイストあふれるタイトルである

 日本科学未来館で今月7日よりスタートした、常設展示「メディアラボ」の第5期展示「感覚回路採集図鑑」。今回は研修者の藤英由樹安(あんどう・ひでゆき)氏と渡邊淳司(わたなべ・じゅんじ)氏のコラボレーションによる展示だ。開催期間は来年2月8日まで。今回、その前日に内覧会が行なわれ、実際に体験してきたので、その模様をお届けする。

研究者の安藤英由樹氏と渡邊淳司氏のコラボレーションによる展示

 日本科学未来館3階「情報科学技術と社会」の中にある常設展の示メディアラボでは、定期的に工学系研究者やデバイス系クリエイターによるデバイスアートの展示会を行なっている。第5期となる今回は、大阪大学大学院准教授で感覚-運動系インターフェイス研究者の安藤英由樹氏と、知覚研究者の渡邊淳司氏のふたりによる「感覚回路採集図鑑」と題した展示会となった。ふたりは人の感覚の仕組みを利用した新しいインターフェイス技術の研究を行なっている研究者だ。今回は、錯覚や思い込みといったものも含めた人の感覚ならではの機能的な特徴をうまく利用した作品群(研究者なので、実際には作品というよりは研究成果だそうである)を展示。人の感覚のすごさや面白さ、だまされやすさなどを体感できるようになっている。

大阪大学大学院准教授で感覚-運動系インターフェイス研究者の安藤英由樹氏知覚研究者の渡邊淳司氏
デバイスアートの第一人者で、第3期展示を行なった筑波大学教授の岩田洋夫氏も顔を見せた入口近くには、安藤氏の机の上を模したオブジェと、仕事ぶりを映したモニタがある

 安藤氏と渡邊氏の挨拶によれば、我々の日常が電子回路であふれていること、その回路を電子だけではなく、情報の流れる道筋と考えると我々の身体や脳も回路であるといえ、思考の流れも回路だという。回路は我々の外だけでなく中にも存在していて、それらは接続されるのを待っており、今回の展示会では、ひとりひとりの感覚-身体-想像の回路を、電子回路を使っていつもとは異なる世界に接続することを試みるとしている。

 展示内容は、入口から順に「ピカピカの回路」(2007)、「ザワザワの回路」(2009)、「デコボコの回路」(2008)、「グググの回路」(2009)、「ユラユラの回路」(2006)の5つ。

 ピカピカの回路は、人が無意識の内に行なっている眼球運動の「サッカード現象」を応用することで、縦1本の光点の列が、2次元のカラー画像を映し出してしまうというもの。1秒間に70万回以上、LEDを点滅させる回路を用いており、目を素早く左右に動かす、もしくは首を振ることで4,000色以上の色を持った2次元画像を提示するという仕組みだ。この首を振ったりすると見えるという仕組みがキッズたちには大好評。何かの競技か何かのように首を激しく振りまくり、内覧会で関係者のお子さんも来ていて、「見えた!」と大喜びする様子は見ていてほほえましい。

ピカピカの回路では、こうしたLEDの棒がぶらさがっているだけだが……眼球を左右に動かすと、あら不思議! 絵が見えてくる。流し撮りすると撮影可能だサッカード・ウォッチのプロトタイプ。安藤氏が回路と基板を作成したものだ

 ザワザワの回路は聴覚をテーマとした作品で、空間のさまざまな場所を振動させる超音波を出すスピーカーを用いている。そのエリアに入ると、まるで実際にそこに何かがいるかのように音が聞こえてきて、振り向いても何もない、という幽霊体験(?)のような気分を味わえるという具合だ。仕組みとしては、秒間に3万回以上、空気を振動させる回路と、その振動の伝わる方向を変化させる回路を組み合わせており、振動が最初に当たったところを音源に変えることができるという仕組みだ。

ザワザワの回路のコーナーは、一見なんてことのない通路のような感じ。しかし、どこからともなく音が……これがどこからともなく音が聞こえるようにしている正体の回路。超音波を使っている

 デコボコの回路は、触覚をメインに視覚も利用した作品。爪の上に振動デバイスを貼り付け、モニタをなぞっていく。モニタには、何人もの小さな男女がインタラクティブなCGで描かれており、その人たちを触ると、デコボコした感覚を得られる(その人たちは倒れる)。タッチパネルの一種か何かで、触れるとモニタが振動するのかと思いきや、実は爪に貼り付けたデバイスの振動による錯覚。爪側から振動が与えられているにも関わらず、ちょうど人を触った瞬間に(100分の1秒以下)インタラクティブに震えるので、平面のはずのモニタ表面がデコボコしているように感じてしまうのである。人の感覚のだまされやすさをわからせてくれる作品だ。

デコボコの回路。モニタはツルツルしているはずなのに、なぜだか凹凸を感じられるその正体はコレ。指先の爪側につけたデバイスが振動して、デコボコがあるように錯覚させているのだこちらは比較用として実際にモニタが振動する装置

 グググの回路は、身体感覚がメインだが、これまた視覚も利用した作品。反対側の壁にライトがあり、手をかざすと当然正面の壁に影ができる。それで、手を動かし続けると、しばらくすると影が自分の動きから遅れてしまうという変な現象が! まるで影が自分から独立して反乱を起こし、最後は人を乗っ取って入れ替わってしまうなんていうホラーな話は「ドラえもん」にもあるぐらいさまざまな作品で語られてきた題材だが、それを感じさせてくれる影に引っ張られるような感覚を味わえる内容となっている。その種明かしは、実は手の動きをビデオで撮影していて、壁(と見えるけど本当はプロジェクションスクリーン)の裏側から100分の1秒以下というタイミングで影の画像を投影しているというもの。背後のライトは影であるかのように演出するための小道具で、本当は映像だから影を遅れて動かしたりできるというわけだ。

影が反乱を起こした瞬間。ちょっとわかりにくいが、上から光が当たっているのではなく、かなり形が違う【動画】影が反乱を起こす様子を動画で紹介。ちょっと怖い?

 最後のユラユラの回路は、これは毎日体験できない特別な展示で、安藤氏がいる時だけ高校生以上(子どもはダメ)が体験できるという、ちょっと実験色の強い作品。三半規管などで知覚する身体の傾きや加速度の感覚のことを前庭感覚というが、それを扱った内容で、三半規管に感じられないほどの微弱な電流を流すことで、バランス感覚を操作するというもの。床が水浸しになったりすることもあるので、内覧会の時点では入れられていなかったが、本来はボールに水を入れ、その上に浮かぶ小さなイカダの上の人形の揺れを疑似体験できるという内容だ。まだ人体への影響がわかってない部分もあるため、普段は装置の展示のみとなっている。安藤氏が来館した時にだけ、体験したい人は誓約書にサインすることで体験できる仕組みだ。こういう内容なので、脳が柔軟で影響を受けやすい子どもは利用できないというわけだ。

ユラユラ回路を体験の図。手に持っているボールを揺すれば揺するほど、地面の揺れ具合がすごいことに普段はこのように装置を展示し、すぐ後ろのモニタで実験の様子を紹介しているが、希に実体験可能とのこと

 記者は、「放射能が怖くて、サイエンス&テクノロジーライターが務まるか!」を一応(笑)モットーにしているので、当然ながら誓約書にサインして体験。実際に体験してみたところでは、水の張ってないボールではあるが、自分で揺らしてみると、地球が重力異常を起こしたかのような感覚を得られた。もう床が明らかに斜めに揺れまくりで、その角度は雪が積もればスキーができるなというぐらい。超常現象好きな人には、「これがオレゴン・ボルテックス!? バミューダ・トライアングルってこんな感じなの!?」である。もし運良く安藤氏が来館している時に遊びに行けた時は(日本科学未来館の公式サイトでもアナウンスするとか)、あんまり長く体験しないようにするのがオススメ。装置をはずした後も影響が出て、なんかフラフラするので、ほどほどにしておこう。

 内覧会では、安藤氏と渡邊氏の挨拶も行なわれた。安藤氏は、昔から何かを作るという作業が好きで、いろいろとできたので、それをどうやって人に見せたらいいかというところが、いま一番思っているところだとする。「新しいものを作っている人はたくさんいますが、それが人に伝わる前に消えてしまうことが実に多く、そうなってしまう前にこうした形でいろいろな人に触ってもらう、体験してもらえることが非常に大事だと思います」とコメント。特に、現在研究している題材が言葉で伝えにくい感覚という分野であり、それをどうやって伝えるかということをテーマとしているので、感じてもらうしかなく、そのためには物があって、触ってもらう必要があるので、こうした場を設けてもらえるのは非常にありがたい話ともした。最後に、「研究者は最終的に論文に書くわけですが、ここではそこに載らないものを伝えていけたらいいなと思っています」とした。

 一方の渡邊氏は、いきなり「電子回路は大嫌いなんですが」と断りを入れつつも、人間の視覚や聴覚もルールがあり、情報の流れであることを考えると回路ではないかと思えるという。「それを考えると、今回の『感覚回路採集図鑑』というのは、安藤さんと一緒にやってきたことのひとつの集大成なのかなと思います」とした。さらに、今回の特徴のひとつとして、「みなさんが体験しているものがすべてであって、隣の人の体験しているものとは実は違うかもしれない。でも、それを確認する術は実はなかったりするという、人間と回路の間にあるもの、そこに生まれるものがとても大事なのではないかなと思います」とした。

 以上、日本科学未来館のメディアラボ第5期展示「感覚回路採集図鑑」内覧会レポート、いかがだっただろうか。小さな子でも遊べる作りになっているので、これまでのメディアラボ同様に、親子で楽しむことが可能だ。ピカピカの回路で何が見えるか、グググの回路はなぜ影が遅れて動くのかとか、子どもが喜ぶこと間違いないものばかりなので、ぜひ連れて行ってあげてほしい。



(デイビー日高)

2009/10/22 16:57