IRS、レスキューロボットの実証実験を公開

~ガレキ上での高速走行や閉鎖空間内の移動、ドアの開閉などをデモ


「Kenaf」によるガレキ走行デモンストレーション

 2009年5月11日(月)、NPO法人国際レスキューシステム研究機構(IRS)は、兵庫県三木市にある兵庫県広域防災センターにおいて、被災建造物内移動RTシステム「閉鎖空間内高速走行探査群ロボット」の実証実験を実施した。

 IRSは、産官学共同で災害時の建物内などで被災者の発見や情報収集を行なうレスキューロボット・システムの研究開発を進めている。「閉鎖空間内高速走行探査群ロボット」は、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO技術開発機構)の「戦略的先端ロボット要素技術開発プロジェクト」ステージゲートを通過し、2015年頃の事業化を目指して開発が行なわれている。

 田所諭氏(国際レスキューシステム研究機構代表/東北大学教授)が「プロジェクト開始3年の節目として、また今後の意気込みを示すために公開デモンストレーションを実施するに至った」と述べ、初の公開デモンストレーションを開始した。

 実施したのは、閉鎖空間内高速走行探査群ロボット「Kenaf(ケナフ)」の半自律人避け移動、ガレキ走破、不整地半自律走破、3D環境計測・地図構築実験と、「UMRS-2007」シリーズによるドア開け、トリアージ投下実験等。短時間で、次々と実験をこなしていった。その後、消防関係者がロボットを操縦し、研究者と意見交換を活発に交わした。

田所諭氏(NPO法人国際レスキューシステム研究機構会長/東北大学大学院教授)遠隔操縦技術の課題(赤字)と解決のための研究(緑字)兵庫県立防災センター

半自律でガレキを乗り越え、土管の中を走行する「Kenaf」

 実験場となった三木市広域防災センターのガレキ施設は、大規模災害や事故現場等の閉ざされた狭い空間を再現した訓練施設だ。負傷者救助や医療技術を向上する訓練用に、人間工学に基づいた設計で2007年5月に開設された。

 「Kenaf」は、本誌で何度も紹介しているクローラー型のレスキューロボットだ。展示会での走行デモや、講演でガレキを乗り越える動画を見たことはあったが、実際にガレキを乗り越えて移動するところは初めて見た。

 最初に披露された高速移動にも、かなり驚かされた。展示会などの狭いブース内では、時速6kmのスピードで走り回ることはできないため、“「Kenaf」の実力”を目の当たりにしたのは初めてだ。ガレキ施設は大小さまざまなブロックが積んであるため、足場がかなり不安定で人が登る時にも注意してルートを選ぶ状況だが、「Kenaf」は目的地を目指してまっしぐらという雰囲気で直進していった。

 「Kenaf」は、ボディ全体を覆うクローラーと4本のフリッパーアームを使って不整地を走行している。オペレータがモニタ画面の情報だけで、フリッパーアームを適切に動かして目の前のガレキを乗り越えていくのは、実際問題として不可能に近い。災害現場で要求されるのは、プロフェッショナルが操縦できる機械ではなく、誰もが容易に扱える資機材だ。そこで、オペレータが進みたい前後左右の方向を指示するだけで、ロボットが適切にフリッパーアームを動かして移動する半自律操縦支援システムを研究開発した。「Kenaf」は、モータートルクからフリッパーアームの接触状態を検知して、各瞬間の接触、姿勢に基づき踏破動作を自動生成しガレキを乗り越えて進む。

 本来は、「Kenaf」に搭載したカメラから送られてきた映像をモニタで見て操縦するのだが、この実験時にはオペレータが「Kenaf」を直視して操作していた。

【動画】「Kenaf」の高速移動実験。時速6kmまででるという【動画】ガレキの上を高速で走破する「Kenaf」【動画】不整地を半自律で走破するデモンストレーション
【動画】頂上にたどり着いて手(?)を振る「Kenaf」【動画】オペレーターは進行方向を指示するだけ。フリッパーアームは「Kenaf」が判断して動かしている

 建物の倒壊現場や、列車事故などの狭い閉鎖空間で移動する際には、天井から垂れ下がっている電線やケーブルを避けなくてはならない。従来の2次元マップでは取得不可能だった3次元環境情報を得るために、ロボットの前面に測域センサーのスキャン面を地面と垂直になるように設置した。これによりロボットの移動に伴って3次元マップの逐次構築が可能となった。実験では土管の中に「Kenaf」を設置し、周囲の環境を3次元計測し3次元地図を構築して、半自律で移動するデモンストレーションを行なった。

【動画】オペレータが直視できない閉鎖空間の中で、「Kenaf」が周囲の状況を認識して半自律操縦で移動する「Kenaf」からみた周囲の映像がPCモニタに送られてくる全周囲の密な3次元形状を計測し、移動障害物を表示。ロボットの左側で縦に伸びているのは解説者の足

 遠隔・半自律でロボットを操縦するヒューマンインターフェイスの一環として、測域センサー情報から、歩行者の位置と速度を認識して、ロボットが自律的に人を避けながら走行する技術も開発している。これは災害現場で逃げまどう人の間を縫って、ロボットが目的地へ向かうことを想定した技術だ。

 オペレータはロボットが認識した環境地図上に、通過経路をポインティングで指示する。ロボットに前進コマンドを送ると、ロボットは周囲の障害物の速度ベクトルを抽出し、目標地点へ進むための方向を求めて自律的に移動する。

【動画】指示されたポイントを通って、人を避けて移動するデモンストレーション【動画】緑色は壁や人などの障害物。黄色でマークしたポイントを通って自律でロボットが移動する【動画】モニタに映っているのは、ロボットに搭載したカメラから送られてくる映像。このようにマニュアル操縦も可能

UMRSシリーズによる要救助者発見のデモンストレーション

 建築物内で要救助者探査行動をするためには、階段昇降や不整地走行だけではなく、ドアを開けるという機能も要求される。そして発見した要救助者の状態を確認し、後続のレスキュー隊員に情報を伝達する必要もある。こうした複数作業を可能にするため「UMRS-2007」シリーズは、駆動ユニットを共通化し上部ユニットを各業務に応じて開発する構造になっている。

 「UMRS-DOOR」はドアノブ開放マニピュレータを搭載したロボットだ。レーザー光を照射して、ドア位置を正確に認識し位置を調整する。ハンドは3段収納式アームでノブ取付け位置のばらつきに対応可能だ。手首に調芯機構とカメラを埋め込んだ軽量ハンドで、ノブを把持し、ハンドを回転させてドアラッチを解除する。そのタイミングに合わせて、ロボットが前進し、重さ10kgあるドアを押し開けた。ハンドは丸ノブ型やレバー型に対応している。引きドアへの対応が、今後の課題となっているという。

ドア開けロボット「UMRS-DOOR」「UMRS-DOOR」の搭載カメラからみた映像【動画】「UMRS-DOOR」がドアを開けるデモンストレーション。レーザーでドアとの距離を測る
【動画】ドア開放マニピュレータを伸ばし、ノブを把持して回転、同時にボディでドアを押し開けて前進する【動画】ドアの重さは約10kg。ドアを通過した後は、「UMRS-DOOR」がストッパーとなり後続ロボットのためにドアを開けておく

 「UMRS-Triage」は、発見した要救助者位置や状況を後続のロボットやレスキュー隊員に知らせるためのタグ設置機能を持ったロボットだ。実験は2階で倒れている要救助者を発見した設定で、地下1階のオペレータが救助者の状況を音声で確認し、「UMRS-Triage」がタグを投下した。

 今回のデモンストレーションでは、「UMRS-Triage」は別階で動いていたため我々の前には姿を現さなかった。「UMRS-Triage」は、過去の記事で紹介しているので参照されたい。

【動画】オペレータが要救助者と音声でコンタクトをとり、「UMRS-Triage」がタグを設置するゲーム用コントローラを用いた操縦用ヒューマンインターフェイス。「UMRS-Triage」が搭載カメラで撮影した映像を見ながら操縦

 災害時は、平時に可動している無線LAN通信が中断・容量不足等により使用できないことも想定されるため、同プロジェクトでは、非常時に安定した通信網を確保する技術も開発している。

 ロボットが高速で移動しながら、複数映像を含む計測データや行動指令データを伝送するためには、安定したネットワークが必要となる。特に階段の踊り場などは無線ネットワークの死角となりやすい。そこで高速で信頼性の高い有線LANと、物理的制約が少なく柔軟に運用できるアドホック無線LANを混在させた有線・無線ハイブリッドアドホック通信方式を最適化し、ロボットとオペレータ間の通信システムとして実運用しているという。

 その一例として、公開デモンストレーションの前に「Kenaf」が実証実験場となった主訓練棟を1階から10階まで登り、固定測域センサーで3次元環境計測を行なって構築した3次元地図データを公開した。

「Kenaf」の固定測域センサーによる3次元環境計測と地図構築技術を開発「Kenaf」がビルの1階から10階まで登って3次元マップを作成した屋内の実証実験は、この主訓練棟で行なわれた。「Kenaf」が1階から10階まで階段を12分で登ったという

消防隊員によるロボット操縦と研究者との交流

 公開デモンストレーションを終えた後に、消防署隊員がそれぞれのロボットを実際に操縦したり、研究者の方達と意見交換をしたりしていた。「Kenaf」で階段昇降を行なった隊員の方は、「コントローラーの使い方を30秒くらいレクチャー受けただけで、動かせる点がいい」と高く評価していた。今後実用化に向けて期待する点として、防塵・防水・小型化をあげる声が多かった。今後2年間で、実用化や実戦配備に向けた研究を行なっていくという。

 実用化に向けて小型軽量化したUMRSの駆動ユニットも紹介された。この新型UMRS駆動ユニットは、今月16日に神戸ポートアイランド市民広場で開催されるこうべロボット夢工房 with ICRA2009ビー・エル・オートテックブースで一般公開される。

【動画】デモンストレーション後、「Kenaf」がかなり急な階段を登っていた【動画】オペレータが前進ボタンを押すだけで、「Kenaf」がフリッパーアームを動かして階段を登る【動画】下っていく時は、動きがやや慎重になるように感じた
「Kenaf」搭載のカメラが撮影した周囲の状況をモニタで見て、ゲームコントローラの操作で簡単に操縦できる【動画】狭い踊り場で方向転換をし、階段を下って行く様子小型軽量化したUMRSの移動ユニット
消防関係者と意見交換会が活発に行なわれた閉鎖空間内高速走行探査群ロボット 開発メンバー


(三月兎)

2009/5/13 15:08