パナソニック、ロボット事業概要を公開、病院、家の「まるごとロボット化」を目指す

~薬の自動払出や搬送アシスト、ハンドによる頭皮マッサージまで


パナソニック生産革新本部

 パナソニック株式会社は10月15日、同社が展開するロボット事業の概要をプレス向けに公開する「ロボットセミナー」を開催した。同社取締役の牧野正志氏らによるロボット事業の全体像と中でも「医療福祉分野タスクフォース」について絞り込んだ紹介が行なわれたほか、大阪府門真市にある同社の生産革新本部で「ロボットオープンラボ」の見学が行なわれ、研究開発中のロボットの一部がデモ公開された。既存技術を組み合わせることで信頼性を上げると同時に、早い時期での実用化を目指すという。

 パナソニックでは少子高齢化社会の進展を背景とした「安心・安全・健康は世界の共通課題」だと捉え、全社横断テーマの一つとしてロボット技術への取り組みを推進している。そして2009年年頭1月9日には大坪文雄社長からグループ社員に向けた「2009年度経営方針」のなかで「2015年にはロボット事業を1,000億円規模に育てたい」という意思表明を行なった。これまでに2008年7月の「モダンホスピタルショウ」で病院の薬剤部向け「注射薬自動払出システム」、そして9月末に行なわれた「国際福祉機器展」では世界初となるベッド一体型車椅子ロボットのコンセプトモデル「ロボティックベッド」を公開している。今回のプレス向けセミナーは、パナソニックの全社的取り組みであるロボット事業の概要を伝えるために開催された。

ロボットセミナー ~人が主体で、ロボットがアシスト

パナソニック株式会社取締役 牧野正志氏

 セミナーではまずロボット事業化の実行責任者であるパナソニック株式会社取締役の牧野正志氏が、ロボット事業領域とコンセプト、事業の推進体制、そして医療福祉分野への取り組みについて解説した。パナソニックでは少子高齢化を背景に、ロボット市場のうち、「生活分野」「医療福祉分野」「製造分野」の3つを成長分野と捉え、事業化を検討している。医療福祉分野では病院を一つの工場に見立てて作業改善を行ない、安全安心の提供を狙う。生活分野では家電機器をネットワーク化、システム化して新たな利便性提供を狙う。製造分野ではセル生産と自動化技術で生産性向上、省エネを狙う。ゆくゆくはいずれも病院まるごと、家まるごと、工場まるごとをロボットが支えるソリューション提供することを狙っており、2015年に1,000億円のロボット事業を目指すという。

 パナソニックでは、ロボットを認識機能、知的判断機能、そして作用機能を持った機械と定義し、人が主体で、ロボットがアシストするというのをコンセプトとしている。人にとってかわる全自動化を目指すものではなく、あくまで人が主体でロボットはアシストする存在だと強調した。

 同社では3つのタスクフォースをおいて事業化に取り組んでいるが、今回はまず事業化しやすい分野として医療福祉に重点が置かれて紹介された。医療福祉分野と一言でいっても範囲が広いが、現在は、調剤ミス防止を狙った薬剤部の業務支援をまず最初の取り組み領域として絞り込んでいる。病院の薬剤部では一般的に1,000種類を超える薬剤をあつかっており、大変多忙であり、その業務を効率化するためのシステムだ。パナソニックグループの関連病院である松下記念病院とも連携しながら、これまでに工場の工程診断のノウハウを使って、薬剤部の業務プロセスにおける人や情報の流れを整流するコンサルティング業務にも取り組んできたが、その流れとして薬の払出ロボットシステムをまずは事業化する。牧野氏はパナソニックでは安全安心快適で地球環境と共存するロボットを目指すと述べた。

パナソニックのロボット事業のターゲットは3つゆくゆくは病院、家、工場まるごとロボットがサポート人が主体でロボットはアシスト技術と位置づけ
ロボット事業化プロジェクト推進体制。リーダーは大坪社長。3つのTFがある今回は医療福祉に重点が置かれて紹介された同社のロボット事業の将来ビジョン
パナソニック株式会社ロボット事業推進センター所長 本田幸夫氏

 ロボット事業化プロジェクトの統括を行なうパナソニック株式会社ロボット事業推進センター所長の本田幸夫氏は、研究開発における「ロボット事業推進センター」の役割を「技術だけではなく、市場を発見していくミッションを持っている」と紹介した。そして介護支援ロボット「ロボティックベッド」と作業支援ロボット「院内アシストカート」の2つの具体的なロボットアプリケーションのコンセプトと、安全規格推進への取り組みを概説した。

 「ロボティックベッド」は先ごろ「国際福祉機器展」で公開されたものだ。パナソニックでは2年前に「トランスファー・アシスト・ロボット(TAR)」という移乗作業をアシストするロボットを開発、公開していた。人体の骨格モデルに基づき被介護者の姿勢を快適に形成するロボットだったが、まだ安全基準がないなど商品として出すことには課題が少なくなかった。

 そこでTARの技術や考え方を踏襲しつつ、現場の意見を聞いて再検討していく中で、想定ユーザーの多くは「人の助けを借りずに自ら動きたい」という要望を強く持っていることが分かった。そこでベッドがそのまま車椅子に変形するロボットを開発すればより実用化に近く世の中に役に立つのではないかと考えたのだという。ロボティックベッドは全方向移動機構をもち、直感的な操作ができる。ベッドへの変形合体などは全自動で行なう。高齢者や身体の不自由な方々がいつまで安心して活動的な自立生活が送れるようにというコンセプトでつくられた。寝たきりからの開放と、介護者の負担軽減も可能な介護・自立支援ロボットだ。

 各部材はできるかぎりコンシューマー製品を使うようにしたという。介護ベッドに使われている「ラクマットエアー」や体圧センサーも既存のものを使用した。今後は横幅などもより小型化し、車椅子の規格(65cm)に合うようにしていく。

ロボット事業推進センターの役割は要素技術開発と市場の探索の二つ移乗アシストを発展させたロボティックベッド寝たきりからの解放を目指す
既存技術を組み合わせて早期実用化を目指しているロボティックベッドの仕様

 続けて紹介されたのが、「院内アシストカート」だ。薬剤を払い出したあとの液剤を運んだり、また電動アシスト自転車技術を応用したパワーアシスト機器である。ある場合は牽引したり、押したりする作業を助けるが、ある場合は電動車椅子に変わるようなロボットで、将来的には介助犬が人を助けるようなものを目指しているという。

 この機器を使うことで普通の車椅子が電動アシスト車椅子に変わることができる。一つのものが多機能になるようなイメージで開発されているという。またこれも基本的な部材は既に量産品で使われているものを組み合わせている。それにより信頼性も上がり、コストも抑えることができ、より商品に近いものにできると考えていると語った。

 最後に安全規格推進の取り組みについても本田氏は紹介した。NEDO生活支援ロボット実用化プロジェクトなどの安全基準策定の取り組みにも協力しながら、また社内の安全基準も整備・策定するという。

パワーアシスト技術を使った院内アシストカート。1台で複数の役割をこなすハンドル変形とワンタッチ接続によって荷物の牽引もできるし電動カートにもなる電動アシスト自転車の技術が使われている
将来は介助犬のようなマルチ用途ロボットを目指す安全基準策定が大きな課題
パナソニック四国エレクトロニクス株式会社常務取締役 中矢一也氏

 実際に事業を展開するパナソニック四国エレクトロニクス株式会社常務取締役の中矢一也氏は、医療福祉分野の事業化を担当する立場から解説した。同社では医療システム、バイオ診断、画像診断、補聴器の4つの領域で取り組んでいる。ロボットはこのうち、医療システム領域にあたる。ロボットが人の作業の一部を担い、人とロボットが効率よく作業を分担していくことをねらっている。

 同社では、モノづくりで培ったノウハウを病院診断に応用し、院内作業のフローを分析し、現場で困っていること、すなわち安全・安心な作業、業務効率の改善、経営改善の3つを狙って、まず薬剤業務支援ロボットの事業化から着手した。薬剤業務支援ロボットは、薬剤部の一連の業務をまるごとロボット化することを狙っている。いまは注射薬の払出システムまでだが、第2弾として搬送を助けるアシストカートの事業化を狙う。

 注射薬払出ロボットシステムは設置面積は従来の装置の半分以下、薬剤はガラスでできているが、薬品破損率は5万本に1本以下。これにはFA分野で培った高信頼性技術が活かされているという。特に入院期間が短い海外でも役割を果たすことができるのではないかと述べた。

パナソニック四国のヘルスケア事業医療福祉市場のロボット技術への期待院内作業を分析し、ニーズを洗い出した
目指すところは「薬剤部まるごとロボット化」注射薬払出ロボットシステム。薬品破損率は5万本に1本将来は「病院まるごとロボット化」を目指す

ロボットオープンラボ

パナソニック株式会社生産革新本部「ロボットオープンラボ」

 このあと、「ロボットオープンラボ」の見学が行なわれた。見学はきわめて駆け足ではあったが同社が実用化を目指す多くのロボットが報道陣に紹介された。ロボットは大別すると病院向けと家庭向けの2種類。写真撮影が許されたものに限り、オープンラボ見学の流れに従って順に紹介する。まず、入り口入ってすぐのコーナーではパナソニックのこれまでのロボット関連への取り組み、そして将来へ向けたコンセプトがロボット実機とパネル、ビデオで紹介されていた。これまで実証実験されたポーターロボットなどが挨拶して迎えた。

荷物を運ぶポーターロボット(左)と生産支援ロボット「ソシオ」(中)、行き先をガイドし見守るモバイルエージェント「アミュレットロボット」(右)ロボット開発の歴史と2015年までの構想
【動画】ポーターロボットによる挨拶機能空間と道具型ロボットを使って人と協調するロボットを目指す2025年を想定したロボットと人の共生社会のビジョン

 続けて病院関連のロボットシステムが並ぶ。まずは「注射薬自動払出システム」のモックアップが置かれていた。200床~400床規模の病院を主に想定した業界最小スペースの払出ロボットシステムで、LAN経由で送られた上位システムのオーダリングを受けて、払い出しトレイに患者の注射箋、施用ラベル、注射薬(アンプル・バイアル)などを個々に自動セットできる。ガラスでできたアンプルを人間と同様、優しく扱い、壊さずに払出できる。このロボットの開発にあたって同社では、それまで同社の工場での無駄や課題を見つけるために使われていた「NEXTセル」ツールを活用し、薬剤現場の問題を「見える化」した。そしてロボットシステムを使った業務効率化を提案している。これまでに松下記念病院の薬剤部で2009年2月2日~3月31日まで実証実験された。今後、国内の大学付属病院と海外で実証実験をさらに行っていく予定で、2010年には実用化を目指す。

薬剤払出ロボットシステムのモックアップ薬剤アンプルの見本入力にあわせて伝票まで含めて自動払出される

 院内電動アシストカートは、電動アシスト自転車の技術を使って、液体のためどうしても重くなる薬剤などを運ぶための搬送アシストロボットだ。当初モデルはカートそのままだったが、搬送アシストする方向に変わった。また駆動部分だけを外して車椅子にワンタッチで付けられるなど、多機能性を実現している。このほか、同社では注射薬や点滴の混合を自動で行なうシステムなども開発している。

院内電動アシストカート。左がより新しいモデル電動アシスト自転車と同じ原理で搬送をアシストする指一本で押しても動く
最初に試作されたモデル電動アシスト自転車の技術がそのまま使われている【動画】取り外して車椅子に合体させることで、電動カートのように扱える
ベッドの搬送にも活用可能患者データが入った病院内用モバイル端末

 将来の完全自律搬送を目指すロボットの研究も続いている。搬送ロボット、自律移動ロボット技術を応用したものだ。2008年に「ホテル近鉄ユニバーサル・シティ」で実証実験を行なったリネン搬送ロボットの後継にあたる。

院内搬送ロボットリネン搬送ロボットの発展型で自分で地図を作り障害物も回避する天井のマーカー
【動画】人をアシストするだけでなく将来は完全自律も目指す将来は傾斜でも傾かずに搬送することを目指す。そのための実験用ロボット自律移動への取り組み

 続けて、「家まるごとロボットシステム開発」というコンセプトで開発されているロボット群が紹介された。まずはキッチンのシンクで働くキッチンロボットだ。一部は東京大学IRT研究機構と共同で開発されているものだが、こちらのロボットはエンドエフェクタ(手先)が4本の指を持ったハンドになっている。また、双腕を持ったワゴンロボットのデザインモックアップなども紹介された。車輪で動き、電源オフ時にはふつうのワゴンにも見えるように変形するというコンセプトのようだ。また、リビングを模した空間にはフィットネス機器「ジョーバ」や通信に連動して動く「IPロボットフォン」などもさりげなく置かれていた。

キッチンシンクで働くキッチンロボットハンド部【動画】キッチンロボットのデモ。食器だけではなくお玉のような道具を使うこともできる
手探りのマニピュレーションは東大IRT研究機構との共同研究開発ワゴンロボットのモックアップワゴンロボット側面
「ジョーバ」や「IPロボットフォン」も同社の安全規格への取り組み

 リビングダイニングの次は寝室である。こちらでは「ロボティックベッド」のデモが行なわれた。右手のジョイスティックで自在に動き、ベッドに合体できる領域に入ると左手のインジケーターでユーザーにそれを知らせる。合体は自動で行なわれる。また音声認識で上部天蓋につけられたインターフェイス画面を呼び出すことができる。

ロボティックベッドベッド状態今後の展開イメージ。より小型化、リーズナブルな家具化を目指すと同時に家全体のロボット化が進む
【動画】ロボティックベッドのデモ【動画】天蓋はインターフェイスとして使う「ロボティックキャノピー」

 家庭内で活用されるロボットのアプリケーションとして最後に紹介されたのが差動シャフト機構を使ったロボットハンドだ。「今年のロボット大賞」2008で優秀賞を獲得した、MEMS技術で作られたせん断力を計測できる3軸の触覚センサーが指の腹部に張られており、指は根元で駆動することで2関節が動く。また同時にバネで力を逃がすこともできるので、沿うような動きが可能な、小型軽量で力の出るハンドだ。2008年に学会で発表されている。このハンドを使ったアプリケーションとして、マッサージや洗髪などの可能性が紹介された。もちろん実際に応用されるときには、人間の手に似たような形ではなく、より簡便な指形状になっているだろうとのこと。

ロボットハンドハンドの内側MEMS技術で作られたせん断力を計測できる3軸の触覚センサーが指の腹部に張られている
指の根元のモーターで2関節を駆動指を一番曲げた状態伸ばした状態。若干、180度より広く開く
差動シャフト機構によるロボットハンド【動画】ハンドを使ってマッサージしたり洗髪することも将来の視野に入れており、基礎データを収集中

2015年に1,000億円のロボット事業

 Q&Aでは、「2015年に1,000億円のロボット事業」という点に質問が集中した。同社では直近の2009年度では10億円程度の販売を目指しており、2015年の1,000億円規模になったときには医療福祉でおおよそ300億円程度を見込んでいるという。そのときには薬剤部のロボットシステムは払い出しだけではなく、監査、混注、運送をトータルで行なうシステムとなっており、また国内海外の割合もおおよそ半分半分くらいのイメージを持っているとのことだ。作業労働支援と生活快適サポート領域については、安全基準の確立が大きな壁でまだ詳細は詰め切れてないとのこと。牧野氏は「2010年くらいにガイドラインができるのではないか。それまでは実証試験ベースで世界で検討する」と述べた。

 また、ロボット業界の大きな課題として挙げられることの多いニーズとシーズの乖離、機能への期待と実際のニーズのマッチングの問題については「ロボットの事業化を考えたときにそこが悩みの種だった」と述べた。最先端の技術だからといって、生活環境で価値を発揮できるとは限らない。いろいろ考えた結果、人を支えるところに価値があるのではないか、と考えるに至ったという。今回披露したロボットについても「自動機械的なものだと思ったかもしれないが」と断りつつ、「地道だが機械が人を助けるところに価値を見出していく」と述べた。

 もう一つの壁は安全に関することだが、それについては「病院の中など比較的ゆるやかな特殊な環境で技術を実証し、安全規格を培って、事業規模の拡大を図りたい」と語った。

 最終的な市場の到達点や展望については、まだ「規模や感触を掴むには至っていない」が、「少なくとも医療福祉分野だけでも、国内、北米、アジアで事業としてやっていけるだけの規模は十分ある」と述べ、「これをさらに家庭のなかで爆発させていけば、新しい事業の柱にできるのではないかと考えている」と語った。



(森山和道)

2009/10/16 13:50