JAXA相模原キャンパス一般公開レポート

~「はやぶさ2」は衝突機を追加した2機構成に


 宇宙航空研究開発機構(JAXA)相模原キャンパスにおいて、7月24日(金)~25日(土)の両日、一般公開イベントが開催された。相模原キャンパスは、JAXAの宇宙科学研究本部(ISAS)の拠点。宇宙科学分野を担当しており、毎年夏に開催される一般公開は、ファミリーからマニアまで、大勢が訪れる大人気イベントとなっている。

JAXAの相模原キャンパス。最寄り駅はJR横浜線の淵野辺駅になる。一般公開時にはシャトルバスも出る今年はバインダーを配布していた。展示ブースで用意されている資料を挟んで、ミニ図鑑になる仕組みオリジナルグッズの販売コーナーは今年も大盛況。まず最初に寄ってみるのがオススメだ

 今年は初の試みとして、イベント期間を2日間に延ばした。初日は平日ということもあり、入場者数は4,320人だったが、土曜日の25日は9,000人を突破。来年も複数日の開催となるかどうかは未定だが、研究員とたくさん話をしたい人は、空いている初日を狙った方がいいかもしれない。

 また、今年は東京国立近代美術館フィルムセンター相模原分館(相模原キャンパス正門の向かいにある)を会場として、大人向けの宇宙科学セミナーも開催された。テーマは、初日が「月・惑星探査の魅力」、2日目が「金星探査機 PLANET-C」と「宇宙旅行と再使用ロケット」。こちらも賑わいを見せていたようだ。

はやぶさ2+α計画

 まずは小惑星探査機「はやぶさ」関連の話題から紹介したい。といっても、帰還途中の「はやぶさ」に関する新しい話題はあまりなく、後継の「はやぶさ2」が今回の話題の中心である。

熱気あふれる「はやぶさ」の展示ブース「はやぶさ2」の最新イメージ。2機構成となっている基本的には同型だが、改良される点もある

 過去の記事でもお伝えしているが、「はやぶさ2」計画では「はやぶさ」の同型機を使って、C型小惑星からのサンプルリターンを狙っている。「はやぶさ」が向かった小惑星イトカワはS型。タイプの異なる小惑星も調査することで、太陽系の起源などについて、より深い知見が得られるものと期待されている。

 この「はやぶさ2」であるが、最新の計画では、2機構成に変更されたようだ。1機は従来情報と同じサンプルリターン機で、こちらは当初予定通り、小惑星の観測やサンプル採取などを行なう。追加されたもう1機は、目的の小惑星に衝突させるもの、いわゆるインパクターとなる。

 2機同時に打上げた後(ロケットはH-IIAを想定)、軌道をうまく設定することで、到着時期を数カ月以上ずらすことが可能となる。先に到着した探査機が一通りミッションを終わらせた頃に、重量300kg程度の衝突機が秒速3~4kmで接近。高速のまま小惑星に激突して、10~20m規模の新しいクレーターが作られる。探査機はその様子を観測し、内部構造を推測すると同時に、クレーター内部からのサンプル採取も狙う。

 この方法であれば、もし衝突機が失敗したとしても、当初の狙いであったC型小惑星のサンプルリターンには影響がない。衝突機は通常の化学推進のシンプルな機体になっており、コスト面の増加も1~2割程度に抑えられる見込みだ。リスクを最小限にしつつ、より大きな成果を狙ったアイデアと言えるだろう。

 で、問題となるのは、これも何度も書いていることであるが、予算が得られるかどうかだ。小惑星探査機の場合は、打上げるチャンスが限られる。目的の小惑星との位置関係が重要だからだ。このあたりの事情は地球周回衛星とは大きく異なる。「はやぶさ2」の場合は、2014年に打上げなければ、そのあと数年はもうチャンスがないという。

 2014年という打上げスケジュールから逆算すると、今年度中に正式プロジェクトに格上げし、来年度予算で本格的に開発をスタートさせる必要がある。地球周回衛星であれば「予算がないからまた来年に」ということもできるが、前述のように「はやぶさ2」ではそうもいかない。実現できるかどうかの瀬戸際にあるのだ。

 今回、ブースで印象に残ったのは、「はやぶさ2」プロジェクトを指揮する吉川真氏自らがイトカワの模型の前に立ち、来場者への説明にあたっていたことだ。少しでも多くの人に理解してもらい、なんとか実現に漕ぎ着けたいという関係者の強い意気込みが感じられた。

 ここからは筆者個人の見解であるが、私は月面の有人探査よりも、未踏の小惑星探査の方に魅力を感じる。なんといっても、まだ誰も近くで見たことがない天体がゴロゴロしているのだ。しかも「はやぶさ」では、そこからサンプルまで持って来ることができる。こんな面白そうなプロジェクトはないと思うのだが、どうだろうか。

今年もイオンエンジンが運転中

 「はやぶさ」に搭載されたイオンエンジンは直径10cmの「μ10」と呼ばれるタイプだが、20cmに大型化された「μ20」の開発が大詰めを迎えており、3月より、耐久試験が開始されている。25,000時間ほど運転を続ける予定とのことで、順調にいっても、来年の一般公開ではまだ終わらない計算になる。

この内部でイオンエンジンの運転が行なわれている。中は真空に保たれているこれがイオンエンジンの光だ。キセノンガスが高速に噴射されているμ20の“撃墜”マーク。1,000時間を達成するごとに貼られていく

 推力は、μ10の8mNから3倍の27mNに強化される。「はやぶさ」を大型化した「マルコ・ポーロ」(もともとは「はやぶさマーク2」と呼ばれていたプロジェクトで、ESAとの共同ミッションになった)で搭載される予定だが、その前に、太陽観測衛星「SOLAR-C」で採用される可能性もあるとか。

PLANET-Cの実機も公開!

 今回の一般公開では、2010年に打上げ予定の金星探査機「PLANET-C」のフライトモデルも見ることができた。ちょうど相模原で電気試験が行なわれていたもので、一般公開のタイミングと重なったのは、来場者にとってはラッキー。ちなみにPLANET-Cのフライトモデルは、まだプレスにも公開されていなかった。

これがPLANET-Cの実機。機体中央の「スラストチューブ」には、燃料タンクが入っているその左には、搭載される電気機器が設置されていた。電気的に接続してテストしているPLANET-Cの模型。重量は480kgと比較的小さな探査機だ。もともとはM-Vロケットで打上げる予定だった

イプシロンの射場は?

 M-Vロケットの後継として、現在開発が進められているのが次期固体ロケット(通称「イプシロン」)である。両日とも、午後3時半からは森田泰弘プロジェクトマネージャによる講演が行なわれており、立ち見が出るほどの盛況ぶりとなっていた。

講演する森田プロマネ。やはり記者会見のときよりも嬉しそうブースでは次期固体ロケットの特製下敷きも配布されていたM-Vロケットの上段と、H-IIAロケットのブースタを組み合わせる

 次期固体ロケットのスペック・コストなどに関しては、特に変更はないようだ。ただし、「未定」とされている射場に関しては、「内之浦をベースに考えている」と、より踏み込んだ発言があった。

 現在、JAXAのロケット射場としては、M-Vロケットの内之浦とH-IIAロケットの種子島の2カ所があるが、それぞれで打上げた場合について、比較検討したという。

 太陽同期軌道に衛星を投入する場合、ロケットは南方に向けて打上げる必要がある。しかし両所ともに、真南に打上げることはできないため、一旦東寄りに進路を取ったあとで、上空で南に曲がることになる。これが能力としてはロスとなるのだ。本来は700kgの打上げ能力があるのに、内之浦からは420kg、種子島からは190kgしか打上げることができないという。種子島の方がロスが大きいのは、カーブがより急だからだ。

内之浦と種子島の比較。打上げ能力としては、内之浦の方がより有利だ基本スペック。打上げ場所の欄に、TBD付きながら「内之浦」とある

 また、種子島で製造しているSRB-Aを内之浦に持ってこられるのか? という疑問については、「法律的にも、道路・橋の強度的にも問題ない」という。実際に、内之浦にSRB-Aのダミーを運んで、検証も行なったそうだ。このときは、内之浦ではなく、鹿児島で陸揚げされたため、一部ルートの検証ができなかったのだが、シミュレーションの結果、電柱を1本抜くだけで対応できそうだという。

内之浦でSRB-Aを輸送するルート。港から町中を通って射場へ向かう港付近の検証ができなかったので、シミュレーションを行なった

衛星のセミ・オーダーメイド

 次期固体ロケットで打上げる予定のものが、小型科学衛星シリーズである。このシリーズでは、共通して使える衛星バスを開発する。ミッションごとに開発する場合に比べ、どうしても無駄な部分は出てしまうが、開発期間は大幅に短縮することができる。

モジュール化により、様々なミッションに柔軟に対応できるPCのBTOのように、オプションを選択できるのも特徴だ1号機となる「SPRINT-A」の模型。極端紫外線により観測する

 1号機となるのが「SPRINT-A(EXCEED)」。「SPRINT」という名称は、小型科学衛星シリーズであることを表しており、プロジェクト化された順番に、A、B、C……と付けられることになる。SPRINT-Aは、2012年に次期固体ロケット初号機で打上げられる予定。

再使用ロケットも予算待ち

 再使用ロケットにもアップデートがある。今後の大型化に必要となるターボポンプ型のエンジンがついに完成し、次世代機(観測ロケットを想定)の開発に技術的な目処が立ったそうだ。次世代機では、高度100km~120kmに到達できる見込みで、繰り返し利用できることから、1フライトあたりのコストは現行の観測ロケットの1/10程度にすることが可能だという。

2003年の離着陸実験に使われた再使用ロケット実験機大量に輸送するためには、再使用ロケットが必要になる

 ISASの再使用ロケットは、垂直に離着陸するのが特徴。能代多目的実験場にて実験が行なわれており、2003年10月の飛行試験では、高度40mの飛行に成功した。それ以降、フライト実験は行なわれていないが、地上燃焼試験を何度か繰り返し、ターボポンプ式エンジンの開発に結びつけた。このエンジンは、6Hzという応答性の高さが特徴で、25%~115%の範囲で柔軟なスロットリングが可能だ。

完成したターボポンプ式エンジン再使用ロケットの開発ロードマップ次世代機のイラストと予定スペック

 次世代機では、今回開発したエンジン(推力8kN)をさらに大型化し、推力を41kNに向上させたものを4基搭載。飛行中にもし1基が故障しても、正常な2基を使って安全に降りてくることが可能だという。

 しかし、技術的な目処がついたことと、実際に開発予算が付くかどうかは、残念ながら別の話。プロジェクト化を待つミッションが多数ある中、厳しい状況は変わらないようだ。ちなみに試算では、16回の試験フライトも含めて、開発するための予算は100億円程度と見積もられているとか(機体の製造コストは1機あたり約30億円)。



(大塚 実)

2009/7/30 14:07