東京大学生産技術研究所千葉実験所一般公開レポート

~浦研究室の最新型水中ロボット「TUNA-SAND」と10年選手の「Tri-Dog 1」がデモ


海洋工学水槽の水面上を移動する水中ロボット「TUNA-SAND」

 東京大学生産技術研究所千葉実験所で11月13日、一般公開が行なわれた。同実験所の敷地内にある海洋工学水槽にて、同研究所教授の浦環(うら・たまき)氏の研究室で開発中の水中ロボット2機のデモンストレーションも実施。その様子をお届けする。

Tri-Dog 1とTUNA-SANDのデモンストレーション

 千葉実験所は、東京大学生産技術研究所の付属施設で、国立千葉大学と隣接している。面積約9.3haあり、同研究所の駒場II地区では実施が難しい大規模な装置や広い土地を必要とする研究が行なわれている。今回の一般公開で水中ロボットのデモンストレーションは目玉のひとつとなっており、当日は近所の小学校の社会科見学が実施され、見学コースのひとつとなっていた。

 水中ロボットのデモンストレーションが行なわれた海洋工学水槽は、全長50m×全幅10m×水深5mというサイズ。なみなみと澄んだ水がたたえられており、底が見えるので落ちたらと思うとなかなかぞっとするものがある。もっとも、夏は逆に飛び込みたくなるという話だが。海洋工学水槽は普通のプールではなく、多方向造波装置(および両サイドには消波装置もある)や風の流れを作る送風台車、水を循環させる潮流発生装置などが備えられている。河川や海洋の環境を人工的に再現できるというわけだ。今回、ここで「Tri-Dog 1」と「TUNA-SAND」がデモを行なった。

入口から見た海洋工学水槽。水槽上に橋のようにかかっているのが曳引台車で、その奥のオレンジ色が送風台車海洋工学水槽の施設の外観。こうした建物が点在しているのが千葉実験所の風景海洋工学水槽の奥にある送風台車と、その背後の造波装置。その下、水槽の底には潮流発生装置がある

海洋工学研究所と海上技術安全研究所との共同研究で開発したTUNA-SAND

 それではまず、TUNA-SANDから紹介しよう。同ロボットは、浦研究室と海洋工学研究所と海上技術安全研究所が共同開発した科学調査用のホバリング型(一定の深度を保てる)AUV(Autonomous Underwater Vehicle:自律型水中ロボット)で、2007年3月に完成した。潜水可能な深度は1,500m。沈没船の探索、熱水鉱床の開発、大深度での対象物への接近観測とサンプリングなど、数100m四方の狭い範囲での活動を目的としている。

 自律航行も行なえると同時に、通信・映像用の光ファイバーケーブルを接続することでROV(Remotely Operated Vehicle:遠隔操縦型水中ロボット)にもなるハイブリッド型なのも特徴のひとつだ。名称は、「Terrain-based Underwater Navigable Auv for Seafloor And Natural resources Development」の略だが、実は同研究室のロボットのネーミングのルールとして、食べ物に関連する名前にするというものがあり、具材を白いパンが挟んでいるようなイメージからサンドイッチのような名称になったというわけだ。さらに、Tunaの「Tu」は浦氏のイニシャル、「na」は開発の責任者である東京大学生産技術研究所海中工学国際研究センター所属の工学博士である中谷武志氏から取られているそうである。二重、三重に意味を持たせるのが、浦氏は好きなのだそうだ。なお、スペックは以下の通り。

TUNA-SANDを正面から空中にクレーンで吊り上げて撮影。上の黄色いのは浮力材3つあるカメラの内、正面と前方斜め下を見る2台は前面に設置されている。斜め下カメラの両脇はLEDライト左斜めから。LEDライトをつけたところ。両脇の大きな窓から、前後のスラスタの水流が抜ける仕組み
右斜めから。右側面には3台目のカメラが設置されている後部。この日はROVとして使用しており、通信・映像用の光ファイバーケーブルが接続されていたコントローラ一式。中央が操作用のノートPC。右のモニタに水中の映像が映っている
TUNA-SANDの遠隔操縦用のソフト。バージョンは1.05

【スペック】
サイズ:全長1,100mm×全幅700mm×全高710mm(GPSアンテナ部を除く)
空中重量:約240kg
耐圧深度:1,500mm
最高速度:2.5ノット(約1.3m/s)
航続時間:5時間
構造:フレーム、浮力材×2、アルミ耐圧容器×3(主容器×1、電池容器×2)
スラスタ出力:220W×4(水平)、100W×2(垂直)
プロセッサ:NS Geode GX-1 300MHz×2(メイン、センサ・通信用)
OS:VxWorks
センサ:慣性航法装置(ファイバオプティカルジャイロ)、ドップラ式対地速度計、深度計(圧力センサ)、GPS、障害物検知センサ×3、プロファイリング測距センサ、シートレーザ、CCDビデオカメラ×3
ライト:LEDライト×3
電池:50.4Vニッケル水素電池(9Ah)×4

 機能的な特徴としては、外部支援を受けずに測位を行なえることがあげられる。水中ではGPSを初め、電磁波を用いた測位機能は使用できないため、自機の現在位置を正確に把握するのは非常に困難。そこでTUNA-SANDに持たされた機能のひとつが、各種センサ情報を融合させるというもの。慣性航法装置の角速度と加速度計による情報に、ドップラ式対地速度計、深度計、そしてGPS情報(受信可能な浅い深度まで浮上した際に受信できる限定的なものではある)を融合して、高い精度で位置推定を行なっているのである。ただし、1,500mも潜れるTUNA-SANDの場合、GPSの電波が届くほど浅くはないが、ドップラ式対地速度計が利用できるほど海底に近くないという状況も少なくない。そうした情報量が少ない状態が長くなると、海流に流されるなどして、誤差が大きくなってくる。そこでTUNA-SANDには、それを補正できる機能も搭載された。海底地形を参照する「地形ナビゲーション」と呼ばれる位置推定方法だ。海底地形をスキャンできる深度に到達したら、鋭い音響ビームを用いて水平方向に対して360度スキャンできるプロファイリングソナーを使用。そこで得られたローカルな地形情報を、あらかじめ与えられている広域マップと照合を行なって、自機の現在位置を確認するという仕組みである。これにより、GPSによる絶対位置情報を得られない1,500mという深度でも、対象物への接近観測やサンプリングなどを正確に行なえるというわけだ。

下部。赤い円柱はプロファイリングソナーで、赤い2つの円が見える装置はドップラ対地速度計上面前部にある太いアンテナがGPS用

 また、「ハンドリングとロバスト性を考慮したオープンフレーム構造」も特徴。要は、観測内容に最適な装備を容易に換装できる構造になっている。しかも、機器を脱着すると重量バランスが変化するわけだが、それにも対応できる配慮がなされている。そのほか、水平方向移動用のスラスタ4基が、前後進用2基と左右横進(水平移動)用2基という風に分かれているのではなく、機体に対してすべて斜め(前方30度)にしかも四つ角に近い位置にすべて内向きで取り付けられている。この角度と配置だと4基同時に使えるので、推力のベクトルを合算にさせることで、2基ずつ使う場合と比べて最大出力時に1.7倍の推力を得られるのがメリットだ。ただし、前後進および左右横進に推力が一部打ち消し合う方向に働くところもあるのだが、潮流などの環境が違乱に対して強いというメリットもある。潜航・浮上時に関しては、エネルギー消費を減らすための工夫として、浮力調整用に2基のバラストリリーサを採用。バラストは1つが5kgあり、電磁石で本体下部に固定されている。万が一TUNA-SANDが制御不能となった場合でも、最終的にバッテリ残量がゼロになれば自然とバラストがリリースされて機体が浮上するというフェイルセーフ機構となっているというわけだ。

前部にあるアタッチメント。ここには温度計をセットして、熱水鉱床の温度などを計る機体脇にもアタッチメントがある縦に並んだ2つの白い円柱がバラストリリーサ。それぞれに5kgのバラストをくっつける

 TUNA-SANDは今回のようなプールでのテストや実験だけでなく、実際にすでに海に潜っており、初潜航は2007年8月に鹿児島湾の若尊カルデラ北西部(深度200m)で行なわれた。この時は、熱水の湧出地帯を複数発見し、その内の1箇所は高さ3mにおよぶ金属製の沈殿物が煙突状に成長したチムニーだったそうである。この時は、2.5m間隔で設定した探索用航路ライン上を全自動で航行させ、特徴のある場所を発見した時に遠隔操縦に切り替えて入念な観測を行なうという方式を採用。チムニーも自律航行中にたまたま映ったのではなく、遠隔操縦に切り替えて周囲から撮影している。以降、すでに13回の科学調査を行なっているということだ。

【動画】TUNA-SANDが潜航する様子【動画】起こされた波に逆らって、造波抵抗の強い水面上を進んでいくTUNA-SAND。推力があることが伺える【動画】TUNA-SANDの浮上の様子

10年選手の魚雷型AUV「Tri-Dog 1」

 Tri-Dog 1は、TUNA-SANDよりもだいぶ以前の1999年に11月開発された。同研究所の小型ホバリングAUVのテストベッド機で、最高速度は約1.4ノット(0.7m/s)、潜航可能な深度も110mとなっている。新型のTUNA-SANDとは形状が大きく異なり、魚雷型だ。開発当初のものは2000年バージョンと呼ばれているが、現在は改良が施され、2005年バージョンとなっている。また名称からすると2号以降もありそうな感じだが、現在のところは今回の1号以外は開発されていない。スペックは以下の通りだ。

水上を航行中のTri-Dog 1。プロファイリングソナーはTUNA-SANDと異なり、上部にある浮上したTri-Dog 1を斜め後方から。まさに魚雷型という形状なのがよくわかるTri-Dog 1の正面
カメラ部分のアップ左斜めからスクリューは小型な感じ

【スペック】
サイズ:全長2,000mm×全幅600mm×全高900mm
空中重量:200kg
耐圧深度:110m
最高速度:1.4ノット(約0.7m/s)
航続時間:4時間
スラスタ出力:100W×6(前後進用×2、左右横進用×2、垂直用×2)
プロセッサ:インテル ペンティアム M 1.1 GHz(ナビ用)、インテル ペンティアム 4 2.4 GHz(ペイロード用)
OS:Windows 2000
センサ:対地速度計、深度計、角速度計、方位計、ランドマークサーチ、ソナー×6、カメラ×4、シートレーザ
電池:ニッカド(25.2V・20Ah)×4

 Tri-Dog 1は、TUNA-SANDのように慣性航法装置を持たないため、絶対位置を基準とした測位を行なえない。しかし、プロファイリングソナーやレーザスキャナなどを用いることで、高精度な相対測位を行なうことは可能だ。人工の音響反射材を用いた棒状のランドマークをあらかじめ設置しておくことで、それらを見つけ出し、反射材が2つ見つかった時点でそれらを基準とする相対測位を行なえる。

 また、ランドマークを2つ確認するとウェイポイント航行に移行し、地球固定座標計における観測を実施する形だ。ランドマークとしては、音響反射材を用いた物以外に自然の噴気も利用可能。これにより、音響測位が困難であった海底噴気帯においても安定した測位が可能となり、条件さえよければ0.1~0.5mの誤差で水平位置を求めることが可能だという。また、ランドマークが人工物か天然の噴気かは、レーザによって識別する仕組みだ(熱水鉱床の確認だけでなく、海底の地形そのものの確認にレーザが利用されている)。デモンストレーションでは、水槽にも2箇所にランドマークとして棒状の反射材がブイの下に吊されており、それらを見つけたら間を往復するという内容で自律的に水中を航行している様子が見て取れた。

ドップラ対地速度計はTUNA-SAND同様に下部にあるレーザでプール底をスキャンしている様子反射材の棒が吊されているブイ。それを目印にTri-Dog 1は活動する

 近年の実際の海洋での活動としては、2007年8月にTUNA-SANDとともに鹿児島湾での調査に参加している。桜島のマグマの影響で海底から泡が噴出している現象の「たぎり」の観察を行なった。その時は、12回の潜航で述べ29時間に及ぶ全自動観測を行ない、3,000平方メートル規模の海底面の画像マッピングに成功している。

【動画】Tri-Dog 1が潜航する様子【動画】Tri-Dog 1の旋回と移動の様子。時折フラッシュが焚かれるのは、プール底を8秒に1回撮影するため【動画】Tri-Dog 1が浮上する様子
【動画】Tri-Dog 1の水中の様子をとらえた、TUNA-SANDからの映像【動画】水中ロボットの運用の大変さがわかる、クレーンで吊り上げての回収の様子の一部分

(デイビー日高)

2009/12/16 16:37