JAXA、金星探査機「あかつき」をプレス公開

~“スーパーローテーション”現象の謎の解明に挑む


公開された金星探査機「あかつき」(PLANET-C)。本体サイズは210×145×105cm、重量は500kg程度

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は11月27日、2010年に打上げる予定の金星探査機「あかつき」(PLANET-C)をプレス向けに公開した。現在、JAXA相模原キャンパス(神奈川県相模原市)にて試験が行なわれているもので、終了後、来年3月に種子島に輸送される見通し。

 「あかつき」は、日本初の金星探査機である。H-IIAロケットで打上げられた後、およそ半年かけて金星に到着。スラスタ噴射によって減速し、金星の周回軌道に投入される。軌道高度は、300~80,000kmと、かなり極端な楕円となるのが特徴だ。この理由については後述したい。

地球と金星の公転面は3度傾いているので、その交線上で金星に追いつくと、エネルギー的なロスが小さい。そのチャンスが2010年12月なのだスケジュール。ウィンドウは9日間しかないが、バックアップ期間も用意されている。ただしその場合、到着は2012年になってしまう

 「あかつき」の目的は、金星の大気を詳細に観測することで、これまで未解明だった謎を解き明かすことだ。特に、金星では、「スーパーローテーション(超回転)」と呼ばれる現象が知られている。

 金星は、大きさや重さが似ているため、地球の“兄弟星”とも“双子星”とも呼ばれるが、様子は極端に異なる。地表の気温は460℃と天ぷら油よりも熱く、気圧も90気圧と水深1kmの海底レベル。超高温・超高圧の環境下にあるのだ。大気の主成分は二酸化炭素(96.5%)で、硫酸の厚い雲で全体が覆われている。

 また、金星の自転周期は243日と非常に長い。公転周期は224.7日なので、太陽の周りを1周しても、まだ自身は1回転していないことになる。これほど自転が遅いにも関わらず、金星の雲は秒速100mという高速で流れており、4日間で金星を1周してしまう。これがスーパーローテーションと呼ばれるものだが、なぜ発生するのか、仮説はいくつか立てられているものの、メカニズムの断定には至っていない。

 「あかつき」の長楕円の周回軌道は、このスーパーローテーションの回転に同期するよう設定されている。「あかつき」が1周する30時間のうち、20時間ほどは角速度がスーパーローテーションと同じになっており、大気の同じ部分を見続けることができる。雲の濃淡パターンを画像解析することで、風速場を導出できるのだ。また楕円軌道では、高度を変えたさまざまなデータを取得できるというメリットもある。

スーパーローテーションの仮説の例「あかつき」の軌道。遠金点側で大気の動きに同期する濃淡パターンを見ることで、風速を解析できる

 大気の運動を立体的に観測するために、「あかつき」には、近赤外線(2種類)、中間赤外線、紫外線、可視光という、波長の異なる5種類のカメラを搭載。金星を周回し、長期間(衛星寿命は2年間以上)に渡って観測を続ける。

多波長の観測により、立体的に大気を見ることができる「あかつき」に搭載される5種類のカメラ異なる波長では異なる高度のデータが得られる

 金星にはこれまで、米ソの探査機が多数到達して観測してきたが、冷戦の終結とともに、1980年代末で下火に。2005年の「ビーナス・エクスプレス」(ESA)まで、しばらく探査が行なわれていなかった。しかし、1990年前後になって、近赤外線の波長域で下層大気や地表面まで透視できることが発見され、新たな観測の可能性が高まっているという。

 また、中村正人プロジェクトマネージャは、金星を観測することで、「地球の気象についても、より深く理解できるようになる」と期待する。地球の気象は複雑で、現在でも全てが解明されたわけではない。天気予報も、週間予報レベルになると、かなり確度が下がってしまう。

 地球だけを解析の対象にするのではなく、金星や火星も加えたモデルで検討することで、統一された理論を導き出せるのではないか。これが「惑星気象学」の概念である。地球・金星・火星を比較し、パラメータの違いがどのような影響をもたらしているのか調べることで、「将来、地球環境がどのような方向に進むのか、分かってくるかもしれない」(中村プロマネ)という。

地球・金星・火星をパラメータ空間で比較する中村正人プロジェクトマネージャ

 この日、報道陣に公開されたのは、振動試験が終わった状態の「あかつき」。太陽電池パドルが取り外されている等の違いはあるが、それ以外は、ほぼフライト時に近い外観となっている。

「あかつき」は横長の構造。手前と奥の面が放熱面となる右側から。こちらの面には、搭載カメラが並んでいる反対側の上方から。いくつかセンサーが抜けている
底面の角には、23Nのスラスタと3Nのスラスタが縦に並ぶ上面の角には23Nのスラスタのみ。中央の四角はミディアムゲインアンテナ中央の突起はローゲインアンテナ。反対側にも同じものがある

 機体のハードウェアで面白いのは、平面アンテナや、セラミック製のスラスタといったところ。

 アンテナというと、小惑星探査機「はやぶさ」に搭載されたようなパラボラをイメージすると思うが、「あかつき」のハイゲインアンテナには、新開発の平面アンテナが採用された。表面に無数の小さなアンテナがあるアレイ構造になっており、直径は90cmしかないが、「はやぶさ」の1.6mアンテナと同程度の性能を持つそうだ。ただし、周波数は固定となるために、受信用と送信用の2種類が設置されている。

ハイゲインアンテナ。送信用(大)と受信用(小)の2つが搭載されている2008年の一般公開でも公開されていた。表面の模様1つ1つがアンテナハニカムコア構造の採用により、非常に軽くて丈夫にできている

 もう1つ、熱対策として採用された新技術が、メインエンジンのセラミックスラスタ(推力500N)。金属製に比べ、もちろん耐熱性に優れるという利点があるのだが、心配なのは強度。怖いのは、微粒子の衝突による破損だが、このあたりも試験により、問題ないことが確認されている。このスラスタは三菱重工業の長崎造船所が開発したもので、セラミック自体は京セラ製だという。

このノズルがセラミック製。燃焼室までセラミックでできているこのスラスタは、東京国際航空宇宙産業展でも展示されていた

 従来の金属製のスラスタでは、特殊なコーティングが必要だったために、作った後に、海外に送っていたという。この時間に半年ほどかかっており、コストも余分に必要だったが、セラミック製だと、より早く、安く製造することができる。また、将来的には、燃焼室の温度をもっと上げられる可能性もある(今回はインジェクタが従来通りなので、温度は同等)。


(大塚 実)

2009/12/1 21:42