「東大先端科学技術研究センター バリアフリーシステム研究拠点オープンハウス」レポート

~障害者を支援する研究開発中のデバイス


 東京大学先端科学技術研究センター バリアフリーシステム研究拠点の主催で、10月19日にバリアフリーシステム研究拠点・オープンハウス「人間と社会に向かう福祉機器開発」が開催された。第一部はミニ講演会や討論会が行われ、第二部では研究内容を公開。各種テクノロジーを活用した障害者向けのデバイスの展示およびデモが行なわれたので、それらの紹介をする。

構音機能障害を持つ発生障害者のためのタッチパッドを用いた音声生成機

 同センターの人間情報工学分野特任教授 伊福部達氏の研究室で開発中のデバイスをいくつか触れたのだが、中でも非常に斬新で便利さを感じたのが、構音機能障害を持つ発生障害者のための「タッチパッドを用いた音声生成機」だ。構音機能障害とは、正しく発音できない障害のこと。それをフォローするため現在では各種スピーチエイドを使ってコミュニケーションを行なっているが、その場に応じた柔軟な発話を瞬時に行なうことは、なかなか難しいという問題がある。そこで考え出されたのが、5箇所のエリアに触れると母音を発音するという、このタッチパッドを用いたソリューションというわけだ。

今回出展された「タッチパッドを用いた音声生成機」一式タッチパッド。母音の間にどういうコースでつなぐとどんな子音が聞こえるかも記されている

 非常に不思議なのが、子音は一切発音しない仕組みなのに、母音と母音をつなぐだけで自動的に子音が聞こえるようになっていること。ただし、発音したい言葉の母音をつなげばいいかというとそうでもなく、ちょっとしたコツがいる。たとえば、「おはよう」の場合、「お・あえうお」とつなぐと(「お」と「あ」の間は連続させないで一度ペンをわずかに離す感じ)、「えう」が「よ」に聞こえ、ちゃんと「おはよー」と聞こえるのだ。慣れると歌も歌えるほどで、実際に開発者の方が「赤とんぼ」を歌って聞かせてくれた。笑ったりもできるそうである。

画面を拡大したところ。軌跡がカラフルに残る形で、上の方の軌跡は「おはよー」【動画】「おはようございます」など4種類の挨拶を聞かせてもらった。芸術的な手さばきである

 ちなみに、記者でも「お・あえうお」とやれば「おはよー」とすぐに聞こえたほどなので、直感的なインターフェイスということもあり、すぐに誰でも話せるようになるはずだ。協力企業と1年以内の実用化を目指し、製品化する際は持ち運びが簡単な小型にするという。たぶん、ニンテンドーDSやiPod Touchなんかでもできるのではないかと思うので、そういうすでに発売されているタッチパネル系のハードウェアにソフトウェアを搭載するのもありなのではないかなと思うところではある。

振動機構を利用した視覚障害者のための情報アクセス用デバイス「TAJODA」

 同じく伊福部研究室で開発されているのが、インターネットなどのデジタルコンテンツに対する、視覚障害者が学習や訓練を極力必要とせず、代償機能を活用する形で情報を取得できるインターフェイス。今回出展されたのは、振動機能を組み込んだマウス型の触覚ジョグダイアル「TAJODA」だ。

視覚障害者用触覚ジョグダイアル「TAJODA」振動子。表面に指を置く形で、8×2の小型ピンが振動することで、指先にバイブレーションを感じさせる

 インターネット上の文章では、たいがいのニュースサイトやポータルサイトなどがそうだと思うが、文字のサイズを変えたり、太字にしたりといったことでメリハリをつけると同時に、タイトル、見出し、本文といった区別をしやすくしていることが多い。

 視覚障害者の場合、近年はテキストの読み上げソフトの性能が上がってきているので、インターネットの文字情報を得ることは比較的楽になってきているのだが、文章が多いと、ダラダラと読み上げてもらっているだけでは結構体力のいる状況になってくる。そこで、見出しはだいたい太字の場合が多いので、太字になった時は人差し指を置く位置に設けられたへこみの底の振動子が震えて、文章の読み上げに対して情報的な意味での強弱を与えようというわけだ。

 このマウスの場合、右手仕様なのだが、親指の位置にジョグダイヤル(ホイール)が設けられており、これでカーソルを上下させられる。つまり、読み上げる文章の位置を選べるので、振動が来て小見出しが読み上げられたら、飛ばして次の振動が来るところまで移動させるという風に扱えるというわけだ。

 振動する部分をよく見ると、触覚振動子(小型のピン)が8×2行のグリッド上に並んでいる。なぜこのように振動子にして分けてあるのかというと、手前から奥、またはその逆方向に振動子が振動する順番を変えていくことで振動の流れを作り、より振動を感じやすくさせるためだ。また縦長なのは、前面が振動している場合と、手前、中央、奥の4個ずつ部分的に振動している場合などをより明確に区別できるようにするためでもある。この6パターンに、手前と奥の同時、無振動を加えた8パターンで、文字サイズの大・標準・小、太字、中点(「・」ナカグロ)、左右のカッコ、空白行などに対応させられるというわけだ。指先は身体のほかの部位に比べれば敏感なのだが、あまり細かくするとさすがにどの位置が振動しているかがわかりづらくなってしまうので、8×2という縦長のパターンにしてあるのである。

マウスとほぼ同じ持ち方で、親指の位置にジョグダイアルがある人差し指を置く部分。振動子が8×2で並んでいるのがわかるだろうか

 なお、伊福部研では今後、触覚による「材質知覚能力」を用いて、先ほど紹介したTAJODAの機能を拡張し、図形や画像などを材質感で提示する方法や、環境における「障害物知覚能力」を検討して画像情報や動画情報を立体音響で提示するといったことを考案していくとしている。

携帯電話のGPS機能を活用した視覚障害者用のコンパス

 視覚障害者が自分ひとりではまったく利用できない道具として、コンパス(方位磁石)がある。触ってしまえば針が動いてしまうので、健常者に教えてもらうしかないというわけだ。そこで、視覚障害者用のコンパスとして開発中なのが、携帯電話のGPS機能と、先ほどのマウスに利用されている振動機能を組み合わせた装置だ。まだ試作段階のため、サイズは大き目だが、将来的にはもっとコンパクトにし、携帯電話にじゃまにならない程度にくっつけておけるようなサイズにするという。

右が、視覚障害者用のコンパスシステムの試作機振動子の配列パターンがほぼ正方形となっている

 この装置の場合の振動子の配置はほぼ6×6で、正確にはその四隅の1個ずつが取れている形だ。TAJODAのように縦長ではなく、横方向にも数が並べられているのは、振動の流れとして手前と奥の1方向だけでなく、左右も利用するからである。

 振動の流れは、現在2パターンが考えられており、ひとつが東西南北のそれぞれどの方向を向いているかで、振動パターンが変化するというもの。北を向いている場合は手前から奥へ振動が流れる仕組みで、東なら左から右、南なら奥から手前、西なら右から左という具合になる。北を奥として固定した形で、流れそのものは必ず向いている方向へ向かうというわけである。

 もうひとつのパターンは、常時北を指すというもの。北を向いている時の振動の流れは手前から奥なので最初のパターンと同じだが、東を向いた時は90度回転して右から左となる。南は奥から手前で、西は左から右だ。必ず北へ向かって振動が流れるので、最初のパターンとは左右が逆になるというわけだ。

 実際に体験させてもらったところ、確かにTAJODA同様に流れを感じることができた。しかし、南東とか北西といった斜め45度の方位には現状では対応していないため、少々大ざっぱな感じがしないでもない。振動子の配置はほぼ正方形なので、斜めの流れの表現もできなくはないと思うのだが、指先でどこまで感じ取れるか疑問なところはある。五感のいずれかに障害がある方は、残りの感覚が鋭敏になるそうなので、視覚障害者の方は記者なんかよりよほど指先の感覚が鋭いだろうから、問題なく感じ取れるのではないかと思うが、音声でのフォローがあってもいいのかなとも思う次第であった。

喉頭ガンなどで声帯を摘出した方のための抑揚機能付き人工喉頭(声帯)装置

 今回の展示では、伊福部研が最も多くのデバイスの展示を行なったのだが、最後に紹介するのが、「抑揚機能付き人工喉頭」装置だ。ガンによって声帯を切除したため、発声できなくなった人のための装置で、北海道立工業試験場電制の協力を得て開発された。すでに商品化されており、電制から電気式人工喉頭「ユアトーン」および今年6月1日に新製品として「ユアトーンIIゆらぎ」が発売中だ。

ユアトーン【動画】ユアトーンで話した時の声

 ユアトーンおよび、人の声のように聞き取りやすさと柔らかさをゆらぎとして音源部に取り入れたユアトーンIIゆらぎは、小型のシェーバーのような形で、のどに押し当てて使用する形だが、伊福部研ではさらに次の研究も進められている。手術によって新しくできた頸部の気管孔から生じる呼吸の強弱をセンサーで把握し、それをコンピュータで声の高さに変換、頸部に接触させたユアトーンのような振動子を振動させることで音源を作り出すという形だ。話す際は、ユアトーンなどと同じように、コレまで通り話すように口の形を変えるだけで、振動音が声となって聞こえる仕組みである。さらに、振動子を手で押さえつけなくても済むようなハンズフリー型も開発中だそうである。

紙ベースの電子黒板を実現できるアノト・マクセルのデジタルペンを用いたシステム

 続いては、同センターの人間支援工学分野教授の中邑賢龍氏が出展した、アノト・マクセルの「デジタルペン」を利用した、先生や生徒がPCを直接操作しなくても紙とデジタルペンだけで、電子黒板を簡単に操作できるソリューションだ。文部科学省先導的教育情報化推進プログラムにより、日立製作所と共同で開発されているそうである。直接的に障害のある方向けの機器というわけではないが、面白いデバイスやシステムだったので紹介したい。

 アノト・マクセルのデジタルペンは、ボールペンにカメラが装備された仕様になっているのが特徴だ。そして、使用する解答用紙などには、レーザープリンタでもって事前に白でもって(本当は黒でもなんでもいいが、用紙として使いづらくなるため)の細かいドットを多量に印刷しておく(その上に解答用紙としての罫線などを印刷)。デジタルペンは、そのドットを基にして描かれた線の座標をすぐに認識し、Bluetoothで接続された管理用のPCに情報を送信するというわけである。PCは1台あれば済むので、わざわざPCルームなどに移動しなくてもいつもの教室で授業を行なえるというわけだ。なお、レーザープリンタはメーカーや機種が若干限定されるそうである(プリンタによっては、勝手に色を調節し、グレーのドットにしてしまったりするらしいので)。

デジタルペン。ちょっと太めで、ハイテク感のあるペンという感じちょっとわかりにくくて申し訳ないが、デジタルペンの先端。画面上側がボールペンで、暗い部分がカメラデジタルペンは普通に用紙に書き込むだけ。透明なドットを事前に印刷する必要はあるが、普通の用紙でOK
ちなみに、記者が書いてみた「好きな教科」とその理由。ロボットは教科じゃないけど(笑)この通りPCにすぐ取り込まれた。こんなことを書く生徒がいれば、独創的かもしれないけど要注意(笑)

 このソリューションのいいところは、誰がどんな回答をしたのかを先生が把握しやすいし、どの問題に対してどれだけ時間がかかったかも記録されるので、誰がどんな問題に弱いかといったことも把握が可能な点など。また、全生徒の回答のサムネール表示なども簡単なので、クラス全員でそれぞれの考えを共有できたりする。それの何がいいかというと、すべての教科のすべての問題に当てはまるというわけではないが、たとえば国語の「文章を読んで感じたこと」といった問題などのように、「生徒の数だけ回答があってもよい」というものもある。そうした場面で、子どもたちにクラスメートみんなの回答を同時に見られるようにすることで、自分とみんなの考えが一緒なところ、違うところが一目瞭然となり、考え方に幅を持たせたり、独創性を身につけさせたりといったことを養っていけると、中邑氏は考えているわけである。

 また今回展示されたシステムで特徴的なのは、現場の先生たちから、「PCの操作や準備は面倒」、「常にPCを操作する必要があるのは無理」といった話が多いことから、その点でも工夫がされているところ。先生がPCを操作するのも、タッチパネルならぬ「タッチ用紙」で行なえるのだ。要は、各種操作を行なうためのボタンや画面、説明文などが極力直感的にわかるようにデザインされたインターフェイス一式が印刷された用紙1枚を、デジタルペンでタッチすればいいのである(ペンで汚れないように透明なフォルダなどに入れておく必要はあるが)。紙1枚なら常に持っていたって問題ないし、机の上に置いたりするのもそれほど気を遣わなくて済むというわけだ。

操作用紙。これをデジタルペンでなぞるだけ【動画】操作用紙でPCを操作している様子

 また余談ではあるが、人間工学支援分野および支援情報システム分野では、マイクロソフトと共催し、全国から選抜された障害のある高校生に対し、大学進学や将来の就職を、テクノロジーの利用やコミュニケーションを通じて支援する「DO-IT Japan」というプログラムも実施している。障害があるからと大学進学を諦める必要はないので、もしこの記事を読んだ方でご自身が障害を持たれているという高校生および高卒者、もしくは周囲にそうした若者がいたら、ぜひ話をしてあげてほしい。毎年、夏に(今年は7月29日から8月2日まで実施された)大学体験プログラムを行なっているので、ぜひチェックしてみよう。なお、「タッチパッドを用いた音声生成機」を開発した研究者の方自身も発声障害があるのだが、この方のように学問の世界で実績を残している人も大勢いるので、ぜひ希望を持って進学をしてもらいたいと思う。

 以上で紹介はおしまいだが、いろいろと興味深いデバイスをお見せできたことと思う。今回は残念ながら展示がなかったのだが、同センターの人間情報工学分野特認教授の田中敏明氏の研究室では、高齢者および障害者用として開発されている、バランス・歩行に関する振動感覚刺激フィードバックシステムを用いたバランストレーニングシステムや、医療用途のバーチャルリアリティ技術によるヘッドマウントディスプレイを用いた半側空間無視の臨床評価およびトレーニング用システム、農作業軽労化支援システムなど、興味深い機器が開発されていることも紹介されていた。また機会があったら取材してみたいと思う。もっともっとテクノロジーが進歩して、障害が障害でなくなる日が1日でも早く来ることを期待したい。


(デイビー日高)

2009/11/5 16:04