海洋楽研究所、水中ロボットを愛知工科大学で実演

~“ゴミ”から生まれたリアルな魚ロボットたち


 10月17日(土)、愛知工科大学の学際にゲストとして海洋楽研究所の林正道氏が招かれ、水中ロボットの実演を行なった。

 海洋楽研究所の所長である林さんは、身近な海の生物に親しみを感じてもらうために、海や川に住む生物を模した自作ロボットを日本各地で披露している。可愛いスナメリや優雅に泳ぐマンタ、海亀らは、全て林さんがペットボトルや雨合羽などのゴミから製作したロボットだ。生き生きと水中を泳ぎ回るロボットを子ども達に見せながら、彼らがどんな環境で生き、何をどのように採って食べているのか。泳ぎの特徴は、天敵とのやりとりは……と、林さんはたくさんの知識を楽しそうに語る。

 林さんの水中ロボット実演を見ると、実に魚の生態をよくとらえているように感じる。それもそのはず。林さんは、大学で海洋学を学び、東京の日本動物植物専門学校の海洋生物学科で講師を勤めていた海の生き物の専門家なのだ。15年前に地元・愛知に戻り、親子を対象に海の生物の生態を見せたり、海で遊ぶ楽しさを伝える「海の学校」を開校したそうだ。数年前に、病のため海に入っての活動を医者から禁じられた。療養のため過ごした沖縄宮古島で、海辺のゴミを拾い、紙粘度で覆って魚の模型を作ったのが、現在の活動のきっかけになったという。リアルな魚を見た子ども達に「本当に動けばいいのにね」と言われ、魚ロボットを作る約束をしたそうだ。独学でモーターや電子回路、マイコン制御を学び、ロボットを製作した。

 本稿では、ロボット研究者ではない林さんが本物そっくりに作った魚ロボット達を紹介する。

林正道氏(海洋楽研究所 所長)マンタは、スーパーの刺身が入っている入れ物、大きなヒレは物差しで製作した今の季節、海流にのってジンベイザメがやってくる
右手に持っているのがジュゴン、左手はスナメリ。どちらもペットボトルでできているロボットの骨格は、ペットボトル発泡スチロールなどの廃品で作っている(写真提供:林正道氏)

可愛い魚ロボットを見て、触れて、身近な海や川に関心をもってほしい

愛知工科大学

 林さんは、これまでに50種類に及ぶ水生生物のロボットを作ってきたそうだ。素材には、ペットボトルや建築廃材、梱包材などをリサイクルしているという。子どもが触っても舐めても大丈夫なように、表面は雨合羽に、天然ゴムに水性塗料を混ぜたものをコーティングしている。重量バランスや手触りを本物そっくりに作ることで、リアルな泳ぎを再現している。スナメリの立ち泳ぎやマンタの回転などの動きは、最初から計算したわけではなく、「本物そっくりに作ったら、本物と同じように動いた」のだという。

 「ぼくが作ったロボットの百倍も千倍も可愛い本物の魚が、近くの海にいるというのを知ってほしい。本物に会ったり、本物と遊んだりするとむっちゃくちゃ楽しくて、食べたらおいしいということを知ってほしい」と林さんはいう。そんな林さんが紹介するのは、どこか遠いキレイな海にいる魚ではない。その地域の人達が、子どもの頃から親しんでいる身近な海や川で生活している魚だ。

 愛知工科大学のある蒲郡市は、本州のほぼ中心に位置し渥美半島と知多半島に囲まれた気候の温暖な海辺の街だ。沿岸一帯は、三河湾国定公園に指定されており、三方の山には4つの温泉郷がある。自然に恵まれた景勝地であり、愛知県内でも屈指の観光地だ。三河湾には、海流にのって四季おりおりの魚がやってくる。また三河湾に流れ込む豊川には、1977年に国の天然記念物に指定されたナマズの仲間「ネコギギ」が生息している。

 今回、最初に紹介したのは、この“ネコギギ”だった。ネコギギは、体長7~15cmほどで日本産のギギの仲間ではもっとも小型だという。猫のように目が大きく、可愛い顔をしている。生息地は、愛知工科大学のすぐ近くにある豊川や、三重県の五十鈴川などに限られている。

 ネコギギは、川底を這うようにして泳ぎ餌を探すため、流れが緩やかな清流にしか生息できない。実は、このロボットは実物より5cm大きく20cmある。世界でも一番小さい部類のナマズだという。かつての豊川には、ネコギギしかいなかった。ところが、琵琶湖から鮎の放流で、ネコギギの倍くらいに成長する種類のギギが入ってきたため、小さなネコギギは、生存競争に負けて数が激減してしまったそうだ。他にも設楽ダムの建設などで、ネコギギの生活環境が悪化してきている。もちろん、ネコギギを守ろうと活動している人達も大勢いる。その人達から、「子ども達にネコギギを見せたくとも、天然記念物のため捕獲も飼育もできない」と相談があり、林さんが製作依頼を受けたのだという。

 「昔は、ネコギギがよく釣れてた。おいしいかったよ」と林さんは言う。天然記念物に指定されたから、捕獲はできなくなったけれど、今でもこの近辺の川に棲んでいる。「こういう魚が、懸命に生きていることを覚えておいてね」と林さんは子ども達に語りかけた。

愛知県の豊川に生息する天然記念物のネコギギ(充電中)。ロボットは、本物より5cmほど大きいネコのような大きな目をしている。耳を近づけるとギギギと鳴き声が聞こえる【動画】ネコギギは川底を這うようにして泳ぎ、餌を探す

 世界一大きなカエルの親分「オオサンショウウオ」も、かつては豊川の上流に棲んでいたという。昔は生命力の源として、食用にされていたそうだ。白身でおいしいらしい。今は天然記念物なので、食べることはもちろん、触っただけでも怒られる。林さんは、オオサンショウウオを動かしながら、「これは、拾った雨合羽とサラダの入れ物で作ったから、触っても大丈夫。おいしそうな体を触ってごらん」と、子ども達に笑顔で促していた。

天然記念物のオオサンショウウオ。かつては豊川の上流に生息していた【動画】オオサンショウウオ。大きな尻尾で水をハネながら泳いだ子ども達が手を伸ばし、オオサンショウウオを触る

 5月~8月はアカウミガメの産卵シーズンだ。昔は、地元の大塚海岸でもアカウミガメが産卵していたという。砂浜に上陸し、後脚で穴を掘ってピンポン玉大の卵を一晩かけて120個ほど産み落とす。林さんは、アカウミガメの雌が産卵するようすも、ロボットで再現して見せてくれた。

 卵が孵ると、小さな小さな子どもが生まれる。海にたどり着くまでにカニに食べられてしまうほど、小さいそうだ。無事に海にたどり着いても、今度は鳥に食べられる。1カ月後に生きていられるのは、2,000個の卵のうち1匹だという。親になるのは5,000個のうち1匹、産卵に戻ってくるのは10,000個に1匹だという。

【動画】アカウミガメが産卵するようす生後1カ月のアカウミガメ。ここまで成長できるのは、2,000個の卵のうち1個だという【動画】アカウミガメの赤ちゃんの泳ぎ。溺れて死ぬ個体も多いという

 昨年は、アオウミガメも大塚海岸に来て卵を産んで、関係者を驚かせたそうだ。本来はフィリピンや沖縄、小笠原などの暖かい海にしかいないのに、一昨年くらいから来るようになって、去年はとうとう卵を産んだ。

 このアオウミガメの大好物は海藻で、蒲郡の海にあるアオサを食べにくる。その次に好きなのがイカやクラゲだ。そのため、クラゲと間違えてビニール袋も食べてしまう。「みんなビニールを捨てないでくれる? アオウミガメが間違えて食べて死んじゃうから。アオウミガメの肉はおいしいんだよ。これ以上、減って食べられなくなると困るしね」と、アオウミガメが大好物だという林さんは言う。

アオウミガメ。甲羅は回転寿司の寿司桶、頭はペットボトルでできている【動画】鼻の穴からあぶくがプクプクでている。ロボットも本物と同じように息をしている【動画】アオウミガメは鮫が近づくと死んだふりをして、身を守るそうだ

 世界で一番小さいイルカ「スナメリ」も蒲郡の海に棲んでいる。以前製作した大きなサイズのスナメリは、マイコンを搭載し、各モータを連動させていた。今回披露した新型は、実物の1/2サイズでマイコンは入れていないという。一番安いモーターを使い、送受信機バッテリ込みで制作費を2万円に抑えた。魚ロボットを製作するセミナーの教材に使うことを検討しているそうだ。

 「今までのロボットと比べて、マイコンが入っていないので操縦が難しくなったが、その分、動かすのが楽しくなった」と林さんはいう。このスナメリも本物と同じように潜り、ヒレでバランスを取って立ち泳ぎをする。スナメリは、イルカのわりに口が小さい。そのため餌を捕る時は、横にくるくると回転して洗濯機のような横回転の渦を作り、真ん中に餌を追い込んで食べるそうだ。

実物の1/2サイズのスナメリ。1リットルのペットボトルでできているスナメリの表情。口が小さいので泳ぎを工夫して、餌を捕る
【動画】横にくるくると回転し、洗濯機のような渦を作って餌を捕るようす【動画】ヒレでバランスをとって立ち泳ぎもできる。鳴き声は、「きゅーきゅー」と可愛らしい

 2月~3月になると海にシャチが来る。名古屋城の天守閣に飾られている金のシャチホコは、夕日を浴びて金色に輝くシャチがモデルだという。シャチは、決して遠い海の生きものではない。身近なところにいる馴染みの深い生きもであることが分かるエピソードだ。

 そのシャチがいなくなる3月~5月には、ザトウクジラも来る。ホエールウォッチングで観に行くのは、この鯨だ。ザトウクジラは、雄が歌で雌を誘う鯨としても有名だ。3月くらいに沖合に来て歌うから、海に板を浮かべて耳を当てると聞こえるそうだ。

 そして夏になると、歯があるクジラで世界で一番大きい「マッコウクジラ」が来る。ザトウクジラは、まっすぐに潮を吹くがマッコウクジラは、左側斜め後ろにあがる。「そんな違いを知っているだけで、海に行くのが楽しくなる」と林さんはいう。

 「冬の寒くて何もいないように見える海に、シャチがいたり、ザトウクジラの声が聞こえたりする。みんなはゴミでできたロボットを見て、可愛いと言ってくれるけど、本物は百倍も千倍も可愛い。そんな生き物がいる蒲郡ってすごいなと、ワクワクするよね」と林さんは、子ども達に語りかけた。

シャチ。実物は10mあるが、ロボットは1mのサイズで製作【動画】かつては名古屋の中心地を流れる掘川にも泳いでいたそうだ大きなものは20mにもなるザトウクジラ。素材は、爽健美茶のペットボトル
ザトウクジラ。上あごからひげ板が生えている。下あごは生えていないのが特徴だ【動画】マッコウクジラは潜るのがうまい【動画】今の季節は、海の中で一番速く泳ぐ「メカジキ」が来ている。1/10スケールで、本物と同じ密度で作ってある
【動画】ペンペンペンペンと、餌を叩いて気絶させて飲み込む。素材は下敷き

林さんは「今日は、どうしても最新式のシーラカンスを見せたかった」と、生まれたての赤ちゃんサイズのシーラカンスを取り出した。今までTVで紹介していたシーラカンスは、1m50cmで48kg、全身に細かくモーターが入っていて制作費が200万円くらいかかったそうだ。最新のシーラカンスは、コンピュータを省き、ヒレにはモーターを入れてない。送信機や受信機もいれて1万4千円で製作した。しかし、従来のシーラカンスと同じ動きするという。

泳がせると、モーターを入れてないヒレが全て独立して動いている。林さんは「全部のヒレに筋肉がついていたら、泳いでいて疲れるよね。泳いでいる時、ひらひら動いてバランスを取るために、魚にはヒレがついているんだよ」と説明した。林さん自身、ロボットを作って動かすことで、それに気づいたそうだ。

シーラカンスは、卵ではなく卵胎生といい赤ちゃんで生まれる。絶滅したと言われてきたが、最近の調査でフィリピンやインドネシアでもシーラカンスが見つかっている。でも、どんなに調べても親しか見つからない。幼魚がなぜいないのか? というのが疑問だという。林さんは「子どもは餌が摂りにくいから、餌が一杯取れる浅瀬にいるんじゃないか?」という仮説を紹介した。「ひょっとしたら、蒲郡の海の浅瀬にもいるかもしれないよ」と林さんは嬉しそうに話す。

ちょっと怖い顔をした「ナポレオンフィッシュ」も、昔はたくさんいたという。和歌山の海に潜ると、ナポレオンフィッシュがぶつかってくることがあったそうだ。こんな顔をした大きな魚が海の中で突進してくると、怖い。しかし、ナポレオンフィッシュの頭のでっぱりは脂肪なので、水中眼鏡にあたられても、ぼよよ~んってなるだけ。全然、痛くないそうだ。「生物に対する知識がないと見た目で怖いと思ってしまうけど、知っていれば怖くないよ」と林さんは笑って言った。

約1時間の実演の間、林さんは何度も何度も「可愛いだろう。触ってごらん」と繰り返した。子ども達は、手を伸ばしては「触っちゃったー」「プヨプヨしてた」とニコニコと親に報告していた。

最新型のシーラカンス。ヒレは梱包布を使用【動画】シーラカンス。ヒレが全部、独立して動いている胸の大きな肉鰭(にくき)は、モーターを入れて動かしている
ナポレオンフィッシュは、和歌山のあたりにもいて、夏になると蒲郡に方にもやってくる。名古屋港水族館にもいる【動画】ナポレオンフィッシュは、左右の胸びれを交互に動かすことで、止まることができる【動画】顔を動かさないだけで、目だけで周囲を見渡すことができる
【動画】ナポレオンフィッシュの頭はぼよよ~んとしている。ぶつかってきても怖くない【動画】海流にのって、鳥が空を飛ぶように優雅に泳ぐマンタもやってくる【動画】マンタの口には歯がなく、小さなエビやカニが群れで泳いでいるのを水と一緒に丸呑みにし、お腹のエラから水を吐き出す
【動画】水中でくるくると宙返りをし、水流を起こして効率的に餌を取る。水族館では見られない生態

水族館に行けば、たくさんの魚を見ることができる。林さんのロボットを見た子どもから、「あ! 水族館にいる魚だ」と言われることもあるそうだ。水の中は見えないから、うっかりすると魚は水族館かどこか遠いキレイな海に住んでいるものだと思ってしまう。

人は、見たことがないもの、触れたことがないものに興味を覚えたり、可愛いと感じたりすることはない。だから、林さんは「本物が無理なら、せめて動きも質感も本物そっくりなロボットを子ども達に見せたい」と活動している。「海の生き物を守るために、海や川を汚してはいけない。一人一人ができることとしてゴミは捨てないで」と言葉だけで伝えるよりも強く、こんなに可愛くて面白い生き物が身近な海に住んでいること知ってもらい、彼らを守るために自分達ができることを考えてほしいと願っている。

ロボットシステム工学科展

体育館ではロボットシステム工学科の展示も行われていた。NPO法人UNISEC(大学宇宙コンソーシアム)の大学衛星UNITEC-1開発に、愛知工科大学の奥山研究室も参画。他の大学や地元の蒲郡製作所と連携して、熱構造システムを開発している。このUNITEC-1は、2010年5月に種子島宇宙センターからH2Aロケットで打上げられる予定。

他にも火星表面を自律制御で探査できる小型ロボット実験機の展示や、宇宙探索ローバーの操縦体験、磁力で宙に浮くコマの実験、自律ライントレースロボット製作など、子ども達が実際に体験できるコーナーが設けられていた。

深宇宙探査機UNITEC-1。2010年5月に種子島宇宙センターからH2Aロケットで打上げる宇宙探査ローバー操縦体験。駆動方式は四輪独立懸架、DCモーター(24V)を使用。段差50cmの不整地走行が可能火星表面を自律制御で探査する小型ロボット
磁力で宙に浮くコマバランスをとってコマを回すのが難しい自律型ライントレーサー組立教室

(三月兎)

2009/10/27 15:09